May 2009

2009. 5. 28|THU

結局、再度丹波マンガン記念館を訪れるのは明日の朝になった。深夜、高嶺さんの著書『在日の恋人』を再読。

2009. 5. 27|WED

26日のことから。午前中から雑務を済ませる。夜、以前webの仕事の関係で訪れた場所、そこの人はもう夜逃げしているから、いわば逃げられた人の店にて新しい打ち合わせ。なぜか妙にダメな雰囲気が依然として漂っていて、ここにはそういう呪いでもあるのではないかと思う。客も然りで、よくわからない人ばかりだった。若い、恐らく同年くらいの酒乱の女性もおり、綺麗な人なのだがわけのわからないことばかり言ったりテーブルを蹴りまくったりしていた。「そこの達人」と俺は呼ばれ、いろいろと絡まれる。

翌日は何故か半裸で寝ていて寒くて起きる。深夜、『NO NEW YORK 1984-91』という映画を観る。全く期待せずに見たが、短いせいもありそれほど退屈せずに観終える。簡単に言えば、「NO WAVE」があった時代に映画を撮っていた人々へのインタビューで構成されたドキュメンタリー映画だったが、なんというか、「NO WAVE」は音楽でしかなかったのだな、と観終えて思う。

さて、明日の夜から再び丹波マンガン記念館を訪れる計画だが、雨であれば、暗い山道をその中、カブで行くのは危険だから、29日に延期するだろう。

更新が無ければ恐らく来訪しているから、しばらく日記は滞るだろう。

2009. 5. 25|MON

さて、丹波マンガン記念館から帰宅した。ただただ必要な作業をしていただけだったが、山奥の環境のせいか体調も良く、とても良い日々だった。

燃える世界遺産 〜マンガン・ナイトクルーズ〜」は絶対行くべきだ。楽しいから、とか面白いからとか、なんというか、それはそうなのだけど、それとはまた別に、まだ未完成のそのイベントを知るものとして、完全に娯楽と一線を画した根源的な喜びがそこに表出するだろうと予想しているからだ。

暮らしはと言えば、川からの水を生活用水とし、高嶺さんが昔建てた山小屋で眠り、日があるうちは丸太の皮を剥いたり木を切ったり。山奥で夜は冷えるから、火を焚いて明日のことを考える。携帯電話は圏外。

本当に全部、ゼロからやっていた。何もかもが主催者の手を離れていない。変な言い方だが、圧巻される予感がひしひしとしている。5月30日の夜である。繰り返すが絶対に行くべきだ。

街での雑務が多々で一度帰ってきたが、気持ちとしては今すぐにでもあそこに戻りたい。まだ未定だが、できる限り早く戻るつもりだ。なので、当日は「燃える世界遺産 〜マンガン・ナイトクルーズ〜」に来場される方々を待っていると思う。

金なんか無くたって「ああそうか、出来るんだ」って。「できる」のシニフィエが変わるのだった。

2009. 5. 22|FRI

団地

引き続き作曲。別に何に使うというものでもないが、意義を持たすとすれば、音痴でリズム感も無い俺に時折、音源提供で声を掛けて頂くことがあり、今は何も予定が無いものの、もしあればその時披露できるのは聴き貯めた音楽からのサンプリングや再構築であり、そのために訓練を、技のバリエーションの追加を、という、まあ、半分くらいでっちあげの理由でやっている。本当は、ただ単に楽しいからだが。

夜、chikinなどと「タロ吉」という今出川通りにある焼鳥屋へ。安くて旨かった。

さて、突然だが三日ほど留守にする。丹波マンガン記念館というマンガン鉱床の跡地に出かけるためだ。その場所の詳細はリンク先をお読み頂きたい。そこでの短い生活がどういうものなのか今ひとつわからないのだが、先ほどその誘いをくれた高嶺格さんによると「寝袋が要る」「チェーンソーとかやってもらう」ということらしく、良くわからないが、とりあえず明日から行ってきます。

行く理由は、「燃える世界遺産 〜マンガン・ナイトクルーズ〜」という帰ってから詳しく書くと思うが、非常に魅力的なイベントのためである。

燃える世界遺産 〜マンガン・ナイトクルーズ〜」は今月、5月30日に丹波マンガン記念館にて催される。是非是非リンク先をご覧ください。どう考えても面白いだろうというイベントです。

ではでは、少しですが留守にします。携帯、パソコン宛のメールくらいはチェックできると思います。

2009. 5. 21|THU

606

写真はLevi’sの606。ここ数年、2本の606を交代で履いて過ごしてきたのだったが、タブがオレンジで、いわゆる「ビッグE」の方、それが写真のものだが、まあ、高級なほうの尻が数ヶ月前に派手に破けてしまった。最近はずっともう一本の606で過ごして来たのだけれども、なんだか良くわからないが、まあ、履く人が少ないのか比較的高価なそれを新調するわけにもいかず、修理に出すと、思いがけず綺麗になって戻って来たのだった。写真でわかるだろうか。ばっさり破けていたのだ。「木村商店」という寺町通りにある店で直してもらった。ジーンズのはなし、終わり。

「SHIENYO|紫煙葉」に書き続けている『旅』という小説だが、今日の更新で10回目となり、400字換算で60枚ほどになった。毎週6枚程度なら簡単だろうと更新し続けてきたが、後先あまり考えずにやっていたら60枚でまだ全然話が進んでいない。次の更新で一段落つく算段で、それを機に少し休もうかとも考えたが、それはいけない。大したあれでもないのに言えたところではないが、何かを創ろうと始めた時、一番の敵はそれからの解放を望むことだ。別に始終それのことを考えているわけではないが、どうも落ち着かない。出来れば「何も始めない」状態で常にいたいが、そんな理想は叶うわけもないのだった。『旅』のはなし、終わり。

夜、作曲。webの更新。正午は不在のまま。12:00のことは幾ら考えても良くわからない。わかるのは『笑っていいとも!』が始まるということくらいか。あと、多くの場合、それは昼休憩があてがわれる時間である。タモリや、人によれば、完全なルーティンで消費する時間だろう。俺もそういったPM0:00は良く知っている。だが、あまりルーティン化されないAM0:00のほうがリアルなのだ。なんといえば良いのだろう。……俺が12:00 or 24:00からの距離で時間を把握しているからだろうか。距離が0だからわからないという……。でも24:00のことは良くわかるしなあ……。これ、人が読んでも何がなんだかな話だし、そもそも俺も何書いているんだか良くわかってないし、完全に「書かない方が良い」ことだろうけど、最近、なんだか12:00がふわふわしていることが無性に気持ち悪くて仕方無いのだ。何かの精神的病いだろうか。だったら嫌だなあ。……たとえば、明日からの日記に必ず12:00に何をしていたか書くこととする。それを想像すると途端に嫌な気分だ。そのことが示唆するのは、12:00の正体というよりも、この記述が完全な自身との対話であり、しかも何らかの治療の意味合いを含んでいるだろうということ。だから日記は続くし、それを曝すことはいつまで経っても恥ずかしい。でもしてしまう。

これは一体なんなのか。blogの普及率などから考えて、近い将来にこの「なんだろう感」が病名を伴って科学的にカテゴライズされることも想像に容易いが、そうなったら嫌だなあ。すごく嫌だ。「ブログを書くのと同じ精神作用を電気信号によって送信するスイッチがあります。定期的にこのスイッチを押すように指示した被験者はブログを書かないようになりました」とか……。

もうやめよう。そもそもこの思考の先に光はありえない。寝よう寝よう。

2009. 5. 19|TUE

地下鉄

夕方、医者。京阪で森小路まで。新車両3000系はひとり用の座席があり快適。処方される薬の量を相談。むずかしいところ。

帰りに実家に寄る。実家はSoftbankが圏外。

帰宅は午後11時。トミーが来ていた。

少し小説を書く。

Perfumeと相対性理論とDODDODOの良いところを兼ね備えたロックバンドが出来たら凄いぞ、と妄想。

最近、メディア、つまりハード面のことばかり考えて、ソフトに思考を傾けていないことを反省する。

過程しか表出し得ないのは今も昔もだが、それが極端になりつつある気がする。

それのせいか、批判や批評が一人立ちするためのハードルが大変なことになっていると思う。

駅にいた人の大半はマスクをしていた。そして車内に西日が強くて、それは近未来っぽかった。10年前も今も近未来っぽいは同じ。たぶん、10年後も。

今日は10年前に買ったTシャツを着ていた。全くよれていない。なぜ、俺のTシャツはよれないのかと良く聞かれるが、それはわからない。

ボーリングがしたい。

様々なことを整理整頓したがるのはA型の弊害だ。そんなことは叶うはずもないのに。

正午、12:00のリアリティが、どんどんと稀薄になっていく。正しい正午が見つからない。

「正午の復興を」明日になってもこの言葉にリアリティはあるかしら。もう寝よう。

2009. 5. 18|MON

TEL

17日。夜、諸江くんが「Wii」と『鈴木先生』を持って遊びに来てくれる。日記に書いてみるものである。あいにくの雨だったため3巻までだが貸してくれた。

『鈴木先生』は相当面白い。「そんな顔することないじゃないか……」と読みながら苦笑してしまう。あの過剰さは楳図かずおの影響か。だいたい、異常だしね、鈴木先生は。3巻はヒロインの小川の恋の問題が途中のところなのだが(現在7巻まで刊行されている)、仮にこれが恋愛マンガだとすると、主人公とヒロインを応援したくなるものだが、小川は鈴木先生なんかとくっついたら嫌だ。ああ、全巻揃えたいなあ。

その日は日付が変わるころまで諸江くんと「Wii」をしたり。諸江くんは今週末、5月24日に一人芝居の本番が大阪であるとのことで、「家にあると遊んじゃうから」と「Wii」を貸してくれる。

本日。夜、chikinの面々が来訪。先日買った「Perfume」のDVD『Perfume First Tour 『GAME』』をみなで観る。いやあ、凄い!

ここ二日で読んだもののを備忘録として。先ず、『そこで黄金のキッス』のパンフレット。冬目景『ももんち』。ペーター佐藤『ニューヨークの仕事場から』。

あと、詳しくは知らないが海外の、いわゆる「最先端」に居るらしい人たちによるWeb関連のコラムを日本語訳されたものをRSSで読んでいるが、いまひとつリアリティを感じられないのは、単に居場所の違いだろう。取り上げられている話題は「Twitter」関連のものが多いが、俺の周囲にTwitterを活用している人はほとんどいない。

大体、特に演劇関連で言えば、宣伝という目的で考えた時、TwitterはおろかWebサイトよりも、挟み込みと呼ばれる、劇場で強制的に渡されるフライヤーの束のほうが実用性が高いのが現状だ。あれ、邪魔だから大抵置いて帰る。かたや海外のいわゆる「最先端」らしい人は、「名刺も邪魔」らしく、それをデータ化し携帯の赤外線通信みたいなもので瞬時に個人情報を交換したり、E-MAILもダメだと言い(これは少しわかる)、挙げ句の果てに「握手は悪しき習慣だ」と言い張る人もいる。ウイルス感染を意識しての言動だ。豚インフルエンザでデリケートな時期とはいえ、あんまりじゃないか。両極端。そんなわけで世界は落としどころがどんどん難解になっている。

2009. 5. 16|SAT

車窓

午前起床。雨。

毎年恒例になったが、シティボーイズ。シティボーイズミックス PRESENTS『そこで黄金のキッス』を観に梅田はシアタードラマシティへ。

観に行った事はないが、「高級な装いでオペラを鑑賞し終え、それほど飲みたいわけでもないのに、劇場備え付けの喫茶室で1,200円の珈琲を」、の感覚でパンフレットを買う。例年のことだ。高価いんだよなあ。1,800円もするんだ。

ただ、今年のパンフレットは思いがけず読み応えのあるものになっていた。というか、読み物だった。普段ならパラっと観て本棚の肥やしだが。

さて、肝心の舞台の方だが、低調。『だめな人の前をメザシを持って移動中』(2004年上演)から毎年観ていて、何かの都合で『マンドラゴラの降る沼』だけ観ていないが、段々落ちてきている印象だ。ピザの下りがあるコントとかは、面白いのはわかるけどシティボーイズがやらなくても良いんじゃないか、と。お腹いっぱいになりたくて行っているところがあるから、少し残念。実際、例年より上演時間は短かったと思う。

ところで会場ではいつも「チョップリン」を見かける。毎回全公演来ているはずもないから、偶然だろう。確か『ニュータウン入口』を観に行った際も見かけた記憶がある。あれ、違ったかな。

2009. 5. 15|FRI

午前起床。夜、ドイツ文化センターで、「イメージフォーラム・フェスティバル2009」の、シーラカンスの三間くんの作品が上映されたプログラムを鑑賞。

「イメージフォーラム・フェスティバル」は大学に入学し、1回生当時、授業の一環で観に行けとチケットを配布され、レポートを書かなければならないこともあり行ったことがあったが、まあ、プログラムによってあたりはずれもあるだろうけれども、すっかり疲弊してしまい、それ以来観に行く気になるはずもなかった。

案の定、三間くんの作品『消え失せる骨』以外は、「こういう人たち、あいかわらずなんでこんなことしてるんだろう……」と思わせるほかない映像だった。

で、まあ『消え失せる骨』、初見。良かった。こういうジャンルを不勉強な俺だが少し書かせてもらうと、一つのモチーフとヴィジュアルイメージ、その派生から作る映像詩という困難を、カメラを回していたのが監督本人であることから、いわば撮影は脳裏の転写プリントだっただろうが、俺の勝手な想像の、その後における編集が非常に巧みで、自己陶酔と甘えを消して映画的快感を齎すまでに作り上げていたと思う。

ただ、新しさというのは無かったと思う。良かったのは、普遍的な心象風景的イメージから、あそこまで作品にしたという点に尽きる。そういう意味で佳作なのだ。だから今後、人の脚本を撮ったり、この人で撮れ、という俳優がいる縛りがあったり、もしくは監督自身に幸運なテーマとの出会いがあった時、次を見るだろうし、それを俺も見たいが、すでに大方撮影を終えているという次回作はどんな映画だろうか。楽しみだ。

で、その後、百万遍で皆で呑み、猥雑な話をし、我が家に流れて下らない話をし、明らんで来た頃に解散。

2009. 5. 14|THU

桂川連理柵

さて、基本的に優れない俺の体調だが、昨日今日はぜんぜんダメでぐったりしていた。

ウェブデザイナーの相馬さんのサイト「web-conte.com」で連日ここ(LOSCO)のことを書いて頂いているが、それはver.1についての言及で、つまり2005年4月から2007年3月末日までの日記についてだ。久しぶりに少し見返すと、相変わらず俺は体調が悪かったようだ。良い加減にしろと言いたい。もう、嘘でも明日からは元気ハツラツ日記にすべきだ。フットサルサークルを立ち上げたり、登山をしたり、二日連続で徹夜で酒を呑んだりすれば良い。アイアンマンレースに挑戦するための軌跡を日記にしても良いかもしれない。「be-ironman.com」だ。そのためには、俺は眼鏡をかけているが、それは邪魔だ。となればコンタクトレンズだが、俺はどうやら眼球が人より大きいとのことでコンタクトがダメだと眼科に言われたことがあるから、残されるのはレーシックというやつだ。レーシック手術をする金などないから、まずはレーシックへの道日記を書かないとだめになる。「no-glasses.com」だ。……だけどなあ、レーシック手術に要する費用を貯蓄するために、安定した収入を得るにはこの体調不良を何とか緩和せねばいかんし、そんなこんなで、ぐるり、結局冒頭のような記述で始まる日記になってしまうのだろう。ああ。

さて、画像は今日納品されたポスターである。木ノ下歌舞伎の『桂川連理柵』という公演のためのものだ。これ、画像ではわからないが、現物には小さい白いドットが敷き詰められていて、思った様になるか気にかかっていたが、出来上がりは満足いくものになった。自分で言うのもなんだが綺麗なものが出来たと思う。どこかで見かけたら「ああ、これが白いドットね。わかんねえよ」とでも突っ込みながら眺めて頂けたら幸いだ。

2009. 5. 12|TUE

いつの間にか4日ほど日記が空いた。

「SHIENYO|紫煙葉」関連のことを幾つかしていたのは覚えている。「発信」する恥ずかしさというのは、それがどんなものにしろ、いくら反復しても無くならない。そしてこうして日記を書き続けているが、そんなことより、小説が書きたいのなら地道に書けばどうだ、とも思う。「SHIENYO|紫煙葉」が俺の現在的な意識の方向として顕著だが、インターネットというメディアに露出しない人は昨今では珍しく、たとえば、取材を受けて、他人が自身を露出させる、ということは「恥ずかしさ」の面で言えば、自分発信よりも随分そうではなくて、そこには「言い分」が幾らもあるからだが、「ぜんぶ自分でやってしまう」ということは、やっぱり恥ずかしくて、でも俺はそれを選んだ。セルフプロデュースを徹底するという意識は全く無く、それはもっと「速度」の話なのだが……。この、以前書いた「WEBにおけるメディアリテラシーについて|Ver.1.0」の続きにあたるであろう話は、切り口が多すぎて、一息には無理だ。多面体過ぎる。ただまあ、今は「恥ずかしい」という潜在的に常にあるものが表になっていて、「じゃあ、なんか、クールな感じでやるの?」と自問自答したら、それはやっぱり違うのだから仕方無い。かっこつけて片手落ちになるなら、無様に徹底しよう、と。って、それはメディアリテラシーの部分からはみ出していることが多い気がするなあ。ややこしいな。

全然日記じゃないや。なんだろう、時系列に思い出すのも困難だしなあ。暑かったよ。ここ数日は。あと、家に人が良く来た。あ、白川北大路付近にある「アノニマ」というカフェで昼食を取った際に、そこは書籍が充実した店なのだが、何となく読んだ『鈴木先生』というマンガがすごく面白かった。

2009. 5. 8|FRI

もきち

明け方に少し眠り、簡単な作業の後、印刷会社と打ち合わせ。京都造形大学の学食で昼飯を馳走になる。

で、先日家の鍵を落とした俺だが、その鍵にお気に入りの、「ズボンズ」のLIVEに行った際、マッタさんと握手し購入したキーホルダーも付いていたことを思い出して落ち込む。ズボンズのキャラクターである熊が、少々前のAppleマークのように虹色で、そのイラストがプラスチックケースに入ったもの。

根っからのアメリカンテイストなグッズが好きな俺は、アメリカじゃないけど、ブルボン社のキーホルダーみたいなものを探して街を彷徨ったが、驚くことに今、キーホルダーという代物は全然販売されていないと知る。あってもあの、ボールチェーンというやつで、あれは嫌い。あと、ストラップばっかり。

何も買わず、徒労して帰宅。

夜、シーラカンスの二人が東京土産を持って来訪してくれる。ひとしきり下らない話をして二人は帰宅。

それから、ここ、つまりLOSCOのサーバ移転。長期に渡って行っていた引越もようやく全てが完了。面倒ほど能動的に勉強させてくれるものはないよ。サーバとの繋がりが格段にスムーズになって、今度はサポートもちゃんとしてるし一安心。

シーラカンスの二人にiPhoneがすごいとセールスマンのように話したが、まだまだライトユーザな俺がすでに他の携帯には戻れねえな、と思った点を幾つか。先ずやっぱりねえ、Macと同期できるのが大きい。電話帳もメールもMacで管理できるのは快適。兼ねてから小さい端末でメールを打つのが嫌いだった俺は、iPhoneにしてから「Mail」でiPhoneのアドレスを使って送っているが、「Mail」内でフォルダ分けとかしたらiPhone側、勝手に同期してるんよね。USBで繋がないといかんのかと思ってたら違った。これは「i.softbank.jp」アドレスを使った時だけなのかな。よくわかんないんだが。あとまあ、App Storeよねえ。新聞読めて天気予報見れて、ネットできてPowerBook側のiTunesのリモコンにもなるしYouTubeはPowerBookで見るよりよっぽど綺麗で速いし。バッテリーがもたないと言っている人は、あれ単に使い過ぎなだけだろう。あと海外のネットラジオに繋いで結構な音質で様々な洋楽をずっと聴けるのが嬉しい。「Y! Music」というApp。まあ、まだこんな感じ。当然ながらプロダクトデザインも秀逸。だからケースを使ってないが、つるつるしているから落っことすことだけが不安だ。

夕食は家でラーメン。インスタントラーメンにはインスタントラーメンの良さがあると、ラーメン激戦区が近くにある場所に住んで初めて知った。カップラーメンは嫌だけど。

2009. 5. 7|THU

深夜である。体がここ三日ほどガタガタだが、ってお前いつ元気なんだよと言われそうだが、人と会っている時は大体元気だ。二つほど明日の入稿に向けてデータをまとめていたため、今日はPowerBookとにらめっこだったのだ。

終えて、深夜である。日記を書く、という、オフラインも含めると高専時代から行っている習慣は、楽しいわけでも辛いわけでもなく、妙に安らぐのだった。

ところで、「SHIENYO|紫煙葉」で週に一回更新している『旅』という表題の小説のことなのだが、今週分が間に合わなかったのと、一人でこつこつ秋までに完成させようと思っていた小説が滞っているという二つの理由から、その滞っているもの『ワイルドサウンドトラック』を、不定期連載第一回という形で掲載し、『旅』の穴を埋める。載せちゃったら後に引けないからね。ただ、『ワイルドサウンドトラック』はとても書き辛い小説で、設計図を書きながら進めていたような代物で、つまり大変読み難い。末尾まで通読できなきゃ読むの辛いだろうなあとも思いつつ、『旅』のような文体だけの人だと思われても嫌なのもあり、掲載。

というか、なんかねえ、いとうせいこうのブログ(readymade by いとうせいこう)から引用するが、

竹熊(健太郎)さんのブログ、「たけくまメモ」(4/25付け)より以下。

げんに俺は、名前を出せば「へえ、あの人が」と驚かれるような某マンガ家が、現在抱えている連載が終了したら、以後一切の連載依頼を断り、自分サイトでのネット連載に切り替えて単行本だけは某版元から出す段取りで、着々と準備を進めていることを知っています。というか、本人からこの耳で聞きました。

そう、そういう時代でいいと思う。
志のある人はどんどんそういう戦いを挑んでいくはずだ。

という文章を読んで、俺がそれやっても意味合いが全く違うとわかりつつも、何だか気が大きくなってしまったのだった。

特に応募したい賞があるわけでもないし、新人賞でデビューしてもどうなのだろう、という疑問を抱えたままでは家でこつこつ書くモチベーションも無いが、とはいえ書かなくてはならないし、書きたいのだ。小説を。

まあ、そんなことはどうだって良いか。日記である。体調不良。金欠。

2009. 5. 6|WED

大阪

さて、昨日の日記が無いが、とりあえずめでたい話題を。

シーラカンスの三間くんが監督し、chikinの山村麻由美が出演している映画『消え失せる骨』が「イメージフォーラム・フェスティバル2009」で優秀賞を獲ったとのこと。

俺は未見なのだが、電話で話した三間くんがしりあがり寿に「かっこよかった」と言ってもらえたと話しており、じゃあ、かっこいいに決まっているじゃないか、ということで、今月15日に京都の開催場所ドイツ文化センターでの上映が大変楽しみである。

俺がぼんやりしている間に皆がんばってる。ここのところ戦略的/建設的行動にばかり思考を傾けてきたが、こういうことがあるとプリミティブな欲求が触発される。もちろん、戦略的/建設的行動を放棄せず、単なる欲求、そして両義的な動きをしようと、焦るわけでもない、静かに思った。

さて、こんな話題の後に書くのは憚られるが、これは俺のつまらない日記だ。日々の日々を。

昨日は『グラン・トリノ』を観に行こうと思っていたのだが、過去何度も思い立っているそれはまたしても失敗に終わった。つまらない理由だが、いろいろあって疲れ、加えてTSUTAYAで借りたDVDが返却日にも関わらず未見だったのだった。そんなわけで、夜、黒沢清の『叫』を。素晴らしいラストカット。女は罪を犯した一人だけで、あとは神のような存在だった。大胆かつ精密で、面白いに決まっていた。

連日の雨で体調はぐだぐだだ。雑記が幾つかあるが、今日はもういいや。iPhoneは驚くほど便利だが、それも今は良いや。

達観したかのように語るのは、火の消えた人だ。幾ら転がって泥まみれになっても火が消えない人のほうがかっこ悪くてかっこいいじゃないか。なんだか「発生」という言葉が気になる。

2009. 5. 4|MON

ポスター制作である。タイポグラフィを終え、PDFファイルのダウンロード先をメールで送り一息。同じく制作したフライヤーとのバランスの問題で少々悩んだが、良い素材が撮れたため完全に新しいものを作った。フライヤーで使用した素材の再構成で作れば二時間もあれば事足りただろうが、せっかく好きにやらせてもらっているのだし、というのと、被写体の女の子、主演を演じる女性だが、彼女を見たのがフライヤーの撮影日当日で、その日いろいろ撮っているうちにどんどん思いついてしまったということからそうなった。可愛いのだ。演劇の宣伝美術だが、本番を観て演出家がその子の可愛さを引き出していなかったら俺は怒るだろう。稽古も見ていないのに、あの子が可愛ければ即ち良い作品になるだろう、という、根拠はあるのだけれども、なんにしろ無責任な予測。

夕食は御馳走していただいた。ありがとうございました。昼間良く弁当を買いに行く焼肉屋である。美味いしかった。

深夜、「chikin-Podcast」を更新する。

「SHIENYO|紫煙葉」をずいぶん放置してしまっている。もうちょっとがんばらないとなあ……。

2009. 5. 3|SUN

ポスターを制作していた。B3の大きさで、印刷物だから解像度を300にした写真をPhotoshopで動かしていると、内蔵HDDが足りなくなってしまった。TBの時代に、俺のPowerBook G4は内蔵80GBである。iPod classicより少ない。で、iTunesのデータはすでに外付けに入れてあるが、iPhotoの写真達も外付けに移す。ライブラリをバックアップデータに変更しただけだが、じゃあ新たにバックアップ取らないとだめじゃないか。iMac欲しい。PowerBook、12inchだし。1024×768でB3作るのは間違っているのではないか。良いの作るけど。

コンピュータの話はもういいや。ポスターである。珍しくすごく悩みつつの作業。何とか写真の選定と加工は終わり、文字情報のレイアウトもおおまかなところは済む。

iPhoneには産經新聞のアプリがあって、無料で毎日実際の紙面の画像が読める。取ろう取ろうと考えつつ金銭的に後回しになっていた新聞だが、一先ずこれで落ち着く。

あまりテレビを観ない俺が唯一テレビ欄を必要とするのは、深夜、なんだか見た覚えのある映画がやっていて、同居人と、「これ、あれじゃないか」「いや、あれだろう」というようなやりとりがしばらく続き、映画の内容よりそのタイトルのほうが気になってしまう時である。iPhoneに解決されてしまった。よってそれは「これ、あれじゃないか」「そうだ or ちがう」というやりとりに短縮されてしまい、結局「答え」がすぐにわかってしまうから、「これは一体なんだ」と、タイトルを知ればどうだって良いや、と思うような映画を真剣に観ることもなくなってしまった。別に残念でも何でも無いが、「無駄な感じのやりとり」というのは、こうしてどんどん淘汰されてしまうのかと思うと、それらは今に始まったことではないが、改めて少しつまらない気がすることを自覚。

Softbankにしたため、樋口可南子がCMで鼻をはさんでいる「お父さんストラップ」が机にあるが、何をはさめば良いのかわからない。というか、何もはさむ気にならない。はさみたいものなど限られているし、そもそもはさみたいものは、しっかりとはさみたいから、然るべき方法ではさむのだ。「お父さんストラップ」などではさむものは無い。鼻をはさんで良いのは樋口可南子だけだ。

寝よう。

2009. 5. 2|SAT

1日、メーデーのことから。

なんだかとてもごちゃごちゃした日だった。4月の末日から月をまたいで起きていた俺は、1日の朝日が昇るころ、さて、本日はポスターの撮影があるからカメラの整備でもして眠ろう、と思ったのだった。それでまあ、やってはいけないとわかりつつも神経質な性格が災いし、フォーカシングスクリーンに付着していたゴミを取ろうとそれを外し、案の定、埃の多い我が家だ、フォーカシングスクリーンはさらに汚れてしまった。で、ファインダーを覗いてまた外して、という真性の悪循環。寝不足もあって最後には大変汚いフォーカシングスクリーンを前に、「もう、ここが汚れていても写りはしないからいい」と自身に言い聞かせる。というのも、そんなことをしているうちに撮影の時間が迫っていたのだった。徹夜で出かける。

幸いポスターの撮影は順調に終わる。帰宅して家の鍵を落としたことに気が付く。撮影現場に居て、ここを読んでいる方、鍵、知りません?

探すも無い。ぼんやりとしていた。合鍵を作りにカナートに行く。待っている間に兼ねてから考えていた同居人と共に「iPhone」にする計画のためSoftbankに行くと、ナンバーポータビリティが、それ自体の手続きは簡単なのだが、俺の都合で色々と面倒なことがわかり、もう新しい番号で良いや、となれば、その日に契約できたのだった。そんなわけで俺の携帯はiPhoneになった。

携帯電話を変更したという旨のメールをみなさんに送りましたが届いてますでしょうか? 万が一届いていない方がいらっしゃいましたらmail@losco.jpまでお願いします。

で、1日、徹夜のうえに色々したせいで、酷く散らかった気持ちのまま眠る。

本日。慣れない操作で上記のメールを送信。ポスターの制作に取りかかるも、なんだかしっくりこなかったため一旦中止。まだ少し時間があるから良かった。悪くはなかったのだけれども、もっと良くなるはずなのだ。触り続けると良くわからなくなってしまうから、一旦離れるほかない。

そんなこんなで深夜。部屋を片付けたいし、金の工面についても考えねばならないが、とりあえず寝よう。いろいろ散らかっている。

今月のラテン語「Injuriarum remedium est oblivio.」の訳は、毎度参考にしている山下太郎のラテン語入門(山下太郎さんはプロフィールによると、近所の幼稚園の園長さんらしい)によると、

「不正の治療は忘却である。」となります。

とあるが、これ、二つ読み方があって、「Injuriarum」は「不正/被害」という意味らしく、俺は初め、「正しく無い治療、それは忘却である」と読んだのだったが、ことによれば「不正、つまり不正な行為による被害、それを治療するのは忘却だ」とも取れる。どちらなのでしょう、山下太郎さん。

まあ、どちらにしろ俺は忘れたくないのだった。

昔、淡路島で野宿をしながら映画を撮っていた時(これを機に俺は体調を崩すのだが、それは今回関係ない)、疲れもあって安宿を取った日があった。金の都合で全員分は取れない。夏だった。クーラーがあればどこでも良い。俺は車でも良いよ、と言い、同意した撮影の仲間二人と車で寝たのだったが、俺はカーステレオで『スローバラード』を流してしまったのだった。正しく言えば、いろいろ詰め込んだCD-Rが『スローバラード』を流したのだ。それをたまたま忘れ物を取りに来た今野君に聴かれて同性愛疑惑が冗談半分に浮上したが、それとは別に『スローバラード』はその時の記憶だ。悪い予感など不必要だった。暑い夏に売り払ったバイクの金で映画を撮っていた。それがなんだと言われても何もないが、やはり、俺は忘れたくないのだった。なにしろ、元来われわれは忘れてしまうように出来ているのだし。

忌野清志郎の冥福を。