September 2010
オプティミズムで攻める、というよりは耐え凌ぐといった案配で、実のところなかなか疲れている。今日は雨の一日だった。
日記として書く事が思い浮かばないので、こういった日は大抵、サンプリングだとか、話題を散らかしてレンジを作り、それをメタファーにしたりだとか、そういった何とかでそれっぽく書いてしまうのだけれども、今日は書く事が無いにも関わらず、書く事が無いこととちゃんと向き合ってみようかと思う。
ただ、そうすると、冒頭の文のような、愚痴に近いダメな言葉がポロポロとこぼれるだけなので、悩ましいところだ。オプティミズムで耐え凌ぐ日記をやるには、例えば上記の技法の様な、ある種の誤摩化しが必要だということか。ましてや攻めるとなれば、これはもう嘘八百にならざるを得ないだろう。
困ったな。ただ、困っている、というのはもう長年の状態で、今日の日記の特徴には成らないから、さて、困ったな。何が書かれていたら、面白いだろう。そのことはずっと考えている。
困ったので、筒井康隆『腹立半分日記』を久しぶりに開く。もう何度読み返したかわからないほど好きな本だ。一日分の内容は数行で、体言止めの連続によるリズムが心地よい。考えてもみれば、日記に毎度、趣向を凝らしたって仕方のないことなのだが、それでは成り立たないから、困っているのである。反復するが、オプティミズムで耐え凌ぐためには、大した体言で止められない俺の日記は破綻してしまうのだ。
となれば、もう開き直って、金が無い、とか、つまらない、とか、腰が痛い、肩が凝る、馬鹿ばっかりだよ、というような日常の瑣末なあれこれを丁寧に書けば良いのかもしれないが、そんなことはしたくないのだった。
さて、このあたりで今日の日記もある程度の分量に達した。毎度のことながらこれは苦しく、時間を要する日記である。

ここ4日ほど、仕事をし、布団を干し、掃除をし、洗濯をし、取り込み畳み、自炊し、食し、飼い猫の相手をし、本を読み。そんな具合の平凡な日常であった。フットサルだとか、合コンだとか、立食パーティーだとか、そういうことは一切していない。というか、そんなことまともにしたことが無いよ。椅子に座っていると、写真にある通り、飼い猫のもきちがやってきて、じっと俺を見る。「なんや」と言うと、小さく鳴いて、椅子に上ろうとしてくるので、抱き上げてやる。しばらく音楽を聴きながらそのままで居ると、何か閃いたり、洗濯機が終わりましたという合図の音を出したり、玄関チャイムが鳴ったり、っていうか重いよもきち、となったりして、猫を放り投げる。
ここ4日ほどやっているデザインは、難儀している。MORISAWA PASSPORTでもあればもっと動くと思うのだけれども、持っていないから仕方無い。書籍を作るわけではないから、まあ何とかなっている。兵庫の印刷会社から取り寄せた資料で光明は見えた気もしたし、一旦、これは切り上げて、別の作業に移ろう。その間、資料でも集めたいが、デザイン系の書籍は高価だ。金が無いのが面倒くさい。
毎年、誕生日は色々な方に来訪してもらい、祝って頂いているが、それも同居人のおかげである。同居人はもうしばらく不在だから、これはセルフ・プロデュースしないと祝ってもらえないということである。で、ここで何か声明を出したいところだが、身近な連中に限って読んでないだよ、俺の日記。どうやら、大阪や東京の人がよく読んでくれているようだ。でも言おう、10月6日ですから、わたしの誕生日は。27歳に成りますよ。ロックスターが死ぬ歳です。ロックスターじゃないから俺は死なないですし、祝って欲しいし、プレゼントも欲しいので、あの、ひとつよろしくお願いします。

筒井(康隆)さんの誕生日である今日は一日労働していた。偽文士目碌に由ると筒井さんは奥様からディオールのペンダントをもらったらしい。格好良いな。いつまでも憧れとして在ってくださり感謝します。
それにしても、冷えかたが急過ぎるのではないだろうか。長袖を着てバイクに乗ったが肌寒かった。ぼんやり見たテレビでは自販機の補充をしている人が大慌てだった。つめたい、から、あたたかい、へ。大急ぎ。
飼い猫は寒そうにしている。さきほど俺の布団でうずくまっていたので毛布を掛けてやったら、大人しく眠った。俺の睡眠中もずっと布団の中に居た。
紅茶でも飲もうか。さて、今年の紅葉はどうだろう。悪く無い気候だったのかもしれないが、8月、うながされて大文字山を見ると、木が弱っていた。緑の時候に、茶色くなっていた。原因を聞いたが忘却してしまった。

秋分の日である。急に気温が下がった。エアコンを稼働したい昨夜から、長袖を着る今朝である。そしてなぜか今年いちばん蚊に刺された。偶然か、何か理由があるのか。
夜に仕事終わりの孝学(直)が家に立ち寄ったので、先月、とあるインタビュー撮影をさせてもらった方から送って頂いた写真を渡す。カメラを新調し、空を被写体にカメラを確かめていた方に声を掛けたのだった。孝学とは何の縁で仲良くなったのかは忘れてしまったが、友人ではあるものの、これまで共に何かをするということが無い人だったので、運良く記念撮影してもらえた格好になる。写真では二人とも汗だくである。暑い日だった。
写真を手渡し、何か雑談をしていたところ、テレビで「キングオブコント2010」が始まる。「キングオブコント」を見るのは初めて。ピース、ジャルジャルの二本目が白眉だった。ジャルジャルはようやくテレビサイズの、得意の長尺ではないコントを生み出しそして見せたのに、採点には恵まれなかった。ほとんど舞台上の総合格闘技戦の様相だったそれだが、クオリティが上がれば上がるほどに、審判は少数精鋭のほうが良いように思われた。このところはテレビをほとんど見ないので勝手な発言になるが、ここまで板の上で勝負する意識を持つ人たちが人気者では、昨今のバラエティ番組は成り立たないのではないかと思う。
(ふたたび)フィクションに関する話だ。……偶然、特にその映画に感心があったわけではないから、偶然辿り着き見た『ヘヴンズ ストーリー』という映画のサイトに、『人間は「悲しい存在」である、という事実を乗り越えた者だけが。』と題された中原昌也の寄稿が掲載されていた。
いまでは誰もが忘れているノストラダムスの大予言のせいかどうかわからないが、我々はいつかカタストロフがやってきて、すべてが劇的に終わってしまうものだと考えてきた。だが、そんなロマンがあったのはまだ幸せな時代だった…現実はもっと残酷だ。
序盤の一文を引用したが、そこに書かれた変化がフィクションに困難をもたらした、というのは常々、考えていたことだ。そしてとうの昔に考えても仕方が無いことだと気が付いていた。先日、テレビのニュース番組で、著名なコメンテーターが「日本は1800年代初頭の状態に戻った」と言い放ち、キャスターが困惑する、という夢を見た。絵空事の銃声(機関銃によるもので、モノクロの映像)が頭の中で響く。急に気温が下がった。エアコンを稼働したい昨夜から、長袖を着る今朝である。写真では二人とも汗だくである。暑い日だった。
昨今のバラエティ番組の話は何処へいったのか。とにかく、急に気温が下がった日の日記を書こうとし、そしてそれは書かれたと思っている。

わりとまめに書かれることぐらいが取り柄のこの日記だが、今月はずいぶんと滞ることが多く、いけない、とノートを開いた。すると18日から空白が続いていた。はて、18日?
京都に夜行バスで帰ってきたのは21日の早朝である。BUSSTRIO LIVE EVENT 「The Girl Problem」が終わってからは、世話になっていた北千住の家で『ONE PIECE』を読み耽っていたはずだから、18日から20日はおそらくそういうことだったはず。同様に北千住の家に来、一足先に読み始めたイベントで共演だった小澤(薫)ちゃんが、確か35巻あたりを読みながら、わあ、だの、嘘やん、だのと言っているので、それに促され、いつか来るだろうと思っていた『ONE PIECE』一気読みの時がついに、と1巻を開く。
連載開始時は雑誌で読んでいたのだったが、それも中学生の頃である。3日かけ既刊59巻まで読んだが、全く圧倒される筆力である。たとえば還暦あたりで連載が始まり読み始めた人は、今70前後になるはずだから、そういった人の心配事は死ぬまでに物語が完結するかどうかなのではないか。それも特殊なことではないと思えるから、凄いものである。
さて、21日、家に帰る。昼過ぎまで眠り、労働に出向く。7月半ばから始めたそれがどういう労働かは特に意味も無くうやむやにしているが、そのまま話を続けると、東京に半月滞在していたから久しぶりの職場、新しいこととして、ある空間のある場所に塩が山盛りになって置かれることになっていた。とにかく山盛りにしておかなければならず、こぼれていたら片付けろ、そして補充しろ、と指示を受け、その場所に行くと、塩は全部こぼれていた。盛ってあると聞いていたのに全部こぼれていたので、こういうものなのかと無線で確認しようかとも思ったが、おそらく誰かが全部こぼしてしまったのだろうと判断し、いや、それはそうだと思うのだが、故意にやったとしか思えないほどに全てがこぼれていて、それがそれとの初対面だったから困惑したのだったが、とにかく指示通り、片付け、そして補充しようと思うも、どうしようもなくこぼれていたので、こぼれていたものを手ですくい器に戻すと、それは山盛りになった。何の話だ、と思われるだろうが、塩の話である。それは思いがけず厄介な塩だったという話である。終わり。
本日22日。預かって頂いていた場所に飼い猫を引き取りに行く。俺の世話が行き届いていなかったせいで、ご迷惑、ご心配をおかけしていて、情けない思いになる。というのも、飼い猫のもきちは長毛種で、とにかく毛だらけなのだが、即ち毛玉が出来やすく、それが少し困ったことになっていたのだった。動物を飼うのはもきちが初めてだが、わりと手のかかる猫だということを再認識し、しっかり世話をしてやらねば。不甲斐ない。
そうして家に戻る。片手に飼い猫、片手に猫のトイレ用の砂を持って歩くと、100メートルくらいで腕が限界になり、秋分の日を前に汗だくで立ち尽くす。でもまあ、そうして歩くしかないのが今の俺だから、そうしないと。
帰宅し、思いがけず疲れていたので猫と眠り、起きると深夜。そして久しぶりに日記を書いている。
![BUSSTRIO LIVE EVENT [The Girl Problem]](http://www.losco.jp/img/event-thegirlproblem.png)
あれ、日記、一週間も空いていたのか。いやあ、申し訳ない。季節の変わり目だということもあって体調が悪くて。BUSSTRIO LIVE EVENT 「The Girl Problem」が終わったから言えるが、だいぶんダメな感じだった、体。でもまあ、集中力のピークはもちろん本番に持っていきましたよ。嘔吐かなかったし。いやね、胃がね、いろいろあって随分ダメで、稽古では4割ぐらいしかちゃんと台詞、言えてなかったのです。すぐに嘔吐いちゃって。ほんと申し訳なかった。それのストレスでさらに胃がやられちゃって。昨日16日、本番日、胃薬しか呑んで無いからね(本番で摂取した飲みものは除いて)。
あ、そんなことより、だ。共演のArthur & Sabrina、kanina、会場だった渋谷屋根裏、そしてご来場いただいた皆様、ありがとうございました。
共演者、スタッフは言わずもがな。終わりましたね。さて、また新しい時間です、が、今は17日の午後9時。北千住。何もする事が無い。そして金も無い。でもまあ、いろいろな人に迷惑をかけて生きているぶん、そのぶん、それだけは、とにかく楽しんでおりますので、何卒、お許し下さい。
あ、誤解のないように一言加えれば、演じる、ということは僕にとって、全く楽しいことではありません。何一つ楽しくない、辛い仕事です。でもまあ、演じることを求められるのは嬉しいのです。それで、そのうえ演じること自体まで楽しんじゃったらバチが当たりますよ。舞台上は崖っぷちです。今回もなんとか、滑り落ちずに生き残ることができました。死は、一回きりです。で、まだ死んでないから、今回の公演の台詞を引くと「また会えるかもしれない」。繰り返しますが、また新しい時間です。「こんにちは」「さようなら」。
今日は夕暮れに起きました。
7日、8日、9日、10日の日記。7日は……、と書き出そうと思うも、頭の中のいろいろが時系列に並ばない。台風による大雨があった。あの雨と、その後、半袖では寒いくらいに気温が下がったことで、体調を崩し、居候の身で眠ってばかりいた。起きている時は、大抵、旨い物を食って過ごしていた。遊園地再生事業団の稽古場に見学に行ったり、今回のイベント(BUSSTRIO LIVE EVENT 「The Girl Problem」)のグッズを作るという話になったので、その作業をしたり、すっかり台詞を忘却していたから、記録映像を見ながら思い出したり。
イベントのことが「CINRA.NET」というサイトで紹介されている。詳細を掴むのにわかり良いので、今月16日、19時、お時間のある方は「CINRA.NET」を見てもらい、興味があればお越し下さい。上記のグッズの件も、まだ未完成なので詳細は言えないですが、良いものになると思いますし、お楽しみに。
と、いうことで、短いですが、ではまた。

4日、5日、6日の日記である。
4日は、しばらく家を空けるので、一通り家事をし、さて家を出ようか、と思っていたら電話があり、まあまだ大丈夫か、と油断していたら京都駅行きの市バスが思っていたよりも遅く、でも、それは知っていた遅さであり、もっと言えば、それ以上速い市バスなどこれまで乗った事が無かったし、つまりは完全にぼんやりしていて大慌て。三条辺りでこのままでは夜行バスを乗り過ごしてしまうと判断し、千円札に羽が付いてどこかに飛んでいってしまう、あの最もありきたりなイメージを浮かべながらタクシーを拾い、ぎりぎり夜行バスに乗車。
明けて5日である。東京に来る度に世話になる北千住の家に着くと、早朝でみな寝ていたので俺も少し眠り、昼の起床時に挨拶。早速、稽古である。夜は、(橋本)和加子さんの誕生日を祝い、多忙で睡魔に襲われまくっている和加子さんは喜んだり眠ったり食べたりに大わらわ。
6日、本日も昼から稽古。夕方まで。その後、久しぶりにハノイハノイに。とにかく、Twitterで俺がフォローしている皆が「ハノイハノイなう」とつぶやくたびにちくしょう、と思っていたので、ようやくである。今回の北千住滞在期間は少し時間に余裕がありそうなので、もう何度か足を運べるだろう。あ、しまった、「ハノイハノイなう」ってつぶやき忘れたな。京都に居る時、皆があまりにもそれをつぶやくので、ただの嘘になあるが「ハノイハノイなう」って俺もつぶやいてやろうかとすら思っていたのに、すっかり忘れていた。またの機会に。
さて、それはともかく台詞をすっかり忘却している俺である。追い込まなければ。、BUSSTRIO LIVE EVENT 「The Girl Problem」は10日後、9月16日である。今日は初めてサブリナに会った。あ、CDにサイン貰えば良かった。持って来るの忘れちゃったなあ。しまった。とにかく、良いイベントになるだろう。あと10日です。是非、お越し下さい。
さて、2週間ほど東京に行くので、家の掃除や雑務などを済ませる。あと、今日、医者に行っておかなければ困ったことになってしまうので、ハイリスク・ローリターンで有名な「ちょっとだけ寝る作戦」は採らず、「もういっそ寝ないでおく」作戦を英断。
医者の帰りに樟葉モールに寄り、昨日、壊れてしまったテトラポッド型の道具を新調し、加えて、今回の東京行きも数えると、これから半年で3度は家を長期間離れる予定があるため、旅行用の、車輪の付いた鞄を思い切って買う。本当は、金も無いし、今回はリュックサックと手提げとショルダーバッグという、(過去何度も経験している)結構しんどい格好で移動しようかと思っていたのだったが、ここ3日ほど体調も優れず、それに加えて、わけあってエレキギターも持って行かねばならないことを思い出し、ダメだ、それ、嫌だ、と英断である。
夕刻に家に帰り、ふらふらバタンと寝る。明日4日、というか、もう日付が変わって、しかも朝なので今日だが、4日はゆっくりしつつ、『The Girl Problem』の予習、というか復習、いや予習だな、をしようという算段だが、とにかく現場に行ってみないと状況はわからないので、一人遅れての合流、どちらかと言えばそれに備えてコンディションを整える感じの一日になるだろう。今年、何度乗車したかわからない夜行バスの旅路だし。さて、寝よう。
例えば青年のように。しばらく砂漠にある街で自転車修理工なんかを営み、砂利にまみれ乾いた自転車のチェーンに油なんかを注すわけだ。すると感謝され、今度うちに寄ってね、などと食堂の娘に言われ、実際に彼は赴き、それで営みとしての食事を取るわけだ。街を歩けば会釈され、声を掛けられる。
今日、明後日の夜に東京に発つので、飼い猫が入ったバッグを持ち、預かって頂く方の家に向かったのだった。飼い猫はとても重たかった。
バス停で通りすがりの中年女性に声を掛けられ火を貸した。なにやら立ち話。私はすぐ死ぬけど、あんたは長生きしいや、と言われる。紫煙にまつわる会話だ。
とある資料が届いたので横になりながら読む。それは昼のことだ。深夜は前田司郎の『グレート生活アドベンチャー』を読んだ。読み終えたら朝だった。
自転車修理工はその後、腕を買われ、国の兵器開発に携わるわけだが、途中で思い直し脱走を図り、初めは匿ってくれていた人に裏切られて投獄されるわけだ。
年相応のあれこれを書くのが嫌で、その思いのために以前述べたことを撤回する旨の何かを書くこともまた嫌で、それらを無いことにしたら、見知らぬ景色しか浮かばなくなった。そこはたまたま、砂漠だった。
YouTubeに、市バスの車窓を撮影し、随分むかしに作った音楽をのせたものをアップロードしていたら、それは編集し、何も考えず適当に、数秒事にカットを割っているのだが、そんなものより、ただ撮影したものが見たいから、それをアップロードしてくれとメールがあった。簡単に出来ることだったので応じる。
飼い猫が家に居なくて寂しいうえに、肩や腰を揉むための(テトラポッドのような形状の)道具が、腰が固く凝り過ぎていたためか折れて壊れてしまった。愛用していた道具なので悲しい。
暫し砂漠のことを忘れていた。というよりも、砂漠のことは知らない。日記を続けるというのも苦労である。
修理から戻って来た外付けHDDは、外見は同じだが、中身が変わったせいで聞き覚えのない音を立てる。前のものは、猫の鳴き声のような、屁のような音を時折立てていたが、新しいものはいかにも機械的な音を立てる。いかにも機械的なので、またすぐに壊れるのではないかと不安になるが、考えてみれば、機械が機械的なのは真っ当なことで、だからもしくは長持ちするのかもしれない。今日、火を貸した中年女性と男のどちらが長生きするかは知らないように、それもまたわからないことで、だから考えても仕方のないことだが、ありきたりなことに、考えるくらいしかすることは無い。
自転車修理工がそんなふうに物思いに耽っている間に時間は経ち、彼の知らぬ事情で彼は解放され、しかし街人とは以前のように接することが困難だ。でも、男と食堂の娘の投獄前の出来事で自身の子供を得ていた彼は、彼女によるその告白によってそこでの営みを確定させる。そして街人も胸をなで下ろす。
このところ『電脳筒井線 – 朝のガスパール・セッション』を読んでいます。これについてはWikipediaの「朝のガスパール」の項を読むのがわかり良いでしょう。端的に述べますと、僕が8歳になった日(1991年10月6日)から始まった「パソコン通信」を用いたBBSのログを書籍化したものです。
悔しくなるほど、そこでは大人たちが全力で遊んでいました。さて、19年後もマウスとキーボードは現役です。それに関してはAppleさんが少し頑張っています。ただ、YouTubeが5周年、TwitterやUSTREAMなんてものも出来ましたが、遊び道具としては敷居が下がっただけのことです。例えて言うならば、貴族の遊びだったそれが、20年かけて庶民の遊びになったのです。しかしまあ、せいぜい庶民の頭ですから、大して面白くも遊べていません。
0が1になる感動と、10が100になる感動はどうしても相違があります。ある方がブログやTwitterは弱者のメディアだと言ったそうです。今もまだ憧れることが可能な方です。ところがそのことに無自覚、もしくは自覚的に、その弱者のメディア、同じメディアに貴族から庶民までが居住することになるとすれば、果たしてそれは良いことなのでしょうか。庶民は庶民のままで、貴族が庶民になってしまうだけのことではないでしょうか。
「すごい人」や「えらい人」はもう要らないのでしょうか。そんな時代は無かったですし、単純に、それは僕は困ります。
話は変わりますが、綿谷りさが、新刊を電子書籍としても販売し始めたそうです。19歳で芥川賞を獲った時は話題になりました。ここ数年の芥川賞受賞作を僕は知りませんし、電子書籍はiPhoneという電話機能がおまけのような機械で読めるのですけれども、「ブック」のランキングをいま見たところ、高田純次の『適当日記』のほうが売れている様子です。
僕は退屈です。夏も終わってしまいました。それにしても、今年も夏は暑かったです。