June 2010

2010. 6. 26|SAT

ボリューム・スイッチ

今日で東京、町屋ひろば館での稽古は最後だった。『ガール・プロブレム あなたの葬式でわたしが言うべきこと』である。町屋ひろば館は放課後の子供たちの遊び場。稽古場として利用していた部屋を出れば卓球台があり、体育館があり、子供たちがわいわい騒いでいる。でも、暗くなる前に子供たちを帰さなければならないので、それを知らしめるために、ひろば館では、午後6時頃、ケロケロケロケロケロッケロと気が狂ったように連呼する激しい曲が流れるのだ。借りている部屋には流れないようにスイッチを切っても、外から入ってくる音がけっこうなもので、稽古は止むなく中断されるし、その歌が流れる時間を目安に稽古休憩は取られた。

その日々も終わり。いよいよ大阪。楽しみにしておいてください。面白いですよ。

2010. 6. 23|WED

日記に空白があるものの、体力的に普段の体裁で書くのは少し難しい。とにかく『ガール・プロブレム あなたの葬式でわたしが言うべきこと』を作っている。『原始人みたい』に続き、濃密な稽古の日々。

流れた汗が目に入って滲みる、なんてことが、陸上をやっていた中学以来に起きている。疲れている。日記を書くのはやめて、寝るべきだ。でもな、とにかく面白いってわかったんよね。この作品が。だから観て欲しいと思って。

日記じゃ無いな。まあ、稽古をしているだけだから。稽古、稽古か。稽古って呼び名がしっくりこないな。何か、良くわからないことをとにかく真剣にやっている。わかってるんだけど、なんて言えば良いのか。

いま居る人には見せたいな。いま居ないけど、俺のこと知ってる人には、特に言うことはないけど、今はこんな感じですって。孫はこんな感じです、兄はこんな感じです、いま、って。

なんだろう、小さいとか大きいとかが無くなって、均一化されていく感じ。……まあ、これ以上、書き連ねれば、いよいよわけのわからない、気味の悪い日記になってしまうから、このあたりにしてもう眠ろう。だいたい、疲れていて眠りたいんだよ。腰も痛いしさ。

2010. 6. 19|SAT

ガール・プロブレム

18日。雨。早めに稽古場に行き、自主練習しようと考えていたのだったが、雨が降るまえ特有の体調不良になり、1時間遅れて稽古場に。申し訳なかった。稽古。とにかく反復せねばならない。終えて、北千住の家に出演者がみな泊まり、稽古を続けようとしたのだったが、疲労でなかなかそうもいかない。深夜、訳あってDVDでディズニーの『眠れる森の美女』を観る。ディズニー映画をほとんど観たことがなかったのだったが、50年以上前に作られたその独特の映像美におどろく。

本日。掲載しているフライヤーが午前に届いた。実物は思った通りの出来で、裏面のインクののりがそれほど良くはなかったものの、大旨満足。午後からの稽古の前に共演者たちが各所へ配送してくれる。明日はポスターが出来る予定で、それもまた楽しみだ。

稽古は演出の今野(裕一郎)くん不在のため主に自主練習。俺は一人でただ反復せねばならない箇所があるため、わりと孤独な稽古。うたた寝する。THE HIGH-LOWSの『E=MC2』を聴いたり。

夜は夕食を取りながらW杯の日本戦を鑑賞。惜敗。そのロスタイムに帰ってきた今野くんは今日、犬に襲われ、そしてニューヨークで発売されるファッション誌のモデルをしてきたらしい。すごく高価な洋服を着てジャンプしたりしたらしいが、何というブランドの物を着ていたのかは覚えていないという。でも、来月もその撮影はあり、次は秋物のそれだという。

それはそうともう日付は20日に変わり、本番は28日である。腰が痛い。

2010. 6. 17|THU

地面

15日のことから。稽古。この日から具体的なテキストを使っての稽古が始まった。とにかく覚えなくてはいけない。 ポスターを入稿。ずいぶん悩んだが、悪くないと思う。体が疲れていた。

16日。町屋にある町屋ひろば館にて稽古。『原始人みたい』のときにも世話になった場所で、愛着のある空間だ。夜、webの作業。busstrio.comを期間限定で『ガール・プロブレム』使用にする。トップには今野(裕一郎)くんのTwitterを表示させているが、いまのところ、携帯電話が壊れてしまったという、今野くんの悲しい情報が最新のつぶやきだ。

17日。町屋ひろば館にて稽古。一時間ほど早く稽古場に行き、webの作業やらで台詞をしっかり入れることができていなかったため、自主稽古。しかしまあ、結局、台詞が入っていなくて申し訳ない限りの日になった。しかも体力も無いので、夜の8時くらいには立ちくらみがして台詞が飛んでしまってばかりだった。立ちくらんでも口が動くようにしないと。

そんなわけで、ただただ稽古である。『ガール・プロブレム あなたの葬式でわたしが言うべきこと』は6月28日、北堀江club vijonという場所で上演されます。大阪です。詳しいことはリンク先をご覧ください。ぜひ、お越しください。

2010. 6. 14|MON

13日のことから。午前中、『ガール・プロブレム』のフライヤー作業がようやくまとまる。昼過ぎに稽古の枠で皆とカラオケに行き、『さよなら人類』を歌ったら久しぶりに『きゃべつ』が聴きたくなる。カラオケ後、「ハノイハノイ」に。良いなあ、やっぱり。そして稽古。この日のそれは、個人的に、とても疲れる内容だった。同じことを他の人達とやっても、ここまで疲労しなかったと思う。牽制もポーズも手放し、ただ深くなる。そんな稽古が出来ていると感じる。稽古後、疲れもあって早く眠る。

本日。稽古は休みで、朝から終始、デザイン業務。間にみっちゃん(小林光春)が北千住の家に来たので話したり、共演者の小澤(薫)ちゃんが作ってくれた焼きそばを食べたりしつつ、ようやっと入稿。日頃から世話になっている固定の印刷屋があるので、web入稿が怖くてしかたなかったが(いろいろ不安じゃない、やっぱり)、とにかく入稿。ポスターは時間切れで明日に持ち越し。

それにしても今回のフライヤーは今までで最も作るのが難しかった。作業空間が自宅で無いことや、数ヶ月フライヤー制作をしていなかったことも要因としてあるとは思うものの、どこかで「こうすれば簡単にまとまる」という手技から逃げ続けていたことが大きいのだろう。そんなわけで、フライヤーの表面を拡大すれば良いと考えていたポスターも、いざ手をつければかなり悩んでしまうのだった。そして全然時間が無いのに持ち越してしまう。webの作業もせねばならないし、稽古も忙しくなるだろうし、やはりまたハードな日々なのだな。

とはいえ、テレビでワールドカップの日本戦を観戦したりもしている。北千住の家は大盛り上がり。サッカーのことはちっとも知らないが、そして知らないが故に、やはり強豪国のスタープレイヤーの技などが単純に面白かったりするのだが、それでも日本代表選手達の集中した運動には見入ってしまったのだった。勝ったなあ。

では今日はこのあたりで。ポスターのことを考えながら寝て、そして起きよう。

2010. 6. 12|SAT

一方通行

さて、久方ぶりの日記である。7日の夜行バスで東京に来て、今は北千住の家に滞在中だ。8日は朝に着き、それからしばらく眠り夕方、『ガール・プロブレム』の稽古初め。夜行バスに乗る前から体調が少し悪かったので、初日は稽古後すぐに眠り、それで17時間も眠ってしまった。明らかな異常睡眠で、眠ったにも関わらず体はぐったり。そのまま9日の稽古になだれ込む。稽古が面白いこともあって少し復調し、10日、11日は今回の公演のためのフライヤー制作と稽古の時間だった。

本日12日は稽古が休み。朝からフライヤーの作業。ようやくおおまかにまとまった夕刻、やはり暇が空くと勘が鈍るというか、向かう姿勢が出来難いが、気分転換も兼ねてこうして日記を付けている。

とはいえ書きたいあれこれが多すぎて、今はそれを書く体力が無い。書きたいことはいつも細かなことの連続で、俺の日々の概略のような日記などはほんとうに何も面白くないと思う。書きたいことはいつも細かなことで、時間が経つとその感触の解像度がどんどん低下し、その細かなことに気をとめた中心はなんだったのか、それへの求心力は失われていく。

それにしても暑い。来週には梅雨入りするらしい。

2010. 6. 7|MON

サービス・エリア

6日、7日と京都の自宅での日々である。改めて書くあれでもないが、自宅はやはり快適だ。ふと思いついた時に資料などが手元にある場所というのはやはり大切である。例えば、デザイン案を考えていて、俺はデザインに於いてわりと手癖があり、それが嫌なのでグラフィックを考える時は一定期間、画集であったり、CD/レコードのジャケット、金属部品、スーパーに陳列された食料品のパッケージなどを、思いつくままにじっと見るのだけれども、それはネットで事足りそうで全く事足りない。何がわからないのかわからないから見ているのだった。確実な検索ワードは無いのだった。

ところでAKB48の『ポニーテールとシュシュ』だが、惜しい! iTunes Storeでサビ部分を視聴し、おっ、となり、しばらくしてYouTubeを使えば全部聴けると気が付いた。何を言っているのかと思われかねないあれだが、ネットに関するあれこれに実のところ疎い俺である。それはまあどうだって良いのだけれども、とにかく『ポニーテールとシュシュ』をYouTubeを通じて聴いたところ、予想通りの転調と、やや趣きを変えたサビの連続は完全に予想にあった通りだったが、これが何というか、惜しかったのだ。もうちょっとで魔法がかかったんじゃないかって。すぐに小室哲哉を思い浮かべた俺である。彼ならこういった手落ちはなかっただろうと思うのは彼の音楽に対する異常な愛を認めているからで、だがしかし、やや狂気を帯びたビートや低音をAKB48が望んでいるはずもなく、見当はずれな想像だな、と思っているうちに、ついついまたglobeの気が狂っているとしか思えない楽曲『genesis of next』を聴いてしまう。何度聴いても意味がわからない。

今日は早朝に目が醒めたので、相馬(称)さんに貸して頂いた「新潮」(2008年4月号)に掲載されている宮沢(章夫)さんの小説『返却』を読む。その後、そのことをTwitterでつぶやき、宮沢さんとのやりとりで知ったのは『レパード』という未読の作品もあるということ。読みたいなあ。『返却』は面白かった。宮沢さんの小説特有の、一行目を読み始めたら、もう同じ場所には戻らないだろう、主人公に与えられた時間と彷徨を追体験するような、その感じを堪能する。

さて、もうそろそろ夜行バスに乗車するために京都駅に向かわなければならない。飼い猫であるもきちとの束の間の再開も終わりだ。何とか済ませなければならない雑務も終わった。

2010. 6. 5|SAT

路地

日記だ。午前10時前に北千住の家を発ち、山村(麻由美)と共に相馬(称)さんの家へと向かう。駅で出迎えてくださった相馬さんにお昼を御馳走になる。かねてから、お宅にお邪魔したいとお願いしていたのだった。

家主である相馬さんに続き玄関をくぐると、奥様と猫3匹が出迎えてくれた。ただ、舌が始終出ているロビンと、我が家の飼い猫であるもきちと同じ雰囲気を持ったピーは俺たちにかまってくれたものの、茶色で鼻がピンクのポシュテは警戒してかサッと姿を消してしまった。仕方が無いので、一番警戒心の無いロビンを猫可愛がりする。

そんなこんなで長居させて頂き、山村(麻由美)は観劇に向かうので別れ、俺はBEAMSで野球帽を買うことにした。以前、暇つぶしに店内に入ったところ目に入った野球帽が気にかかっていて、それはなんというか、後半分がメッシュのそれみたいな形ではなくもっとクタッとしたそれが好きな俺にとっては、ありそうでなかなか見つからないと思っていたナイスな野球帽で、買わずに帰ったものの、後日やはり気になってネットで調べたところ、「City Lights Bookstore」というサンフランシスコにある老舗の本屋のロゴを刺繍したものだと知りいよいよ欲しくなった野球帽だった。それでもなお、金欠もあって悩んでいたところ、普段、野球帽など被らないしスクイズもタッチアップも知らない山村が「BEAMSで安かった」と俺が欲しいものとはまた別の野球帽をいつのまにか買っていて、それによって決心に至り、今日、立川のBEAMSに入ったのだった。

ところがその店舗には無く、調べてもらうと新宿にはあるということで向かうも、行った時間が遅く閉店しており、少しだけ開いた戸をくぐりそこにいた店員に近くにまだ開いているBEAMSは無いのかと訊ねると、新宿駅地下にある別の店舗はまだ開いていると教えてもらったので、そこに。さすが新宿だ、などと思い駆け足で向かったが、そこにもまた目的の野球帽は置いていなかった。

そうして落ち込んでいる間に時間は経ち、今日は夜行バスで京都に帰るのだった、とハッとなり、ほとんど走り続けで北千住に戻り荷物をまとめ東京駅へ。

そんなわけでこの日記は6日の朝、京都の自宅に戻って書かれている。野球帽のせいですっかり疲れてしまったが、わざわざ帰って来たのだ、色々と雑務がある。しかし天気が良いな。昼まで起きているために書き始めた日記だったが、頭がぼんやりしていて野球帽のことばかり書いてしまった。本当は、相馬さんの家でのことや、「筏」について色々書くつもりだったのに。ダメだな。ぼんやりする。やはり昼まで少し眠ろう。日記ももっと落ち着いた時に書けば良かった。夜行バスも今ひとつのそれだったし、昨日から「すばらしくて NICE CHOICE」はゼロ。ナイス・チョイス、何よりもしたいことなのに。

2010. 6. 4|FRI

3日、4日と北千住の家でダラダラと過ごしている。今はこれといってやることが無いので、なんだか夏休みに祖父母の家に来たような感覚だ。明日5日の夜行バスで一度京都に帰るが、再び東京に来てからは、稽古が始まる。

詳細が出たので、少し告知を。バストリオの新作『ガール・プロブレム あなたの葬式でわたしが言うべきこと』に出演します。日時は6月28日。場所は大阪の北堀江club vijonです。[ten minutes after]というイベントに参加するという形で上演されます。一夜限りです。関西の方は是非お越しください。

日記だが、今日は家でぐうたらしていると、どうやらいつのまにか家に俺一人だったようで、鍵を持たずに出てしまい閉め出された二人に電話で起こされる。ちょうどユイタマのお母さんもいらしていて、シェイクを飲んだリスのプリントのふざけたTシャツを着、夕方なのに寝起きも良いところな状態でお会いしてしまう。で、そのお母さんが持ってきてくださった手作りのお菓子がメチャクチャ美味かった! ほんとに絶品で、前回持って来てくださったものも美味しかったし、全く感心してしまった。ありがとうございました。

特にすることが無いので北千住の家にある漫画を借りて読んでいる。山本直樹『レッド』既刊3巻と、『鈴木先生』8、9巻。そしてこんな様子なので、当たり前のこととして金が無い。俺が悪い。ずっと困っているが、困って当たり前だ。というわけで、俺は結局なにも諦めていないらしい。つまり牛歩で当たり前だが、ならば止まらずに済むように先手を打ち続けなければならない。そうは思うも、全く不鮮明な先だ。見通しの悪い自由、なんてのたまっていて良いのかしら。わからない。まだ、わからない。

2010. 6. 2|WED

5月30日、31日、6月1日は、遊園地再生事業団#17『ジャパニーズ・スリーピング/世界でいちばん眠い場所』の映像補佐で「座・高円寺」内の「カフェ アンリ・ファーブル」にずっと居た。もともと公演を催す体で作られた場所でない事もあり、映像担当の今野(裕一郎)くんは苦心していたが、無事、本番を迎えることができたのだった。

現場で映像補佐をするということもあり、29日の通し稽古、30日のゲネ、それらを観たうえで本番を観たのだったが、戯曲を読み、加えてゲネまで観ても掴みきれなかったものが、初日の舞台でわかった気がした。楽日は疲労でうとうとしてしまったのだけれども、3日間、計3回の上演、初日が一番良かったように思った。

1日、楽日は、もう不確定要素が無いので迅速に(映像班の)後片付けを終え、打ち上げ。映像担当の今野くん、映像オペだった相馬(称)さん、出演者のやつい(いちろう)さんらとよく話す。始発の出る頃、明けて来た中野を歩き、そこから電車に乗り帰宅。ぐっすり寝た。

日記の空白の間、いつだったか、世話になっている北千住の家に、ここの住人たちと仲の良い姉妹、通称ユイタマ(結子ちゃんと珠子ちゃん)と、そのお母さんがいらっしゃる。今日も起きたらいらしていて、結子ちゃんは忙しくて来れなかったみたいだが、珠子ちゃんとお母さんがおいしい手作りのお菓子も持って来てくださった。ユイタマの二人はとても良い声をしていて、なぜか俺のことをたくさん写真に撮ってくれる。可愛い姉妹だ。

今日は珠子ちゃんとお母さんが帰られた後、ポかリン記憶舎『humming4』をGALLERY藍染という場所に観に行く。好みのものではなかったが、丁寧に作られていて楽しむ。

そんなわけで『家の内蔵』から始まった観劇ラッシュの日々が一段落。しかし東京は電車賃がかさむ。京都は主な交通機関はバスだが、それも節約しようと自転車/バイクで移動している身にはなかなか堪える出費だ。一度、京都に帰るが、その後はまた東京での稽古の日々だろう。詳細は追って告知しますが、大阪での公演です。