September 2009

2009. 9. 30|WED

バス停

29日のことから。と、言いつつ何をしていたのかあまり思い出せない。あ、そうだ。ちょっとどうかと思うくらい寝ていたのだった。ここ数日あまり優れない。断続的に寝ているうちに夜になっていたという始末。

本日30日。長電話。夜、chikin孝学くんが来訪。人と話しているのが何より体に良い。とはいえ、勉強不足は終わらない。もっと考え学ばねばならない。学が足りないから、権力なんて無くなれば良いのに、という極端な思いが重いことになってしまうのだろう。当たり前のことだが、「過剰」に批評性はあれど、「極端」に批評性は無い。

もう、9月も終わり。日記を書いていると、ついつい「○月も終わり」と口走ってしまうが、これ、なんか嫌だなあ。なんか嫌だが、9月が終わりなことに変わりはない。つまりもう10月だという当たり前のことを、確認している。

「月変わり報告男」。月が変わると、1日の朝に地元の商店街に現れ、「○月になりましたよー」と叫びながら走り回る。商店街で魚屋の跡を継いだ次男(29歳)が小学生のころから、その男は居た。そして、「そういえば、最近あの人見ないね」と買い物の片手間に商店街の客に呟かれる未来がある。そういう男。

そんな男はいないだろうが、いても全く不思議じゃない。年度が変わったらいつもと違うことを報告するのだろうか、と期待された男だったが、世紀が変わっても、ただ「1月になりましたよー」としか言わなかった男。全くもってどうだって良い話だ。

2009. 9. 28|MON

SANYO

26日の夜は友人達とボーリング。この日記には度々「ボーリングがしたい」という俺の呟きが記述されるが、実際にボーリングに行ったのはかなり久しぶりだった。もちろん楽しかったのだが、時間の関係で2ゲームしかできなかったのが残念。ボーリングはねえ、夜通しやるんだよ。ひたすら。ある昔の夏、朝からアルバイトに行き(体力仕事)、終業してボーリング場に向かい(国道沿いの、哀愁漂う)、ひたすら投球し(17ゲーム)、閉店の午前5時に店を出た。そして、少し眠るか眠らないかして、またアルバイトに行き、さらにまたボーリング場に向かった。いわゆるダメな人の典型のようなそれだが、あの恍惚感ったら無い。今後の人生で二度とそんなことはできないだろうけれども。

さて、昨日27日。正午から仕事。夕暮れ退社。夜、久方ぶりに陽陽食堂で食事。

今日28日。月末なので金の雑務を幾つか。昼過ぎから友人に会いに出かける。降るのか降らないのか、ちょっと落ち着けと言いたい天候だったため、バイク、いや電車、いやバイク、あ、降って来た、もういいや、バイクで、というような逡巡が面倒だったし、ガタガタした天候に体調も優れず。帰りは日暮れ。滋賀と京都を繋ぐ山中越えを通ったのだったが、滋賀側から山中越えに入る手前、高地から見る夜景が美しかった。滋賀のあの夜景はすごく好きで、今度写真でも撮りに行こうかと思う。

つい最近、chikinのcossiをはじめ、俺の撮る写真を誉めてもらえることが何度かあったが、写真を撮るのは面白いものの、技術としてのそれはそれとして、表現としての写真に対して俺は不勉強だ。だからといって、技術を付け(それは、俺、たぶん得意なんだ)、それを抜けて、また(筒井康隆の愛読者故か、脱構築してからしか表現にならないと思い込んでいる節が私にはある)はだけた写真を撮れるようになるほど熱心にそれをやるかというと、そういうつもりはない宙ぶらりんな男である。

あのねえ、日記にはあまり書かないが俺はわりと落ち込むのだ。時には、真面目にやってるし、人のことを思うために生きてる、だけどあたしゃ所詮、社会不適合者ですよ、と愚痴をこぼしたくもなる。さすがに、真面目にやればやるほど損をして辛い、っていうようなわかりきった状況に消耗はもはやしないし、それを盾にいらだちを外に向けたりもしないが、とはいえ粘り気のある何かが胸で重い時もある。

出来れば大体のことをうまいことやって生きていきたいが、大体のことはうまいこといかないし、別にそれを悲観もしない。今月のラテン語(あの、上に書いてあるやつです。毎月変わっているのです)「Nemo ante mortem beatus」の意味は、「だれも死ぬまでは幸福ではない」。これ、先月出演した舞台『Melody♡Cup』の関係で小耳に挟んだ程度のあれだが、仏教の根本理念と同意である。すごくポジティブな言葉なのだが、同時に逃げ道が無いことを意味している。……こんなこと書いていると、児玉のやつ、何か特別辛いことでもあったのかしら? と思われるかもしれないが、特に無い。

優れない天気と秋の夜長のせいだと思っていただきたい。このところ、わりと読まれる日記になってきたので、何かこういうことを書くことに躊躇いがあったのだった。誰も人の日記に愚痴やイデオロギーを求めていない(っていうか、そもそも日記なんて読ませるものじゃあないじゃないか、と思われるかもしれないが、だってほら、今読んでいるでしょう? 読んでしまうんです人の日記は)。

だって、ねえ、もう朝の5時ですよ。来月には26歳ですよ。あごの関節痛いし。腰も痛いし。お金無いし。ドラクエやってる場合じゃないですよ。じゃあまあ、何をやってる場合なのかというと、これといってない。強いて言えば、ドラクエをやるのも真面目にやるべきだというくらいか。南国でふざけた色のジュースでも飲んでいたいものだが、それを想像した時、そのふざけたジュースを飲みながらの俺の焦燥感ったらひどい。思わず一気飲みしてしまうのではないだろうか。「仕方無いなあ」「仕方無いですよ」。それはそれとして、愛機PowerBook G4の調子が優れない。壊れないでよ。ご老体を労るように、ディスクユーティリティでメンテナンス。朝の5時。油断したら、朝の6時になって、もしもすれば、朝の7時かも。「それはそれでね、いいんだけどね」「まあ、そうですよね。どうにもね、ならない」。そんなふうなこと。「Nemo ante mortem beatus」なんて、しょせんそんなふうなことだ。だから強靭だし、眩しい。外は雨が強くなってきた。そろそろ寝よう。

2009. 9. 26|SAT

彼岸花

24日のことから。晴天。良くバイクに乗った日。写真はその日に撮った彼岸花。

ガソリンスタンドでエンジンオイルを交換して帰宅。

25日。引き続き晴天。夕刻から医者に行かねばならなかったので、午前中に掃除洗濯などを済まし、病院は京阪電車で小一時間の距離なのだが、ドラクエの「すれちがい通信」というのを初めてやるべく、ニンテンドーDSiをリュックサックに放り込んで家を出る。医者。採血。11人とすれ違った。思いがけず「すれ違う」ので面白かったが、あの、簡単に説明すると、DSで起動しているドラクエを通信状態にしている者通しがすれ違うと、データを交換できるのだが、それを「すれちがい通信」という。で、交換するデータとは何かというと「宝の地図」というもの。まあ、それを頼りにゲームをしていると新しい洞窟を発見できるのだけれども、11人とすれ違い、色々な地図をもらったが、どれも時期外れにドラクエを始めた俺にはレベルの高過ぎるものばかりで、あまり楽しく遊べない。

病院を後にし、出町柳着。駅前のTSUTAYAに、BO GUMBOSを借りようと寄ると、今月初めにリマスター盤が出たビートルズが全部あり、洋楽だからタイムラグが相当あると勝手に思い込んでいたのだが、どうやら発売とレンタルは同時だったらしい。これは! と全14タイトルを借りる。2時間かけてiTunesに取り込み、早速『The Beatles (White Album)』を聴くが、いやあ、良いねえ。しばらくはビートルズか。あ、でも今日の移動中はiPhoneでArctic Monkeysの『Humbug』を聴いていた。三作すべて聴いているが、今回のアルバムが一番好き。

さて、本日。午前中から金回りの管理で雑務多々。洗濯しようかなあと思っていたジーンズにコーラを思い切りこぼしてしまったので連日の洗濯。相変わらず晴天。森小路のたこ焼き屋「雷蛸」で袖が汚れた上着を洗濯したら、ポケットにiPhoneのイヤホンを入れたままで、聴けるのだがもの凄いディストーションがかかるようになってしまった。ああ。

今は日記の日付の夕方。まだ太陽は沈んでいない。思いついた時に思いついたことを書くと日記は長続きしますよ。

我が家の飼い猫であるもきちは、俺が自室の机に向かっていると普段はほとんど鳴かないのだが、ニャ、ニャと言いながら近寄って来、抱けとせがむ。それで昨日、『Melody♡Cup』で共演したPooからもらった(帰国後にPooから届いたメールで、わからないところがあったのでネットの翻訳サービスを使ったら、何故か最後に「大便」と書いてあり、ん? となったが、あ、Pooね、となる、とどうでも良い話)なんといえばよいのか、鼻に突っ込むメンソールのきつい奴があるんだが、それを寄ってきたもきちに向けると、何? といった様子で鼻を近づけ、ものすごいリアクションで驚き去っていった。その姿を見た俺は、ちょっとしたいたずら心でなんという酷いことをしてしまったのか、と直ぐさま猛省し、後を追った。それで頭を撫でるとゴロゴロ言っていたので、なんだか泣きそうになってしまった。

猫にいたずらをして後悔した話、終わり。ついでに日記も今日はこのあたりにしよう。

2009. 9. 23|WED

屋上

さて、昨日22日のことを書くが、昨日の日記にある通り俺が京都音楽博覧会に行っている間、同居人は東京でオーディションを受けていたのだった。俺自身のことではないから、書く事もないなと思っていたのだけれども、どうやらここを読んで下さっている方々にも幾人かそのオーディションに行った人がいる様で、別に何ってわけもないが、少し触れておこうかなと。

今日帰宅した同居人は俺と共通の知人と何人も会ったと話し、とても楽しかった様子。今は東京で役者をしている和加子さんにいろいろと案内してもらったと言っていたが、和加子さんが学生時代に撮った映画で、同居人は役者を、俺はスタッフを、今野くんはカメラを、このところ近況を知る由のなかったヨシという男は役者とスタッフを兼ねていて、同居人はそのヨシにも会ったと言い、iPhoneで撮ったヨシがフラフープをしている動画を見せてくれた。家の中でしていた。集中しているのか、神妙な顔つきで動画のヨシはフラフープをしており、和加子さんに「顔が厳かやで」と言われ、恐らく厳かとおろそかの意味がごっちゃになっていたのだと思うが、頓珍漢なことを言っていた。顔がおろそかは嫌だ。馬鹿な動画だった。

何はともあれ皆元気そうで何よりだ。東京でカメラマンのアシスタントをしている後輩にも偶然会ったとのこと。雷門で記念撮影をしようと思い、誰かに撮影してもらおうと辺りを見回したら、その後輩が居たのだという。

まあ、別段、だからなんだという話でもないのだけれども、えー、これは日記だから日記を書くが、そんなわけで同居人が東京で話に花を咲かせていた昨晩深夜、俺は早々に眠り、本日、朝から仕事。

夕方の手前に帰宅し昼寝。起きるとchikinの面々が。自室でドラクエをしていると呼ばれ、行くと高嶺(格)さんのサイトを見ており、俺を呼んだのはchikinのトミーと俺が出演していた『Melody♡Cup』という公演の写真が掲載されていたためだった。トミーの写真写り面白い、とケラケラ笑ってからまたドラクエ。

そんなわけで相変わらず今は深夜だ。写真は職場である結婚式場の喫煙所からの眺め。シルバーウィークってことになっていた連休は晴天が続いた。どこか遠くに遊びにでも行きたかったなあ。まあ、別に行こうと思えばいつだって行けるのだけれども。なんか、「(遊びに)行こうと思えば」とかって言っちゃうとすごく簡単なことのように感じるけど……、と書きつつ、「……」とかじゃなくて、ほんとに簡単なことだ。とはいえ、「遊び」はイチローが語る「バッティング」と同じで、常にうつろう。「その時」の遊びをしないとクリーンヒットは打てない。惰性でバッターボックス立つのはねえ、嫌だねえ。そう考えると、結局のところ、「まあ、別に行こうと思えばいつだって行けるのだけれども」というのは、バッターボックスからの逃避であり、本当に困難なのはスケジュールの調整ではなく、そこへ向かうモチベーションの発揮と、そこでの優れたパフォーマンスなのかもしれない。

さて、なんか、何言ってるのか良くわからなくなってきたなあ。寝よう。あ、今日はやきそばを三玉も食べた。

2009. 9. 22|TUE

20日のことから。朝から仕事。夕刻、帰宅。少し寝る。夜、The Cherishの二人、孝学くんと尾上くんが来訪。何か用事かしら、と思っていたのだけれども、ただ遊びに来た様子で、それを喜ぶ。翌21日も朝から仕事だったので、4時前に解散。いろいろあってThe Cherishの大きい方は少しへこんで帰っていったが、不謹慎ながらそれが面白くて仕方無い。

21日。朝から仕事。夕方の手前に帰宅。ドラクエ。

本日、22日。三年目、三回目の京都音楽博覧会。母と妹と。ベストアクトは、完全に石川さゆり。素晴らしかった。我々は演歌に魅了されたのだった。もちろん、夏フェスの帝王(そんなふうに言われているのは別段、聞いたことはないが、夏フェスという巨大なハコでの演奏で、一人で、一人だからこそか、優れた安定感、そしてその爆発力、これはもう、すごいと思うのだ)奥田民生も抜群だったし(『バラの花』を岸田くんと演ったが、民生が歌っているほうが良かったもの)、くるりも良かった(最後の曲にしてくるりのハイライトは『宿はなし』。『かごの中のジョニー』も良かった)。だけど、石川さゆりだったと言うほかない。関取がK-1のリングで横綱相撲といった痛快さがあった。

帰ったのが午後8時。母と妹に「これがもきちだ」と猫を見せ、それから近所の焼肉屋「ちゃんだん」で食事。

単身帰宅が午後9時か。凄かったなあ、『天城越え』。

2009. 9. 19|SAT

ビールと猫

さて、そんなわけで久方ぶりに表に働きに出ていた。午後六時過ぎ、帰宅。

写真はデリリウム・トレメンス(Delirium Tremens)という、ベルギービールの匂いを嗅ごうとしているもきち。この一秒後に、ワッとなって写真奥へと走って行く。これまであまりテーブルの上の物に興味を示さないもきちだったが、先日、来訪してくれた相馬さんの手土産であった猫用のおやつをやってから、また何か良い物をくれるのではないかと、様々なものに興味を示すようになったのだった。

ところでこのビール、非常に美味であると同時に瓶などのプロダクトデザインも美しい。

さらにWikipediaに由ると、

デリリウム・トレメンス(delirium tremens)は、ラテン語で「震えの来るせん妄状態」という意味で、アルコール依存症下での禁断状態によって引き起こされる激しい症状を指しており、アメリカ合衆国では輸入禁止とされたこともある。

と、確かにアルコール度数が9%ありビールにしては強いのだが、それとは別に名前にも色気がある。

さて、日記の続きだが、夕食を「東龍」横の「福仙楼」という店で。「東龍」の真横、ってことでどういうことなのか、と気になって何度か足を運んだのだったがいずれもタイミングが悪くありつけず、ようやくなのだったが、味は東龍に良く似ていた。どうやら東龍の系列のようだった。まあおいしかったのだけれども、東龍と福仙楼がもっと離れた位置にあり、いずれかが近かったらそちらに行く、という、まあなんというか、どっちでも良いっちゃどっちでも良い感じ。

MIKAの『We Are Goleden』がヘビーローテーション。

2009. 9. 18|FRI

伊達娘恋緋鹿子

16日のことから。朝から、卒業とオーバーラップして働いていたアルバイト先に。ここ、一年半ほど前にクビになったのだったが、人出が足りないので戻って来いとメール。メールだ。せめて電話だろう。で、行ったら行ったで、給与が3分の2になると突然言われる。そんなのお断りだよ、となると、さすがに困ってらっしゃる、以前と同額の給与になった。全く、ふざけてらっしゃる。なめてるよねえ。ストレスばかり溜まる職場。早く顔なじみのアルバイトの方々と会いたい。

で、早々に帰宅してドラクエ。ドラクエばかりしていた。17日はもう、ドラクエだ。

本日。ドラクエばかりしていたので体が痛い。そういえば「美術手帳」の今号(2009年10月号)に、8月に出演した『Melody♡Cup』の劇評が出ているとのことで、カナートに。本屋より先にHMVに立ち寄り、MIKAの2ndを視聴し、1曲目が良くて笑ってしまったので買う。ついでにArctic Monkeys『Humbug』も。両方、もちろんインポート盤。

それから「美術手帳」を立ち読みし、なんか、記念に買っておこうかと思ったが、思いのほか高価い雑誌だったのでやめる。「アーティストになる基礎知識」という特集が組まれていた。こういう特集、売れるんだろうなあ。今はとにかく「なりたい奴」達から巻き上げるのが一番効率が良いのだろう。

写真は木ノ下歌舞伎の『伊達娘恋緋鹿子』という公演のフライヤー。二つ折りにしてA4になるものを、見開きで載せている。ポスターも兼ねているのだ。薄手の包装紙、タイトル文字など灰色の部分は、実物では銀のインクを使っている。

これ、以前日記で書いたが、鞍馬まで行って撮影した素材で作った。撮影といっても、スチールではなくビデオを回してキャプチャーしたものを素材にしたのだ。毎度のことながらこっちのことおかまいなしの弾丸スケジュールだったため、何の構想も無く、鞍馬に行き、撮影しながら、別にここじゃなくて全然良かったなあと思いつつ、家で作業しながらもそう思い、さて、出来上がったものを見て、撮影に参加された方々もきっと、なぜ鞍馬まで私たちは行ったのか? とお思いだろう。なので断言するが、まったくもって鞍馬に行く必要は無かったね。もうちょっと作業日程にゆとりがあったら鞍馬に行っていなかった、それだけのことである。まあ、出来たんだから、良いじゃないか。

明日からシルバーウィークだってね。それに、仕事も遊びももの凄く密集してしまった。しばらくドラクエ、出来ないなあ。

2009. 9. 15|TUE

13日のことが全然思い出せない。日曜日である。夜にビールを呑んで酔っぱらったということしか覚えていない。今、13日のメール履歴を見て、カッターシャツをクリーニングに出しに行ったことは思い出す。誰かに会ったなら覚えているだろうから、一人で何かしていたのだろうけど……。

14日。バイクで移動。寒くなってきたので、去年から着ているパーカー(ユニクロ)を引っぱりだし着たが、なんだか汚い。思い返せば、丹波マンガン記念館で、丸太の皮を剥いたり薪を割ったりしていた時にずっと着ていたのがこのパーカーで、そりゃあ、汚くもなるなあ、と。で、新調しようと色々店をまわったが、なぜか新書を一冊買って帰宅。こういうことが良くある。本に関しては、その単価が低いということもあるが、金銭感覚が失われる。服をいろいろ見、「まあ、でも汚いけど着れるし」と思い財布を閉じるも、不用意に立ち寄った本屋で散財するのだった。

帰宅後、webの作業。メールのやり取り。終わって、Amazonから届いていた『ドラクエⅨ』を開封。さんざ購入を悩んでいたのだったが、相馬さんと話しついつい買ってしまった。Amazonでやんや言われていたそれだが、俺は、わあ、ドラクエだ、と今のところ喜んで遊んでいるし、たぶんしばらくはそうだろう。

さて、本日である。ホットペッパーで適当に選んだ店で理髪。帰宅し依頼のチケットを作る。印刷会社から注文したフライヤーが出来たとのことで、納品は明日だが何部かもらう。色校正から変更した箇所がうまくいっていたので安心する。そしてドラクエ。そして風呂。そして日記だ。さらにそしてやっぱり今は深夜。唐突なことを言うが、全くほだされる日々である。

2009. 9. 12|SAT

猫

11日のことから。京都造形芸大内にあるstudio21で地点の『あたしちゃん、行く先を言って』を観る。地点は過去に『桜の園』と『三人姉妹』を観ているが、当時はそれほどピンときていなかったのだった。面白かった。第一に、過去に観た二作との圧倒的な違いは空間の広さで、そのことが「ああ、良いじゃないか」感を高めた一番大きな要因だとは思うのだけれども、それはそれとして、勘でしか話せないのが申し訳ないが、『桜の園』と『三人姉妹』が古典音楽だとしたら、今回はコンテンポラリーな音であり、美しい旋律、よりも単音で空間を作るような音作りの連続がかっこ良かったのかもしれない。あと、まあ攻撃的というか、攻めてる感じというか、それはやっぱり気持ちが良いのだった。

劇場を出たところで相馬さんと会う。トミーと山村と4人で上海バンドに。その後、我が家。相馬さんには色々と手土産を頂く。写真は翌、本日「もきちへ」と頂いた猫用のおやつを平らげ、満足しているもきちである。キャットフード以外なにも与えないので思わぬ幸運に喜んだのだろう。

本日。一足先に用事で我が家を発った相馬さんと、昼過ぎに京都造形大で合流。猫街で昼食。それほど人見知りでもない俺だし、日記を読ませてもらって知っている相馬さんだったが、やはり初対面ということもあり諸々の会話で常にぼんやりとしたもの言いしか出来ず、それが少し残念。とはいえわざわざ来て頂いて大変楽しかった。

相馬さんの乗った京都駅行きのバスを見送り、徒歩で帰宅していると豪雨。帰って少し眠る。

相変わらず今は深夜である。

2009. 9. 10|THU

山中越え

9日のことから。依頼のフライヤーの色校正が出来たと連絡をもらったので赴く。思ったより黒が沈んでしまったので、用紙そのものの変更やなにやら色々悩み、深夜まで作業。明け方、腹が減ったのでなか卵に。ついでに丸山書店(最近、あの貴重な音楽コーナーがGEOになってしまった方ではなく、高野の)に行き、このところ『White Album』ばかり聴いていることやリマスター盤が出た事もあり、スルーしていたビートルズ特集の「snoozer」(#075)を買う。青山景という人の『ストロボライト』という漫画も衝動買い。この漫画、なんというか、今こういうことすると「文学のパロディ」、っていうか、「文学」をするためには「文学のパロディ」をするしかないという屈折した状況の中で、よくもまあここまで清々しく、と感心する。

そんなわけで記述は本日10日に移っている。寝ようと思うも寝られず。印刷会社とメールや電話。洗濯、掃除。

バイクで人に会うために滋賀に。ここ二日、朝晩は寒いくらいだが、日中は日差しが強く、とはいえ暑くもない。徹夜もあって恍惚となる。

帰宅して「たこなぐり」のたこ焼きを食って寝る。深夜に起きる。テレビを見る。今、こうして日記を書いていると、『Melody♡Cup』で共演したKawtooからiPhoneに変な牛の画像(なんかデフォルメされた牛がポールダンスしてる)が送られてきたが、なんだろうこれ。あ、掲載の写真はそれとは無関係で、京都と滋賀を繋ぐ、比叡山を通る道にあるさびれた何かだ。なかなか秋っぽい空になってきてしまった。夏を名残惜しんでいると秋を楽しみ尽くせないもの。四季が幼少の頃から慣れ親しんだそれとは少しずつ様相を変えている。しかし、それは当たり前のことだろう。とにかく秋っぽいのだから、それを満喫するくらいしかすることはない。気持ちの良い日だった。

2009. 9. 8|TUE

明け方、体調が戻ってきたのでそのまま起きておく。午前中、京都造形芸大のカフェで印刷会社と会い入稿。色校正待ち。一旦帰宅し、再度、同大学を訪れ、『Melody♡Cup』のDVDをもらう。

帰宅し少し寝る。夜、腹が減ったので、気になっていた白川通りの「東龍」横に出来たというラーメン屋に行くも閉店日。仕方無く、ひさしぶりに「あかつき」に。以前の家からは最寄りのラーメン屋で、深夜に食すとなるとそこだから頻繁に行ったものだが、ここのところはご無沙汰である。見た事の無い店員。通っていたころに良く居た丸っこい中年の店員が作るあかつきのラーメンは、その決して派手ではない味のポテンシャルを見事に引き出していていつも抜群だったのだが、初めて見る兄ちゃんのあかつきはダメだった。

今は9日の朝だが、8日は久しぶりに日付が変わる前に眠った。良く寝た。ここのところは体がガクッとダメになっても復活が早いので助かる。ビートルズのリマスター盤が発売というニュースを見て、せっかくだからBOXセットが欲しい。とても欲しい。私の誕生日は10月6日だが、誰かくれないだろうか。Amazonだと3万円を切っていましたよ。

2009. 9. 7|MON

夕刻に起きるが、体がガタガタ。頭痛がして、頭の中がパキパキ音を立てるのだった。なんの音なのか。何か大変な病の兆候だとかそういうのだと知っている方がいればご連絡ください。って、ここのところ無かっただけで、何年か前は大体頭の中がパキパキなっていた。肩こり及び首のこりが酷くなるとなる。連日のデスクワークのせいである。PowerBook G4のキーボードをそのまま、もう5年以上使っている。肩がもう、がっちりロックされるのだ。金銭的余裕が出来たらワイヤレスのキーボードとマウスでも買いたいところだが、俺、トラックパッド好きなんよなあ……。速い。

さて、体がガタガタのままフライヤーの作業。大方終わる。

言及するのを忘れていたが、「web-conte.com」の相馬さんが突然、家に泊めて欲しいとメールをくれた。そのことは相馬さんの9月3日付けの日記に詳しいが、つまりは、

「のりおよしお」ばりに話はころっころ変わるが「地点」の京都公演が間近だ。二回のプレ公演(「行程1」、「行程2」)を経た本公演『あたしちゃん、行く先を言って太田省吾全テクストより』は、京都造形芸術大学内の「京都芸術劇場 studio21」にて8日から13日まで。みなさんもぜひ観に行ってみてはいかがだろうか。わたしは11日に観に行こうかと思っていて、でまあ、夜の公演だし一泊することになるのだけど、このさい児玉君ちに泊めてもらうのはどうかと思っているである。メールで打診してみたところ色よい返事なのだった。みなさんもぜひ、児玉君ちに泊まってみてはいかがだろうか。

ということなのだけれども、私と同居人は大抵夜は家にいるし、それに『あたしちゃん、行く先を言って太田省吾全テクストより』も観に行く予定だから、狭い家で申し訳ないが歓迎したいと返信したのだった。ところで相馬さんの記述にみなさんもぜひ、とあるが京都にお越しの際はご一報頂ければ。叡山電車元田中駅すぐ近くです。ちなみに京都造形芸術大学も近い。

さて、話は続くが、上の引用の続きに、

いや、気づいたらわたし、児玉君の顔よく知らないんだけどね。となると基本、待ち合わせのさいには児玉君にわたしを探し出してもらわないといけないが、じゃあ、いったい児玉君はわたしの顔を知っているのか。ひじょうにむつかしい問題である。なんとかなるんじゃなかろうかと思うのだ。

とあり、そうか、と思い自分の写真を探したが、人は撮れど自分はあまり撮られないもので、最近のものでは白塗りをした私、電車で白目を剥いている私、などというふざけている写真しか無いので困ったなあ、と思うも、「web-conte.com」のほうでこちらからは相馬さんの顔を幾度か写真で見ているので、まあ、たしかになんとかなるとは思えるのだった。

ただ、懸念すべきは「俺のそっくりさんがたくさん居る問題」である。何度か書いたように思うが、家から一歩も出ていない日の翌日、「お前、昨日三条にいたよな?」と、当時毎日のように会っていた今野君に言われたことをはじめ、「昨日、三条に居ましたよね?」と昔のバイト先の同僚にも言われ、どうやら三条に俺はたくさんいるらしいし、もっと遡って、中学の時、陸上部だった俺は自分が出場する種目が近づき、集合場所に行きアップをしアクエリアスを飲んでいたところ、同部員の面々(4、5人)の背中が遠くに見え、驚いたのは彼らが一生懸命「児玉がんばれー」と叫んでいたからだった。俺は走っていないし、そもそも彼らの背後にいたのだった。応援されていたのは俺のそっくりさんだった。背後から彼らに声を掛けたら驚愕された。つまり、俺が複数いるのは三条だけではないということだ。もっと酷いのは大学当時仲の良かった和加子さんに、「昨日、四条らへんに児玉くんいっぱいいたで」と言われたことだが、とにかく私は遍在するということで、長くなったが、相馬さんも違う俺の家に泊まらないと良いが、という心配の話である。

まあ、俺が相馬さんを判別できれば何も問題ないのだけれども。あ、もう朝だ。

2009. 9. 6|SUN

5日と本日は終日、依頼のフライヤーを制作していた。なので日記としては他に書くことがほとんどないのだけれども、毎日見て下さっている方もいるので、とりあえず何か書こうと思ってはいる。

あ、そうだ! 書かなくてはならないことをすっかり忘れていた。7月24日の日記で触れた、たこ焼き屋からお好み焼屋に、店名そのままに変身した「たこなぐり」だが、当時の店主の発言、

お好み焼が落ち着いたらたこ焼きも復活します

の通り、たこ焼きが復活していた。それは、3日のことであった。

どうやら、お好み焼が落ち着いたらしいが、それだけではなく、店員は随時店主のみであった体制から2人体制に増員され、さらにたこ焼きは様々な味のバリエーションを展開しての復活であり、たこ焼きより20円安いお好み焼(330円)には、たまごのせ(20円)というオプションの追加でたこ焼きと同じ金額ながらもお得感を感じさせるという本気ぶりだ。

当時、

赤いTシャツがトレードマークだった店主だが、お好み焼を始めてからTシャツは緑になった。なぜだ。

と書いたが、さらには黄色のものもあり、今考えてみれば、味のバリエーションを増やし、さらにお好み焼とのツータッグで魅せる、それをTシャツのカラーバリエーションの増加から暗喩していたかのように思える。

そんな戦略的店主はなかなか本気だが、今日居た店主で無い男は、「どのくらいかかります?」と、常連を気取って行くと、「どちらですか?」と問い返すので、「たこ焼き」と答えれば「15分くらいですね」、「じゃあ、お好み焼は?」とさらに問うと「あー、15分くらいですね」と言い、じゃあ、両方15分って最初に答えれば良かったではないか、と少し苛っとさせられたので、まだまだだ。

思いのほか「たこなぐり」に紙面を割いてしまった。あ、あとTumblrで何度か『ラブプラス』という単語を含んだ引用を見かけたので気にかかり調べてみると、ニンテンドーDSのゲームだったのだが、一部の人たちのすごい盛り上がりに驚く。熱は細分化されて、普通ならそれほど温度が上がらないものなのだが、今やこうして相当の高熱に達する。そしてそれを熱源から遠い人間も「偶然」知ることができるというのが今の状況だ。さらに、少なからずその熱は伝播し、不特定多数に広がり、高熱は熱力学第一法則に従いその平熱を下げるも、いわば一部に過多の熱があっただけだから好都合、誰に? もちろん、資本を肥やす者にである。全くその現象を巧みに利用する人は本当に利口だと思う反面、そういう知恵をかっこ悪いと思うのも本当で、だが、なんてことはない、それは新しくもなんともないかっこ悪さであり、昔から我々の良く知るかっこ悪さでもあるのだった。数学に例えれば、設問が変わったものの、少し応用すれば解ける問題なのだった。いやはや、そんなことで間違った回答をしていたらきりがないのである。

って上の段落は少しアクロバティック過ぎた。でもそういう日記のほうが書くのは楽しいというのが本音。とはいえ、読むには辛いが。

2009. 9. 4|FRI

ランタン

3日のことから。夕刻からフライヤーの撮影。叡電で鞍馬駅まで行く。何か鞍馬でなくてはならない理由があったのかというとそうでもなく、というか鞍馬には行ったことがなく、街っぽく無いところでやろうと勘で赴いたのだった。

毎度好き勝手にやらせてもらっているところのフライヤーの仕事だったが、とはいえ撮影は緊張する。慣れない。前日(2日)にシーラカンスに借りたランタンの光で撮影。写真がそのランタンを上から撮ったものだが、これがなければ全くの暗闇の場所で撮影していた。果たして鞍馬である必要があるのかは全くわからない暗闇だった。

それほど長い時間の撮影ではなかったのにわりと疲れる。撮影ってのはとにかく疲れる。学生の時、もっと過酷な環境で50時間ほどぶっ続けで撮影していた時のことを思い出し、もうとてもじゃないが映画を撮ろうという気にはなれない(あの環境は異常だったとはいえ)。

帰宅して素材の確認。飽き性なのでやったことのないことを今回してみたが、これ、本当に大丈夫か、とあれやこれやするも不安は去らずなかなか眠れない。深夜、諦めて寝る。

本日。ダラダラと眠る。フライヤー制作。少し光が見えてくる。とはいえ、本当にこれで良いのか、という疑問がぐるぐるし続けていてクラクラ。もう朝。とりあえず眠ってリセットしないとどうにもできない。そんなわけでスイッチを押すように日記。パシュッと。善悪問わず、インデックスに追加する感じ。果たして忘れたく無いから書いているのか、忘れるために書いているのかわからない。

2009. 9. 2|WED

そうですね、今日の気分で言えば、良く言われる「無人島に持って行くレコード」、三枚選ぶとしたら、先ずはNeil Young『After The Gold Rush』。次にThe Rolling Stones『Let It Bleed』。そして最後の一枚がTalking Heads『Stop Making Sense』。もうこれで全部でしょう。満ちている。女性の声? 大丈夫、『Stop Making Sense』にはTom Tom Clubが入ってる。

昼過ぎ、京都造形芸大のカフェでフライヤーの打ち合わせ。帰宅し、メール、電話。バイクに乗り街に。『サマーウォーズ』二回目。抜群だなあ……。ドーラがフラップターにパズーと二人乗りしてて、ほら、気を失うところがあるでしょう。水面ぎりぎりで意識が戻るんだ。そしてあの音楽。あの、『天空の城ラピュタ』の話である。『サマーウォーズ』にも魔法がある。アニメーションは批評の対象でも、オタクのツールでも無い。希望だ。

帰宅し、またもメールや電話に追われる。明日はフライヤー用の写真撮影を予定しているが、撮影時間が二転三転してしまい、急遽、深夜にシーラカンスに連絡し照明器具を借りる。孝学くんが三間くんとコンタクトを取ってわざわざ家まで持ってきてくれる。ありがたい。二人ともありがとう。それから「まあまあお茶でも」という感じで朝まで話してしまう。そんなわけで、すっかり明けてからの日記だ。まったくもって、いろいろ全然大丈夫だよ。とにかく「大丈夫力」だ。「だいじょうぶりょく」と呼ぶ。大丈夫だと言い、大丈夫だと思われたい。それが大丈夫力。

寝よう。

2009. 9. 1|THE

昼下がり、「みつばち」という出町柳にある甘味処に。あんみつを食う。旨かった。店を出るとなんとも快適な気候。夏は終わったのか、と残念に思う半分、その快適で気持ちの良い気候に喜ぶ。家に帰るのももったいない気がしたのでバイクでぶらぶら。日暮れに帰る。

帰宅後、メールや電話。その後少し眠り、深夜、昨日までとは別のwebの作業。未明に終わる。

9月かあ。奇数って良いよね。女の子の年齢も奇数が良いと思う。たとえば26歳より27歳のほうが可愛い気がしないだろうか。「しない」と言われればそれまでの話である。だが、断じて26歳より27歳だ。24歳より23歳である。って、もうその年齢の女性を女の子と呼称するのは違うような気がして、なんというかハッとする。27歳の女性なんて遥か彼方、遠い向こうだった頃が懐かしい。

ところで、奇数って良いよね、と言い、奇数の持つ色気、2で割り切れない(割れるんやけど、こういう飛躍は日常茶飯事だ)ことがもたらす云々から、数学へと思考が移って、それで拾ってきた言葉を適当にメタファーとして使って云々、という自分の思考回路には飽き飽きする。なんというか、ああ本当に飽きたんだなあって。結局飽きたら、違うことするしか無い。