March 2009

2009. 3. 31|TUE

一号線

30日は終日労働。それほど忙しい日ではなかったけれども、疲れも溜まってか夕方ふらふらする。とはいえ、翌日、つまり今日が休みだったということもあり、夜更けに丸山書店におもむく。白井弓子という人の『天顕祭』という漫画を衝動買い。レジで倒れそうになったのでおとなしく帰る。翌日、つまり今日やろうと思っていたことを幾つか箇条書きにして寝る。

本日。午後5時、やろうと思っていたことが何一つ出来ていない状態で日暮れを迎える。というのも、その時間まで寝こけてしまっていたからだ。疲れているなあ。とりあえず相対性理論を聴きながら京阪で実家に帰省し、夕食を取り、整備された快調なカブで京都に戻る。写真は大阪→京都を通る国道一号線にて。淀あたりの好きな橋。この下のだだっ広い空間で未完の映画のロケをしたことも、木ノ下歌舞伎のフライヤー写真の撮影をしたこともある。夜、もくもくと煙が出ているのに惹かれるのは、いわゆる工場萌えというやつか。

帰宅は23時半。『天顕祭』を読む。面白かった。それから、「SHIENYO|紫煙葉」の「連載小説|『旅』」の第四回を更新。

やろうとしていたことの箇条書きメモ、半分もできていない。

そういえば、話は全然変わるが、昨日、寝る前に同居人と「タンクトップ」について討論。というのも、脆弱な肉体の俺でも、自転車屋で働いていると腕だけはわりと筋肉がつくのだが、ただ、「タンクトップ」はダメだろうと思い、「俺が半パンかタンクトップどっちか着ないとダメだとしたらどっちがマシだと思う?」というくだらない質問をしたところ、俺の意に反し「タンクトップ」と返ってきたため、討論となった。俺は、タンクトップはダメだろうと思う。華奢な女の子が着ていたりしたら可愛いとは思うが、バスケの選手でもないのになんであんなものを男が着るのか。ランボーじゃないんだから。汗でべたついて肩が動かし難くなるほど過酷な動きをする人はともかく、何を脇毛をむき出しにするか。と、タンクトップを非難したが、「25の男が半パンって」と同居人に言われたので、「ジャルジャルの福徳は同い年だけど半パンだぞ」と言うも、自分で言っておいて無意味な発言だし、大体俺は高専の頃、私服の学校だったのだが、同級生に「足が細くて気持ちが悪いから半パンを履くな」と言われて以来半パンは履いておらず、じゃあ、やはり多少水泳などをやっていたから肩幅もありここのところ筋肉もついてきた肩を露出するほうがマシなのか云々となるも、っていうか、「別にどっちも着ないけどね」と下らない議論を自分でふっておいて自分で否定し、寝た。俺は家でずーっと喋っている。迷惑な男だと思う。

さてさて、四月だ。桜だ。実家近くの大阪の桜は5分咲きといったところ。

やることやって寝よう。一日は早い。って夕方に起きた俺が悪い。

2009. 3. 29|SUN

新宿

午前8時半起床。終日労働。午後9時帰宅。へとへと。なんというか、俺は飲食業をしたことがないが、例えば焼鳥屋で働いているとして、まかないが全部焼き鳥で「もう鳥見たくもねえよ」となるのだとしたら、その場合の鳥は俺にとっての自転車だ。120台も売れることはないじゃないか。職場の人の話ではまだピークではないそうだ。特殊な店舗だとは聞くが、それにしても……。

帰宅すると同居人が体調不良で寝ていて、仕方がないので夕食を取りに出る。近所のパッとしないラーメン屋に。それからコンビニへ。歩けば幾らも販売している自転車を目にする。見なくても良いのに、いちいち見てその自転車の名前を頭で呟いてしまう。バイトの話終わり。

バイトの話が終わると、日記で書けることとして残っているのは、そのあとへとへとだったことくらいだ。今は100sの『ミス・ピーチ!』を聴いている。少し前、渋谷駅で観た『明日の神話』を思い出し思ったのは、デザインの範疇を超える表現としての平面は、大きくすればするほど凄さを増すということ。巨大=凄いに成り得るというのがすごい。写真は新宿駅から歌舞伎町方面への道にて。東京のいろいろは巨大で、何が巨大か良くわからなくもなる。

巨大、故に凄い、が成り立たないものというのは所詮小手先のうちだ。あなたが絵描きならその絵を巨大に、あなたが音楽家ならその音を爆音に、あなたが映画監督なら超巨大スクリーンに、あなたが小説家なら同じ内容を100倍の分量で書いてみることを想像すれば良い。それで、巨大故に凄い、ではないなら、それは所詮小手先のうち。

2009. 3. 28|SAT

鴨川

午前9時起床。終日労働。疲労困憊。忙しかったなあ……。なんだか中高生の頃、陸上/水泳と体力系の部活をしていたころを思い出すくらい。

帰宅し、夕食を取り、珈琲を飲み、一息つくともう風呂に入って寝るくらいしかしたくない。大体、そうしないと明日が持たない。弱った体を戻そう。実際、この仕事を初めてから、それが半分肉体労働のせいか体調はかなり回復した。

前のバイトはダメだったなあ。社員はこっちの気持ちを下げておいて、結局こっち頼みだし。だいたいが、浮かれている連中からの搾取でしかない仕事だったし。肩凝るし。

まあ、そんなことは良いや。社員はともかくバイト仲間は愉快な人たちばかりだったし。みんな元気かなあ。春になると、あの人は今、と考えるなあ。

もうすぐ三月も終わりか。「SHIENYO|紫煙葉」を初めて丸三ヶ月か。ちょっと連載陣、全然更新しねえな。まあ、今のところ編集長としては頭を下げるしかないこととして、書いても見返りが無い、状態である。これ、厳しいな。初めから見返りを用意できる状態だったらもっと違う形になっていたもの。場所を用意するから、愉楽は勝手に見つけて欲しいというのが本心。まあ、ぼちぼち考えていくかあ。

今日も音楽は土岐麻子の『TOUCH』。写真は出町柳付近の鴨川。……あ、こいつマジだな、って人間、もしくはそういう人間がそうである時、との邂逅がここのところ久しい。自意識過剰だがこういう孤独はなかなか疲れる。嫌われ役もやらんといかんし。それを思うと、ある人を思い出すな。ボーリングがしたい。

2009. 3. 27|FRI

馬鹿みたいに眠る。体力無いなあ。

最近、土岐麻子の『TOUCH』ばかり聴いている。去年の京都音楽博覧会で、くるりのコーラスで参加していた彼女だが、その際、その声にとても惹かれたのだった。サイトを見てみると、Cymbalsのボーカルだったことがわかった。中高生だった時によく名前を目にしたバンドだが、聴いたことはなかった。10年ほど前にデビューした人たちが、日本の音楽の熟成からか最近になって名前を変えて活躍しているのを良く目にする。良い声の音楽。関係ないけど、小沢健二、新譜出さないかなあ。ボーカル入りの。『Eclectic』、2002年の音だが、今聴いてもむちゃくちゃかっこいい。ジャケットも良いんだよなあ。

あ、そうだ。今月18日に観た新宿での「ムーンライダーズ NEW YEAR DASH 2009 Vol.3」に、遊園地再生事業団の『トーキョー/不在/ハムレット』で観てから良くBlogを覗いている笠木泉さんもいらっしゃっていたようだ。相対性理論の『地獄先生』のPVにも出演されている。で、今Blogを読んでいたら笠木さんも最近『ぐるりのこと。』を観られたようだ。たしかに「うーん」となってしまうあれが力だといえば力であることは否定しようが無い。

突然なことを言うが「これって、意味あるのかな?」で、停止してしまってはどうにもならない今である。そこは、何かを用いて振り切らないと。正体不明の推進力を信じるしかないし、そもそもその推進力を発生させねばならない。エコとも原子力とも、連想はしてしまうが全く別の話として、かつての燃料ではどうにもならない部分もある。使えるものは使う。それは、ある種の先祖返りだろうか。わからないことを書いているなあ。ただ、それを思えば足取りは重いぞ……ってこれはメチャクチャぐるぐるしてしまう類いの思想だ。危ないな。

とにかく、当たり前のことだが、「そんなことして意味ある?」という批判に足止めされず、ただただそこに意味を持たせるために。だって、「毎日そんなに日記書いて、あとウェブマガジン? とかやって意味あんの?」と言われてしまえば、何も返す言葉は無い。だが、それは現時点での話だ。知らねえぞ。

2009. 3. 26|THU

午前8時半起床。風邪はだいぶんましに。終日労働。

午後8時半帰宅。風邪をひくと鼻の通りが悪くなるが、すると味覚が沈黙し、飯もコーラも煙草もちっとも旨く無い。特に煙草。鼻がだめだと煙草は喫えない。花粉症でなくてよかった。

夜、南くん来訪。遠方からバイクで来てくれたが、復路に時間がかかるから早々に帰宅。もう少しゆっくりしてもらえる時があれば良いが。

その後、橋口亮輔監督『ぐるりのこと。』をDVDで。

うーん……。丁寧というか馬鹿丁寧というか……。すごく安易だと感じた。丁寧さが映画としてのダイナミズムを生まなかったのは構成の悪さもあるだろうが、視点がどうも策に酔っている感じもして、すこし苛々する。

とはいえ、リリー・フランキーをはじめ役者は良かったし、グッとくるところもあり、要するに好みでなかっただけなのかもしれない。運動神経の悪い映画だと感じる。

面白かったんだけどな……。好きになれなかったな。

2009. 3. 25|WED

桜

正午過ぎ起床。風邪のせいで汗だくで起きる。ふらふら。食事を取り風邪薬を飲んで少し落ち着く。

散歩。少しずつ桜が。

夜、やらんといかんとしていたポスターの制作。

パソコンの調子が悪い。しばらく買い替える予定は無いからがんばれ。毎日毎日こきつかって申し訳ないが、もうしばらくがんばれ。道具なんだから。

明日は働きに出ねば。風邪ひいてる場合じゃないよ。寝よう。風呂入って寝よう。ああ生活。

2009. 3. 24|TUE

少し日記が空いた。22日のことから。

終日労働後、職場で同居人の自転車のタイヤを変えたりしてから帰宅。疲れてすぐに寝る。

23日。午前起床。あ、今、「午前起床」って書いて、俺、こういう日記のスタイルで連想するのが、たぶん俺が小学生だったころだから10年以上前だが、当時、ミスチルのとあるシングルCDのカップリングに間奏中、ボーカルの桜井が「○月×日、なんとか……」と延々と語る好きな曲があったんだがあれは何と言うタイトルだったろう。それを思い出すなあ。なんという曲だったか。

まあいいか。で、23日、起きてWBCを観つつ喉が痛い。風邪かしら。のどあめをなめながら色々と作業。洗濯したり、「SHIENYO|紫煙葉」の「連載小説『旅』」を書いたり、webの更新をしたり。夕方、chikinが来訪。

本日。午前起床。WBC。いやあ、勝ったねえ。あの場が与えられるイチローはすごいな。ちょっと呆れるくらいだ。

SHIENYO|紫煙葉」の新企画を少し考える。難しいな。

夜、完全に風邪。ダイコクドラッグに風邪薬を買いに行く。治れー。治れー。夜、熱でぼんやりとしながらテレビで『絶対彼氏』。俺、連続ドラマを放映中に熱心に観ていたのだったが、やっぱりもこみち良いなあ。ああいうふうに終わるしかない、ということを丁寧にやっていて、良いドラマだったよ。

ああ、悪寒。忙しいのになあ。なんで忙しいのか。そのうえ今日はずっとテレビを観てしまった。寝よう。

2009. 3. 21|SAT

晴天。終日労働。その後、職場の人と食事。初めて行く、おいしい中華の店。

さて、帰宅は25時だったから、ほんとうに何もここに書くようなことは無い。強いて言えば、帰宅してからの時間、寝よう寝ようと思いつつ『マヨブラ流』の最終回を見てしまったことくらいか。

ブラックマヨネーズほどフリートークなどで笑わせてくれる「テレビでの」芸人はほぼ皆無だと思う。評価が低いのではないだろうか。テレビをさほどみない俺だが、彼らよりもつまらない芸人の露出のほうが目立つ。今、いちばん「ちゃんと面白い」と言えるのはブラックマヨネーズだと思うのだが。ただ、今ぐらいの露出のほうが、彼らの「おもしろさ」を堪能するには適量だという事実もあるわけで、なんとも難しい。

忙しいと日記がすかすかになるという、日記の持つ性質には逆らえない。暇で仕方無い時ほどがっつりと書く。それが日記だ。だから、すかすかでも忙しい日の日記も付けておかねばならない。それが日記。

2009. 3. 20|FRI

幾人かの方に、「渋谷で大変でしたね」とメールをもらう。ほんとだよ。思えば、あのVICTORINOXのツールナイフの中にはUSBのフラッシュドライブが搭載されたものもあったはずで、それだと持っていたら「じゃあ、USBドライブだけ持ってれば良いだろう」となるのだろうか。なんだろうそれ。でもまあ、やっぱり怪しかったんだな、俺。なんてことだ。俺のどこが不審だというのか。失礼だよなあ。

まあ、そんなことは良いのである。本日は仕事。自転車を売る。忙しかったなあ。

仕事を終え、「上海バンド」で次のフライヤーの打ち合わせ。ちょっと難しいな。良く考えよう。

そんなこんなでやる事が無限にある。まあ、いつだってやることは無限にあるのだけれども。

短い日記。

2009. 3. 19|THU

明日の神話

写真は渋谷駅構内に恒久展示されている岡本太郎の『明日の神話』である。縦5.5メートル、横30メートルの巨大壁画だ。

前日の日記の末尾にある通り、東京をうろうろしようかとも思ったのだったが、何しろ大きな街であるし、とめどないので結局すぐに帰ることにした。ところが、そう決めてから『明日の神話』を観て、京都に帰るまでが思いがけず大変だったのである。

俺は渋谷にいたのだった。で、少しの間ぼんやりとしていると、アジア系の観光客らしき人に「キミ、ハラジュク?」と連呼され、恐らく行き方を訪ねていたのだろうが、俺は知らない、と言い、それがきっかけでこんなところで何やってんだろう、と思い京都に帰ることにしたのだった。

ところが、その直後に俺は警官に話しかけられる。「最近、秋葉原の事件云々」ということで、荷物を見せて欲しいと言われる。帰ろうと思っていたから面倒だったが、拒んではもっと面倒に決まっているので見せると、俺は普段、VICTORINOXの一番小さいナイフを携帯していて、それのせいで交番まで連行される。連れていかれたのは渋谷駅前交番だ。で、「何で持っているのか」と問われたので、「あのー、そういうものが好きなんです」と、まあ、正直これといった使い道もないから答えると、パトカーに乗せられ渋谷警察署に連行される。そして取調室である。ドラマなどで観る取調室に入れられ、取り調べられたわけだが、話しているうちに、悲しいかな本当に俺が「そういうものが好き」なだけだということが明らかな空気になってきて、警官もなんだか申し訳なさそうだし、でも引くに引けない感じもあり、よくわからないが世間話を結構長い時間する。そして、芸大を出ているという話をし、写真の『明日の神話』が渋谷駅構内にあることを教えてもらったのだった。そんなこんなで、「家に帰るまで絶対に開けないでください」と封筒にナイフは入れられ玉手箱方式で返され、もう、理由もなくナイフは持ちませんという書類にサインして解放される。

もっと詳細に書ける話だが、こんなところで十分だろう。そして俺は『明日の神話』を観てから京都に。東京観光は歌舞伎町と渋谷警察署である。

さて、家はやっぱり良いね。疲れたよ。あの便利な小さいナイフでこんなに疲労するとは。渋谷だからダメだったんだろうなあ。「ほら、渋谷はドラッグの街だから」と警官に言われたが俺はそんなことは知らないよ。しかしまあ、大阪の医者から直行で東京に言ったから、大量の薬を所持していたものの処方箋があって良かった。無職で、ナイフ持ってて薬持っててフード被ってぼんやりしていたらまあ、取り調べられるか。それにしてもお互いにとって不運な話であった。

京都は別に好きじゃないけど、やっぱり楽だなあ。東京は目がチカチカする。

2009. 3. 18|WED

17日のことから。自宅→医者→実家→新宿。そんなわけで夜行バスに乗り18日早朝に新宿に。

WBCを観たりの後、新宿は歌舞伎町、LOFTにて「ムーンライダーズ NEW YEAR DASH 2009 Vol.3」。ゲストは相対性理論。俺、東京にあまり来たことがないから土地勘が無いし、場所もちゃんと調べずとりあえず新宿なのだろうとやってはきたが、新宿、でかいし、このままでは辿りつけない、と携帯で調べると、歌舞伎町の「コマ劇場」の近くだということはわかる。

そんなわけで初めて歌舞伎町にやってきたわけだが、どうしよう、辿り着けそうにないぞ、と思っていたら、「あれ、この景色、完全に『龍が如く』と一緒や」となり、そのゲームをやったことのある俺は地図が明確に頭にあって、簡単にLOFTにたどり着くことができたのだった。『龍が如く』の忠実さすごい。

で、まあライブはすこぶる良かった。初めに相対性理論。『地獄先生』から。既発の2枚に未収録のものも織り交ぜつつ、コンパクトなライブ。大好きな『おはようオーパーツ』はやらなかったが、ライブでの『ラブずっきゅん』は凄かった。なんか、タイトルそのままの印象を受ける。しかしまあ、予想通り録音物の再現性の高いライブで、だからこそやくしまるえつこ(美人)がその高い再現性から少しはみ出た時の破壊力がすごかった。新曲も抜群のポップ。

そしてムーンライダーズである。これ、むちゃくちゃかっこよかった。初めて観たのだったが、次、関西に来るときは絶対行こうと思う。これ、今まで観てきたライブの中でもベストなんじゃないか、と途中思い、アンコール1ではまさかのやくしまるえつこと鈴木慶一のデュエット。そしてアンコール2の物語性の強い、そしてそれでいてむちゃくちゃクールな終わりに「ああ、これはベスト」となる。あんな大人になれたらどれほど素晴らしいだろう。

一夜明けてまだ東京である。都内某所のネットカフェで日記を付けている。もう夜行バスは嫌だ、となった俺は新幹線で帰ることにしたのだった。そんなわけで時間ができ、だから何か見ようと思い、情報を集めている。でもまあ、面倒になってスッと帰るかもなあ。

2009. 3. 16|MON

早朝、テレビでWBCを観る。朝から掃除洗濯。で、まあいろいろあってから、夜、我が家でトミーの誕生日おめでとう&後輩のイソワ東京でがんばれ送別会。

相変わらず突然の連絡なのに多数の方に集まって頂いて楽しく過ごす。二人に喜んでもらえて幸いだ。

結局、明け方5時頃まで。わいわいがやがや。

皆、状況の変化の時期だ。俺はまだ、ソメイヨシノは開花もしていないのに花見が楽しみだ。あのー、なんだろうね、花見のあの感じ。俺は「川」としては鴨川より淀川が好きなんだけど、花見は淀川より鴨川のほうが良いに決まっている。まだ花見の場所など決まっているはずもないが、まあ、「しようしよう」と言っているだけの段階だが、それでも勝手に河原で、いつものように10人以上が集まって飲み食いしていることを想像すると、「こういうの、いつまで続くかしら」とすごく感傷的なことを思ってしまう。節目で、旅立ったり旅立たなかったり、色々あったあとに私たちは咲いた桜を見るのだが、だから花見は良い。終わったようで、始まったあの感じ。なんか、時間軸がよくわからなくなるんよねえ。どこから続いて来た今なのかとぼんやりとする。花見は良いよ。

まだまだ寒いけど。少し東京に行ってきます。

2009. 3. 15|SUN

昨日、14日土曜日は、体調不良もあって大体寝てしまった。

本日。朝5時頃に目覚め、少し本を読み、働きに出る。ご存知のように私は昨年の梅雨ごろから自転車屋さんで働いている(体調不良もあって冬は休んでいた)が、前の仕事(映像編集)に比べて給与は格段に低いし、めちゃくちゃ大変だ。今日も自転車は70〜80台は売れたと思う。自転車を買う人の列ができるわけで、そんな状態が存在するとは今まで知らなかった。ただ、まあ、病のためにも体を動かすべきだったし、簡単な修理ならできるから、困ってやってきた人を満足させることもでき、それは精神衛生上とても良い。職場の方々もとても良い人たちだ。

終日働いていたから、バイトのことに触れるくらいしか書く事がない。

あ、そうだ、もう施行の近い裁判員制度について少し書こう。

御存知のように、間もなく「裁判員制度」というのが始まってしまう。で、もし私たちが裁判員になってしまうと、迫られる選択は、被告への「死刑もしくは無期懲役」になるのだという。つまりは、それらしか選択肢の無い重罪を裁かなくてはならないのだという。加えて、この制度の先進国アメリカと違う点に、守秘義務が生涯に渡ってまとわりつくという。

さて、である。俺は嫌だよ。端的に嫌でしかない。声を大にして嫌だと言いたい。死刑が視野に入っている事件の詳細を聞かされるわけだが、それまつまり、大層残虐なものになるだろう。そして、それを死ぬまで黙っていなけりゃならないし、もちろん、裁かなくてはならないのだ。そんなの、嫌に決まっているじゃないか。今、俺が考えているのは、裁判員制度に関しては限りなく無知だが、それでもって軽薄に考えているのは、もし裁判員として招致されてしまったら、「俺は、その件に関して、可能な限り軽い刑を、提示する」ということだ。これはかなり固い。仮に、家族や恋人が殺されたとしよう。それも酷い内容によって。だとしても、俺はそれが「死刑 or 無期」ならば、無期を選ぶ。これはかなり固いのだ。絶対に「死刑」は提示しない。それは「ある程度」を超えそうになるなら、思考を停止させるという意思だ。逃避に過ぎないし、単なる自己防衛としてそれを宣言する。それに、そもそも、「私」が、合法的に人に「死を与える」という状態が、全く持って理解できないのだ。なぜ、そんなことをしなければならないのか。このことについてはきっと議論は溢れ、そして片手落ちの正論が溢れているだろう。そんな論理はどうだって良い。嫌なんだ俺は。

「裁判員制度」に関しての思い、その1はこのようなもの。今後、どうアップデートされていくだろうか。

そういえば、一時間の運動は抗うつ剤一錠の効用があると聞いたことがあるが、今日10時間労働した私はその間、煙草を喫わなかった。これは単に、俺が中毒を持った喫煙者でないということもあるだろうが、運動の効果が大きいのだろう。で、健康を感じ、疲労困憊で帰宅すると正直、裁判員制度のことなんかどうだって良いや、ってなっちゃうふしがあった。「その感じ」を否定するつもりは毛頭ないが、とはいえ、それは私が「畏怖」する状態ではある。

気分っていうのは、外因によって左右されることがほとんどだ。だから、気分や、思考はある種「運」に左右されるということになる。つまり、ぶれまくる。その時、ぶれるのは仕方がないが、ぶれ方、ぶれ幅、それらは制御されねばならない。じゃないと、前進は困難だ。堂々巡りの人生は嫌だよ。

絶対に逃れられない「嫌」からいかに脱却するか、それが人生だ。そして最期は死ぬ。ってなんだ今日の日記。もうやめよう。大体、疲労困憊なんだ。

2009. 3. 13|FRI

雨だった。悪寒と腹痛。風邪かしら。治れ。

夜、「御輿ガラパゴス」の『伝統の一戦』を観に「Cafe Terrazza」に。感じたのは、以前からそうだったが、chikinと同じく、いかにして「笑い」の作法から逃れるか、だ。芸人はアスリートの側面が強いから、目指すのがそれなら、ただただ訓練せねばならないだろう。だけど、違うのだ。そこに困難がある。困惑している。だから魅力があるのだけれども、だからもどかしい。

そこで、不良にならないといけないことになる。全然、何言っているのかわからないだろうが、俺もまだうまく説明できないのだ。ただ、不良にならないといけないのだ。chikinは『豚』で不良の側面を見せた。そしてそこから新たな困難は生まれる。不良で居続けるのは難しい。ちょいワル(死語)になっては、家畜だ。

この件に関しては、毎度のことぐるぐる回るだけだなあ。橋の真ん中で、どちら側にも辿り着いてはいけないが、じっとしていてもダメであり、加えて、「お前、どうしたいねん!」と突っ込まれてもいけないという困難極まり無い状態。うーん。

「Cafe Terrazza」からの帰路、コミックショックに立ち寄り、マグリットの絵画を中心に構成されたとある美術全集の一部を購入。マグリットの画のような小説が書きたい。決してダリじゃない。

悪寒と腹痛だから寝るも目が醒め、深夜『ソング』を書き足す。15枚に。

2009. 3. 12|THU

体調が悪かったので長い時間、眠ってしまった。起きて、空腹だったので、高野の「なか卯」に行き、ついでに「丸山書店」に寄ると、ジェイムズ・ジョイスの『ダブリン市民』が、『ダブリナーズ』というタイトルに改題され、柳瀬尚紀の訳で出版されていたので買う。15篇からなる本だが、一篇目を読み、「ああ、難しい……」と少し途方に暮れる。世界の大体のことは、わからないことや難解なことであってくればければ困る側面もあるから、時折ジョイスの本に挑戦しては、挫折するのだ。今は、そういう機能のものとしてしか接する事ができない。いずれ、それが変化すれば良いが。

いろいろやろうと思うもちっともやる気がでないので、『デス・プルーフ』のDVDの特典映像を観る。主にスタントの舞台裏で構成されているのだが、カースタントのシーンで、タランティーノに「高速で正面衝突(車二台が)し、(一台が)吹っ飛んでできるだけ多く横転し、その後、逆さになってしばらく滑り、道から(道幅わずか6メートル)はみ出さずに停止してほしい」と言われたその世界では伝説とされるスタントマンが「成功する確立は25パーセントだ」と監督に言った、と言い、そのあと、見事それを成功させている映像(つまりそれは映画のワンシーンだからすでに観ているのだが)が流れ、唸る。超絶。

少しやる気が出て、『ソング』という小説を少し書き足す。13枚ほどに。

ここしばらく色々なことで思い悩み過ぎたので、しばらくはシンプルな状態を維持し、とにかく読んで書こうと思う。考えてばかりも疲れるので、しばらくはやりたいようにしよう。

春も近いし。

2009. 3. 11|WED

ここのところ、愛車カブの調子が芳しくないため、父親兼整備士の住む実家へバイクで移動。今日は、寒かったなあ。日取りを失敗した。ただ、それでも俺の大好きな京都—大阪間の国道一号線を走るのは楽しかった。魅力的な風景で溢れているのだ。

猥雑な店、やたら敷地の広いファミレス/コンビニ、長い橋、巨大なネオン看板。それらがもう、ごちゃごちゃになっている。一つの路の両端を縫うように、ナンセンスにコラージュされている。『国道一号線 大阪—京都』という写真集を出したいくらい。完全な思い付きだが、別段意識的では無いものの撮り溜まってきた写真の数がかなりの量になってきて、俺は写真展をやりたいのだ。年内にどこかでやろうかと。趣味だ。テーマはまだ未定だが、人物写真、風景写真、どちらも含ませたいと思っている。で、デジタルで全部撮ってるから、格好付けてレタッチ/トリミングを否定的に捉えても、そもそもデータで撮っているのだし無意味な気もし、写真のことは良くわからないものの、何となく否定されそうなそれらを、気分的に一切咎められず、ガチガチに使って構成しようと思っている。そうなると半分はデザインの領域だから、かなり意図的になるだろうし、そのぶん実は難しいのでは? とも思うが、まあ、今のところ趣味の範疇で俺はそれを考えているし、楽しくやろう。

さて、趣味のようで実は趣味ではない『SHIENYO|紫煙葉』で、結局小説の連載を初めてしまった。『旅』というタイトルのものである。第一回を掲載している。週一回の更新にしようと思っているのだが、今のところストックが第三回分までしかない。ちゃんと続くだろうか。少し気を抜くと、ミニマムな物語になってしまうから、これは、もう疵だらけになっても、荒唐無稽な熱を帯びさせて、しつこく続けてやろうと思っている。良くわからない旅を、実体験しようと思う。

さて日記だが、ふるえながら実家までカブで行き、電車で帰宅。たしかに寒かったけど、それとはまた別の悪寒がある気がし、もしかすると風邪かも知れない。そうだとしたらいやだなあ。

そうそう。明後日13日、卒業制作を観て、chikinにおすすめし、chikinもろともファンになった「御輿ガラパゴス」がカフェで公演をするという。タイトルが『伝統の一戦』だというからそそられる。

少し詳細を書くと、19:00開演(18:30開場)、場所は哲学の道沿いの「Cafe Terrazza」というところだという。チケットフリーで1オーダー。暇な人は是非行こう。

2009. 3. 9|TUE

今日は、梅を見に行こうと同居人と話していたのだったが、ともに寝過ごし、中止。なんだか日記を書くぶんになって、存在しない梅の写真付きの日記を想像すると、「ああ、寝過ごして失敗」と強く悔やまれる。なにしろ、梅を観に行かず、家にいたらchikinの面々がやってきて、webサイトをリニューアルする計画の話をしたりしていたら夜で、WBCも韓国に負けて、じゃあ、すっかり夜も夜なのだから。

そんなわけで、書くことが何も無い。困ったなあ。

SHIENYO|紫煙葉」を少し更新。The Cherishの公演情報を掲載した。俺はその日、おそらく大量に自転車を売らなければならないから、公演には行けず、とても残念。お時間のある方は、ぜひ。The Cherishって? となる方も多いと思うが、近々彼らのプロフィール的なものが掲載されると思いますので、しばしお待ちを。

あと、筆者の面々の筆が遅く、更新が途絶えているのだった。もう。俺は実は小説の連載をしようと思っているのだが、俺ばっかりってなったら、なんか主旨と違うしなあ、と思い我慢しているのだ。最近、書き始めたそれとはまた別のものを予定している。頭の20枚ほどは以前に既に出来ていて、筋もある程度は見えていたから、連載という形式を利用して完成させたいのだった。

みなそれぞれ忙しいから、なかなかこちらには手がまわらないのだろうな。もっとアゴラ的なものになれば良いのだが……。

2009. 3. 8|SUN

確固たる空腹へ

午前起床。14時にアトリエ劇研。芦谷康介・京極朋彦ソロダンス公演『じぶんさがし』『回廊』を観る。

『回廊』、アホだったなあ。必見だったなあ。観た人はわかると思うが、『回廊』にはすごい仕掛けがあって、例えば今日の昼の回を観た方ならば、必ずこう思わされただろう。

「日曜日の昼間に、俺、こんなところで何してるんだろう」

音響効果を一切使わないダンスだったが、故に音にものすごく拘っていた。いやあ、なんというか、俺がダンサーだとして、好きな女の子に「俺、今度ダンス公演やるから観にきてよ!」とは絶対に言えない素晴らしい踊りだった。

『じぶんさがし』も地味な作品だが楽しかった。少しわかり良すぎて、若干驚きが欲しくもあったが、良かった。

観終え、なんというか、アフタートークもあったのだけれど、今回は聞かないほうが楽しいのではないか(というか、アフタートーク聞いて良かったことって一度も無い。だけどついつい聞いてしまうという情けなさたるや)、と思い、用事を済ませて帰宅。

依頼の「chatty + gallop」のフライヤーが出来た。貼ってある画像がそれである。実物はもっと綺麗な青が出ているし、写真の質感も違うから、手に取ることがあれば是非、実物を。

2009. 3. 7|SAT

京極くんのダンス公演を昼に観に行く予定だったが、寝坊。明日、観に行くことに。

夜、連日の「UrBANGUILD」。出演は「バイクモンドバンド」「長谷川健一」「ゑでぃまぁこん」「麓健一」。目的は麓健一だったが、他の出演者も良かった。一度、完全バンド編成の麓健一が聴きたいものだ。

帰宅し、小説を書く。この日記を書き始めた当初、それはもう5年ほど前だが、当時、俺にとっては未知の長さの文章の執筆中で、自分を鼓舞するためにも、毎日の日記にその時、それが400字詰めで何枚かを書き続けていたのだった。そのログは不手際で紛失してしまい、当時の日記は読めないが、当時は枚数をただ書くだけのメモのような日記だったと記憶する。

それは結局、約350枚の小説となった。大学の三回生になる少し前である。それから俺は『YUMIKA』という50枚程度の短篇を書いたきり、何も小説は書いていない。今の神経でも人に読ませて耐え得るのは、『YUMIKA』とそれくらいのものだ。その350枚は『SUPER SWEET BUT NON CALORIE』というタイトルの長篇だが、二回生の時に書いたにも関わらず、卒業制作として提出するというずるをして俺は大学を卒業しており、とはいえ、あの大学だからおそらく教授陣もちゃんと読んでいないだろうし、実際、それを読んでくれた人の数は10人にも満たない。『YUMIKA』などそれ以下だ。

そんなわけで、それから停滞が続いていた俺だが、ようやく新しいものを書き始めた。タイミングとはわからないものである。仮のタイトルは、『ソング』。今は、10枚を超えたところ。

小説の話、終わり。ついでに日記も終わり。

2009. 3. 6|FRI

中原昌也のサイン

太陽が沈み始める頃に起床。

孝学くんと「UrBANGUILD」に。後にそれが『ANALECTA』というイベントだと知ったのだったが、まあそんなことはどうでも良い、というのは、目的の出演者以外の音には何も思わなかったからで(苛立ったものもあったが)、何はともあれSucidal 10cc(Hair Stylistics a.k.a 中原昌也 + Jim O’Rourke)であった。二人の演奏はタイトでかっこ良かったし、音もすこぶる美しかった。めまぐるしく情景が移り変わるような音の海だった。そんなわけで、貼っている画像は中原昌也のサイン。何か書いてもらうものはないかなあ、と思っていたら、入場時にもらったものに、『中原昌也 作業日誌 2004→2007』の表紙の画が描かれたものがあり、好きな画だしそこに書いてもらったのだった。とても気さくな方だった。

帰りに三条の「みよし」というラーメン屋で夕食。旨かった。

明日もまた『ANALECTA』というイベントが「UrBANGUILD」であり、連日来訪の目的は麓健一であるが、ただ、明日とどこおりなくある仕事のギャラがもらえなければ、誰かに金を借りねばそれは叶わない……。

ここ数日、摘み摘み高田渡の『バーボン・ストリート・ブルース』を読んでいるが、別段、貧乏だけど元気出そう、みたいなつもりで読んでいるわけではないものの、いつのまにかそうなっている瞬間があって、それもなあ、とも思うが、だからといって金持ちが読んでいる状態ってのはそれはそれで嫌悪感を抱くし、なんだか良くわからない気持ち。『中原昌也 作業日誌 2004→2007』もそうだが、別段、その二つの書物は「元気を出す」とかで捉えるべきものでは無いしなあ。っていうか、『バーボン・ストリート・ブルース』はともかく、『中原昌也 作業日誌 2004→2007』はどちらかといえば元気を失う書物ではないのか。あれを読んで「元気」を得ている自分はかなり疑わしい。何かがかなり疑わしい。

明日は、ダンスと演奏を観に行くのである。そして、明日は明日で、また違う適当な言葉を思うのだろうな。別に良いけど、なんだかなあ。

2009. 3. 5|THU

4日のことから。朝から15時まで労働。帰宅し、うとうと。同居人が孝学くんを連れて帰宅。様々な話をしているうちに珍しく酒を呑みたくなり(久しぶりの肉体労働のせいかしら)、なんやかやで朝の七時まで話す。

今日は雲の切れ間だ洗濯だ、と昨日話していたにも関わらず、アルコールの覚醒作用で小一時間の睡眠で目が醒めたものの、酷い頭痛。たぶん、酒のせいではなく、俺の枕(通販生活で購入)をうばいとった飼い猫のせいで、首がこりまくってしまったのだと思われる。結局、起きて何か食い、バファリンを飲みたかったがそのまま頭痛を抱えて長く眠ってしまう。

ようやく起き、食を取り、頭痛薬を飲み、WBC初戦をテレビで鑑賞しているうちに体が動くように。春もまだの時期に満員のスタンドをテレビで見て、夏を錯覚する。

コンピュータの話。

新しいiMac、メジャーアップデートの前の最後のマイナーアップデートではないだろうか。噂はあったがMac miniが出たのが意外。で、もうiMacにはUSB以外はFireWire 800のポートが一基のみ。400は無くなった。次のメジャーアップデートでは800も無くなるかもしれない。400を800に変換するアダプタは存在するはずだから、我が家のDVカメラVX2000で映像を取り込むには、最後の機種になるのではないだろうか。そう考えると、そろそろ買わないといかん気もしてくる。24inchの2.66GHzが一番良いだろう。もしくは400のポートがある型落ちを買うか。や、新しいほうが良いわなあそりゃ。

あと、Safari4のPublic Betaバージョンを今、使用しているが(FireFoxがアドオンの関係か、えらく遅いのだ)、時折落ちるのと、おそらくmootools系のJavaScriptでバグがある。速いのは良いが、まだまだがっつりは使えない感じ。まあ、スペックの高いコンピュータでFireFox使えば良いのだろうが、みんなそうじゃないんだからさあ。

コンピュータの話、終わり。

夜、webの作業を幾つか。

2009. 3. 3|TUE

久しぶりに外に働きに出る。4ヶ月ぶり。

夕方の手前に終え、『ジャルジャルの戯2』の副音声バージョンを観、四条に出て、『Marib』という店で会食。

ニンテンドーDSで、我が家は無線LANだから、『nalaku』というソフトをダウンロードして遊んでいる。すごく単純なゲーム。むかしから、神経質があだで複雑なゲームはできない。というのも、たとえば、大作RPGとかになると、「隠し/裏」なんたらが豊穣すぎて、気にはなるものの手に負えないのが苦痛だからだ。だから、テトリスよりはちょっと複雑、くらいの感じのゲームは好き。

どんな日でも同じアティチュードで日記に向かうと、今日が筒抜け。観ないと。聴かないと。創らないと!

2009. 3. 1|SUN

It's All Around You

あまり体調優れず。高田渡の著書『バーボン・ストリート・ブルース』を読んだり、Tortoiseの『It’s All Around You』を聴いたりしてぼんやり過ごす。

できることなら、ミュージシャンになりたいなあ。なによりも、「音楽」の在り方が俺は好きだ。でも、それは無理だから、何故? 何故かはわからないが、まあ、音痴だし無理だから、仕方無く文章を書いたりしている。

歌のような小説が書きたいと思い、『ソング』と仮題を付けていた一年ほど前の書きかけのそれを読み返す。なぜ、それは完成されないのか。完成させるために何が必要なのか。何をすべきか。考えれば考えるほど混乱してしまうのだった。どうしたって、歌には成り得ないのだから、俺は何を書けば良いというのか。

これ、もう、無理な締め切りは設けない。年内に書き上げよう。少しずつ書き足そう。その時々の、やり方があるはずだから。

しかしまあ、俺が書き上げた数少ない物語、具体的に言って三つ、それらは全く不遇である。せっかく始まり、終わっているというのに、読まれない。申し訳ない限りだ。別に忘れているわけではないが、正直忘れたいという気持ちもある。だから、然るべき形でいつか葬るまで、待っていてほしい。すごく時間がかかるかもしれないが。

さて、体調不良を嘆いている場合ではないのだった。今月は外に働きに出ねばならないし、行かなければいけないところも多々。デザインの仕事だってわりとある。一つ一つ丁寧に。「ゆっくり急げ」、今月のラテン語は、そういう意味らしい。