October 2011
10月31日月曜日。晴れ。眠れば寝過ごすに決まっていたので、徹夜で京都の運転免許試験場に。最寄り駅はいくつかあるが、京阪の中書島に向かう。午前8:30-午前9:30が受付なので、7時過ぎに家を出、8時過ぎに中書島着。非常に見難い試験場のサイト によると、駅から直行のバスが出ているとのことだったので、まあ、少し早めに着いたな、と思いながらバス停に行き、時刻表を見ると、その日の最初のバスは午前10時台に来る事になっていた。
「そうかあ……」と思い、iPhoneで歩けばどのくらいかかるかを調べると1時間弱で、結局タクシーに乗った。初老の運転手は試験場に向かう人は大体あそこで困り、そしてタクシーに乗る、と語る。あと、試験所の横にあった喫茶店が閉じ、そこが1億で売りに出ていて、土地の広さから非常に安いが、誰も手を出さないし、何かわけありだと思う、といったことや、バイクが大嫌いだということを聞かされる。まあ、オーソドックスなパターンとして、(今は呼称が違うが)普通免許の更新でおとずれたと思われていたわけだけど、俺はバイクの中型免許しか所持していないので、大嫌いだと言われたかっこうになる。そして、俺がタクシーの運転が大嫌いなのは、京都市という観光地在住なことが理由の大きなところだけど、それはそれとして、まあ仲良く話す。
前回は、大阪の門真市にある教習所で、免停をくらってたから(京都市の執拗な駐車違反の取り締まりのせいだ。あれだけ、バイクや自転車が多いのに(なにしろ、俺が昔はたらいていた自転車屋は、ピーク時には一日100台以上を売り上げ、日本最高を誇っていたわけだから、まあ、ほかと比べたって多いよ絶対)、ちっとも駐輪場を作らないという酷いやり口で切符は切られる)、違反者講習を受け、すげー怖いビデオを見せられたのだけれども(これ、ホント怖い。交通事故、マジ怖い、となる。新しい免許を手にし、屋外に出ると、(結局、ほんのひとときだけど)とにかく車両が怖くなるくらい)、今回は一般者講習だったので、まあまあ怖いビデオを見せられ、熟練の教官は講談師のように京都府下の事故のデータを語り、そんなわけでなんというか、免許の更新をなかなかに堪能し帰宅。
洗濯をし、仮眠。夕方、我が家でハロウィンパーティが行われることになっていたので、来客。トミーが企画していたので詳細は知らなかったのだけれども、とりあえず諸江(翔大朗)くんはしっかりと仮装をしやって来た。えらい。ほかは誰もしていなかった。で、宇野(恵理子)ちゃんの料理はとにかく旨いし、トミーのそれも旨いし、あと持ち寄られたお菓子類も旨いので、なんだか今日は旨いものが食えて良い日だなあ、やったー、となり、あと諸江くんが持ってきてくれた「ジャングルスピード 」というカードゲームがすごくおもしろかった。この時には、料理を作り終え、おもむろに仮装し始めたトミーが、その一体何に仮装したのかよくわからない、ただの原宿にいそうな派手なやつっぽい格好になっていて、それがなんだかゲームの達人みたいだったのだが、仮装の長いつけまつげが眼鏡にひっかかり視界が悪い様子で弱かった。で、夜は更けて解散。良い一日。みんなありがとう。
こんばんは。
今日は雨だった。雨とは関係ないのだけれども、ここ半年ほど、ずっと左足首に違和感を持っている。どうにかしないとだめだ。あと、誕生日が今月の6日だったので、もうすぐ免許の更新期間が終わってしまう。どうにかしないとだめだ。明朝、出向こうと考えている。
しかしなんてつまらないんだろう。些少な満足も手に入らない。幸せなんて全部うそだ。考えてもみたまえ、君の近くには人がいて、食べ物があって、住む家があって、とか、そういう話はどうだって良い。そのことはそのことだ。そのことに永遠に満足しなきゃいけないのか。できないだろう、それは。その状態にも飽きる。飽きちゃいけないのか。いけないのだとしても、飽きる時は飽きる。仕方の無いことだ。だから、まったく満足は無いし、幸せってなんだ。つまんないね。興味ないよ、勝手にやってくれよ。と、そういうふうに思っているのは、今に始まったことではないのだけれども、それに、この日記にはそれなりにそれっぽいことを書き続けてきていて、だけれども、ここ数ヶ月はほんとうにそんなこと書きたくなかった。
だから、挨拶して、天気の話、それから体調、あと、免許の更新のこと。免許を更新しそびれてしまっては面倒だから。そう、だからもう寝よう。そうしよう。
ところで俺は多趣味だ。広く、浅く、といったタイプ。なぜかというと、たぶん、すぐに飽きるからだ。いけない。飽きて、別の、そしてまた飽きて、別の、と。
でもまあ、飽きてはいけないことってのもある。食べることとか、寝ることとか。まあ、飽きるときもあるんだけど、飽きても食うし寝るから、それはまだ良い。ほかにある。いろいろと。
飽きてはいけないんだけど、まあ、飽きるときはやっぱりある。ああ、飽き飽きだ、となる。なんで飽きてしまったのか、と考えたり。もうやりたくねえなあ、としょっちゅう思う。
でもやめちゃいかんという、よくわからない強迫観念というか、縛りがあって、飽きているんだけど、やる、という状況はままある。やらざるを得ない、という感覚とはちがって、飽きているけど、やる、って感じ。
そこのところがいまひとつわからない。飽きているなら……、とは思うんだけど、そうも単純なことでは無い様子。飽きているけど、やる状態は、いつのまにか発生させている。自然発生じゃなさそう。無意識に発生させている。
で、だからやるんだけど、すると発見しちゃうんだよね。じゃあ、ちょっとの間、飽き、が遠ざかる。もしくはそれから離れているうちに、別の何かからそれの何かを発見しちゃって、とか。
だから、広く、浅く、だけど、なんというか、浅い層が積み重なってる。なんかそういうケーキあるじゃない? あれみたいに。あのケーキ、脆い。すぐ最下層にいけるというか、特別の思い入れがないというか。
提灯とか良いよね。ふだん薄くおさまってて、使う時ふくらんで。かさばらない。
近所のスーパー「なかむら」で「やきそばセット」を買ってきて食べた。家着のユニクロのパーカーが飼い猫に穴だらけにされていたので、週末で値引き中だったユニクロに新しい、白い飼い猫の毛を鑑みての灰色の、穴が空いていないことくらいが違うそれを買いに。
ユニクロのあるカナートには、ものすごく大きな犬のぬいぐるみが置いてあった。iPhoneで写真を撮りたかったけど、週末で人も多く、知人にあったら恥ずかしいのでやめた。
こないだ、車の助手席に乗っていたら、前を走る大きな車に「Super Heavy」と書かれた三角のシールが貼られていて、昔あったバンドの名前とかっぽい、と思っていたら、カナートのHMVにその新譜が置かれていた。古いバンドじゃなかった。ミック・ジャガーの、初の別バンドだった。セルフタイトル『SuperHeavy』から、『Miracle Worker』のPVを以下に。で、日記終わり。
VIDEO
23日の日記から5日経った。23日のそれを読み、ああそんなこともあった、みんな、もう忘れただろうな、と思う。
少し間が空いたのは、単に寒くなり体調が優れないのと、気分が優れないのと、そのわりには大変な作業を繰り返していたからだ。24日のことなどまったく思い出せない。
24日のほうが近いのに忘れていて、23日は日記が書かれていたのでなんとなく覚えている。俺が覚えていてもお前は忘れている。その逆もまた。それが話題になったりする。思い出して大笑いしたりとか。関係ないこと思い出して大笑いしたりとか。憂鬱になったり。
覚えていることのほうに価値がある。内容以前に、それを覚えているかどうか。そして、俺が覚えていてもお前は忘れている。その逆もまた。それが話題になったりする。
だから時々、記憶と記録の魔力が疎ましい。ところで、インターネットって何だ。
どうやら疲れが溜まっていたようで、ぐったりしていた。
ところで、昨日、妙にこの日記のアクセス数が多かったので、なんだろうと調べると、http://tepco.researchlab.jp/ が理由だった。なんというか、URLを書き示すことがいちばん簡単な説明だったのでそうしたわけだが、それが目的で訪れた数百人の方々は目的を達したのだろうか。
で、アクセスが多いことで再考したわけだが、つまりそれの何が好きでなかったのかと言うと、例えば上記のURLが目的でここを訪れてしまった方々などは「なんか、Wikipediaの東京電力のページがすごいことになっているらしい」と見聞きし、調べ、Wikipediaのページはそんなふうになっていないから、あれ、と調べているうちに……、それで、最後に「あ、やっぱりなってた」という確認がある、そう推測するが、とどのつまり、それはそれで終わるだけの代物でしかないと感じたからだ。
で、なんとなくChim↑Pomの『LEVEL 7 feat.明日の神話』を連想してしまうのだけれども、美術作品として並列することはできないクオリティの差がそこにはあり、それの説明は不必要だと考えるが、だからつまり、もうそんなラプソディーは良いよ、っていうことなのだけれども、それはそれとして、こういった軽薄というか、安っぽいそれはそれであっても良いのかしら、とも思い、だから再考したわけだけれども、まあでもやっぱり、つまんないよな。小さい息抜き、一本の煙草と大差ない。少しのあいだ燃やして灰にして、終わり。それでなんか、ちょっと落ち着いちゃうんだからやっぱりダメだ、それは。もはやそんなことではないと思う。
で、日記だけど、ぐったりしていたのでメールに促され、The Specialsを聴きながら夜に仕事。つづく。
懸念していた降雨は免れた。じわりじわりと準備しているWilD90という、なんというか、なんとも弱々しいというか、曖昧な集団のための写真撮影を大阪府某所にて。依頼していたカメラマンの方も素敵な方で、そのあたりはもう少し情報がまとまってから告知したいと思うが、とても良い一日だった。なんだろう……、すごく好きな一日だったな。何かをやる、って良くも悪くも輪郭が曖昧なことだと思うのだけれども、それにあたって、そこにどういう時間があったか、そのことについては強い記憶であってほしい。それは情景でも感情でも、何でも良いが……。
今日はわりと早い時間から撮影に出向き、帰宅は午後9時前。だからTwitterはあまり見ていないのだけれども、幾度か目にしたのはhttp://tepco.researchlab.jp/ というサイト。見てもらえればわかるが、Wikipediaの「東京電力」のページをインラインフレームで表示し、画像をそのうえに載っけたものである。端的に言うと、これ、俺、好きじゃないし、面白くもない。と思い、そのことについて考えたのだった。何故か。その理由はもちろん幾つかある。だけど、単に、これ、別に良く無くない? そう言いたいのだし、そう言うべき程度のものだと思ったが、いかがだろうか。
昼飯を食った「U.K WILDCATS」という店が旨かった。夜、テレビで「IPPON グランプリ」を見る。
なにも書くことが無い。言ってしまえば、いつもそうだった。なにひとつない。とはいえ、起床の時間、昼飯、夕飯、その他もろもろ、書くことはやはりある。書きたくない、というか、書くほどでもないというか……。面倒だし、忘れてしまうし。人と話したことも忘れてしまうし、読んだものも、見たものも。だから、いやしくもこうして日記を書いている。飼い猫だって写真に撮る。
18日、19日、20日の日記。
18日。天気も良いし、バイクで出掛けようと、ここからだと大阪に向かうか滋賀に向かうかなので、滋賀を選び草津あたりまで。広大な駐車場を構える店舗が増えてきて、そろそろ引き返そうと思っていると、大きなリサイクルショップがあったので立ち寄る。リサイクルショップは2階で、隣はゲームセンター。1階はドンキホーテという、いかにも郊外な施設である。そこで、あ、これだ!というジーンズを480円で見つける。底値は郊外のリサイクルショップにある。
19日。晴れ。三条、四条に。夜、焼肉をごちそうになる。
20日。晴れ。本を買う。夜、天天有。
16日。にしすがも創造舎にて『トータル・リビング 1986-2011 』を観る。(それにしても、リンク先のF/Tのサイトはlightboxのz-indexを直してほしい)。
Twitterに書いた感想だが、「『トータル・リビング 1986-2011』観劇。あっという間に終わった感じ。二度の休憩が挟まれたのだけれども、その間、俳優たちはどんな時間を過ごしているのかと想像していた。実際は転換に慌ただしいのだろうが、それとは別の想像をし、それはただの空想の話だが、その姿が儚くて切なかった。」、これに対して宮沢章夫さんから、「なにを想像した?」と返信があり、回答として「最近、能を観て橋掛りに特別な何かを感じていたこともあり、休憩時、俳優を想うと、彼らがいるのが舞台と舞台でない場所の間、というかどちらでもない場所に思われ、それはもちろん休憩ではない時間によってで、だから、抽象的ですが、間にただいる思い出の様な姿というか…。」。と、言葉足らずになってしまった感がある。
ここでの「能」は「夢幻能」を指すが、つまり見えない橋がかりを想像したと言おうとしたのだが、どちらかといえば、休憩がエクキュクレマだったというべきだったといま思っている。
ここで拙作の話になり恐縮だが、『美しい話は綺麗な心の列車/ナイトランペット』は、能を観劇したことがきっかけで、その翌日に書き始められた。8月17日のことである。そして、「エクキュクレマ」という言葉は、その後、(「章」における)節として使用された。
いま、どうしても思考の軸にその小説があるため、それでわかった気になっていることが多々あると思い、どちらにしろそれを軸にだが、そのことを疑ってみたい。
観劇後、多忙のためなかなか催せなかったという出演者/スタッフの方々の食事会に同席させてもらう。主に相馬(称)さん とみっちゃん(小林光春)と話していた。面白かった。
それから、北千住の、毎度世話になっている家に。楽しい時間。疲れているところにお邪魔し、一泊させてもらい(寝てないのだけど)、京都にもどる。17日。午前中に帰宅。寝る。
13日。仕事。iCloud。Rosettaの関係で先送りにしていたOSX Lionへの敗北。
今日、14日。雨。思いついたことがあり『ノイノイ アンド ヌルヌル』を改めて書き始める。2枚。
深夜、トミーがテレビを観にやってきて、マッサージを受け、お菓子を持って帰っていった。
起き抜けに少し苛々とすることがあり、ムムムとなりながら仕事をしていると、青山景の訃報。Twitterでフォローをしていたのだったが、もうつぶやかれることはないのでフォローをはずした。なんだか酷く落ち込んだ。自殺ほど憂鬱になることはない。
鬱屈した気持ちで家にいるのも嫌なので、街に出て、あの娘かわいいとかなんとか思いながら歩いていたら気も晴れるかと街に出たが、そうでもなかった。
街に出て、できることと言えば買い物、現代において消費だけが娯楽、ストレス→消費→とはいえ不景気→消費者金融→法律相談所、みたいな連想で吐き気がしたのだった。『恋する原発』は、モザイクを除去する小説だった。世の中、最低だ。碌なことがない。
この頃、煙草に放射性物質が含まれている云々という記事をネットでちらほら見る。いままで煙草をやめようと考えたことはなかったけど、原発による放射能汚染より煙草のほうが怖いなどといって、煙草がスケープゴートにされるくらいなら、こんなもの無くなったほうが良いと本気で思ったのだった。果てしなくくだらない。絶望的だ。もう、そんな話はよしたい、それだけだ。
『街道筋の着地しないブルース』を聴こう。
今は12日の昼だ。11日、昨日のこと……、思い出せない…俺は、記憶喪失なのだろうか。
そんなことはないので、日記を続けるが、10日にある仕事が一段落し、土日は休む、と少し前に決めたものの、先週末は午前4時から働く勤勉ぶりで、だから、今日は休もう、と読書。
高橋源一郎『恋する原発』(「群像」2011年11月号)を読む。
先月末完成した『美しい話は綺麗な心の列車/ナイトランペット』は半分ほどの期間、(今週末まで京都芸術センターで展示中の)『高嶺格展覧会『ジャパン・シンドローム』step1 球の裏側』での映像作品&パフォーマンス(9/23日のみ)の制作と並行していて、『ジャパン・シンドローム』の制作において、俺はなんども「原発」「放射能」ということばをひとに投げかけることになった。
それで、あえて『美しい話は綺麗な心の列車/ナイトランペット』を書くことを中断しなかったというか、無理してでも書き続けたことには明確な意図があり、それはまあ、どうだっていいのだけれども、11日、つまり書き終えた後、『恋する原発』を(必然のタイミングで)読んで、どうしても拙作とリンクする箇所に意識がもっていかれ、それは自意識過剰なのだろうと思いつつも、それだけではないのではないか、とも本気で思うのだった。
それは、仕方がないよなあ……、とぼんやりと思う。
昨日の日記にある通り、午前4時起床。『街道筋の着地しないブルース』を聴きながら午後まで仕事。しかし今日、納品したwebサイトの制作は勉強になった。むかしやっていた映像編集の仕事では、何箇所かの決まったタイミングでそれぞれバックアップを取り、問題があった場合、そこまでのそれを捨てて、必要なところまで戻ることを徹底されていたのだけれども、今の仕事はケースバイケースでやっているとはいえ、あらかじめある程度、引き戻せる地点を想定しておくのが懸命だと思い知った。捨てられないという貧乏性は何においても良く無いナ。
同居人が離島から帰ってきたので、夜は外食。帰宅後、Twitterを見ていると、トミーが、
全身黒エナメルスーツの人が前を横切った。顔はガスマスク
とつぶやいていたので、「大変だ」と思い、「マジかよ」と返すと、追加情報があり、それは出町柳駅前でのことで、エナメルがぎっしぎっし音たててた、とのこと。
夜だし、その黒い全身がほんとうにエナメルかどうかは見分け難いと想像したのだけれども、ガスマスクはガスマスクだから、ずいぶん怪しい。みんな、気を付けて。
と、トミーとやりとりをしていたら今野(裕一郎) くんから電話。Skypeに切り替えて、午前4時過ぎまで話していると、例の如く飼い猫のもきちが寄ってきたので、Skypeを終え、餌がまだあることを教えに行き、そのついでに溜まっていたダンボール(プリンターや、椅子、実家からの食物、ずいぶん前に東京からこちらに送ったものなど)を切り刻んでゴミ袋に入れ、さらにもきちのトイレを風呂場で洗い、腰が痛い、朝日とともにゴミを出し、あー疲れた眠い、といま日記を書いている。
ところでさっき、今野(裕一郎) くんと話していて(次に述べる小説とは無関係な話に終始したが)、自分で書いた『美しい話は綺麗な心の列車/ナイトランペット』の謎を解く鍵のようなものが何度か垣間見えたのだった。作者であるわたしは一番の読者でもあるのだけれども、教えて欲しいことがたくさんある。それだけで、俺は、これがいろんな人に読まれて欲しいと願ってやまない。
8日、9日、そしてこの日記を書いている10日と、飼い猫のもきちによって朝4時に起こされている。もきちは朝夕の一日二食なのだが、それがいま、午前4時と16時なのだ。
それで、目が覚め、仕方が無いので未明から働きはじめ、すっかり仕事が捗ってしまった。主に午前中に働き、午後はゆっくりとするのが、案外良い。
とはいえ、4時は早過ぎる。と、いうわけで9日、夕食をやるのを遅くしたのだった。しかし朝4時に起こされる。「えー」っと思いながら自室から階下に行くと、餌はやはりまだあるのだった。「餌は、まだあるぞ。無いなら起こしても良いけど、ちょっとちゃんと確認してくれる?」と怒るも、10日の朝も4時に起こされたのだった。
さて、この仕打ちをこれまで主に受けていたのは同居人である。ここ数日、留守のため、俺が起こされている。すげーしつこい。
他のことも書こう。木下古栗はだいたい読んでいるのだが、それでもあまりおもしろいと思ったことはなく、『Tシャツ』(「群像」2011年11月号)で初めておもしろかった。あとHMVで衝動買いした中川敬『街道筋の着地しないブルース』が素晴らしい。近所のスーパーなかむらの弁当は安くてうまい。今は14時だけどもう眠い。
かぜのねという店で昼飯。
夕方、意表外のギャラを受け取りに街に出向き、そして受け取り、さあ、何か買うぞ! と意気込んでうろうろしたが、寝不足だったのもあってすぐに疲れて帰宅。
強気になって、ずっと欲しかったNEW BALANCEのM1500UKのグレーを見に行ったり、リーバイスで新しい606を買おうかと考えたりもしたのだったが、結局、ハブラシ(GUM)/歯磨き粉(GUM)/ボールペン黒×1 赤×2(無印良品)を買っただけである。
物欲がなくなっている。喉から手が出るほど欲しいものなんて、簡単に思い浮かばない。大きな問題だと思う。
5日。来ると言っていた日に佐川は来ない。どういうことだ。体調不良。焦りながらも横になっていた。
6日。誕生日。28歳になった。お祝いのメッセージをくださったみなさま、来訪していただいたみなさま、ありがとうございます。
いつからか、俺は誕生日がとても好きだ。ずっと好きだったのかもしれない。The Beatlesも『White Album』の二枚目がいちばん好きだ。この家に越してきてから、自分の、そして他人のそれもたくさん祝えた。なによりそれが嬉しい。28歳のわたしもひとつ、よろしくお願いします。
28歳の抱負は? と訊かれたけれどなにもない。いまは金にも困っているけど何とかなってはいるし、このまま歩みを止めなければそれで良いと思っている。俺は、思い描いている。
Steve Jobsの訃報。あんなに新作が話題になる作家はここ数年、居なかっただろう。昔、AppleのCMに(Jobsは在籍していない時代だけど)夏目漱石として出演していた筒井(康隆)さんは、最近、短篇を発表し『ビアンカ・オーバースタディ』と『聖痕』を控えている。イーストウッドは新作『J・エドガー』を。来月発売予定の坂本慎太郎『幻とのつきあい方』はジャケットから最高だ。Steve Jobsが居なかったら、それぞれはまた違った形になっていただろう。どちらにしても、存在しただろうが。そして、どっちが良かったかなんかわかるはずもなくて、俺は今、挙げた作品、どれもが楽しみだというだけ。
刻々と変化。でも俺は、このまま歩みを止めなければそれで良いと思っている。俺は、思い描いている。
風邪でぐだぐだしていた。
それにしても、佐川急便には腹が立つよ。あいつら、異常なくらいチャイム押すんだよ。今日、初期不良で交換してもらうプリンターが届いたのだけれども、風邪で寝ていて、でもしつこいからぼんやりとした感じで起床し、受け取ったのだけれども、それと同時に不良品のほうを引き取ってもらわなければいけないのに、佐川はささっと帰ってしまったのだった。受け取った箱にはその旨がでかでかと書かれていて、あいつら何にも見てねえなと思い、しかたなく電話を掛ける。じゃあ、掛けた相手もいまひとつ話の通じないやつで、今日はいつごろ? って聞くから時間を言ったら、今日は無理で……というようなやつで、しかたなし、ふりまわされて明日、集荷に来るということで話がつく。で、くりかえすが風邪なので寝ていたら、来たんだよ、夜に。佐川。で、異常なくらいチャイム押すんだよ。バカじゃねえの。腹が立って無視していたら、ほんとずーっとチャイム押すの。延々と。何あれ? マニュアル? ダメダメ、佐川はダメだ。あいつら、折り曲げちゃいけない、受け取りのサインが要るって書いてある荷物、折りまくって無理やりポストに詰めて帰るからね。なんか一回、文庫本が折れ曲がってたし。全然、約束守らねえ。反面、我が家に来るヤマトの人はびっくりするくらい良い人なんだよ。なんだこれ。もう、ヤマトしか来て欲しくない。
という話を同居人にしていたら、偶然、佐川急便のCMが放送され、「こんな感じのやつら来たことねえよ!」と憤る。
このまま閉じたら、ただの企業への悪口だけなので、何か書くことが無いか考えている。面倒なことである。
あ、そうだ。『ノイノイ&ヌルヌル』というタイトルで小説を書き始める。
さあ月曜日の朝だ、と机に向かっていたら、(朝倉)太郎から電話があり、来宅。風呂を浴び、華祥で昼飯を食らい、珈琲を飲み、『GHOST DOG』のDVDを観て帰っていった。
そうだ。備忘録。太郎が、俺が以前、この日記でイベントをやろうかと考えていることを書いたら、なんだかやる気の彼がいろいろとやって、クリスマス・イブにやることに大体決まった。場所とかも。あと、太郎に教えてもらったm.o.v.e『DOGFIGHT 』のPVがヤンキー的萌え(燃え?)が見事で、いろいろ調べているとサーキット会場でライブをしている映像とかもあって面白かった。
夜、京極(朋彦)くんが用事で来宅。2割打ち合わせ、8割雑談。その流れで深夜に延々とアニメが流れているチャンネルが無料試聴期間でそれを見ていたら頭がおかしくなりそうだったのと、風邪だったのとで寝る。
やる気になって、『美しい話は綺麗な心の列車/ナイトランペット』を印刷して綴じる。この小説を書くきっかけになったのが、能の観劇だったのだが、このことについてはまだうまく語れない。それがなぜなのか自分でもよくわかっていないのだけれども、そういうことがわりと珍しく、貴重で、しばらく考えたいトピック。
1日。先月29日付けの日記に完成、と書いた小説だが、ついつい細かい修正をしてしまう。その過程で、懸案だった縦書きにするか横書きにするか問題も解決。
それで、その『美しい話は綺麗な心の列車/ナイトランペット』だが、プリントアウトして綴じているうちに、デザイナーとしての部分がふくらんできてしまい、収拾がつかない感じに……。それで悶々としてしまったのだったが、さらには先日とどいたプリンターが初期不良のため交換扱いとなり、それを待っているのがいまで、そして、いまあるCanonのそれの黒インクが無くなったのがいまで、つまり、簡単にいうと億劫になってしまっているのだった。
そんなわけで、ここを読んでくださっている方で、完成したそれを、印刷されたものよりPDFのほうが良いというかたがおられましたら、mail@losco.jp までご一報いただけましたら、お送りいたします。
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