May 2010
28日。昼に北千住にある「ハノイハノイ 」というベトナム料理屋に行く。一軒家を改装した店構えで、二階の席でのんびりと過ごす。料理も珈琲も美味しかったが、食前に出された蓮茶というお茶もまた美味く、山村(麻由美)が茶葉を買ったので、店ではアイスだったがホットでも飲んでみる。どちらも美味。
「ハノイハノイ」の方がTwitter でメッセージをくださったが、
蓮の加工が高級になり今のベトナムでは普段用の蓮茶は全部、緑茶のベースに蓮茶の香りや花びらを混ぜたり、のものなのです。だから余計に私たちに馴染みやすい味になってると思うのです。
とのこと。なるほど。
さて、本日29日だが、夕方、観客として行く予定だった『ジャパニーズ・スリーピング/世界でいちばん眠い場所』のリーディング公演の手伝いを頼まれたため、稽古場を訪問する。戯曲と、これに関する小説はすでに読んでいたので、贅沢な稽古場訪問になった。
リーディング公演は明日から本番。楽しみだ。
25日。夜行バスで東京へ向かう。オフシーズンの平日のせいか、車内では乗客一人に二人分の席が割り与えられていて、たいへん快適だった。渋滞も無く、午前6時に東京着。26日。『原始人みたい 』の時と同じく世話になる北千住の家に。
本日27日。夜、(橋本)和加子さんの出演している舞台『家の内蔵 』を観に、新宿に。和加子さんを除いた『原始人みたい』のメンバーに、山村(麻由美)、みっちゃん(小林光春)を加えた大所帯で観劇。相馬(称)さん もいらしていて、終演後、上演を終えた和加子さんも合流し食事。
『家の内蔵』は面白かった。笑ったな。何に笑ったの? と問われると、だからこうこうで、こんなことをして、と身振り手振りで説明しても伝えられない。面白いエピソードだったわけじゃない。面白い感じ、が畳の舞台に静かに膜を張っていた。終わりかたが好きだったな。
そんなわけでしばらく東京の日々。観劇の為に少し早めに来たが、思いのほかやる事が無い。
あ、あと、右のInformationの欄にありますが、『おばけ強盗団 』がiTunes Storeで販売中です。この日記をご覧いただいている方は、もうお聴き頂いているかもしれませんし、フリーダウンロードしていただいたかもしれないのですが、改めて販売しているのは「もしかして、流行るんじゃないか? でもな、売らないとな。売ってみよう」という好奇心です。販売のものの名義は、作曲当時のクレジットであるジャジャジャジャーンにしてあります。それは謎の二人組ということになっています。まあ、俺と山村ですが。なので、むっちゃ流行ってたくさん売れたら俺と山村にお金が入ります。流行らねえかなあ。
22日。理由あってウィンドウズ環境が必要だったため実家に問い合わせてみたところ、Windows98環境のノートPCが余っているとのこと。それと、母親経由で頼まれた映像編集の作業があったので、その資料の受け取りということも合わせて、夜、実家に行く。諸々受け取り帰宅し、映像編集の作業。受け取ったデータがmtsという未知の拡張子のもので、調べたところハイビジョン映像の規格らしいのだが、開けないしどうしたものかと四苦八苦。キャプチャーは出来るのだが、そうすると、編集指示書はmtsという拡張子のデータを使って書かれていて、それがどの部分かわからなくなってしまうため、ネットを彷徨い、海外のフリーソフトをダウンロードして、数時間後、ようやっとmtsのデータをmp4に書き換える。で、Final Cut ProがPowerBook G4にしか入っていないので、そちらにそのmp4のファイルを移すと、ブロックノイズだらけに圧縮されてしまい、匙を投げたくなる。仕方が無いので、使ったことのない最新のiMovieで編集。朝、無事にDVDに。しかし家庭用ハンディカムも凄い画質だな、今は。安請け合いすると大変だよ。
で、Windows98だが、これも色々と問題があって、それを細かく書くとなんだかコンピュータのことばかりの日記になってしまって嫌なので省略するが、結果、何とかなる。
その他、いろいろあったが、これで何とか東京に行けそう。もっと愉快なことを書きたかったが、こういう日々だったので仕方無し。
20日。色々と消耗していたので、ひとつ元気を出そうかと天天有に行き、ラーメン。ちょうどその頃、iPhoneに届いたメールにも励まされる。帰宅後は、帰り路に買ったBRUTUSを読み、『Bad Kids』のPV を半泣きで繰り返し見てしまい、外も明るくなってきたし、もう寝ろよ、俺、と思い眠る。
本日。夜、アトリエ劇研で村川拓也『小走り/声を預かる』を鑑賞。昨年の10月 に、『忘れられた日本人』という、今回の作品の叩き台と呼んで良いのかはわからないが、同じテキストを扱った小品を大阪で鑑賞していて、どちらかといえば、そちらの方が心動かされていたので、それが何故かと考える。なんだろう……、サイズというよりかは、フォーマットかしら、前回は雑居ビルのワンフロアにある狭い場所での上演で、役者も違っていて、男性(工藤修三)は同じだったのだが、女性が、山村(麻由美)だったのだ。端的に、今回出演していた二人の女性よりも、山村のほうが良かったのは、何か。アトリエ劇研での今回の公演に山村が出演していたら、ということはわからないが、単純に前回から引き継がれている部分もある宮本常一のテキストを扱うにあたって、声を含めた身体が山村のほうに適していたというのは言えるところだ。工藤修三さんは引き続きとても良い俳優だと思った。『忘れられた日本人』と比較して何か物を言うことが良いことだとは思っていないので、つまりのところ、俺は昨年上演された『忘れられた日本人』が好きだったということを書いているのだろう。あれはとても良かった。あれがもう一度観たい、と言って締めてしまうのは読まれる日記として問題だから、もう少し粘るが、うーん、なんだろう、まだ引き続き上演中だし、ぜひ観てもらいたいのだが、何と言えば良いのか。やはりサイズの違い(劇場の大きさと、相互補完的に変化していた役者の身体)は大きいが、そもそもフォーマットそのものが違う気もするからサイズの違いを言っても仕方が無いかもしれないし、むむむ……。ダメだ。これ以上、述べようとすれば細部の話になってしまう。あの、観に行ってください。それでこの日記の言説が気にかかったなら、その後、話しましょう。
劇場であった植松(昂)ちゃんと山村(麻由美)とそのまま流れて夕食。帰宅後、京極(朋彦)くんが来訪。主にジャッキー・チェンの話をする。話しているうちにジャッキーのことが気になり出し、「The Official Website of Jackie Chan 」を見たりしているうちに、YouTubeで「ジャッキーの強敵ベスト3! 」という動画を見つけてしまい、1位の、未見の映画『九龍の眼/クーロンズ・アイ』に登場する小柄の男がとても気になってしまう。どうやら、
最大の仇役として登場する唖の男性に扮するのはジャッキー・チェンのスタントマンチーム「成龍班」のスタント・コーディネーター、ベニー・ライ。後年の作品『酔拳2』のロー・ワイコンや『ゴージャス』のアランら「足技の強い仇役」の先駆けとしてスピーディで華麗な足技を見せ、クライマックスの激闘を盛り上げた。
とのこと。東京に行くまでに観たいな。
夜、DVDでジャームッシュの『GHOST DOG』を観る。DVDのジャケット等で日本刀を握る男の姿があるが、日本刀では一切戦わない。ゴースト・ドッグが使うのはサイレンサーを付けた銃だ。ゴースト・ドッグは動物が好きで、笑顔が優しい大男だ。フランス語を話すアイスクリーム屋の男が親友で、趣味は読書だ。車中では必ずヒップホップをCDで聴き、そしてゴースト・ドッグは殺し屋である。
『DEAD MAN』との共通項は多々見つかるわけだが、特に重要なのは、どちらも「死」が定義されているところ。そこでは未知、もしくは恐怖として「死」が存在しないため、全ての殺しは現象としてだけ存在する。だからそれは音楽だった。それは美しく、素晴らしいことだった。
観賞後、Skypeで今野(裕一郎)くんと(橋本)和加子さんとムトミさん(武藤美帆 a.k.a 女ギャング団)と、三人が暮らす家を訪ねていた山村(麻由美)と雑談。次のことを話した。どうせ暇なんだろうから早くこちら(東京)に来いと言われるが、再び、ひと月を超える滞在というのは想定できていなかったため、それなりに無理も生じているわけだ。まあ、とにかく懸案事項を解決しなければ。
さて、そんなわけで今月末からまた東京に行く。主には来月末に大阪で行われるイベントへの出演の稽古のためだが、もう一つの理由は演劇鑑賞。山村麻由美の出演する『ジャパニーズ・スリーピング/世界でいちばん眠い場所 』、橋本和加子の出演する『家の内蔵 』、あと観られたら岩澤(侑生子)さんの出演する『humming4 』も観たい。全く豪華な話じゃないか。1週間の間に、長い付き合いの女優たちがそれぞれ活躍しているのを観られるのだから。
いろいろと、悪く無いよ、全然。さて、『THIS IS HAPPENING』を聴こう。
右目が3日ほど痛かったので眼科に行った。少し入り組んだ場所にある自宅から通りに出て、その後はバイクで一度も曲がらずに行ける大きな眼科だ。眼科が総合医院のように混雑しているとは想像していなかったのだったが、受付から2時間も待たされてしまった。午後の診療時間を過ぎても俺を含め多数の患者が診察を待っていた。こういった時不安になるのは、医者がもう早く帰りたいということで適当に診察されてしまうのではないかということだ。5分ほどの診察の後、まあ大したこと無いでしょうと目薬を処方された。目薬を点眼して二日になるが、痛みは大方ひいた。
母親と美術館に行った。
ところで、俺は今年の1月8日付けの日記 でこう書いている。
どうも罰を受けているような気持ちになるのだから、言葉を口に出したり、文字に起こすということは、いつまでも加害でしかあり得ないのだろう。そんなふうに思えば、インターネットの世界というのは、無尽蔵に言葉が蓄積される地獄の様相に見える。そして、その言葉たちはそれぞれの身体性を剥がれた状態であることが殆どだ。保有者が不明確になった言葉の蓄積は、『ドラゴンボール』の悟空の技、「元気玉」と同じ案配で集合し、いつか誰もが知らぬうちに、異常な、そして全てを超越した生命体を生み出してしまうのではないかと、心配で夜も眠れない。ただ、朝になると、まあ、そんなはずないよなあ、というか、そんな事を少しでも思ったということを忘却し、太陽の下すっかり夢の中だ。
USTREAMで「再生*ラウンジ 」という展覧会の企画の一部として、うしじま の撮影会を見た。その後には、同じくUSTREAMで、ほぼ日の企画であったMr.マリックのマジック・ショーも見た。「裏では」DOMMUNEが。どことなく、引用の日記と黒瀬陽平の「カオス*ラウンジ宣言2010 」は、繋がる部分があるのだが、それはそれとして、うしじまの撮影会のスクリーン・ショット。
どうやら、「信じられないくらい暑い」とコメントしている人は会場に居た様子だが、それは人口密度の高さ故のようだった。なんだか高校の文化祭に芸能人が来た様な案配で盛り上がっていた。つまりはそういう事で、それ以上でも以下でもないということだ。俺が日記で述べたことというのは、もっとオートマティック、そしてそれ故に残酷な想像である。
雨が降っている。LCD SOUNDSYSTEMの最後のアルバム『THIS IS HAPPENING』を聴いている。
13日のことから。前田司郎『逆に14歳』を読んだ後、祇園会館にて『パブリック・エネミーズ』と『イングロリアス・バスターズ』の2本立て。1,000円で過ごせる至福の5時間だった。ここ数日、体調が優れず、2時間オーバーの映画を2作も見られるか不安だったのだが、1本目の『パブリック・エネミーズ』序盤から集中がどんどん増した。『パブリック・エネミーズ』終わりには頭が絶好調で、『イングロリアス・バスターズ』は最高に面白いながらも、あからさまに尺の都合でカットされまくりで、これ4時間あっても俺、観たよ! ってな感じでご機嫌の帰宅。1,000円で観られるサービス・デーだったにも関わらず、そしてこの2本の上映だったにも関わらず閑散としていた祇園会館。お願いだから潰れないでね。
14日。ヒップホップだ、と急に思い立ち、とりあえずトラックを作ろうと作業していると完全に頭のおかしい音ができてしまったので断念。時間切れで大阪の病院に向かう。減薬してひと月、何とかなりそうだが更なる減薬はあれかも、ということでしばらく現状維持。ついでに地元に帰り、母親と、ちょうど帰宅が同じ頃になった妹と駅で待ち合わせ夕食。父親は今月で定年退職ということで、送別会で不在だった。酒も煙草もついでに博打もしない父親だから、結婚して午前様などなかったとは母親の弁だし、俺たち兄妹も知ったことだったが、おそらくこの日もほどなく帰宅したのだろう。夜にNHKで、西山(真来)さんと川口(聡)くんが出演していた『血の婚礼』が放送されるとのことだったので早々に帰宅したが、午前5時起きで帰路、すでに睡魔に襲われていたため、ほとんど観れず。
本日。朝、12時間ほど空けてTwitterを見たら、(橋本)和加子さん と相馬(称)さん が「じじい(俺のこと)が悪い」というような会話をしており、それは今月13日付けの相馬さんの日記 の内容に触れてのことだったが、引用すれば、
これは児玉(悟之) 君から聞いた話だが、橋本さんはかねてより大阪訛りをとりたいと考えているらしく、あるとき今野君に、「うち、これからもう標準語でしか話さへんねん。もし大阪弁になってたら指摘してやあ」と言っていたという。そんな橋本さんが、舞台上で魅力的でないわけがないじゃないか。あと、「嫉妬深い」という噂。それから、「掃除をしない」。ぜんぶ伝聞である。よくは知らない。じぶんの目で見て言えるのは、「かわいい」ってことぐらいだ。
とあり、いや、違う、これは確か話を10倍大きくして話すことで有名な山村(麻由美)が言っていたのではないか、と思いつつ、や、俺が言ったのかも、とも思うのでそれほど強い否定の動機は持てず、しかし相馬さんがただ「かわいい」と誉めてずるいのは確かだ。
先月末に、おおまかに言えば、パソコンを教える人、を募集する案内を見て面接に行ったのだったが、どうやらそれはWindowsの、特にOffice系のソフトを教える仕事だったようで、面接の後、エクセルを教える模擬試験のようなものが行われた。「10分くらいでどういうふうに教えるか考えてください」と言われた俺はエクセルをほとんど使ったことが無かったため、その10分でエクセルを勉強したのだったが、模擬試験を終えると誉められ帰された。それから半月ほど経ち、連絡が無いためやっぱりダメだったのかしら、と思っていると、昨晩、採用のメールがあり、添付のものに記述し返信くださいとあったのだが、俺のMacではそのファイルは開けないのだった。開くにはWindows環境にしか対応していない、フリーのソフトウェアをインストールしなければならないのだった。というわけで、今、少し途方に暮れている。
今は13日の昼で、前田司郎『逆に14歳』を読み終えたところなのだが、前田司郎の本はいつも祖父江慎さんが装幀していればなあ、と思う。
日記が滞っていた10日11日12日は、廃人のようになっていた。体調不良と心労でぐったりとしていたが、ようやく目が醒めたので、こうして日記も綴られる。
だが、なにぶん書く事が無いのだった。
あ、そうだ。5年前に作った『おばけ強盗団』という歌は当時も評判が良く、共同制作した山村(麻由美)の母親が勤務先で流行らせてくれ、それで冗談で作ったCD-R(のために、ディスクにプリントできるプリンターを買ったのだった。プラケースにすると、販売予定価格だった100円では赤字になってしまうため、A4の厚紙にジャケットをプリントし、母親に手作業で紙ジャケットを制作してもらった)50枚は完売し、追加生産までしたのだった。懐かしい。この曲がきっかけで出会った人もいたな。そんな『おばけ強盗団』だが、それが含まれている『KODAMA SATOSHI Ⅰ』をダウンロードして聴けるようにしたところ、小澤(薫)ちゃん や、相馬(称)さん が、それぞれのブログで誉めて下さっているので、調子に乗って改めて『おばけ強盗団』のMP3ファイルへのリンクを以下に。
『おばけ強盗団 』
なんか、PVとか作ったらYouTubeで流行ったりしないだろうか。アニメーションが良いかな。
上のPSGのPVみたいなのが良いな。誰か作ってくれないだろうか。
8日のことから。今月6日にその待ち時間の長さから行くのを延期にした「没後400年 特別展覧会 長谷川等伯」を観に行く。まあ、今日は待つよ、という感じで向かったのだけれども、幸いにしてほとんど待ち時間は無かった。さすがに館内は込み合っていたため、少し距離をとって鑑賞したい大きな屏風や襖絵などは、理想の形では見られなかったが。
展覧会としては単調だったものの、展示物が展示物だけに面白かったのだったが、縦10メートルある「仏涅槃図」は、その大きさゆえに完全に吊るしての展示が無理だったようで、ちょうど入滅する釈迦のあたり(おおよそ中央)からは、手前から奥に上がる傾斜を持った台に寝かされていて、それが残念だった。特に気に入ったものに「弁慶昌俊相騎図絵馬」と「枯木猿猴図」、あと「恵比寿大黒花鳥図」。なんか、ふざけた顔の二人がふざけている絵だった。
本日9日。父親が還暦を迎えたということで、帰省する。実家の前の通りまで来ると、ラジコン片手に帰宅する父が見えた。家族で食事に行くと、母の日ということで、母にだけデザートがサービスされた。母が買ってきたケーキは意図せず母の日を意識したもので、ハート型のチョコが散りばめられ、桃色だった。世間では、還暦祝いといえばそれなりの物が贈られているのだろうと想像するも、あいにく金が無いので『グラン・トリノ』と『スペース・カウボーイ』のDVDを渡す。
日付が変わる頃、帰宅。今月末からまた東京にしばらく滞在しなければならず、しかし幾つかの問題があり、それに頭を抱えている。そんな折、「我々は<群衆の叡智>という名の、自身を正当化する言葉を持ち過ぎたのだ。第一に、己は決して正しく無いということを忘却してしまった。言葉は霧では無く、石なのだ。」と呟く。まあ、何とか解決するだろう。幸か不幸かそうするしか無い生き方を選んでしまっている。
10年ほど前、俺は府立高専という学校の機械工学科に入学し、大量の難解な教科書(中には日本語で書かれていないものもあり、仮に日本語で書かれていても理解できないだろうにどうすれば良いのか、と。しかもたしか7,000円くらいする書物だった。腹が立って駄菓子のおまけのシールを貼ったのを覚えている)を買わされたが、その内容はまったく忘れてしまった。授業の内容で覚えているのは、数学の教師が黒板を数式で埋めては消し、埋めては消しを1時間続けて一つの数式を解き、その答えが零だったのをノートに書き写しながら、「あんなにいっぱいいろいろ書いたのにゼロなんや」と呆然としてしまったことと、「Ich spreche Deutsch nicht」という「私はドイツ語が話せません」という意味のドイツ語だけだ。
ではまあ、学校では大体ふざけていただけなのかというと、その通りなのだが、買わされたものの授業では使われなかった本が一冊だけあり、他のあまたの教科書は行方知れずだが、その一冊だけはまだ手元にあり、今でも時折読むし、当時もそれだけは自主的に読んでいた。木下是雄『理科系の作文技術』という本だ。
『理科系の作文技術』は29年前に初刷が出版され、俺の手元にあるものは40版、そして今もまだ増刷を続け、それほど大きくない本屋の棚でも目にすることができるベストセラーだ。
さて、一体なぜこんなことを書いているのか忘れてしまった。この調子で進めれば、俺は『理科系の作文技術』がいかに素晴らしい書物かを述べることになるが、まあ、あの、もちろん内容はそうなのだけれども、フォントとか印刷も好きで、まあ、なんだか綺麗だな、ってくらいで、特にその内容に触れるつもりは無く、今日の高橋源一郎のTwitter に登場した小島信夫の『残光』の話や、今日読んだ『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』の感想に繋げたかったのだけれども、そんなことは到底無理な話だ。それは初めから気が付いていた。それをある程度まともにやろうとするならば、たくさん執筆メモをとり、下書きを丁寧に、そして何度も書かねばならなかっただろう。でもこれは日記だし、そんなふうなことをしていたら次の日になっちゃうし、大体、お金ももらえないのにそんな重労働はしたくないのだった。
ではなぜ、上のような書き出しをしてしまったのか。答えは、それを知り、つまり、そんな大仰なことが簡単にはできないということを知り、ではその時俺は日記をどう終わらせるのか、それが知りたかったからだ。と、言ったもののそれは嘘。本当はただ単に日記を書きたかったからだ。さて、日記でも書こうか、と対面した時の気分、それが冒頭の文章になっただけのこと。そしてそういったことが連続して今ここにいる。だからここからどこにでも行ける。高橋源一郎がTwitterでTwitterの下書きはしない、と述べていたこと、そしてその理由として述べていたこととここまでの俺の日記との関連付け、または面白かった 『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』の文中にあった「顧客」という言葉の定義を、この日記において解釈すればどうなるか、さらには、 『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』を読むに至った直接的理由である筒井康隆の 偽文士日碌 の内容への言及をクッションに、筒井康隆の文章からいかに俺が影響を受けたか、そしてそれと 『理科系の作文技術』から受けた影響を絡ませての論考、などなど。あ、そうだそうだ忘れていた、掲載の写真のことだが、などと話を飛ばしても良い。なんでも良い。もうここで閉じたって良い。俺はただ日記が書きたかっただけで、もっといえば何か文章が書きたかっただけで、それは既にそれなりの分量が書かれている。ご覧の通りだ。
ここでの俺の欲求の中心はコミュニケーションでは無い。文章が書きたいだけだ。毎日書きたいから、それが日記であることが都合が良いのだ。唯一、俺を縛るのは「文章」という言葉の持つ理不尽な力だけだ。こんな内容の日記を付ける気は全くなかったのに、こうなってしまったのは、全て「文章」という言葉のせいなのだ。誰かに何か言いたいわけではない。「顧客」は俺だけだ。
と、今日はこうなった。終わり。
京都国立博物館に「没後400年 特別展覧会 長谷川等伯 」を観に行く予定だったのだが、京都国立博物館のサイトが教えてくれる待ち時間 が大変なことになっていたので諦め、四条大宮にある「担担」という店で冷し担担麺を食う。暑い日だったので、つい冷しのほうにしてしまい、そして旨かったのだが、次はやはり担担麺を。熱くて辛いやつを。
せっかく街まで出向いたので、とその辺りをうろうろし、とはいえ金が無いので帰ろうとしたところ、赤いシャツを着たとても丸い人を見かける。つまり太っていたのだけれども、それというよりも丸い、という印象の男の人で、20代前半に見えた。「ああ、丸いな」と思い、彼は直進し、俺は右折しようとしたところ、その丸い人は、頭のとんがった、三角な人と合流した。三角な人というと乱暴だが、短く刈った髪型は後ろから見ると「ああ、三角だな」という案配だったのだ。そして三角は青いシャツを着ていて、「もうこれは、黄色いシャツを着た四角いやつと合流するしかないぞ」と俺は思い、右折を止めて彼らを尾行した。尾行を始めたのは良いが、二人が極端に歩くのが遅いため、すぐに追いついてしまい、何度かぼんやりと立ち止まってしまう。そして少しずつ遠ざかる二人を見、「ああ、やっぱり丸と三角」だ、と再確認した。少しすると三角の人が携帯電話で何やら話し始めたので、いよいよ四角の登場への期待は高まり、電話をしながら本屋を右折する二人と共に、俺はMOVIXに入っていった。「さては、丸・三角・四角で映画を見るのだな」。街に出て唯一の買い物だった無印良品のペットボトル飲料を飲みながら二人を見張り、MOVIXに入って行く人に黄色い洋服のものがいないかチェックを続けたが、10分ほど経っても四角は現れない。MOVIXの外からすでに映画のチケットを購入した様子の二人を見張っていると、今度は丸い人が携帯を取り出し、おそらく四角いであろう人と連絡を取り、通話を終えると、三角と「どうする?」という様子で会話を始めた。「さては映画の上映が間近なので、ポップコーンなどを購入しておきたいに違いない。それで苛立っているんだ」俺は思い、四角は一体何をしているのかと、暑い中、意味のわからないことをしていたので丸・三角と共に苛立ちを覚えた。
その後少しして、黒い服装のシュッとした人と二人は合流したので、「ああ、四角くないな」と確認して帰宅。あんまり暑い日だったので少し衣替えをする。
同居人が最近会ったドイツ人のこと(端的に、いや、簡略化して記述してしまえば、同居人は広島で育っており、そこで受けた原爆に関する教育に対する不信感と、そのドイツ人による、幼い頃からナチスの凶行をまるでそれぞれの原罪であるかのように刷り込まれてきた感覚による不自由さの吐露、その二つに共通すると思えた違和感の背景、それの対比から感じたこと)から話を広げ、最近の高橋源一郎のTwitter について熱く語るので、興味を持ち、その呟き群をまとめて読む。彼の著作は『さようなら、ギャングたち』しか読んでいないので、ほとんど何も知らないに等しいが、その呟き群から新刊を読んでみようと思う。って先に『ピストルズ』読まないと。分厚い奴ばっかりくるな。まあ、読もう。
ええと、日記はどのあたりまで着たのだったか。なんか、腹も痛いしもう閉じたいなあ。なんだっけかな。あ、そうだ、ちゃんとアンテナ張っとかなきゃってな感じで最近の日本のバンドを色々聴くも全然ピンと来ないで、73年発表の京都に移住したオーストラリア人Paul Adolphusの『The Dawn Wind』を結局聴いていたって話と、あと イギー・ポップのステージ・ダイヴにまつわる愛嬌溢れる話とだ。まあ、書きたかったらまた書くだろうし今日はもう良いや。なんか、お腹痛いし。終わり。
書き忘れたが、3日の夜にもう一度『天才マックスの世界』を観ている。今日は同じくDVDで、『メタボ戦隊 アホレンジャー』という、原題は『The Junior Defender』のアメリカ映画と、『イカとクジラ』の2本。
先ず、どこの誰が『メタボ戦隊 アホレンジャー』なんて邦題を付け、そしてそれを赦されたのか理解に苦しむが、どう考えても『The Junior Defender』な映画。無邪気さによって平和を創造しようとする、銃弾の雨の中に飛び込むような無謀さで作られた映画だったが、でも良かった。あまりにも色々なことがうまくいくのが、逆に切実だったのだ。
で、『イカとクジラ』。色々とベタなんだけど、良いバランスの映画だった。白眉はラスト。人と観るのが良いんじゃないだろうか。最後の希望を誰かと共有してこそ、価値が生まれる映画に思えたのだった。
映画の感想、終わり。
あと、やっぱり否定しちゃうな。ひたすら肯定することに価値を感じていた時もあったのだけれども、どうもそうはいかないようだ。それにしても、世の中こうも腹立たしいことばかりだと、「向こう側(を演じている人も含む)」の人たちが、「さあ、もういちいち腹を立てるのも面倒でしょう、いっそやめにしちゃいましょう」とでも言っているかに思うが、当然、そうもいかないわけで、だがしかし持久戦に持ち込まれれば(当然、持ち込まれるわけだが)、戦況は相当に酷だ。端的に言えば、ヒールは要らない、ギャングだ、っていう。ああ、なんかこんなふうに書いていると『The Junior Defender』を思い出して泣けるな。いや、泣けないけど。うん。Black Lipsの『Bad Kids』でも聴こう。
3日4日、共に酷い頭痛で、首が痛いことから首凝りから来ているのだろうとは推測できたものの、首をどうやって落ち着かせれば良いのかわからずぐったり。日記を見ると、2日も頭痛じゃないか。どうやらお灸は効くね。そんなわけで、昨日今日もお灸によってなんとか活動している。
3日、趣味でこつこつ作っている音楽をアルバムという形にまとめようと、iTunesで作業。今、右のInformationの欄に載せている『KODAMA SATOSHI Ⅰ 』である。13曲入り。せっかくなので、全曲解説をしよう。
『おばけ強盗団』
楽曲を作りたいのだけれども、リズム感も教養も音感も無いし、楽器も弾けないので挫けていた5年前、絶対音感を持っている山村(麻由美)に出会い、鼻歌は歌えるぞ、となりそれを譜面にしてもらったことが発端となった曲。「The Specials」みたいにしたいんだ、と作曲を開始したのに、出来たものはその痕跡が皆無。
『西』
しばらく楽曲作りのことを忘れていた頃に、山村がちょっと作ろうと言うので、10分くらいで作った曲。タイトルも適当。
『脱獄LADY 』
少し楽曲の作り方がわかってきた頃、歌謡曲っぽいやつを作りたいと始めた曲。近所に捨ててあった古いレコードプレイヤーのアンプ部分を通すと、すごいディストーションがかかることを発見し、冒頭のピアノはそれを使って録音している。とはいえ、歌謡曲っぽいのをどうやったら作れるのか良くわからず、なんか、昔のパンクみたいなのに変更しよう、となり出来た。
『FILM SPACE』
高校の頃、MTRを買って、それで一人遊んでいた時に唯一出来た曲っぽいものを、作り直し、ぶつぶつ呟いた声を重ね出来た曲。
『no Ⅱ』
思いつくままに録音する「noシリーズ」というのを一人でやっていて、その中で気に入っているもの。
『slow dance』
『おばけ強盗団』を聴いてくれた友人の京極(朋彦)くんが、何を思ったか、大学の卒業制作でソロダンス公演『鈍突』をやるから、その音源制作をしてくれと頼んで来、「あれを聴いて頼みにくるっていうのはどういうことだろう」と思いつつも引き受け、その公演のために作った音の幾つかを再編集し、一つの楽曲にしたもの。
『Idouno Rev』
大学の1回生の頃だったと思うが、友人の今野(裕一郎)くんが、「移動をテーマにした映画」を作ろうと言い出し、その計画はいつのまにか無くなったのだけれども、何となくそのテーマ曲を、と考え作ったものを、逆再生したもの。気に行っているのだけれども、母親に「頭がおかしくなりそうな曲」と言われた。
『おばけ強盗団(club mix)』
こんなのも作ってみよう、というだけの曲。
『Tron』
アナログシンセ1台で作った曲。『Idouno Rev』で頭おかしくなりそうと言われたのだから、これを母親に聴かせたらどうなるだろう、というようなひどい曲。
『26THEME』
京極くんのソロダンス公演の際、演出助手をしていた尾上(一樹)くんがまたまた何を思ったか、彼の卒業公演『26』のための音源制作を頼むので、快く引き受け作った音源の一部。
『Melonsoda』
なんか、かわいい曲が作りたい、と思い、当時新譜だったHALCALIの『Tip Taps Tip』の冒頭をサンプリングし、弾けないギターを頑張って弾き、かわいい曲だからかわいい女の子が歌わないと、と弓井( 茉那)ちゃんに歌ってもらった曲。
『停止』
これも『26THEME』と同じく『26』のために作った曲。舞台では後半に使われたが、慣れない音響オペのせいで、初回を観られた方は聞いていない音。つまり、トチったのだった。
『90』
何の思い入れも無い曲。ある日、暇つぶしに作ったのだった。
以上である。振り返ればどれも思い出深い。
で、今日は早速2枚目のアルバムのためにと楽曲制作。出来たのが『vanity 』という曲。これはなかなか良いんじゃないだろうか。
頭痛が酷くてどうにもならない一日。でもまあ、別段、悪い日じゃなかった。夕食は旨かったし、素晴らしい映画も観た。『天才マックスの世界』(原題は『RUSHMORE』)、ウェス・アンダーソンだ。これ、映画の感想からは少し離れるが、1998年に作られたこの映画の主人公マックスは15歳。マックスが実際に居て、当時15歳だったとしたら、2010年の今、彼は27歳である。俺は今年その歳になるから、同い年だ。そしてマックスの27歳を思うと(それは不毛なことだが)、一般にコメディ映画といわれるこの作品の悲しい部分が増幅する思いだ。全くもって不毛で不要な感慨だけれども。
深夜、あ、そうだ、お灸ってやつがあったぞ、と思い、それで肩こりと頭痛が緩和。ところで、適当に掲げた今年の目標「次から次へと」はあっさり崩れて、現在、相当もたついている。でも、その間、たとえば言葉、様々な言葉について「これはそう」「これは違う」そういう判別が今までにない速度で確信できている自覚があるのだった。ああ、そっかー、って。で、だから今は音楽が作りたい。そんな感じがする。
29日のことから。覚えていない。そもそも思い出す必要があるのかわからないが、一応日記だし、とTwitterでの投稿を手がかりにすれば、未明にUSTREAMで、中原昌也のDJを観ていた。まったく以て良い曲かけるんだよな、この人は。曲名がわかったもののYouTubeを以下に。
未明の出来事しか書いていないが、良いか、29日はこれで。で、30日。早朝から所用で大阪に。昼過ぎに用事が終わったので、ついでに大阪の実家に帰る。昼寝をし、夜に目を覚まし、実家ではSoftbankの携帯が圏外になるためiPhoneが使えず(実家のWi-Fiに接続したものの、なぜかアクセスできない)、メールチェックがてら実家周辺を散歩する。小学生の頃、バスケットゴールがある唯一の公園であり、コンクリートの壁がある唯一の公園であり、中学生の頃はスケボーの練習をした公園であり、高専に通っていた頃は、あまり書きたく無い類いの青春の思い出があるその公園は、いまだにそのままの姿でそこにあったので本当に驚く。周りは変化したというのに。その近所に俺が生まれた頃からあった喫茶店「LOSCO」も俺が京都に住み始めたころに違う喫茶店になり、今はインドカレー屋だ。駅前(京阪香里園駅)は高層マンションの乱立。父親とともに良く訪れていたホームセンター「コーナン」は、たしか「ハナタレ」と汚い文字で書かれた良くわからない販売店になってしまっている。国道1号線を挟み今は「ハナタレ」であるそこの向かいにあるファミレス「ビッグボーイ」は依然としてあったが、例のキャラクターはなんだか可愛らしくマイナーチェンジされていた。実家の隣家はリフォーム中。父親は定年退職後、京都で働くらしい。
帰宅は日付が変わる少し前。疲れていてすぐに眠った。
本日。DTMでなく、もう少しアナログな手法で音楽を作ろうと、機材をあれこれ整頓していると予定の時間になり、外出。以前、共演したことのある村井(春也。)さんが所属する何色何番 という劇団(で良いのだろうか?)の『プラスチック☆ガール』という公演を観に行く。フライヤーなどのイメージやそこにあった言葉、それに劇場に入り目にした舞台美術によって、「おそらくこういう類いのものだろう」と思ってしまうのは仕方の無いことで、正直、それによってあまり期待していなかったのだけれども、意外なことに、「おそらくこういう類いのものだろう」という読みは的中しつつ、しかし面白かったのだった。凡庸なテーマ、そしてそれを選んだということから、平板なキャラクターが安易に振る舞うのかと思いきや、凡庸な物語からははみ出さず、しかし登場人物達は魅力的なのだった。面白かったなあ。何か複雑なことが発生していた気すらする。あ、明日も13時と17時に上演があるので、お暇な方は是非。
あ、そうだ。あと、昨晩、エレキコミックが出ていた「笑神降臨」というNHKの番組を観た。初めて動いている二人を見、『タッチ』を下敷きにしたコントには腹を立てつつ大笑いしたが、『ジャパニーズ・スリーピング/世界でいちばん眠い場所 』でchikin の山村(麻由美)や、後輩の川口(聡)くんはやついいちろうさんと共演することになるわけで、特に山村は、今は坊主だが、極度のくせ毛で(坊主であるものの、すでにその予兆は感じられる)、その彼女とやついさんが、仮に舞台の上に二人で立っていると想像したとき、一体何事がそこから発生するのかが皆目見当もつかず、それによって公演がより一層待ち遠しくなる。余談だが、山村曰く「(やついさんは私と)同じ類いの髪の毛だと思う」とのこと。
さて、結構書いたんじゃないか、日記。こんなもんで良いだろう。煙草でも喫うか。