January 2010
ああ、またこんな時間だ。今は午前4:08。日付は1月29日である。
夕方から稽古。稽古後、共演の濱崎くんを誘って祇園にあるラーメン屋、勝鞍に。
帰宅し、(橋本)和加子さんとSkypeで話し、終えてからフライヤーをネットで入稿する。それから、とあるロゴを考えていたのだけれども、あるwebの更新をしなければならなかったことを思い出して、その作業。細野さんの『S・F・X』を聴きながら。
ふと思い立ったことがあって、ネットをうろうろ、明日のことなども考えていたら『S・F・X』は終わり、午前4:49分になっていた。今日はダメだな、日記。閉じよう。
昨晩というか本日未明は結局、ウォード・セリルという監督の『The Heart of the Game』という映画を観たのだった。アメリカの高校で女子バスケットボール部の監督をしている男を中心に撮られたドキュメンタリーだ。かっこつけた感じの距離感で被写体と接し、ドラマチックなストーリーを淡々と語る。まあ、『Endless Summer』とかが好きな俺は嫌いじゃない映画なのだった。ちなみに邦題は『女バス』だ。俺はバスケにほとんど興味が無いが、バスケ好きなら間違いなく面白いだろう。
さて、観賞後、延滞料金を取られないために、明けてきた街をバイクにまたがりTSUTAYAまで。ちょっとどうかと思うほど寒く、外で寝たら死ぬ、雪山で寝て死ぬ、という死に方は気持ちが良さそう、などと想像しながら恍惚とバイクを走らせた。帰宅後、就寝。
昼過ぎに起き、ちょっとした用でアトリエ劇研に行き、その後、稽古へ。『西山真来はなぜこうなってしまったのか』のブログ担当日だったので、帰宅後、それを書く。なんだか疲れていて何を書いているのかよくわからなくなったが、まあいいやとそれを送信し、幾つかのメールへの返信を書き、炬燵でうたた寝し、あ、そうかそうかとネットでAppleの新製品発表会の様子を見る。
iPad、去年始めから噂されていたその姿は幾つもの予想図がネットで取りざたされていたけど、それらを見、正直「こんなでっかいiPhone、変じゃないかしら、もっとかっこ良いものが……」と思っていたのに、結局、発表されたものは完全に大きなiPhoneだった。
それにしてもPowerBookでiPadの情報を見ていると、貧乏丸出しだなあと客観的になる。というのも、こんな夜中にその情報をネットで見ているような人は、それだけ興味があるのだから、すでに大半はPowerPCユーザーではないだろうと。まあでも、いけるんだよ、PowerBook。YouTubeを見ていると映像がガクガクなるが、それはiPhoneでカバーできるし。こまめにアプリケーションを閉じれば、いけるんだよ。とはいえ、iTunesを開きながら作業すると負担が大きいので、作業中の音楽はiPodにまかせている俺だが、そのiPod(80GB)の残り容量が100MBを切り、さて、今後どうしよう、もう本音を言えば金に物を言わせたいところであるが、そうもいかないのだった。そんなふうなことを思っているうちに新製品はiPadだけでその発表会は終わり、外では雨が降り続けている。
その後、昼間に少し読んだ香山リカの『ポケットは80年代がいっぱい』のページを繰り読了する。大槻ケンヂなどの「バンドブーム」を書いた本と読後感はほぼ同じで、当時の「感じ」はいつも魅力的だ。それらはいつも「終わったこと」が書かれているので、実在の固有名詞(今とはシニフィエの違う)が頻出する青春小説でしかないのだが、そのこと自体がまあ、存分に魅力的なので面白いことに違いはないのだった。あ、そういえば「元気印」という言葉を久しぶりに見たな。
さて、昼間は少し暖かかったが、雨も降り夜はまた冷えている。そろそろ湯たんぽの湯を沸かして寝よう。意味も無く少し憂鬱なのは、雨のせいだろうな。
再び日記が滞っていた。23日のことから。朝から仕事。夕方に終え、帰宅してすぐに舞台の稽古に。終了後、皆で夕食を。共演者たちはその後、バーに向かったのだったが、とても行きたかったのに自宅からわりと遠い場所にバイクで来ていた俺はバイクを押して家まで帰るのは大変だと判断し、帰る。家でビールを飲む。またの機会があれば良いのだが。
24日。新しいフライヤーの作業。わりと急務で、一日取りかかる。25日。気候の変動に左右されやすい体調が災いし、夜まで臥している。しなければいけなかった事が二つあって、そのことが気分を落ち込ませるといういつものこと。夜にフライヤーの続き。
本日。午後に起床。稽古に。先日入稿したフライヤーが留守の間に納品される。帰宅し仕上がりを見、思った通りだったので安堵し、新しいフライヤーの続き。深夜に一段落し、ごちゃごちゃになってしまったメールやデスクトップを共演者の坂東さんに貸して頂いた中島みゆきのCDを聴きながら整頓する。
日が空いてしまうと、その間の事をほとんど箇条書きのように記すだけで結構な手間で、そのことがもたらす「何か書いた」感にいつも困らされるわけだが、というのも俺が何故日記を書いているのかというと、どうだって良い出来事を記し、それを餌に脱線し、どこまで彷徨えるのかが愉楽であるからなのに、どうだって良い出来事を記すことで手一杯になっては、本末転倒だからだ。
それにしても何だか良くわからないが忙しい1月だ。嫌だ嫌だ。とはいえ、今年の目標は、嫌だ嫌だと拒まず、次へ次へと。密度の高いものにする、ということにしたので、仕方がない。とりあえず引き続き来月もごちゃごちゃしている。まず、2月の5日から7日は『西山真来はなぜこうなってしまったのか』の上演。翌週末14日はchikin主催のイベント『work for the public good』に一人で出演する。その間に京都みなみ会館ではヴィターリー・カネフスキーの特集上映が始まる。ここをご覧の方には是非ともこの三つで散財して頂きたいところだ。カネフスキー、観たこと無いけど。
TSUTAYAで借りて来たDVD4本を明朝までに返さなければならないのに、まだ何も観ていない。同居人が借りて来て観ていたバナナマンのDVDを横からチラ見していただけだ。とりあえず日記はこのあたりにして、さて、とにかく何か観よう。
昼間にマクドナルドに行くと新製品であるところのテキサスバーガーは売り切れていて、だからダブルチーズバーガーを食べた。セットを頼んだので、付属してきたコカコーラを飲み、それがえらく美味く、このところコーラを飲んでいないことに思い当たる。
夕方に稽古場にバイクで向かっていると、東大路丸太町辺りで前を走るトラックの荷台から木の板のようなものが飛んで来、それは顔面に向かい飛んできたのだったが、驚いて俯いたのが幸いし、頭部はヘルメットによって守られた。その事故に気付かず走り続けていたトラックの戸をバイクに乗りながら叩き、怒鳴って脇に寄せさせたものの、運転手とその助手席の男(廃品回収の業者のようだった)は何のことだか今ひとつわかっておらず、説明し、ようやく事態を呑み込むと潔く謝るので、特に怒る必要が無くなり、気を取り直し稽古場に向かう。
すっかり夜になり稽古を終え、共演の濱崎くんと祇園近くにある勝鞍というラーメン屋に行く。スタンダード且つとても旨いラーメンだった。そのラーメン屋に設置されていたテレビでは『天使にラブ・ソングを』が放映されており、何かこういう、ハートウォーミングな感じの映画が見たいですね、と濱崎くんが言うので、『フラガール』と『世界最速のインディアン』を推す。濱崎くんとは映画の趣味がいまひとつ合わないのだけれども、反論や異論の内容が良くわかるし納得もいくので、それはそれで楽しい。
そして深夜になり、猫を抱きながらテレビを見ていると炬燵で眠ってしまったのだった。
昼前に起床し、午後、フライヤーの入稿。帰り路にGRANDIRでパンを買う。それは4年間通っていた大学の目の前にあるパン屋だが、卒業して3年、初めて赴く。帰宅しパンを食い、美味いとはいえパンはパンだよな、というパン愛好家に怒られそうな感想の後、再びバイクでガケ書房に。昨日、一昨日に引き続き暖かな日。欲しい物は山ほどあったが、何も買わずに帰宅し、またバイクに乗り稽古場に。
さて、出演する『西山真来はなぜこうなってしまったのか』だが、いよいよ公演日も近づいてきた。あと2週間ほど。2月の5日から7日です。前日16時から。お時間ある方はどうぞお越しください。
終えて帰宅が午後10時ごろ。夕食を取りつつテレビを眺め、数年ぶりにふと、あ、テレビ面白いな、と思う。視聴の番組の流れは以下。「ブラタモリ」→「あなたが主役 50ボイス」→「ビーバップ!ハイヒール」→「アメトーーク!」。時系列に倣って三番組に共通するテーマは「街」で、「ブラタモリ」はタモリが浅草を歩き、「あなたが主役 50ボイス」では、東大阪の町工場や競馬場に居る人々からエピソードを集めていた。「ビーバップ!ハイヒール」は今回のテーマが「都市伝説」。いつだって「街」は面白いが、とはいえいまこそ「街」ではないか、という感覚も確かにあり、その背景の主要なものにインターネットがあると思ったのだったが、それはいささか乱暴な飛躍でもあるので声を大にはしにくいものの、こんな個人の日記で声を大にできないのならば、どこで声を君はあげるのか。インターネットの日常化によって、「可能性」が裏返ったような感触はどこかにあり、とはいえ、それは感触というよりも、希望なのかもしれない。
そんな折、ふとchikinの次回公演のタイトルが頭をよぎる。それは『シティ派で』という。そこへ至る経緯、そしてアウトプットも俺とは全く違うものの、こうした「感覚」の共有とも言えることが度々あり、だからこそ面白いのが彼女達だ。とはいえ「シティ派」とは口にできない俺をよそに、彼女達はそれを明言する。しかもそれは3人組なのである。今、ペーター佐藤の作品集を「良いよね!」と断言しながら見せられる人が近くにいるというのは素晴らしい。大事なことなのであえて言うが、これは我々のリアルな感覚! である。
さて、いつもの通り良い感じに脱臼している日記だが、脱線こそ日記だ。今日、稽古後、共演の濱崎くんと公園で話していて、『西山真来はなぜこうなってしまったのか』が終われば何をするのか? と問われたので「小説を書く」と答えたのだったが、次にそのテーマを問われ、単語で答えられるそれは無かったように思えたのだったが、もしかすれば、それは「脱臼」かもしれない。どちらかといえば「脱線」のほうが近似値にも思えるのだが、何か「画」が違う。本当に行きたい場所に行くために、その結果、私たちは脱線した。というよりも、本当にあるべき姿になるために、私たちは脱臼する必要があった、というべきなのか。いやいや、ただ、いつのまにか脱臼していた、ここはとても遠い。そのくらいの抽象性を求めている気もする。
また日記の進行を遮ってしまった。とはいえもはや今に追いついている。テレビを見た後、俺はPowerBook G4の前にいる。古い機械だが、貧乏以外に新製品の購入を抑止している理由の一つに、その機械の今なお霞まない圧倒的美しさがある。12inchのその機械の横幅はフルサイズのキーボードの幅と1cmも違わない。電気店で新製品を触っても、何か興奮しないのはこの美しさのせいか。そんな機械で日記を書いている。2010年も悪く無い気がしてきた。
日記が滞りがち。17日からの空白だが、17日のことを思い出すのは億劫だ。とはいえ、こうしてある程度の隙間、億劫とはいえ何とか思い出して書ける程度の隙間が空いた時に、それ以上に空いてしまえばもはや諦めてしまうだろう一歩手前、その時に、このつまらない作業に手を付けるから俺は日記を続けられるのだろう。
そんなわけで17日。フライヤーの締め切り日だったので、作業をあれこれ。それ以外のことは思い出せないし、作業自体それほど無かったので、おそらくダラダラしていたのだと思う。
18日。夜、稽古。…夜まで何をしていたのか。帰宅すると、chikinの面々。
19日。天気が良く、気温も高い一日。すっかり忘れていた振込があった。金も入ったし、せっかくなので同居人とどこか喫茶店にでも行こうと思ったのだったが、長いわりに下らない経緯があり、それは省略するが、結果、安井金比羅宮に詣った。良い縁がありますように、と、初詣というでもない、よくわからない時期に。次に、小腹が減って買ったシュークリームをうまく食べられず、マフラーや鞄にクリームを付けてしまい、拭くものも無かったので舐めて誤摩化したものの、なんだか気持ちが悪い、そんななんともパッとしない状態で稽古場に行く。終えて、臨時収入があったという同居人にタロ吉で御馳走してもらう。
本日。昨日に続き天候の良い一日。あおぞらというタイカレー屋で昼食。美味。夜、稽古。帰宅後、『西山真来はなぜこうなってしまったのか』のブログの担当日だったので、その記事作成。先週、先々週と長々と書いてしまったので、今回は写真を中心とした投稿。
さて、ひどく良い加減な日記になってしまったが、とにかく今日に追いついたのでこれで良いだろう。やっぱりダメだな、空白を作ると。
14日。稽古終わりに共演の濱崎くんと自宅近くの中華料理屋に。腹いっぱいになり、金を払おうと思ったら金を持っていなかったので、濱ちゃんに借りようと思ったら、安い店だったのに二人合わせても30円足りなかったので濱ちゃんを担保に家まで走って帰り、金を持って来る。支払うと、店主のおばちゃんに「寒い中すいません」と言われたのでとんでもないこちらこそ、と思う。
15日。この日は演出の西山さんが休みだったので、濱崎くんが撮影、編集したビデオを基に(西山さんの演出が収められてた)、俺が稽古を進める算段になっていたのだったが、この日の朝に眠った俺は、16日の同じ時間、つまり24時間も眠り続けてしまったのだった。起きる、というより意識を取り戻す案配で現状を知った俺は、自分に呆れ返ったのだった。
16日。朝からフライヤーの作業。昼過ぎに終え、メールを送り、夕刻稽古。稽古後、ハヤシライスを御馳走になり、帰宅してから(橋本)和加子さんとwebの打ち合わせをSkypeで行い、終えた頃にやってきたトミーにフライヤーを見せる。
京都の寒さが猛威を振るい始めた三日間である。日記が滞りがちなのも、寒さのせいかもしれない。
早朝からフライヤーの作業。注文していた『ペーター佐藤作品集 ポートフォリオ』が届く。色の参考にしようと思っていたのだったが、今回のフライヤーは使用する写真の特徴から、かけはなれてサイケデリックなものになった。
珍しくファッションの話をするが、普段はLevi’sにネルシャツかウエスタンシャツ、スニーカーに適当な上着を羽織っている俺だが、自分の着衣はさておき、ファッションには昔から興味がある。雑誌は男性誌で面白いものはなく、もっぱら女性誌が参考になるが、一昨年あたりから原宿的ともいえる色彩感覚(実際、原宿に足を向けたことはないので、紙面からの想像だが)が、まあ良い感じだろう、となってきたのは、それは音楽のゼロ年代初頭からの変容の傾向から察知しており(最先端はやはりいつも音楽なのだ)、そして去年はやたらカラフルなスニーカーが新発売されたが、はて次は? と思うと、ヴィヴィッドな色使いは生き残るとしても、その性質が微妙に変わってくるのではないかと考えている。まあ、今の街には少しはしゃいだキッチュが合うかもしれないが、色はペーター佐藤の色彩のように、カラフルにしても、テクスチャによってくすんでいくのではないかと。
そこで困惑するのは、じゃあ、スニーカーでいえば俺はいまFILAとかBROOKS、NEW BALANCE(1300、1500辺り)、中期AIR JORDANだとかと思っているのだが、バンバン売れるラインでは無いものの優れた作品たちだから人気は依然あり、少数復刻されてもすぐに売り切れ、非常に高価である(NEW BALANCEはまあ、仕方ないけど)。洋服も同じで、俺の思っているようなものは、セレクトショップに少数あるか、高価な古着屋、もしくは高級ブランドの一部ライン、と、どれも安価では入手しにくい。まあ、俺はどちらにしろ買わないから良いのだが(冒頭に書いた通り、ここ10年同じような格好なので)、果たして、流行による生産量の変化とその価格の上下の極端は、消費者に原因があるのか、それともメディアなのか。どちらにしても自分の首を締めている状況に変わりはない。微妙な不自由があって、それは流行(ファッション)が、即物的になり過ぎ、一辺倒になり、違和感を覚えれば(覚えて当然なのだが)マイノリティになるという、極端で不健全な状況だ。
これは洋服に限らず、その他様々な芸術にも言えることで、たとえば東京の優れたアシッドフォークの歌い手たちは何故にCDではなくCD-Rを売ることになるのか。優れた自主制作の映画に出演している人や監督はどうしてあんなに金が無いのか。表現においてもデフレな状況というのは確かに(ネット以降ずっと)あるが、とはいえシステムが一辺倒な資本の仕組みに左右されすぎではないだろうか。「早すぎた」とか「後に再評価」とか、昔から連綿とあるそういう悲劇はもう止めにして頂きたいが、現状はといえば「早すぎた」「後に再評価」に値する可能性のあるものたちも、どんどん墓場に追い込まれているといった惨状だ。
さて、終わりどころが無くなってきたので、適当にぶつ切りにするが、日記だった。フライヤーの暫定デザインをクライアントに見せ、その後稽古に。帰宅して早起きに目をこすりつつ、しまった、と『西山真来はなぜこうなってしまったのか』のブログ担当日だったことを思い出し、時間も無いし簡単なものを書こうとしたら筆がすべって混沌としたものを書いてしまう。
大体、こんな感じだろうか。寛平、がんばれ!

特に理由もなく日記が滞った。9日のことから。ほとんど覚えていないのだけれども、カレンダーを見て思い出すのは、この日、『西山真来はなぜこうなってしまったのか』の上演場所になる「ART COMPLEX 1928」に行っている。その後、四条と五条の間にあるとある施設で稽古。終えて、面々と食事に。
それにしても、役者と称される人たちは何が楽しくて舞台に立っているのだろうか。日々の稽古で受ける演出に、最初で最後は学生の頃、5年ぶりくらいに演劇公演に出演する俺は、全く恐ろしさを感じるばかりだ。というのも、非常に緻密な作業の繰り返し、そして一度でも失敗するともういけない、引いて見ればそんな板に立たされているように思える自分の体は、ただただノイジーだからだ。そのノイズをどう見せるか、ということに関しては、高嶺(格)さんの舞台公演で日々考えていたことだったし、過去に一度あった、何の準備もなく一人で舞台に上がった経験から、日夜思っていることの一つでもあるのだが、必要なノイズ、不要なノイズ、そもそもノイズ? を一つ一つ吟味し、整頓していく作業のなんと複雑なことよ。そしてまあ、あの、西山さんの前では誤摩化せないんですね、それ。凄いけど、怖いよ。そう、そういったところにマゾヒスティックな快感はあるのかもしれないが、そう思うと野蛮だなあ。あの、良い意味で。良い意味で、というのはそれは、俺は一昨年末あたりから、野蛮、だとか「この時代における不良」だとかに思考を向けていて、その理由はわかりやすく、昨今の「クリーンな感じを押し出せば治外法権」的な風潮に、論理で戦うという手法ではなく、ただ単に牙を剥いたほうが良いのだろうと思い始めたからだが、とはいえ、「それをふまえて考えれば面白い」ではもちろんいけないわけで、この日記を書いているのは13日の早朝だが、さて、今日も稽古だな。思わぬところで長くなってしまったが、日記の続きを。
10日は深夜に「ロケみつ」の四国一周ブログ旅の一挙放送、最終回を見た。これ、関西ローカルなのかしら。関西ローカルの雄「痛快!エブリデイ」の亡き今、関西で良かったと思える珍しい番組ではないだろうか。
11日。何かしていたとは思うけど……。(橋本)和加子さんととある用事でSkypeして、それが終わった後(夕方)、もう眠ってしまう。
12日。未明に起き、こつこつとフライヤー制作。ずっとどうしたものかと悩み、資料などをネットの古書店に注文していたのだったが、それが届く前に大方できてしまった。まあ、まだ少し期日まではあるから、少し寝かそう。その作業を稽古寸前まで行ってから、稽古に。帰宅して鍋。実家から送られて来たバームクーヘンを食して就寝。
よし、こんなものだろう。日記終わり。
なかなか寝付けないのでこうして日記を書いている。寝付きの良い、ものの5分で眠ってしまうような人というのは、日記が長く続き難いのではないだろうか。その日の回顧などする間も無く、新しい一日が始まる。反して、俺のようなものは潔く今日を終われず、こうして暗闇の時間に文章を綴っている。どちらが良いのかと問われれば、それは前者だろう。例えば、前者の様な人に、毎日日記を付けて偉いね/凄いね、などと言われれば、俺には何とも恥ずかしい、みっともないような気持ちが想起される。どうも罰を受けているような気持ちになるのだから、言葉を口に出したり、文字に起こすということは、いつまでも加害でしかあり得ないのだろう。そんなふうに思えば、インターネットの世界というのは、無尽蔵に言葉が蓄積される地獄の様相に見える。そして、その言葉たちはそれぞれの身体性を剥がれた状態であることが殆どだ。保有者が不明確になった言葉の蓄積は、『ドラゴンボール』の悟空の技、「元気玉」と同じ案配で集合し、いつか誰もが知らぬうちに、異常な、そして全てを超越した生命体を生み出してしまうのではないかと、心配で夜も眠れない。ただ、朝になると、まあ、そんなはずないよなあ、というか、そんな事を少しでも思ったということを忘却し、太陽の下すっかり夢の中だ。つまりまあ、昼夜が逆転してしまい、明け方に眠くなってしまうという話だが、それにしても日記そのものに取りかかるまえに、随分と余計なことを書いてしまった。
さて日記だ。午前起床。印刷会社に電話し、懸案事項の解決法を聞き、昼過ぎに出町柳で仕事の打ち合わせ、それから先日、破けたジーンズを履こうとしたら、その破けた膝の箇所からつま先を出してしまった姿を同居人に見られ、貧乏って感じ、と言われたのでズボンを買いに行き、スーツなどをクリーニングに出しに行き、洗濯し、干し、舞台公演の稽古に。……と、昼夜逆転の修正としては良い感じだったのに、稽古から帰宅しすぐに眠ってしまい、夜中に目を覚ました俺である。そして「ロケみつ」の四国一周ブログ旅の一挙放送を見てしまった俺である。レギュラー放送の時も見ていたが、昨年「コヤブソニック」で「桜」を見て、ああかわいい、と。そんなわけで一挙放送を見てしまったが、どうやら明日で一挙放送は最終回。良いね、早希ちゃん、と思いつつ眠ろうと湯たんぽに湯を入れ布団に入ったが眠れずこの日記。そして明け方。……やはりこうして日記を書けば、罰を受けることは必至に思えて仕方が無い。充実感をたずさえて「Publish」のボタンを押したことは無い。いつも何らかの背徳感を感じつつ。そして目に見える仕組みの無かった、かつては潜在していた罪と罰は、今日も巨大な何かに(Publishに)蓄積されていくのだった。つづく。

6日、7日の日記を。
と言っても、5日の日記で書いているが、この日から体調が悪く、6日、7日は大体臥していた。それでも少しは元気だった時間もあったので、その間に2月の公演のための台詞を覚えたり、その公演のためのブログを書いたり、『わたしたちに許された特別な時間の終わり』に収められている『わたしの場所の複数』を読んだりした。『わたしの場所の複数』は読みながら、『三月の5日間』より完成度が高いのは明白だけれども、技術的なあれこれが気になりつつ読んでいたので、好みとしては、俺は『三月の5日間』だったようだ。とはいえ二篇とも、久しぶりに、小説を読んでいる、という感じがしてとても良かった。
1月7日は飼い猫のもきちの誕生日だった。3歳になった。どうやら同居人に特別なおやつをもらったらしい。俺はすっかり臥していたのだった。夜起きて俺は同居人に七草粥を食わせてもらった。
これを書いているのは8日の朝。さて、5年付き合ってもいまひとつ慣れない体調不良と、それによってかける様々な迷惑による自己嫌悪は過去に置いて、ちゃんと日常をやろう。

昨日の日記を書き、朝、年が明けて動き始めた銀行に家賃を振込に行き、少し眠ろう、と横になるのも、なんだか沈鬱な気持ちと怠い体に苛々し、なかなか眠れなかった。それでもじっとし続けたら眠れたのだったが、やはり体調が悪かったのか、久しぶりに持病のパニック障害で起きる異常睡眠で気が付いたら6日の午前一時だった。約束を完全にすっぽかしてしまい、携帯に着信が二桁あって、ああ、と深夜に泣きたくなる。それから少し気持ちを戻して、溜まったメールの返信などをしていると、どうやら今、5つほどやらねばならないことを並行して抱えていることに気が付き、まずい! と慌て、消化すべく、ローソンで水や食料を買い込んで作業を開始する。3時間ほど作業し、とりあえず一つ形にして、スケジュールを確認、整頓する。続けて、年末に購入していた岡田利規の小説『わたしたちに許された特別な時間の終わり』の中から『三月の5日間』を読み、刺激を受け、聴きたくなった『ダージリン急行』のサントラを今聴いている。
とりあえず今年の稽古初めである明後日までに台詞を覚え切らないと。webの会議に備えた準備もしないといけないし、フライヤー制作のため印刷屋と打ち合わせ、そしてその後の作業もそれほど時間に猶予がない。
するべき作業、仕事、考えることは山積しているが、わかりやすい収入のあるバイトの仕事は今月、全然無いのだった。年始から切羽詰まっている。全て俺の判断だ。特別間違っているとは思っていないが、社会との兼ね合いは全く出来ていない。ある視点からすれば、俺の判断は全て間違っていると断言できるだろう。そして俺はその視点のことを良く知っているつもりだ。だからこそこうなっている。とりあえずこれで、行けるところまで。無尽蔵の退屈と無尽蔵の欲望の対決を見届けるには、この方法しか思い浮かばないのだった。

2日は焼きそばを食したことくらいしか思い出せない空虚な日だったので、3日のことから。
夕方から初詣に。田中神社と下鴨神社。我が家は田中野神町というところにあるので、田中の神様には挨拶に行かねばならなかったし、気分を出すために大きなところも行こうと下鴨神社。同居人がお守りを買ってくれる。
夜の浅い頃、今野くんと和加子さん、その友人の純平くんが来京したので、chikinの山村を含めて5人でボーリングに繰り出した。写真はその場所、「京劇ドリームボウル」だが、1日未明にも来ているので、三が日で早くも二度目の来訪。「COCON烏丸」にある天天有の支店で腹ごしらえし(待ち合わせのため連絡を取ると、和加子さんが「コクーンに居る」と繰り返し言うのだったが、なんだコクーンって、としばらくなり、その後、彼女の勘違いに気が付く。3年ほど名前を間違っていたらしい)、投球へ。6ゲーム投げ深夜1時。元旦に続き最後の客。我が家に移動し、朝まで今野くん、純平くんと話し、三人は帰って行った。おかげで良い正月だった。
本日4日。夜の浅い頃、昨日に続き街へ。年末から予定が決まっていた『西山真来はなぜこうなってしまったのか』の面々でのカラオケへ。俺ひとり音痴で、皆、歌が非常にうまい。いや、まあうまいだろうと思っていたけれども、本当に上手。西村さんの歌った『キューティーハニー』は見事! だったが、不幸なことに俺が『キューティーハニー』で連想するのはchikinのトミーが歌うそれである。俺の周囲には役者が多く、そうなると当然、皆歌が得意なので、トミーは希少な音痴友達なのだが、トミーの歌う「ハニーフラッシュ」は(笑福亭)仁鶴かよ! というような様相で大爆笑で、「ふざけるな」という罵声が飛んだこともあった。とはいえどちらの「ハニーフラッシュ」も魅力的なのだった。俺は「ハニーフラッシュ」に恵まれている。あと、坂東さんが歌われた中島みゆきの『あの娘』は知らない歌だったが、とても良かった。全く、音楽を愛するものとしては、良い歌を、ああ良い歌だな、と思わせるように歌えることを祈るばかりだが、まあ、俺にはきっと無理だろうな。
さて、愉快なそれを終えて外に出ると雨。マクドで雨宿りし、帰宅は午前様だ。本当に金が無いのに遊び惚けてしまった年末年始。というのもどういう都合だか、今月は勤め先の給料日が10日もいつもの日から遅れるのだった。困ったなあ。完全に困窮している。そのうえ、振り返れば2009年は金のことばかり考えていた年で、今年はもうそれが嫌で、優先順位を下げるつもりな俺である。破産するんじゃねえかな、と不穏な年始の日記だが、なぜだか久しぶりに展望は明るくわくわくしている次第である。
謹賀新年。
2009年12月31日。日が暮れた頃、今野くんと和加子さんが来訪。ピザを取り、我が家で年を越す。新年、夜通し運行している京阪電車に乗り、ボーリング場に。閉店の午前5時に店を後にし、再び我が家。午前9時頃に就寝。
二人はまた3日に来てくれるとのことで別れ、元旦の本日は実家に帰った。正月っぽいものが食いたかったのだった。
語らい、ボーリングをし、眠って元旦。実家で雑煮を食い、帰宅して猫と炬燵。静かな正月である。