March 2010

2010. 3. 30|TUE

ホーム

また日記は空いたが、空いた期間、26日から30日までにそれほど切れ目はなく、ただただ稽古の日々だった。起床し、稽古場に移動し、稽古をし、家に戻り、飯を食い、音響の作業、就寝。借りている部屋は散らかり放題。

とにかくやることはそれだけで、他にするべきこともない。体調も比較的良い日々です。

原始人みたい』、素晴らしい戯曲です。それを立体に表出させる。その精度を上げる。それが残された日々の意味です。日記としては他にそれほど書く事がないし時間も無いので、このあたりで。

桜は間もなく見頃といった感じです。テレビは観ていないので、街を歩いた感じです。まだ少し寒い。間もなくです。

2010. 3. 25|THU

いつも間にか、ずいぶんと日記が空いてしまった。

21日は午前中から午後9時過ぎまで映像編集の仕事。明けて22日も朝早くから仕事で、午後2時頃に終えると帰宅し、東京宛の荷造り。少し眠り、夜、東京に行くことになった三間くんの送別会を。外で食事をし、さらに我が家にも来てもらったが、すっかり疲れていて、日付が変わるころ先に休ませてもらう。

23日。京都は雨。疲労と気候の変化で体調が悪く、午前の新幹線で東京に向かうつもりだったのが大幅に遅れる。結局午後7時過ぎに東京駅に着き、そこから稽古場へと移動しようとするも、後にわかったのだが、山手線の線路にアンテナとそのケーブルが落下したとのことで、構内には「何かが落下したため……」という曖昧なアナウンスがあり、仕方無く選んだ別ルートは同じ行動の人々で超満員。大きな荷物のまますし詰めになり、くたくたで稽古場に。そして東京もまた雨。

24日。引き続き雨。昼過ぎから午後10時過ぎまで稽古。長丁場にぐったり。深夜まで音響の作業をしてから眠り、翌25日、本日。出演者の諸事情で稽古の始まりが遅かったため、その時間を利用してさらに音源制作をする。稽古は午後3時から午後10時まで。面白くなってきた。帰宅し更に音源制作。午前2時前に終わり、久しぶりに長く眠れそう。そんなわけで日記を付けるゆとりは生まれたが、とはいえずいぶん滞っていたため脱線する余裕までは無かった。何か写真を掲載しようかとも思ったが、写真を撮る暇も無かったのだった。

原始人みたい』である。東京の知人たちの携帯電話にメールをしようと思いつつもいつも深夜なので未だ遅れていないが、ここをご覧で、もしお時間があるようでしたら是非お越し下さい。予約はリンク先か、私にメール頂ければ大丈夫です。是非とも観て頂きたいのです。

2010. 3. 20|SAT

千駄木

19日と本日20日はひとまとまりなのだが、19日、午後3時、東京、町屋にて稽古開始。午後10時まで。終えて急いで東京駅に移動し、そこから夜行バス。連休前で、乗り場には人がごった返していた。そのためバスも発着が激しく、結局バスは1時間遅れで出発したのだった。そんなわけで日付は20日に変わるが、うとうとしつつも体感でバスが順調に走っていないことを知り、朝からの仕事に遅延しないかを心配する。朝、ようやっと到着するも、京都駅から市バスで自宅に戻ってはぎりぎりな時間だったため、タクシーにて帰宅。20日、午前8時、京都、自宅着。連休前とあって夜行バスは高価く、それにタクシー代金を含め、さらにこの二日の慌ただしさを鑑みれば新幹線にしたほうが良かったのではないか、などと思いつつ、そうはいっても仕方なし、眠れない夜行バスで全力で休み自宅で少し猫を撫で、急ぎで映像編集の仕事へ。

仕事を終え帰宅が午後6時過ぎ。よくやった俺。少し眠り、『原始人みたい』、こちらで出来ることをメモを取り整頓し、時間を思う。音響機材の調達のため近所のリサイクルショップをまわるもめぼしいものはなし。公演のことを思うと落ち着かないが、とにかく今は体を休めないと、と気持ちを切り替え、久しぶりにゆっくり音楽を聴く。ついでに『タモリ』の『CMブラジャー・ミシン』を久しぶりに聴くが、やはりこれ以上の完成度は考えられない、インテリジェンスの塊43秒。その他もろもろ。体ぼろぼろ。とにかく、休もう。

2010. 3. 18|THU

窓

昼過ぎから千駄木Brick-oneでスタッフミーティング。そのまま町屋の稽古場に移動して稽古。稽古場に2人、見学にいらしていて、良い緊張感で稽古が出来る。午後10時、終了。

北千住の家に帰宅し、必要があって壊れているカセットレコーダーを直そうとしたら焦げ臭い匂いがしだしたので、徒労感だけを残して中止。その後、少し意味も無く部屋をうろうろとし、あ、俺、疲れている、と思う。

若干、オーバーキャパシティになりつつあるのは、道具の関係だと思う。MacBookのみで東京に来ているので、音を作るにも無駄なプロセスが多いし、それが思考の妨げになっている。机も無いし、やはり使い慣れた道具というのは非常に大事なのだが、そんな感想は今はどうだって良くて、とにかく時間が無いのはいつだって確実で、だから明日、稽古を終えると俺は大慌てで夜行バスに乗車し京都に戻るが、その際、段ボール1箱ほどの荷物をこちらに送ることにする。ただまあ、段ボールを送るために京都までわざわざ戻るわけでなく、仕事のためだが、夜行バスで眠れない俺はもう、東京→京都の自宅→職場、土曜日、一日中仕事だしちょっと本気でしんどいよもう。

って全部決めてるんだ、俺が。とにかく『原始人みたい』をやらなければならない。限られている全てで、全てのことをしなければならない。いつも温和な私を演出している私だが、今は、遊びで何か表現している奴はぶち殺すぞ、と、その視線を自分へを含めて全てに投げかけている。だから、生への逃亡は辛く険しい。

たぶん、その時、そこで、その時間があったっていうのが全部で、あとは新しい時間で、別に何かを得るとか、失うとか、あるだろうけど、たくさん、でも、その時、そこで、その時間があったっていうのが全部で、それ以外では決して無い。そうでないはずがない。確かめるまでもない。ずっとそうだっただろう。そして今は、遊びで何か表現している奴はぶち殺すぞ、と、その視線を自分へを含めて全てに投げかけている。だから、生への逃亡は辛く険しい。というわけで、眠ろう。疲れた。

2010. 3. 17|WED

マンション

午前中から小道具などを探しに、(魚谷)純平くんと台詞合わせをしながら電車で移動。二人で演じるシーンの台詞はだいぶん頭に入ったが、とはいえなかなかそこでの存在の仕方が掴めない。もっと考えないと。

午後3時過ぎから町屋で稽古。無駄に厳しく無い自由な施設で、居心地が良かった。ここが本番までの主な稽古場になる予定。写真はその稽古場から。

あっという間に本番まで2週間ほどになってしまった。『原始人みたい』。今は練習するタイミングじゃない、稽古だ、発見を重ねなければならないだろう。見えないものをたぐりよせないと。練習は、がむしゃらにできる行動だから、まだ大丈夫だ。発見。そこに何が埋まっているのか、それをじっと見なくては。不要なものは消え、浮かび上がって来るはずだから、まだ耐えなければ。焦る気持ちがあるが、まだだ。怖いけど、怖い場所が無いと生きていけないだろう。いきなりだが、生きるというのはどうやら、死なないことらしい。

2010. 3. 16|TUE

オレンジ

14日。京都で映像編集の仕事。終えて、夜行バスで再び東京まで。15日、朝、滞在している北千住の家に到着。昼過ぎまで眠る。午後1時頃に、今回の公演の小屋である千駄木Brick-oneに。そこから上野まで歩き、続いて電車で移動。午後4時前から三河島で稽古。午後10時に終える。疲れていて、横になった勢いで眠ってしまう。

本日。午後4時前から三河島で稽古。午後10時まで。稽古を終えて、北千住の家で『まっすぐな男』の最終回を観、その後、深夜まで(魚谷)純平くんと台詞合わせをする。同じ家にいるとこういうことが出来て良い。

2010. 3. 13|SAT

京都駅

12日。疲れと、夜行バスでの京都への移動から仕事への流れを考えてたくさん眠る。午後7時、西日暮里で稽古。午後10時に終え、山の手線で東京駅に移動し、夜行バスで京都に戻る。バスではFlying Lotus『Los Angeles』。夜行バスに乗ることはあまり得意ではなかったのだが、歳を重ねるに連れて様々な技術の習得があり、夜行バス乗車術のようなものをじょじょに発見しつつある。単純にいかにうとうとするか、だが、このところは能動的に意識のON/OFFを昔に比べ切り替えられるようになってきた。そんなわけで、13日早朝、京都に着き、帰宅し、仕事まで小一時間眠る、という高等な睡眠術を駆使。少し前なら完全に寝坊しているだろうその行為もうまく作用し、すっきりとした頭で仕事に。

夕方に仕事を終え、chikinのトミーの誕生会に。河原町丸太町にある「パクチー」というタイ料理屋で。おいしかった。トミーには『ビジュアル博物館 第4巻 武器と甲冑』という本を贈る。武器と甲冑がたくさん載っている本。タイトルが良いなあ、と。

帰宅するといつのまにか寝ていて、未明に目が覚める。バストリオのサイトに載せるバナーを作る。しっくりこず意外と時間がかかるが、ひとまず。で、風呂を浴び、朝にこの日記を書いているが、それにしてももう少し寝ないともたないな。今日は映像編集の仕事、終えてから夜行バスで東京への流れ。腰が痛い。座り過ぎだ。

2010. 3. 11|THU

荒川土手

10日。曇天。午後5時から稽古。先ず、荒川土手に向かう。淀川を近くに育った俺は京都の、例えば家の近くにある川、鴨川とかは少し違って、やはり土手が必要なのだった。荒川土手。ああ、これだよ、となる。真心ブラザーズに『荒川土手』という曲があって、好きなのだけれども、歌になるのはやはりそこが土手だったからだ。土手から稽古場に戻り、午後10時解散。世話になっている北千住の家で豆乳鍋。日付が変わって11日未明、3時間ほどwebの作業。その後、演出家から出された宿題をしていると早朝ではない朝にまでなってしまった。ようやく寝たが、昼過ぎに北千住の家に学生時代から友人だったみっちゃんが来ていたので起き、ひさしぶりに話す。本日も午後5時から稽古。晴れた荒川土手はさらに良かった。日暮れまでそこで稽古。その後、稽古場で午後10時まで。終えていろいろで、この日記を書いている今はもう夜明けが近い。筋肉痛なうえに体がバキバキにこっているが、明日は稽古後、京都に夜行バスで帰り、そのままコンピューターの仕事をしなければならない。先は長いし体に気を付けないと。それにしてもなかなか過密だが、だからこそもっと時間の使い方に意識的にならねばならない。

さて、『原始人みたい』の稽古はすこぶるおもしろい。ちゃんと今、おもしろい場所に居れて、安堵とともにだからこそ過酷だ。知らぬ間に時間が止まった時に生は死ぬのだと意識する。だからこその過酷。どうやら死ぬ気は無いようだから今ここにいるのだなあと思うと、感覚は変容するし、つくづく時間は残酷だと思う。とはいえ、ただでさえ間に合わないようになっている今、その残酷さにかこつけて他を待つ猶予もどうやら無い。黒いもやから逃げている感じ。逃げる動機は、やはり恐怖なのだろうな。人間の生のための逃走をはっきりと意識すると、つまりは逃げ続けることを意識しなければならないという状態に陥っているわけで、とっとと諦めることを嫌悪しているわけでは決して無いが、やはりそれは恐怖からなのだろう、走ろうとしてしまうのだった。そんなわけで、そろそろ眠らないと。こんな感じで一度神経をバカにしちゃった代償は大きかったからなあ。寝よう寝よう。今は、とても立体的。

2010. 3. 9|TUE

8日のことから。寝不足だったこともあり昼まで寝、夜、夜行バスで東京に向かう。

9日、朝、バストリオのもとを訪れ、バスではほとんど眠れなかったので昼過ぎまで眠らせてもらう。夕方から常磐線の三河島駅近くにある施設で稽古。みぞれが降りひどく寒かった。出演者が全員揃った初めての日だったが(俺が最後に合流した)、稽古時間もそれほど無く、そして天候が天候だったためその後の立ち話も出来ず早々に解散。とはいえ共演の4人のうち2人とは現在、同じ屋根の下にいるので夕食を取りながら色々と話す事が出来た。どうやら今回、かなり時間を要することをしようとしていて、それは稽古時間はもちろんのこと、その他、様々な時間だが、いくらあっても足りないことで知られるのが時間というものだし、少しスケジュールを整頓しなくてはならないことを知る。

もっと書くべき具体的なことや書きたいことが多々あるのだけれども、今日はひとまず覚え書き。

2010. 3. 7|SUN

少し寒さの戻った一日だった。正午、「shin-bi」に。縁あって「ばうみみ」という四コママンガのワークショップをされているユニットのワークショップに、ゲストのような形で参加する。「ばうみみ」は今日、初めてお会いしたが、三人ともとても良い方々だった。

午後2時から、5時頃まで。終わってみれば楽しかったが、その最中は自分がそこに居る方法を模索して四苦八苦。先月14日にchikin主催イベント『work for the public good』にお越し頂いたかたは御存知の、俺の、途中、休憩時間開けに行った始まりが大事な演目は、出鼻をわりと痛々しい感じに挫かれて心が折れかけたが、そしてライブハウスで酒を呑みながら見てもらうようなあれを昼間のお洒落空間で実演した俺も俺だが、とはいえそれほど惨事にはならず(おそらくだが……)、むしろその演目のポテンシャルというか性格のようなものを垣間みることができ、今後チューンナップすればわりと使えるなあと思う。

終えて美味しい中華料理屋で打ち上げ。今回の催しに誘ってくださった美女には昼、晩と御馳走になってしまい恐縮。

帰宅は午後11時頃、明日のその時間は東京行きの夜行バスの中だ。色々とバタバタしているが、適当に語った今年の抱負「次から次へと」は、意図せずわりと実行できていて、やはりある程度の速度は大事で、それによって(心身の)アップ時間が短縮できる感覚があるのだった。と、いうわけで『原始人みたい』。俺は出演は聞いていたがいつのまにか音響担当にもなっている。音源制作やオペはできるが、仕込みは知らないよ、俺。あ、まあ、幸い東京には技術のある後輩の心当たりもあるし、なんとかなるか。

そんなわけで9日から平日は基本、東京に居ると思います。まだどんな滞在になるか不明ですが、わりと時間はあると思うので、しばらく会ってない方は是非お会いしましょう。

2010. 3. 6|SAT

猫

雨。朝から映像編集の仕事。自宅の新しい機械に馴染むにつれてUSキーボードに慣れてきてしまったので、職場のMacBook ProのJISキーボードの打ち間違いが増えた。どちらかに統一しないと揺り戻しの繰り返しなのだが、映像編集の仕事は今月一杯なので、まあ良いだろう。夕方、仕事を終えて帰宅。昨晩から体調が優れなかったのでどっと疲れが出、友人宅に招かれていたのに寝入ってしまう。

午後10時頃に気が付き、iPhoneに何件か着信があり、ああそうだった、となる。遅れて訪ね、深夜までWiiのマリオ。面白いねー、マリオ。同時に4人で遊んでいたのだけれども、ステージをクリアするモードだと、4人もいるとデメリットばかりで、避けようとして仲間にぶつかり落下したり、仲間に突き飛ばされて落下したり、仲間の投げた甲羅で死んだりで、マリオを遊んでいるときにあげる「死んだ!」という声は、今回の場合、多くが「殺された」に変わるのだった。もっと遊んでいたかったが、明日の事が気にかかり午前2時頃おいとまする。

写真は家のすぐ前で鳥を眺めている飼い猫のもきちだが、もきちは外に出ると必ずこの二つのマンホールの間で落ち着くのだった。絶対だ。一体、何がそこにあるのだろう。

2010. 3. 5|FRI

花

夜、仕事を終えた妹を連れて、おおきに屋で食事。先月の中頃、誕生日を迎えた妹だったが、いろいろあって、祝う機会がずいぶんと遅くなってしまった。やはりおおきに屋は美味い。美味いとしか言いようが無いのだった。

しかし今日は体調が優れず、薬を呑んでぼんやりとしている。こういう時、何かを忘れているような気がしてとても怖い。週末のワークショップに向けてアティチュードを定めなければ。シミュレーションを綿密にしなければ、絶対に狂う想定に正しい対応が出来なくなってしまう。しても良いことではなくて、してはいけない事を定めることが大事。何をすべきでないか正確に知ったとき、人は自由に動けるのだと思う。

写真はちょっと気にいっていた花の写真を、『権力の美学』風に。『権力の美学』や、ウィリアム・ギブスンの著書の表紙、細野晴臣『S・F・X』のジャケットのような、80年代を象徴するようなああいうアートワークは大好きだが、あれ、発端はどこにあるんだろう。Talking Headsの『More Songs About Buildings And Food』のジャケットも最高。やはりなんというか、フィクションへの意識だろうな。歪ませずには/切り刻まずにはいられないような。

ああ、それにしても頭が痛い。どうも変だと思っていたら雨が降ってきた。

2010. 3. 4|THU

路地

昨今のデジタル・ミュージック事情をいまひとつ掴みかねているのは、たとえばDFAに代表されるニューヨークのムーブメント、Kitsuneによるコンピレーションに収録されるヨーロッパ勢、DFAの場合はそもそもLCD SOUNDSYSTEMが無茶苦茶かっこ良いし、ゆらゆら帝国と契約していたりで繋がるし、Kitsuneからは相当数、売れっ子が出たし、その中に好きなものもあるし、日本で言えば80kidzにもダイレクトに繋がるのでわかり良いのだけれども、それと同時に(Twitterのおかげで知ったようなものだが)ネットレーベルを主体とするDTM系のとても若い世代によるムーブメントもあることが原因で、というのもつまりそちら側の音の具体性があまりわかっていないのだった。

「若い世代」と書いたが、実のところその周辺については局部的にしか知らないためにあまり語れたものではないのだが、昨日のことだったか、tofubeatsがiTunes Storeのダンス部門のチャートで1位になっており、その『BIG SHOUT IT OUT – EP』という音源の1曲目のミックス違いだろうか、それは彼のサイトからフリーで聴けるのだが、聴いたものの、特に楽しめないのだった。歌詞は悪く無いものの、古いところで渋谷系にあったような街のリアリティを今の感じで言えばまあ、こうなるよな、といったところで、音はDTM特有の平面的なものだ。ただ、一つ感じたのは、四つ打ちへの消化のアプローチというか消費の仕方が完全に俺(26歳)とは違うのだろうな、ということで、そこには嫌悪も愛情も無いように思えた。ただimoutoidの場合はリズムや音階に対してドライではない、むしろ何か狂気的なこだわりが感じられて、音自体は安っぽいのに、音階やリズムに対する執拗さとのコントラストが、その平面的な音を有意義にしていたように思えたが、まあ、おそらく特殊な例なのであって、他にdj newtownを聴いていても、やはりtofubeatsに感じたような「四つ打ちへの消化のアプローチというか消費の仕方」の壁を感じるのだった。dj newtownはその名前の良さもあり、ああ、夏の夜とかに聴くと良いかもな、と好感を持ってはいるものの、より興味があるのはやはり音である前に、その背景/リアリティだ。

面白いものの困ったなあと思うのは、俺の上の世代、ノストラダムスの大予言を大人になって冷静に捉えることができた、と、下の世代、そんなことは知らない、の狭間であるところの俺のリアリティの所在はさてどこに求めるべきなのかということだ。その虚空が俺をこんなふわふわした立ち位置に追い込んだわけだが、良い加減に時間がもったいない。どこだ! っていう……。

もうほんと退屈で退屈で。俯瞰しているようでいて一番翻弄されているのだろうな。なんか、もうちょっとな気もするんだけどなあ……。

2010. 3. 3|WED

昼過ぎ、四条烏丸で美女と打ち合わせ。

先月の14日に行われた『work for the public good』というイベントに、俺の出番終了の後その美女はいらしたのだけれども、すでに出演を終えて結構、酔っぱらっていた俺は、自分の演目は面白かったのだ、もったいない、と適当な気持ちで吹聴し、そのせいでこの週末、とあるワークショップに良くわからない枠(講師側)で参加することになったのだった。その打ち合わせである。

さて、それは「shin-bi」で催されるばうみみワークショップ「四コママンガを描くぞ!」というものだが、打ち合わせを終えても(講師の方はおらず、司会であるところの美女との打ち合わせだった)、やはり今ひとつ良くわからない感じなので、果たして大丈夫かしら? 不安。居ても居なくても良い枠というのは気楽なようでいて、本当のところ、どこに立てば良いのかがわからず不安定でおそろしい。

そんなわけでそのワークショップが今月の日曜日だが、来週からはバストリオによる舞台公演『原始人みたい』の稽古のために東京に行かねばならない。出演することになったのだ。今年に入ってから何故か出演が多く、わりとデザインに重点を置いているつもりなのに、どうも俺の需要はそうではないようだ(いや、なんだかんだで今年出演した全ての企画でフライヤー、ブログ、webサイトを作っているが。ありがたいことです)。と、いうことで東京に行く。相変わらず貧困に喘いでいるが、とにかく行くのだった。週末をのぞいて一ヶ月近く滞在するので、様々な久しぶりの顔にも会えるかもしれず、それもまた楽しみである。

2010. 3. 2|TUE

1日のことから。未明、阿部和重『ミステリアスセッティング』読了。そうだった、小説は面白いのだった、と。読み終えてThe Kinksの『Waterloo Sunset』を久しぶりに聴き、就寝。

昼過ぎに起床し、夕方、通院。帰り路、満員の京阪電車に、こんなものに毎日長時間乗っている人がいるのか、と絶望的な気持ちになる。雨もあってとても濁った空気が充満していた。それを降り、実家に寄り夕食を馳走になって帰宅。午前零時。

今野くんから電話があり、Skypeに切り替えて会話。初め、webサイトに関することだったが、いつのまにか「Hercules and Love Affair」のボーカルを馬鹿にしたりしていて、また朝になってしまった。2日になっている。昼過ぎにのそのそと起き、少し作業をしてまた寝、夜、webサイト制作の作業。途中、『まっすぐな男』というテレビドラマを鑑賞。深田恭子がぐんぐん可愛くなる。

短期集中の作業に疲れ、パタリと寝る。寝てばかりだ。起きて今は3日の正午前。