June 2009
雨。同居人の付き添いで「Softbank」に。紆余曲折のあった我が家の「iPhone」化計画だが、いろいろあって遅れたおかげで同居人のものは「iPhone 3GS」、つまり新しい方になった。
それはそうと、ほんと「Softbank」って無茶苦茶な会社やね。かねてから悪評は耳にしていたからある程度情報を持って来店したものの、詳細不明な頭金を初めに請求され、「他の店舗では言われなかった」と言うと、「店によって違うんです」と言ってのけるから呆れるが、黙っていると、「じゃあ、今回は無しで」と言うのでいよいよ唖然とする。日々、上から客から板挟みになっているであろう店員のストレスを思い同情したほどだ。
あと、「普通、iPhoneはカバーを付けます。そのまま使う人はほとんどいない」と言い同居人はカバーを勧められていたが、彼女の周りのiPhoneユーザーはみな裸で持っている。それがマニュアルなのだろうけど……。彼らの日々の心労は計り知れない。
こういった企業の性質が多かれ少なかれ「Softbank」に限ったことではないことは容易に想像がつくし、実際、日々の中で良く接触するようなことだが、そういった時の苛立ちや寂寞感の矛先は一体どこに向けられるべきなのだろう……。もう、それを消費者側の自己責任というか、情報を取り入れないほうが悪い、というようなことにしてしまうといよいよ戦争じゃあないか。……うーん、ナイーブすぎるのかなあ。
あ、ナイーブで連想したのだけれども、一昨日の日記でその日鑑賞した芝居について辛い感想を書いたが、なんだろう、別に何も省みることはないのだが、過去、様々な「感想」を書きつつ、例えばそれに関する「当時者」と会話する際は、もちろんのこと日記に書いたようなことをそのまま言うわけではなく、しっかりと導入を作って展開し、ほぼ日記と同じ結論に持っていくわけだが、じゃあなんでそれ(当時者との会話でするようなこと)を日記でしないのか、となると、ここは不特定多数に見られているものだから、なんというのか、最小公倍数みたいなところを話すしかない気がするし、それにそもそも「日記」だし、と色々思うものの、なんか、ちょっと迷ってきたな。
長々と日記を書き続けているが、例えれば「Windowsというウイルスの危険があるものを能動的に購入し、日々ウイルス対策やスパムメールに悩まされる」とでもいうようなwebにおける日記の矛盾と葛藤は終わらない。
やっぱり何かが根本的に間違っているのかしら。
さて、「MJ」世代というより(『Thriller』は1982年、俺の生前に発表されている)、「エヴァンゲリオン」世代というべき俺だが(俺が小学校6年生の時にテレビで放映されていた)、今日の今日まで作品群のどれにもまともに触れたことが無かったのだった。
いきなり脱線するが、俺にとってMJといえばマイケル・ジョンソンだ。1999年の世界陸上セビリア大会では、異常に寝起きが悪い俺だが、時差のため深夜に行われた400M決勝のために目覚ましをかけて一旦眠り、そして起き、いまだ破られていない圧倒的世界記録の誕生を見届けたのだった。夜中に一人興奮して、家族はもちろん眠っていたし、当時の友人に陸上ファンもいなかったから電話するわけにもいかず(もしかしたら誰かにしたかもしれない)、深夜の街を徘徊して気を鎮めたのだった。今年はベルリンである。夏っぽくなってきたなあ。
閑話休題。『エヴァンゲリオン』の話だった。昨日、芝居を観るために三条に行ったのだったが、途中で「MOVIX」の前を通りかかり、「あ、(芝居を観るより)『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』とかを観た方が良いんじゃないか」と思い、まあ結局昨日書いた通り芝居を観たのだけれども、そもそも『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』を観ていないとダメだと気が付き、それはもうすぐテレビで放映されるらしいものの、わざわざTSUTAYAにDVDをレンタルしに行く。
じゃあ、『EVANGELION:1.11』というのと『EVANGELION:1.01』というのが置いてあって、貸し出されていないのは『EVANGELION:1.11』のほうだったのだけれども、テレビでやるくらい前のもののはずなのに「新作」とされていたし、なんか、あの、今でこそ洋画にはタイトルパロディの作品が山ほどあるが、その昔、父親に『ツイスター』を借りてこい、と言われおつかいで出かけ、『ツイスター』ってのは当時、牛が竜巻で飛ばされるCMで話題だったのだが、借りてきた『ツイスター』では牛が飛ばず、とても地味な映画で、「なんか、つまらんかったな」「牛、飛んでた?」と家族でおかしいと思っていたところ、数日後に父親がちゃんとした(ヤン・デ・ボン監督作の)『ツイスター』を借りてきて、「たぶん、こっちだぞ」となり、牛が飛び、我が家は安心したという思い出があり、それを思い出して間違ったほう借りちゃったらどうしようかと思い、その教訓から店員に訊ねたのだった。
「すいません、これとこれって何が違うんですか?」と快活な感じの男性店員に訊ねると、「ああ、こっちの綾波のほう(『EVANGELION:1.11』はジャケットが綾波レイだった。『EVANGELION:1.01』は碇シンジ)は若干、カットが増えてたり修正が加わったりしていて、あと映像が綺麗になってます。まあ、よっぽどのマニアじゃないとわからないですけどね」と親切に教えて頂き、なるほど(クレジットから、約100分の尺で3分以上も違うのだから、両方観れば誰でもわかるほどの違いなのでは? とも思うも)、じゃあ大体一緒ということか、じゃあこっちでいいや、とTSUTAYAでのレンタルでは中身だけを取り出す方式だったからジャケットを元あったところに戻そうと行くと、後ろからその店員が駆け寄ってきて「あ、あと特典映像がそっちのほうが多いです」と追加情報をくれる。
そんなわけで「良いほうの」『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』をDVDで観る。ちなみに俺は「エヴァンゲリオン」のことを、学生服の男の子と、綾波レイとアスカという女の子が出て来て、使徒という敵とエヴァンゲリオンに乗って戦う、という程度にしか知らないのだったが、まあ、観て、面白かったのだけれども、「これ、やっぱテレビのを全部観ている人が面白いように出来ているんだろうなあ」と、様々な心的外傷が記号的に処理(というよりか省略)されていることから思う。あと、アスカは出て来ず、代わりに最後に銀髪の男の子が出て来たのでいよいよ置いてけぼりになる。エヴァンゲリオン・コンプレックス。もっといえば、実は俺は『ドラゴンボール』も記憶が曖昧だし、『幽遊白書』は登場人物とおおまかな内容くらいしか知らないし、『スラムダンク』に至っては、主人公とルカワしか知らず、内容はほぼ知らない。
俺は一体、皆が漫画を読んだりアニメを観ている間なにをしていたのか。そのうえゲーム機も買い与えられなかったし、ほんと何してたんだろう。兼ねてから気にかかっていたのだが、俺は明らかに人と比べて、小中学生時代の記憶が無い。それより遡れば記憶は皆無に等しい。人と話していて、よく小中学生の頃のことを覚えているなあと感心するのだが、普通は覚えているようなのだ。
なんか、記憶障害とかだったらやだな、と何となく記憶障害を調べると、服用している薬が原因になる場合もあるという資料を見つけてショック。まあよっぽどのことにならんと「自分が持ち得る正しい記憶」、なんて比較対象が無いから検証のしようが無い。
夜、「天天有」でラーメン。

24、25、26、27と暑い日が続いている。夏日の最中の日記が滞ったのにはさしたる理由もなく、せいぜいいつもの体調不良といったところ。
そんな折、突然、KING OF POPの訃報。先月の二日の日記で、キング・オブ・ロックと称されることもあった忌野清志郎の訃報に触れた時、もちろんそれは悲しかったものの、そして清志郎が生きていようがいまいが、それを聴けばざわざわしてしまうだろう名曲『スローバラード』が、案の定、いっそう涙腺を刺激するというセンチメンタルな側面を持ったものの、それらはやはり「忌野清志郎の死」に対する感慨でしかなかった。別に私は「キング・オブ・ロック」という呼称で彼を意識したことはなかったのだった。過酷な挑戦の途中であった(今もだが)間寛平さんは、さぞ悲しんだろう、とか、極々真っ当に死の悲しさについて思ったのだった。
マイケル・ジャクソンの「世代」ではない俺の、訃報についての当初の想いは「よくわからない」だった。それは単純に「距離」の話だった。だから日記でそれほど触れるつもりもなかったのだったが、訃報に乗じて野次馬的に掲載の写真を発見し見た時に、「よくわからないが、とても大きな悲しみ」に直面したのだった。
そのことに関して考える種は幾つかすでにあるものの、到底まとまりをもたせたものが書ける状態では今は無く、だから今日は、25歳の日本人が、それも熱心なファンでもない男が、なぜか「とても大きな悲しみ」を感じた、そのことを記しておくに留める。……果たして、世界は何を失ったのか。
さて、日記である。冒頭で述べたようにぼんやりしていた俺である。Chim↑Pom・阿部謙一:編『なぜ広島の空をピカッとさせてはいけないのか』を読んだり(まだ読了していないものの、小さな収穫として、兼ねてから好感を持てずにいた宇川直宏に対し、少し興味を持てたということがある)、「参ってしまった」にも関わらず鄭大均『在日・強制連行の神話』を読み進めたり。気分転換に山本直樹の『夕方のおともだち』(大半は既読で残念だった)を読んだり。
本日は、三条にある「ART COMPLEX 1928」で、M☆3′s Counter Attack -zoo-『バターなリズム♪』というのを観た。お芝居だ。当初、行くつもりはなかったのだけれども、チケットを渡され誘われたので赴く。出演者は知人友人がほとんどのお芝居で、だからといって俺のスタンスとしてはそんなことはどうだって良い、なのだが、客席の「アットホーム」な感じや、もちろんその作品性自体も含めて、「主婦が趣味でやっている日舞のお披露目会に友人を誘った」感まるだしで、「嫌な空間に来ちゃったなあ」と思う。脚本も安易なコラージュに思えたし、演出は工業製品の大量生産ラインのような仕事に感じた。なにより「役者が出演したって得しない」芝居を観ると残念な気持ちになるのだった。
どうしよう、言い過ぎてしまった。まあいいか。ここ正直にならないといよいよ「主婦が趣味でやっている日舞のお披露目会に友人として行った」だしな。
アイスクリームを食べた。

ここのところ良かった体調だが、少し崩れる。まあ、この気候だから多少、体がガタガタすることは予想していた。
ところで去年の7月2日付けの日記に、
en-taxiの最新号を読んでいたのだったが、とにかく前田司郎の『夏の水の半魚人』が素晴らしかった! これでようやく、小説でも何かしら受賞するでしょう。
と書いたものの、それが単行本化されてからどうなったのかというのはちっともフォローしておらず、今日、何気なく五反田団のサイトを見て、一月も前に三島賞を受賞していたことを知った。第21回から審査委員が総入れ替えされ、フェードアウトしていたその賞への興味が、それを機に完全に断たれたのだった。まあ、賞の意義云々はともかくとしても、『夏の水の半魚人』という小説に「受賞」があったことは、小さな安堵と喜びを感じさせる。
さて、ここのところ何冊か在日に関しての本を読んでいる俺だが、相当参っている。在日に関してのことには限らないが、というか、ほとんどのことに言えることだろうが、「本当に正しい「真実」」なんて手に入るわけが無く、情報を取り入れていくうちに「それが右でも左でも、それを書き、どちらかの「武器」になり得るのならば、自ずと資本は潤うわけで、ならばもはや戦争における特需と一緒じゃないか!」というような懐疑心まで、それらの書物に対し抱くに至ってしまうのだった。
そこで思い出されるのは、高嶺格さんが『美しい前歯 Roads to Lebanon』というパフォーマンス作品の発表を控えていた時に、偶然、近所で会い、食事をした際に話してらしたことで、俺の記憶の中でそれは「どうしようもない、っていうのはもういいから、無理にでもこれが正しい、というものを決めないと進まない」というような意味のことで(あくまでも、俺の解釈として、である)、そうだなあとは思っていたものの、今になって本当にそうだなあ、となり、そして「フィッシュマンズ」の『MY LIFE』が遠くから聴こえてくるのだった。遠くから。
収拾がついたとは全く思わないが、この話はこれで終わり。
ああ、正直ちっとも大丈夫な感じじゃないが、俺は常に「大丈夫」だと思われたい。欲を言えば「ああ、大丈夫だ」と思わせたい。例えば、嬉しいことに我が家には来客が多いが、客人にとってそこが常に大丈夫な場所であって欲しい。「大丈夫な家」だ。
余談だが、白いほわほわの猫は大丈夫感を出すのに一役買っているとは思うものの、猫アレルギーの人にとっては全然大丈夫じゃない存在だ。大丈夫な家は難しいね。

というのも、かなり未整理でいい加減なことを書くが、例えば「進行方向別通行区分」の楽曲をネットで聴いたり、三村京子さんの言葉をウェブサイトやmixiで読むと、「現代詩」というものを明確に意識していることが窺える。体感が無い故に安易に、それが今の「東京」かしら、と思ったりして、さらに安易の上乗せで、じゃあ、きっと東京にはアンチ「ナンバーガール」アンチ「ZAZEN BOYS」のミュージシャンがたくさんいるのだろうなあ、なんて想像し、ここからは安易どころか「ただなんとなく」、きっとそういったミュージシャンたちは「文学」よりも「演劇」や「コンテンポラリーダンス」を「信用」していて、「近代」への造詣があり、お笑いが好きなのだろうなあなんて。
そして、ここからは自身でも何がなんだかわからないが、じゃあ、上記した「感じ」に「なんだか」乗れないとなれば、小説を書くしか無いじゃないかと確信してしまい、愕然とする。
「映画は? 映画はダメなの?」
「や、その、私たちはそもそも映画や漫画に初めから挫折しているのです。情けないことですが」
「なぜ?」
「うーん、草食系男子とかって言うじゃないですか? 最近」
「……ふーん」
「や、すいません……、適当なこと言いました」
「あのねー、あれだね。つまり伝説とか思想のデフレ、引いては人間のデフレってことで、やっぱもう、プロレスラーか芸人しか無いんじゃね? 体張るってことでさ」
「ああー。たしかにねー」
「じゃあ、まあほら、現実的に言ってプロレスは無理でしょ? 漫才かコント……、まあ、コントかな?」
「あんまガチガチじゃないやつでしょ?」
「そうそう、ガチガチだとね、やっぱきつい」
「じゃあ、どうすんの? お前ネタ書く?」
「あー……。そのほうが良いか?」
「や、別にどっちでも良いけど」
「じゃあ、俺も書くしさ、お前も書いてよ。添削しあってさ」
「あー、はいはい」
「できたらメールで送るし」
「オッケー。じゃあ、また」
「おお、バイバイ」
とか、やっぱね。って何がだ。日記だった。日記を書こう。
日記っていってもなあ……。雨だった。夜、無印に注文していた布団カバーが届く。お好み焼を食う。 テレビを見る。俺、実はスザンヌより木下優樹菜のほうが好きなんだ、とか言ったら言われた方も困るだろうから言わないほうが良いな、などといったような、どうだって良いこと……、そんなこと言っちゃうと大体はまあ、どうだって良いことだしなあ……、とはいえ蓄積である、塵も積もれば、ってことでどうだって良いことの集積を何故か作っちゃったんだ俺は。こういうのは部屋の掃除とかと一緒で思い切って破棄してしまうのが一番だとは思うんだけど……、の、だけどの部分なのよね、結局は。……主語がグラングランしているせいで述語が暴走してしまい、上から踏みつけたって際限なくそのさらに上からがあり、ついにはシニフィアンがシニフィエを背負いきれなくなっちゃって壊れる。それがリアルだとしたら、やっぱり乗れない。だからやっぱり、小説を書かないと/読まないとダメなのだろう。まさかの、最も客観的なる、最も冷静なメディアとして。(冒頭に戻る)

明け方、『スローターハウス5』を観終えて、21日、今日は特に予定が無いはず、と思いつつも何かあったような気がし、何がきっかけかは忘れたが、京都芸術センターで岩下徹さんのダンスがあったことを思い出す。ほとんどダンス公演など観に行った事の無い俺だが、この日の岩下さんの公演は、巻上公一とモリイクエ、加えてスイス人のピアニスト、シルヴィー・コルバジェの三人による「AGRA DHARMA」というトリオとの共演だということで気にかけていたのだった。
そんなわけで朝から昼過ぎまで少し眠り、京都芸術センターへ。巻上公一がテルミンを演奏しながらホーミーなど様々な音を口から繰り出し、モリイクエはラップトップのMac(おそらく、13inch、アルミのMacBook)から音を、シルヴィー・コルバジェは鍵盤と、よくわからないが、なんというかピアノの蓋みたいなものを開けて直接いろいろしていた。そして、どの音がピアノなのかデジタルなのか、あるいは巻上公一なのかテルミンか、さらには岩下さんが踊っているわけで、混沌としそうなものだったが、それは妙に厳粛な時間だった。
公演は、30分の後、10分の休憩を挟み、さらに30分だった。前後半というよりは、30分、2セットといった趣き。簡素な衣装の岩下さんを観、「衣装は袖、襟ぐり、丈、生地、とにかく素肌とそうでない、の境目が大事なのだな」と、今朝の思考の延長でそんなことを思う。
帰宅途中、ユニクロでchikinのスチール用の衣装に使おうと思っているサングラスを買う。
写真は、家の前での飼い猫。あんなにもさもさとしていると、さぞ梅雨は辛いだろうと思う。しかしまあ、暑い日だったね。
ここのところ、日付が変わる前後に眠り、深夜3時くらいに目を覚ますことが多い。深夜3時というと「眠るべき」時間だから、起きても少しも活動的ではない。
21日/AM 3:00、1972年の作品、ジョージ・ロイ・ヒル監督『スローターハウス5』を観る。華々しく受賞しているわりにソフト化が進んでいなかったこの作品だが、そんな背景もあり、カルト色が強かったり、陰惨だったりするのかと懸念していたのだったが、無駄な取り越しだった。賛辞として、思いのほかヴォネガットの『スローターハウス5』だった。手触りや軽さ、緻密さやユーモアまで。良かった。
ここのところ、後藤明生の『挟み撃ち』を読み進めているのだが、さきほど観た『スローターハウス5』での、いや、映画ならすべからずそうに決まっているから『スローターハウス5』が特別では決して無く、単に『挟み撃ち』のせいだと思うが、そこにあった「衣服」への強い拘りに意識が向く。
上下ユニクロを着衣しながらこんなことを語るのはあれだが、俺は衣服への強いこだわりがある。いわゆる「おしゃれ」とは無関係な話だと思う。その証拠に、俺には髪型への拘りがほとんどない。長髪だと言われるほど伸び、しばらくは昔の漫画家のイメージ図のようにヘアバンドで前髪を捌き、それでもちょっとどうかと思うような風貌になってようやく理髪店に趣き、「短くしてください」と注文する。大抵、それは暑くなる前の時期だ。それからは気温が下がるとともに髪は伸び続ける。だから理髪するのは年に一度か、多くて二度である。話がそれたが、「衣服」に関しては、なぜ、それを着ているのか、という問いにすべからず答えられる状態でいたいというのがある。例えば、ズボンはLevi’sの606しかここ数年履いていない。なぜなら、サイズが合っていると思えるのがそれだけだからだ。下着がトランクスではなくボクサーブリーフなのは、サイズのあったジーンズを履くと、トランクスのようなゆとりのあるものだと、裾がクシャッとなるのが不快だから。靴はスニーカーだ。歩きやすい。時折Dr.Martensの8ホールも履くが、それは恥ずかしい理由として、中学の頃、「BLANKEY JET CITY」を聴いていて、歌詞の中に「ドクターマーチン」という単語があり、なんだろうと調べた結果それを知り、偶然金を持っていた時期だったからだ。あと、チェックのシャツばかり着ているが、これは、「なんでチェックなん?」とは聞かれない柄でありながら、例えば単色のシャツであれば目立つ皺などが、チェックの場合さほど目立たないからだ。
そんなふうな感じで15のころから服を買っているが、その趣向が変わらないため、若干25歳にして、10年以上着ている服も少なく無い。それだけ着てこその服だと俺は言いたいが、単に金が無いだけだという側面も強い。
話は飛ぶが、私が知る範囲での(それは誠に小さな)演劇公演では、いつもその衣装に落胆させられる。「記号」としてか、もしくは「引き算」としてしか扱われていないように感じるからだ。舞台美術より衣装に金をかけるべき芝居をたくさん観た。
と、ながながとのたまいながら、俺には「衣服」を思考するときの「核」が無い。文学と衣服の関係は言わずもがなである。何か読もうか。たしか菊地成孔の著書に音楽と服との関係性を書いたものがあったと思うが……。
オルタナティブな格好をしたい、という欲望は、オルタナティブな音楽をやりたいと思うのと同じくらい滑稽で不可能なことだと思う。
今日の日記、散り散りだな。なにがなんだか。
寝起きがとても悪い俺だが、今日、昼過ぎ、同居人に「阿藤快が段ボールの甲冑を着て「徹子の部屋」に出てる!」と起こされ、それは一大事だと慌てて自室を出て階下のリビングに。『TRON』のLightbikeのシーンを段ボールで再現した実写の映像がYouTubeにあるが、阿藤快もその映像程度のクオリティのものを着衣しているのかと期待し駆けつければ、その段ボールの甲冑はもの凄く精巧に作られたもので、視覚情報としては、「「徹子の部屋」に阿藤快が甲冑を着て出ている」状態でしかなかった。間もなくそれが『築城せよ!』という映画のプロモーションだとわかる。甲冑どころか城を段ボールで作る映画なのだという。しかし黒柳徹子と阿藤快が共にものすごい早口で、俺が寝起きなことも相まりそれ以上のことはわからなかった。なんだか疲れてしまい、二度寝。
夜は夜でテレビを点ければ『ルバン三世(ルパン VS 複製人間)』を放映していて思わず観てしまう。
アイスクリームを食べた。

夕立があった。
昨晩、コンビニに行こうと表へ出ると、最寄りの交差点にパトカーが四台も停車していて、警官が暴れている人を取り押さえていた。
騒動を横目に帰宅してテレビを点けると、野生動物のドキュメンタリーを放映していて、象とライオンが死闘をしたり、名前のわからない草食動物の群れが、草原での自然発火から逃げるために全速力で走ったりしていた。他にも、北極のキツネが子供たちのために、くちばしの長い鳥の卵を奪ったり、ペンギンが必死で子供を寒さから守ったりしていた。
家の猫は仰向けに眠りこけ、腹を揉んでも無反応だった。
臓器移植法改正4法案のうち、脳死を人の死とするいわゆるA案が可決された。それが世界基準だという。たとえば妻が脳死となり、旦那が同意すれば妻の臓器が移植されるという状況が訪れるとする。旦那は、「なんだか嫌だ」と移植を拒否する。「なんだか嫌だ、で解決されることではない。人の命が救われるかもしれないのだぞ」と強い語気で言われた時を想像すれば、いったいなんという不幸か、と思う。もちろん、拒否は可能だ。すれば、「無意味」な罪悪感が彼を終世苛むだろう。そして同意しても必ず何かしこりが残る。「死んだ妻はどう思っているだろう」と途方も無いことを思う。加えてその死んだ妻に対しては、「夫をこれだけ悩ませるのだから、生前に自分の意思を明白にしておくべきだった」という恐ろしい言葉が死んでいるにも関わらず投げられるかもしれない。どうやらそれが世界基準なのである。
「そんな情緒的、感情的考えでは進歩が無い」と言われれば、「それならいっそみんな死んじゃえば良いのに」と、言葉が口を出そうになるが、つぐみ、さらに進歩とは何かというような問いも慎み、まだ生きている妻を横に、高圧的な問いを発する者を前に旦那は「まだ妻は死んでいないので、実際どうするかはわかりません」と言った。そして際限なく新たな問いが投げかけられるか、嘲笑されるか、どちらかの状況が彼を覆うのだった。
しかし、その状態を回避することは実は簡単なのだった。何しろ妻はまだ生きている。適当に受け流せば良いのだった。
今現在、このことに関して世界基準への同意を声を大にして表明できる人は、「適当に受け流している」か、もしくは背中に「目に見える」ナイフを突きつけられているかのどちらかの状態でしかない。そして、「適当に受け流している人」とは、実のところ、「目に見えない」ナイフを突きつけられている人だと俺は思う。
ってこう書いちゃうと、必然的に書かなきゃいけないことが膨れ上がってきちゃった。とはいえ書けば書く程いろいろがぼやけてしまうだろう。「日記」には宙ぶらりを寛容する性質があるし、それによる効能も考えられるが……って、ほら、日記の話になってきちゃった。停止。中断。明日につづく。
16日。医者。京阪で森小路駅へ向かう途中、雷雨。少し電車が停まる。iPhoneで「AU REVOIR SIMONE」を聴きながら。iPodはiPhotoのバックアップが主な用途になってしまった。
帰省。帰宅は午後11時。眠るも明け方に目覚め、読書。姜尚中『在日』を読了。良くも悪くもそれが明確に「自伝」であることの、読者としての自分の落としどころについて考えあぐねる。
本日。一昨日、来訪してくれた京極くんやchikinの山村に話した、「公演日」があるっていうのは良いよね、小説は終わり難いし、まるで苦行だ、というような戯れ言は、一応舞台に出演するということを経験したことがある故に安易に発した言葉だったが、今日、「女郎花慈悲蔵(OMINAESHI Jihizou)」という架空の人物の名前を思い付き、すぐさま考えたのは随分と前から書きあぐねている小説にどう「入れ込む」かで、となれば、半ば放棄していたつもりだったにも関わらず脳裏に佇んでいたそれの呪いとも言うべき存在感に、「何を喜びを求めてるのか、呪われたから苦しむだけの話じゃあないか、そしてそれは、すべからず同じだ」と思い、自戒。
深夜、「Twitter」や「mixi」を覗くと「iPhone OS 3.0」の話題で持ち切りで、アップデートしてみるも、それほど使い込んでいないのだと思われるその機械の変化は些細なものにしか感じられなかった。大体、「別の人」の「Twitter」や「mixi」ではきっと別の話題で「持ち切り」なのだろう。果たして俺はいま、何に付いて最も話したいと欲しているのだろうか。
14日。アトリエ劇研に「肉体関係」を観に行く。午後2時開演だったのだけれども、何故だか忘れたが徹夜で、午後1時頃にうとうとし、開演15分前くらいにハッとなり慌ててバイクを飛ばす。
途中で財布を忘れたことに気が付き、しかし戻れば間に合わないから、行けばなんとなかなるかもしれないと思い、会場に。うまい具合に受付が知人で代金を立て替えてもらう。
いやあ、「肉体関係」はかなり面白かったよ。今回、京都で上演されたものは試演会という名目で、本公演は東京はこまばアゴラ劇場で8月に行われる。この日記を読んで下さっている方に東京在住の方がそれほどいるとは思わないが、是非足を運んで欲しい。
で、「肉体関係」の『48』を観たら帰ろうと思っていたのだが、というのも、今回観に行ったものは「C.T.T」というあまり詳しくしらないが、過去に結構な回数催されている「何組かの試演をまとめて観る」という代物の「vol.83」で、つまりはトップバッターの「肉体関係」の後に二組あったのだった。で、なんとなく「金はらわずに入っちゃって途中で帰るのもあれだしなあ……」と思い二組目を。
二番目が「象、鯨。」という劇団/西山真来さんという方、が舞城王太郎の『好き好き大好き超愛してる。』を上演したいが人が足りないので手伝ってくれる方募集、兼、一人でやってみた、というパフォーマンスで、これがなんというか非常にスリリングで、明らかに西山さんは「わかっている人」なのだが、それをがんがん揺さぶられるという、しかしそれを含めて「わかっている人」なはずだろうし、と、少しでも気を抜くと騙されかねないといった緊迫した鑑賞体験。面白かった。
で、まあここで帰るべきだったのだけれども、せっかくだしと三組目も観て、その後あった意味のないトークショーみたいなものの途中で帰宅。三組目は、柔らかに言えば「金をはらってその人の自宅に招かれ、そこに堂々と飾られたラッセンの画の素晴らしさを散々語られる」というような苦痛を伴うものであった。
で、15日、本日、夜に京極くんが来訪。chikinも全員来る。『48』について色々訊ねる。有意義な時間。朝、解散。
そして16日の午後にこれは書かれている。エログロ/悲喜こもごもな、大半は悲しみだったけれども、そんな夢を観て、何もしていない今日に疲れている。

10日から日記が滞っていた。別段、これといった理由は無いのだけれども、それは無性に眠い日々で、働いたり本を読んだり、細かく眠ったり、生活がグダグダ、12日の明け方、幼少時にテレビの洋画劇場で観て以来/TSUTAYAに返却に行かねばならない朝、DVDでイーストウッドの『許されざる者』を観て目が覚める。目が覚めたので、早朝TSUTAYAに返却に行く道中、夏っぽい匂いがするなあなどと思い、帰宅してから掃除/洗濯/洗い物。
写真は「AU REVOIR SIMONE」というニューヨークのバンド。『Sad Song』という曲のPVをYouTubeで観て、CD買おう! と。音楽的偏差値で言えば比ではないが、格好よさが「METRONOMY」に通ずるものがあり、勝手に女性版「METRONOMY」と俺はしている。どちらも同性三人組。昔から、三人組に弱いのだった。「Great3」「ゆらゆら帝国」「ギターウルフ」「Perfume」「The ピーズ」「少年ナイフ」、今は違うが「電気グルーヴ」、断片的にだが「くるり」。もっと居ただろうが、パッと出て来たのが以上のバンド。その他にも、近しい不良演劇集団「chikin」も同性三人組だ。あ、そういえば「The Slits」が再結成後初のアルバムを発表とのこと。あ、「にせんねんもんだい」もかあ……。女子は三人組を結成した時にすでに何か勝利している感じがするなあ。こんな時勢だから「勝利」という言葉は非常に使い難いが、なんか、そんな気がするなあ……。
今日、同居人が「肉体関係」という、京極くんと富松さんによるダンスユニットの公演を観に行き、「面白かった」「京極朋彦のポテンシャルすごい」と絶賛していた。俺は明日観に行く予定。ちなみに「肉体関係」は二人組。これが三人組だととたんに観に行く気なくなっちゃうねよね……そういうものが、そういうものって抽象的だが、そういうものが観られたら良いな。
さて、「WWDC」という、まあAppleの新商品発表会のようなものが未明にあったため、コンピュータの話が多くなることを初めにお断りする。
先ず、随分前からロゴが光るだとかカラーバリエーションが増えるだとか小さくなるだとかやんや言われていた新しい「iPhone」だが、結局、形はそのままに中身が充実した様子。同居人と一緒に「iPhone」にしよう計画は、いろいろあって俺だけ先にそうしてしまったのだったが、今月末発売の新型の「iPhone」も、現行のキャンペーン(softbankによる)対象に含まれているようで、おそらく同居人は「iPhone 3G S」の16GBの白にするのではないだろうか。新型が間もなくでることを知っていながら「iPhone」にしたとはいえ、「新しいやつ」が身近な人のもとに来るとなると「いいな」となるだろうなあ。そのうえ「iPhone 3G S」でしかサクサク動かない「すごく良さげなアプリ」とかが出たら悔しいだろうなあ。とはいうものの多分、ちょっと羨ましいだけできっとすぐにどうでも良くなるほど俺の物欲は減退しているのだが。物/機械/電化製品/新製品が大好きだった俺だが、いつからそれらの所有欲を失いはじめたのだろう……。おそらく直接の原因と呼ぶものはないのだろうが……。
と、それた話題をもとに。次に「Snow Leopard」。「Snow Leopard」が発表されるにあたって、まあまだ発売までは間があるからあれだが、もっとも懸念しているのは、俺は今「Tiger」であり、それがいつ置いてけぼりになるのか、だ。もうしばらくは大丈夫そうだけど……。
で、いよいよ置いてけぼりになってしまったら触手が伸びそうなのが新しい「MacBook Pro」の13inch。「Pro」と呼ばれるだけにFireWire 800が付いた。現在、最もコストパフォーマンスが高いMacは、つい最近、非常に地味にアップデートされた白のMacBook(現 MacBook)であることには変わりないだろうが、どうもアルミが好きな俺は、以前、アルミのMacBookが発表された際、FireWireのポートが無くなったことに意気消沈し、困ったなあ、などと金も無いのに思っていたのだったが、これで一段落。800と400の変換だけ買えば良い。とは言いつつも買う予定は全く無いが。
最後に「Safari 4」。ずっとPublic Beta版を使っていたから、正式版になったとはいえ、大きな変化はない(日本語表記になったのと、デフォルトの行間がやや広くなっているくらいか)。とはいえ、たぶん、新しい機械を使っている人はPublic Betaの時点で十分高速だったろうから気付かないと思うが、少し速くなっている。あと、まだわからないがPublic Betaほど落ちることは当然なくなるだろう。
コンピュータの話、終わり。
ところで我が家の付近はソースものの店、焼肉屋が多いのだが(それで気になることがあるのだけれども、それは今回関係なく)、特にソースものは値段も安いし腹いっぱいになるということで良く利用する。夜、最寄りのお好み焼屋に行ったら休みだったのでさほど距離の違わない「将月」に。おおぐらいの同居人が珍しく食欲が無かったのに、いつものくせで「ジャンボモダン焼き」を注文してしまい、これ、直径が30cmくらいあるのである。なんとか食べ切ったものの、無意味に大食いチャレンジみたいなことをしてしまったことに自分で呆れる。昔、テレビで「大食い」が流行った頃があったが、あれ、いまだに良くわからないのだった。人の「量を食うための」大食いを見ても不快なだけではないだろうか。ただ、幼少期、妄信的な良い子だった私は未だに「物を残す」ことに強い抵抗があり、それならば「大食い」の罪を犯そう、と。全く、同時に二つの罪の前に立ち、どちらかしか選べない状況を無意識に作った自分に腹が立つ。そしてこんなことは人にとっては本当にどうだって良い話である。しかしまあ、ソースものはやはりおいしい。

昼前に起床し、洗濯を済ませてからアトリエ劇研に。木ノ下歌舞伎『桂川連理柵』を観に。今まで観た木ノ下歌舞伎の演目の中では一番良かったように思う。とはいえ、伏線も何も無い(菅専助の原作自体に)無茶なラストシーンには、それこそ菅専助を扱うに至った野心が発揮されそうにも思うが、そこはスッと擦り抜け、まあ、確かにあそこで頑張られても困るけどね、と何と言うか、醒めた感覚で観終える。まあ、趣味の問題もあるだろうが、観ても観なくてもどちらでも良い類いの芝居だった。すっかり演劇に興味を失っている俺がそう思ったのだから、良かったのではないだろうか。なにしろ「観ても観なくてもどちらでも良かった」と思えたのだし。
帰り路カナート洛北に寄り散財。カナートの2Fに行って金を落とさないのは至難。写真はユニクロで安くなっていた『グーニーズ』のTシャツ。映画を観て泣く、という経験が俺にはほとんど無いのだけれども、『グーニーズ』だけは、小学校に入学する以前、テレビで放映されていたのを観て泣いた記憶があるのだった。思えばまだ5歳とかそこらだから、随分夜更かししたのだな。どこで泣いたのかというと、データと呼ばれる発明好きの中国系の少年がいて、大体の発明がポンコツで終わるのだが、当時の俺は彼に感情移入していたから、それが悔しくて悔しくて、という、なんというか『グーニーズ』の端っこのほうに重心を据えて観ていたのだったが、フラッテリー一家、まあ悪者だ、が後半、洞窟内を流れる渓流にかかる丸太を渡っているグーニーズ達をいよいよ捕まえようとした時、ついにデータの発明が効果を上げた(靴のかかとから油が出る仕組みで、フラッテリー一家を滑らせた)その時である。嬉しかったんだろうなあ、俺。号泣だ。そんなわけでもう『グーニーズ』は好きだというほかない。後年観て、片目のウィリーの海賊船があるあそこが、幼少時の記憶の美化された姿ほど神秘的ではなくて落胆したが。
他にも少々買い物をし(「相対性理論」特集のSTUDIO VOICEなど)帰宅。
あ、そうだ、昨日の日記を忘れていた。夜、諸江くんが遊びに来た。以前貸してくれていた『鈴木先生』の続きを持って。そして明け方、長らく借りていたWiiは諸江くんとともに帰っていった。
そんなわけで、本日、帰宅後は『鈴木先生』を既刊行の7巻まで。掛け値なし、最高に面白い活劇。繰り返すが活劇。やはり自分の書棚に並べたい……。
あ、あとそうだ李さんの『丹波マンガン記念館の7300日』を読了。いろいろと思うとところはもちろんあるが、レジスタンス活動としての本だと考えた時に少し気にかかることがあり、幾つか書物をAmazonに注文。
7月13日に「LIQUIDROOM」で「ゆらゆら帝国/DMBQ/にせんねんもんだい」という公演名(らしいが)のその名そのままのライブがあるらしいのだが、これ、最高のラインナップだ。観たいなあ……。最後にDMBQを観たのは前の眼鏡が壊された時(まっ二つに)だったから、恐らく5年ほど前か。あれからよっちゃんの脱退、アメリカでの事故を超えて、どうなっているのだろう……。来月かあ……。金だなあ。今月前半にあった仕事が空いたから、すっかりバイトだけである。誰か、仕事を持ちかけておくれ。

以前から観たかったものの字幕無しのVHSしか無かったため諦めていたジョージ・ロイ・ヒル監督作『スローターハウス5』がDVD化されたということでAmazonに注文。言わずもがな、ヴォネガットの傑作の映画化である。グールドの「G線上のアリア」で幕を開けるのだという。
さて、独断で申し訳ないが「SHIENYO|紫煙葉」は一旦中止! 今日、久しぶりに少し手を付けたのだったが、少々の放置を経て見ると、準備も含めれば半年やってきたにも関わらず、「こういうふうな」をほとんど顕在化できていない、というか端的に「全然ダメ」だという、わかっていたことを断言できるようになってしまったため、「ちょっと、改めよう」と。なので、長いか短いかは不明だが、あちらはしばし沈黙する。おいおいちゃんと告知するが、それまでには少しなりともあれの「今後」を提示しておきたい。
転がすにしても、ある程度の大きさが初めにないと転がらない。
昼過ぎ、「weekenders」で昼食。ここのところ外食が多い。節制しないと。
夕方、明日から公演が始まる『桂川連理柵』のパンフレットを作る。夕方、完成。アトリエ劇研まで持って行き、帰宅してから『丹波マンガン記念館の7300日』のページを繰る。第一部を読み終える。
夜、ずっと観たかった横浜聡子監督作品『ジャーマン+雨』をDVDで。面白かった。作品の内容紹介に
個人のトラウマを描いて涙する昨今の日本映画を笑い飛ばし、ついに“内向しない日本映画”誕生!
とあるのだけれども、この「キャッチフレーズ」を鵜呑みにするのは当然あやうく、あたかも“内向しない日本映画”が真に有意義/リアルなもののように置かれているが、なんというか、観終えて率直に感じたのは「危険すぎる」ということだ。なんだろう、「大人」はもっと醜悪で怖いし……、本当に「内向していない」のかということには疑問が残るし、観ていて気持ちが良いという類いのあれがあるかというと人によれば恐怖の増幅を促されるだろう。もちろん価値ある凄い作品だったのだが。……ようは、ここまでは振り切れてもここまでは振り切れないんじゃないか? という我々の心配を、置き去りに幕が降りたことへの不安だけが気にかかったのだった。
次回作『ウルトラミラクルラブストーリー』が楽しみ。ところで麻生久美子は最近ふたたびめっちゃ出てるなあ。
さて、昨日は丹波マンガン記念館での日々を特別書き残すつもりも無かったのだったが、やはりwebでの日記、読まれるものという性質を持つ以上、ある程度記しておくべきなのかもしれない、と、街に降り、少し落ち着いてから思ったため、以下、マンガン日記。
最初の来訪は5月23日の午後3時過ぎ。高嶺さんも到着したところだった。初日ということもあり、川から水をひいたり、高嶺さんが以前建てた小屋を掃除したりの一日。滞在の環境はおおまかに整う。夜、小屋には高嶺さんと俺の二人だけで、日が暮れると真っ暗の山奥、小屋に居ての作業しかできないため、高嶺さんがタイで購入したというLEDライト、これはイベント当日、誘導灯として使われてたのだが、それの試作品を作る。当初、電池とLEDを一つ一つはんだで接着する算段だったが、100個以上作らなければならないのと、はんだごてが不調だったため、電池に直接LEDを繋ぐという俺の案が採用され、一安心し就寝。午前1時ごろだったか。
24日。午前6時半ごろ起床。昨日、「朝、風呂に入ろう」と話していたのだったが、館長である李さんが作業を開始したため、風呂に入らず作業。杉の丸太の皮を6本剥ぐ。これは5月30日の「燃える世界遺産 〜マンガン・ナイトクルーズ〜」と同31日の「閉館・出版・鎮魂パーティー」にて用いられたステージを底上げするために使われた。昼過ぎまでその作業。途中、Gくんが合流。彼とは6月1日の夜に俺のバイクで一緒に帰ったのだが、とても良い出会いだった。
皮を剥いだ後、チェーンソーや斧を使い、「燃える世界遺産 〜マンガン・ナイトクルーズ〜」で火を焚く時に用いる薪を割る。
日が暮れて作業終了。深夜就寝。
25日。午前7時前に起床。昨日も風呂に入れなかったのだったが、灯油で動く給湯器と風呂釜とを繋ぐパイプから水漏れがあったためで、暗闇では作業できなかったため、俺は起きてすぐに風呂の応急処置。無事三人とも朝風呂に。昼過ぎ、SくんとTくんがやってくる。二人とも魅力的で、来て早々風呂のためのテント設営を手伝ってくれ、さらに今後スタッフが増えた際に用いる建物の掃除に行った際も、俺は「この程度で良いだろう」と思って次に向かおうとするも、「もう少しやらせてください」と徹底した仕事を心がけていた。掃除が終わり、「燃える世界遺産 〜マンガン・ナイトクルーズ〜」で用いるLEDライトを付ける杭を作る。当然ライトと同じく100本以上。半分ほど作り終えてその日は暮れた。もちろん、俺がしたことだけここには書いているが、李さんや高嶺さんによって別作業も進んでいる。この日の夜に、一旦帰宅。
再度訪れたのが29日の午後。もう杭は立てられ、ステージは出来ていた。この日の作業は多岐に渡り、詳細は覚えていないが、当初よりずいぶん増えたスタッフによって黙々と設営が行われる。李さんに直していただいた風呂も快調。就寝は明け方だったか。
30日。午前8時過ぎに起床。ひたすら残っている作業を。二階堂和美さんやレイ・ハラカミさんがリハーサルをしている最中もひたすら作業。クロスフェードするかのように開場。雨。薪がなかなか燃えずに苦労する。
深夜、雨は本降りとなり、観客はほとんど帰宅。午前3時過ぎか。『アロマロア エロゲロエ』で音響をしていただいた山中さんのDJで流れた忌野清志郎による『Daydream Believer』に泣きそうになる。翌日はステージを「閉館・出版・鎮魂パーティー」の様相にしなければいけないため、少し眠る。
31日。閉館日。もちろん朝から作業。「閉館・出版・鎮魂パーティー」。壇上に立つ李館長の姿に心を打たれる。李館長の著書、『丹波マンガン記念館の7300日』にサインをもらう。その笑顔と厚い手は男が惚れる格好よさだ。
バラシを行って、日暮れ、打ち上げ。疲労困憊でみな早々にダウン。何故か俺が一番最後まで起きていた。山が明らむ。眠る。
6月1日。俺が最後に起床。午前9時過ぎ。少し作業をして、高嶺さん発案でプールを作る。試行錯誤し、最終的に館長のトラックの荷台にブルーシートを敷きプールに。川の水はまだまだ冷たかった。水で遊んで疲れ、昼寝。夕暮れに起きる。夜は昨晩、みな早々に寝たので呑み直しといった様相。俺はGくんを送るために午後10時ごろそこを後にする。李さん、高嶺さんと握手し、去る。二人をはじめ、皆素晴らしい人達だった。Gくんを京都駅まで送り、そこでGくんとも握手。ついつい感傷的な筆致になってしまうが、とても良い顔をして彼は去って行った。きっとまた会うだろう。
以上がマンガン日記。まだ書きたいことは多々あるが、ひとまず。
『ニカセトラ』を聴きながら。そこにあった大きな喜び、大きな休息、美しい日々には愛を。しかしながら同時にあり続けた傷にも思いを馳せる。まだまだ自分が足りない。連綿と続く日々である。
1日の夜に帰宅した。丹波マンガン記念館での、ただただ素晴らしい日々が終わった。
大きな喜びだった。日記に記しても仕方の無い様なことばかりだった。こういうときは沈黙するしかないのだった。
備忘録として記す理由もない。忘れないだろうから。
また少ししたら細かいことも書くかもしれないが、今日は書かない。今は2日の夜である。梅雨が近づいている。そのあとは夏だ。