February 2012
27日、月曜日。数年前とあるバイトを始め、その給与は京都中央信用金庫の口座にしか振り込まれないとのことで口座を開くも、とつぜん『Melody♡Cup』という舞台に出ることになったため二ヶ月ほどで辞めてしまい使いみちを失ったその通帳をとある用途で使おうと京都中央信用金庫に行き記帳すると、振り込まれていたことに気付いていなかった給与が15,000円あり、ラッキー、と通りかかったレブン書房でうしじまいい肉がカバー写真の『21世紀のための吾妻ひでお』を購入。
28日、火曜日。夕方、梅田のTHE SALONで野久保(恵美)さんに髪を切ってもらう。
29日、水曜日。朝、妹の誕生日は今月の15日だったのだけれども、それのために、と注文していたSophie Calle『Double Game』がようやっと届いたので、夜、妹の住む実家に帰ることにし、昼過ぎに街に出て大金を使い、実家で妹にプレゼントを渡し、回転寿司を食い、午前0時頃帰宅。
これといって盛り上がることもない日々である。特に書き残したいこともない。街に行き、ひとりぶらぶらと歩き、「ほんとうになにも欲しい物が無い」と気付き、呆然としたというか、参ったなあ……、と。……ちょっと、いろいろ真剣に考えないといけない。
ぼんやりとしていたら、日記が4日も空いていた。なにも思い出せない気がするが、とりあえず21日。火曜日……、うーん、こういう時のためのTwitterだ、と21日のツイートを見ると南波典子さんから結婚のお祝いの言葉を頂き、それに答えたツイートしかなかった。大学で映像と舞台を併せ持った学科の、映像のコースに通っていたため、なんとなく演劇のことを知っているような感じになりつつ4回生の時だったかな、大学にある劇場で『トーキョー/不在/ハムレット』を2回観た。それで大興奮で、ああ、おもしろいとなり、で、その時からそれに出演されていた南波典子さんのファンなのだけれども、いまもなお直接お話したことは無いのだけれども(俺が人見知りなので。ものすごく近くでお見かけしたことは何度かある)、大学を卒業してからのなんやかやの活動のおかげでお祝いの言葉を頂けたのだなあ、と喜ぶ。
で、日記だが、うーん……。あ、Facebookで「M.I.Aのサイトがかっこいい」とリンクを貼っていた。『Bad Girls』のPVが公開されたからだな。あとは、忘却。
22日。この日は、夕方に花本有加×松木萌『ENJOY?』の稽古場に行った。フライヤーを担当させてもらったのと、あと、公演のアフタートークを依頼されたからだ。で……、Twitterで「雨降る感じでクラクラしてきたナ。天気予報通り夜には降るナ。」とつぶやいていて、その通りになった。
23日。雨が止んだので、散歩に。出町ふたばで豆餅を買って鴨川沿いで食って、ライターを無くしたんだった。そうそう、俺、財布を落としたこととか無いし、基本的に物の扱い、置き場所とかそういうののルーティンを作る癖があるから、あまり物を無くさないのだけれども、ライターだけは別。このことも何度か書いた気がするな。ライターだけは無くすから、ある時からBicのJ5しか使わないようにしていたのだけれども、それは全部使い切っていた……。あと、一昨年、誕生日に(橋本)和加子さんから素敵なガスライターをもらったのだけれども、それは調子が悪くなってしまったので、いまは引き出しにある。で、日常的にガンガン使う用途で、初めてZippo(いちばんオーソドックスなそれ)を買い、それが無くなった。どこかのベンチだろうな。Zippoはシンプルなものはすごく安く手に入るので、消耗品の感覚もあり、それほど落ち込まない。
24日。昼過ぎ、一応、と思い交番に落とし物が無いか訊ねに行く。無かった。青山景『THE DOG RACE』。そして『僕の小規模な生活』6巻。「回想編」の、かなり精神的に危険と思われる筆致を堪能。
さて、19日の日記は書かれていないので順序が逆になるが、先ず、光市母子殺害事件の被告の死刑が確定したことについて。
もう13年も経つのか……。俺は一時期、死刑について考えあぐねた時期があったのだけれども、いまははっきりとしていて、死刑という刑は無くなるべきだと思っている。そのことについてはきっと長くなるしまとまらないだろうから今日は端的に述べるが、つまり、生きていないとなにもできないからだ。
で、Twitterでフォロワーの方がリツイートしていたため目に入ったツイートに、「被害者(遺族)の感情が量刑に影響するというのがどうもおかしいと思えてならない」という内容の記述があり、この方はどうやら死刑判決が不服のようだったが、それはともかく、こういった死刑反対派の「何言ってんの?」とならざるを得ない低いレベルのツイートをその他含め幾つか読み、そしてもう13年も経つのか……、本村洋さんの姿は幾度となくテレビで見た、いつも強く極刑を願っていた、そして結果は願い通り死刑の判決、なんて救いの無いことが起きているのか、と暗い気持ちになる。
俺も家族が殺されたりしたら、加害者の死を願うかもしれない。だからこそ、死刑なんてものは無いほうが良いと思う。
日記を。19日。朝からひどい頭痛。頭痛薬を呑みいちど治まったが、すぐにまた頭痛があり、外はとても寒いし、何もできない一日。20日。数日、スピッツの『おっぱい』ばかり聴いている。朝、高専の同級生が、どういう経緯か、俺が大学2回生の時に書き、卒業制作にした小説を読んだとのツイートが目に入り、その中の「かなり面白かった。4時間弱で読んだけど、彼のかけた時間を思うとお金払わなあかんなって気持ちになる。機会があれば奢ろう。」という言葉がとても嬉しかった。もう7年も前に書いたもので、自分でも何がどうなるのだったかおぼろげなのだが、とにかく自分なりの「エンターテインメント小説」を書こうとしたものだったので、読むのに4時間もかかる代物を読了し、面白いと言ってもらえたのが何より嬉しい。
夜、WilD90のデザインを少し変える。
17日。夜、原恵一『Colorful』をDVDで。何度もレンタルしようとして、その時々、貸し出し中で、一度はレンタルできたのだけれども事情によって観ることができなかった。とにかくTSUTAYAの入荷本数が少なく、新作時3本、その後は1本で、唯一のそれは時折思い出して探してもずっと貸し出し中だった。おかしなことだと思う。傑作しか作ってこなかった監督だ。『河童のクゥと夏休み』の次だぜ。
ようやく観ることができたのだった。とても良かった。たぶん、原恵一という人はとても怖くて、敵の多い人なのだろうと勝手に思う。そうじゃないと、こんな素晴らしいものは作れない。
そういえば今日、「感じ」について考えていた。「感じ」は、「論理」に簡単に負ける。なぜなら、ほとんどの土俵は「論理」のものだからだ。社会は、簡易な「論理」の土俵だから、「感じ」は負けやすい。逆に「感じ」が磁場を形成すれば、「論理」はのれんに腕押しになる。
「感じ」と「論理」を磁極に例えれば、ふたつはすぐにくっつき動きは無くなる。だから、特定の磁極しか持たない、それはファッションなのだけれども、自分と社会の狭間に特定のそれしか置かない場合、くっついて動かなくなるか、離れるかのどちらか。「感じ」と「論理」を併せ持つ物同士が対峙すれば、お互いとそれぞれの中に動きが生まれる。複雑で、見たことのないような。それは恋愛のようなものだ。恋愛が仮に、後々「簡易な論理の土俵」上で「感じ」と「論理」とはまた別の磁極を形成すれば、それは恋愛から脱し、また別のものとなるだろう。それがいかなるものかはまた別の話で、恋愛について続ければ、それはやはり不安定で、だからこそのそれである。「感じ」と「論理」のどちらにも、基本的な優位性は存在しない状態である。そこでの事がゲームだったらつまんなくて、殺し合いだったらおもしろいということ。殺せない、って状態が人に生まれるから。ゲームだとそうならない。
なるほど。
で、何の話だったか。原恵一のことだった。だからたぶん、そこから連想したことを書いて勝手に納得したのが上のパラグラフだけれども、補足……、はいいか。
18日。未明の頃から雪は降っていたようだった。朝、窓を開けると積もっていた。飼い猫が外を見たがるので開けていたが、凍えそうに寒かった。
15時頃、USTREAMで、ももいろクローバーZの大阪の三角公園でのゲリラライブを見る。
夜、ラーメンを食いに行く途中でATMに寄るとみずほ銀行のそれの、週にその時だけの使えない時間で、困る。財布には650円と1円玉が何枚かしか無かったので、ラーメンとライスを頼むのは難しい、となり、仕方なく、ほんとうに残念な気持ちでなか卯に行き、親子丼(大)550円を食う。残りの金で、100円均一でスナック菓子を買い、家にあったコーラを。

15日。妹の敦子の誕生日。で、この日は何か特別なことをしただろうか。昨日のことなのに……。あれ、昨日? ……小説のメモは少しあるけど……。
16日。夕方、街に。会食。楽しかった。帰宅して深夜、青山真治『東京公園』をDVDで。小西真奈美のあるカットに殺されるかと思った。なぜか黒沢清『叫』の小西真奈美を思い出した。なんだろう、小西真奈美……。あそこからの数カットのエロスがとてつもない。
で、すごく良かった。変で。劇場で観たかったな。それから5時くらいまで仕事をして、いま日記を付けている。AM5:49。
13日。夕方、二月十一日(土)付の「偽文士日碌」を読み、しまった、と家を飛び出し雨の左京区を歩く。先ずカナート2Fの本屋。無い。丸山書店があれば……、と思いながら、元田中駅前のきっとエロ関連で生計を立てている本屋に。無い。で、最後に、と行った百万遍のレブン書房で最後の一冊を発見。安堵する。「新潮 2012年3月号」。
帰って早速、筒井康隆『不在』を読む。で、この日は、中村一義『運命』のPVがスペースシャワーTVで放映されていたものを録画し、何かの動画共有サイトにアップロードされていたものを見つけていたので、それを延々リピート再生していた。
10年以上前と、わくわくさせてくれる人が同じ。泣ける。若返った気分。
夜、トミー(佳美)が来る。Illustratorを教えてくれとのこと。基礎中の基礎から教えていくが、仕事終わりのトミー(佳美)は疲れもあって途中で諦め顔。「デザイナーの人はこんなこと毎日してるのか、大変やな」とのこと。俺だっていきなりタイ料理(トミーはタイ料理屋で働いている)作れないよ。どれだけの時間、勉強し手を動かし習得した技術だと思っているのか。ふつうの人が難しいと思うことをさくさくできるから、プロはプロなんだ。で、14日がバレンタイン・デーということでお礼にチョコレートをもらった。山村(麻由美)もくれた。ありがとう。
トミーが帰り深夜2時。『ノイノイ アンド ヌルヌル — 惑星』の続きを書く。想像していたより書くのが難しい。まだ全部で5,000字しか書けていない……。60,000字分くらいのアイデアは溜まっているのだが……。
14日。夕方、このところ新譜を発売日を意識して購入することがほとんど無かったため、発売日の前日には店頭に並んでいることを忘れていた。慌てて家を飛び出し曇り空の左京区。カナート2FのHMVで中村一義『運命/ウソを暴け!』。『ウソを暴け!』にピンとこなかった俺だが、Twitterで『運命』のPVへのリンクを見つけ、ふらり、そして、ガツン! まさかのブレイクビーツ。完全に『太陽』的な感じになってるのかと思っていた浅はかな俺。『太陽』はもちろん名盤だが、俺は『ERA』がやっぱり好きなのだった。で、だからって『ERA』だ、ってわけじゃない。……リミックス・アルバムなんかより、5thを出して欲しい……。ああ。
10年以上前と、わくわくさせてくれる人が同じ。泣ける。若返った気分。違うことはといえば、自分がいま書いているものがぶっ壊れないってこと。10年前は、「こんな傑作があるのに、こんなもの書いても……」ってなってた。いまは違う。壊れない。やることはある。
めばちこはましになったけど、胃が痛い。ここ数ヶ月、胃の調子が悪い。なので、この間、病院に行った時、しばらく前に処方をやめてもらっていたプロテカジンという胃の薬をまた出してもらう。でも、胃の調子が悪く無い時は飲み忘れるので、常に対処が後手後手であり、胃が痛くなって苛々している。
昨晩、『ノイノイ アンド ヌルヌル — 惑星』の流れがずいぶん先まで見えたので、夜、書き進め始めたのだけれども、胃が痛くて集中出来なくてやめた。苛々する。だいたい、わけのわからないものを、なんだかわからない確信で書き進めるのだから、苛々しているわけにはいかない。それで、書き足した部分と、僅かに修正した幾つかの部分、全て消そうと思うも、どこをどう直したかつぶさに振り返る根気が胃痛のせいでない。苛々して諦めてしまいそうになったが、俺は「Pages」で横書きで書いているのだけれども、それの機能にタイムマシーンのようなものがあることを発見し、初めて使ったのだけれども、今日の、そのファイルを開いた時に難なく遡ることができた。で、その画面がなんだかかっこよかった。ハイテク感丸出しでダサかっこよかった。なんていうか、このイメージは、悪く無いのだった。視覚的な、こういう時間感覚。別段、なにか新鮮というわけではないのだけれども、画面に、ヌッとイメージが現れるとなると、ちょっと話が違う。

いまは、12日の未明である。
ここ3日くらい左目が痛い。めばちこかな。10日。夕方、街に買い物に。深夜、宇野(恵理子)ちゃんが呑んでご機嫌な様子で家に来たので、朝まで話していた。
11日。もうそろそろ目の痛みも治まって良い頃だと思うのだけれども、そうはならず、コンピュータの画面を見、鈍く痛いので苛々する。深夜、気分転換にしばらく触っていなかったギタレレ(YAMAHA「GL-1」)の弦を張り替えるも、ひさしぶりに触ったギタレレは思いがけず音が響いて、チューニングだけし、張りたてだから明日またやり直して触ろう、と机の横に立てかけ、ぼんやり。
日記くらい付けようかな、と思い立ち、ところで去年の同日は何をしていたのかページを繰ると、『Melody♡Cup』の本番前日だったようで驚いた。なぜ驚いたのかというと、3・11があって、それのせいで時間の圧縮や引き延ばしが体感にあって、だからなんというか、まだ1年しか経っていないのか、と。
むかし、交通事故にあって腕を骨折したことがあるのだけれども、ああいう瞬間はよくスローモーションのようと例えられるけど、確かにそんな感じで記憶はあって、それと同じような理由の、スローモーションなのかしらと思う。
『絶対わからない』や『ジャパン・シンドローム~関西編』があったのはそれぞれ6月と9月だけれども、いまとなっては自分が舞台に立って台詞を話すなんてことをしていた時のその感じ、というか、なぜそれをしていたのかは思い出せないのだった。
いま、自分が何を考えて、何を見ているのかよくわからないところがある。夢は良く見る。きっと、いまのこのだらしない感じに飽き飽きするとき、いまのもやのかかった何かが塊となってごろっと体から出て来る、そういうイメージがある。その時はすこし楽しいだろう。でも、また繰り返す。そういう感じで、毎日毎日。
そういえば、去年の同日の周辺の日記を読んでいて思い出したのは、チェルフィッチュ『ゾウガメのソニックライフ』がすごく面白かったことだ。だから、次回作『現在地』も観たほうがよい気がすこししている。こういう、偶然思い出して、の勘のようなもの、は大切にしたほうが良い気がしている。
さて、相馬(称)さんが「おめでとう」という日記を書いてくださった。ありがとうございます。今月2日に入籍したことに関しては、俺の記憶よりも相馬さんのそれほど長く無いその日記のほうが詳しい。「そうだったそうだった」となる。
2日の日記は、なんというか、何かの検索ワードに引っ掛かったりとかそういう偶発的な事例をのぞいて、いちばんアクセスの多かった日記だったと思う。とくべつ多いといっても、俺のなんの一貫性の無い(あるとすれば、ただただその日の気分を最優先しているということくらい)、不親切な日記などを読んで下さる方も稀なので、ユニークユーザー数が約120のその日がいちばんなのだった。で、その方たちからすれば、その後書かれている俺のどうだって良い日記よりも、「結婚的」な何かが書かれることを期待されているのではないかと推測はするのだが、申し訳ないことにそういったことは何も無いので、こんな感じになっている。
なにしろ、寒いからなあ。もう少し暖かくなればなにか考えるかもしれないけど、いまは寒い。石油ストーブも、灯油を買い忘れたせいでいまは使えないから、ほんとに寒い。寒いから肩も凝って首も痛いし、めばちこだし。
昼過ぎ、5日に発注したポートフォリオが思ったよりも早く届いた。簡単に作れて、場合によれば差し上げる目論見で作ったのは、lifehackerの記事で、TOLOTというサービスのことを知ったからだ。
で、届いて確認。文庫本サイズのフォトブックを作ることができるというサービスなのだけれども、ポートフォリオに良いなと考えたのは、大きさと64ページというページ数。で、Photoshopで作成したjpegデータの場合、サイトに推奨のサイズの記載があったのでその通りにした。オンデマンド印刷に決まっているが、そのことは特に気にはならなかったものの、推奨の解像度が72dpiなことが気がかりだった。オフセット印刷だと350dpi以上で入稿するから、ディスプレイ用の解像度で?と。で、色は良かったのだけれども、やっぱ粗かった。単純に150dpiくらいで入稿したら違ったんじゃねえか、と思いつつ、まあでも、用途としては必要十分、いろいろと欲を言えばきりがない。
で、一度に4部しか注文できないのだけれども、仕事を紹介したいと言ってくれているchikinの3人に渡したので、もう1部しかない。すぐ追加発注。「なぜ、もっとはやく作らなかったのか」と叱責を受ける。ほんとだよ。


ぐずついた天候。16時過ぎ、駅前の店で打ち合わせ。17時に京阪に乗る。毎月一度の通院。なぜ月に一度なのかというと、服用している薬がひと月ぶんしか処方されないからだ。もう8年以上になる。約100回通っているということか。一度で電車賃も含めて8,000円くらいになるから、たいへんな額だ。それに、奨学金の返済もあるし、家賃、光熱費に通信費……、生きていくのは大変お金がかかる。
さて、そういったパニック障害の話だが、ひとに伝わり難い病状なこともあり、近しい人に言えることとといえば、しんどそうにしていても、別段、大したことはないから心配しないでくれ、というようなことくらい。それでどうするかというと、過去に経験した辛い状態に関して、すべてに答えを用意するということになる。たとえば電車に乗って、ひどく息苦しくなる。さて、どうするか。患いはじめは、ここで苦しいから焦るわけだが、もう、焦る事、それが良く無いことは知っているので、落ち着くことにする。息苦しいが、仕方ない。死ぬわけでもない。せいぜい倒れるくらい。で、せいぜい倒れるくらい、とか考え出すとあまりよくない。あ、息苦しいな、となったらやることを決めておく。例えば俺は、そういうとき肩や首が緊張状態にあることを知っているから、息を吐いて、手にある合谷というつぼを押す。目は閉じないほうが良い。できるだけ、その状態から気が逸れたほうが良いからで、なにかどうでも良いものを眺めるほうがよい。何か飲み物を持っていれば、口にするが良いだろう。
と、いうようなあれこれが無数にある。8年かけて蓄積された。その間に、緊張感のある仕事もしていたし、舞台にも立っていた。上演回数で言えば、数十回になるだろう。緊張するとよくないので、自分でもどうやったのかよくわからないが、舞台に立ってもほとんど緊張しないようになってしまった。そして、なんというか、その状況や緊張感、不安に意識を取られるとまずいので(たとえば合谷なんて押してられないわけだから)そこでやるべきことしか考えない(アドリブがきかないってわけじゃない。場合によってはアドリブもまた、そこでやるべきことのパターンのひとつに内包しなくてはならない。不慮の事態、というのを、想定しておかなければいけない)。いつのまにか、そうなっていた。
そしてもちろん、日常の身体も変化した。自分の細かい動作に、敏感になった。もともと神経質だから、よりそうなったというべきか。右の頬の筋肉が緊張している、とふと気付くと、蓄積した術を使って、その緊張をほどく。ずっとそんなふうなことをしている。
文字に起こすと大変なことをしているようだが、体で覚えたことなのでそうでもない。でも、ふりかえり、それが原因でずいぶん自分が変わったと思ったのだった。今日の、帰りの電車で思ったのだった。なんか、たとえば、吃驚する、ってことがほんとうに無い。あえて言葉で言えば、不慮の事態、という想定の事態になった、と捉えて消化するというか……。あと、服用する薬の影響だと思っているのだけれども、10代の時、毎日幾つも覚えていた夢を、忘れてしまうようになった。それから、大きな音で音楽を聴きながら歩いていると息苦しくなることが時折あったので、外で音楽を聴くことが減った。
まあ、体に異変が起きたのだから、いろいろと変わって当然なのだけれども、それにしても俺はポジティブというか、自分でもなんだそれ、と思うが、そういう負荷が体に発生したからこそ、たとえば舞台上で成し得たこともあったと思っていたりするのだった。
一昨年、渋谷屋根裏でバストリオの『ガール・プロブレム』というパフォーマンスを上演したのだけれども、冒頭に俺ひとりのシーンがあって、小屋にある自販機でコカコーラを買い、飲みながら台詞を発し、動き、電話に出て話し、そのまま7分ほど台詞を発しながら8つのキャンドルに火を点け、あるタイミングでコカコーラを飲み干し、缶を踏みつぶして捨て、たしか音楽の終わりのタイミングで舞台に置いてあるネクタイを締め終えなければならなかったと思うのだけれども、ややこしかったので、まず適切な動きを稽古し、ある程度理解しフィックスしたら、ポイント事に(そのシーンでは途中からずっと抽象的な感じの音楽が流れていたのだけれども)その時の音を覚え、何かを積み重ねるように。そしてチューニング。どういった狂いが生じるかも知っておく。また言葉にすると大袈裟だが、そういうあれこれをしたので、本番近くになって体調がずいぶん落ち込んだものの、そのシーンはわりと平気だった。ただ、最後にわざと喉を潰して叫ぶように台詞を発するところがあって、体調が悪いと、交感神経か副交感神経か、とりあえずそういうのの調子が悪くなってるので、胃も割とダメになっていて、だからすぐにえずいてしまうのだった。喉をしぼっちゃうと、もうダメ。振り返っても情けないことだが、最後の稽古では、その台詞をまともに発せなかったと思う。
本番は問題なかった。乗打ちという形だったから、疲労困憊で、調子も悪く朝から何も食べられなかったが、大丈夫だった。で、長々と書いておいて、申し訳ない締めなのだが、それがなぜなのかはよくわからない。なんでできたのか、あんまり考えてなかった。なんだろう……。いろいろと不慮の事態は想像していたわけだが、台詞を発せないなんてことは考えなかったのだった。まったく莫迦で良かったという話だと、そう思うのだけれども……。
何の話をしようとしていたのだったか。そうだ。もちろんパニック障害は治って欲しいのだけれども、方法さえ工夫すれば新しいなにかもまた手にできるということである。
……なんか違うな。そんないい話的なことじゃなかったはず。まあいいか、そういうかんじになったなら。ただまあ、お金はかかるしなあ、そもそもしんどいの、嫌っていうか、いい加減飽きたよ。たまに昏睡状態みたいになって眠ってしまい(寝ている間に薬がきれた状態)、バイトに8時間遅刻したことだってあったよ。1回とかじゃねえよ。休めよもう、って話だけど、その職場、バイトの俺にしか出来ない仕事がいっぱいあったんだよ。8時間遅刻してるから時給も出ないのにやってたよ仕事を、俺は。で、ダメだ、勤め人はむずかしい、迷惑かけちゃう、ってことで自営業のためにウェブのこととか勉強したんだ。
小説だって、大学の卒業制作が350枚のそれで、つまりはまあ、それでやっていきたいってことだったんだが、でも、結構、夢ってのが大事な要素だったのに、夢、覚えられなくなっちゃったから、ほんと途方に暮れた。何年も書き方を模索して、去年、ようやくわかったんだ。このやり方なら書けるって。去年だよ!わかったの。書きたいんだよな。やりたいんだよ。どうしても。
なんでこんなこと書いちゃったんだろう。長いし。とにかく、なんだ、言い訳ほどくだらないものは無いって話かな。まあ、筆がすべりまくった日記ということで。もう閉じよう。おしっこしたいし。
もう一度『シルビアのいる街で』を観たいと思うも、もうTSUTAYAに返却してしまったのだった。
雨が降っていた。
ところで、作品を作り続ける人と作るのをやめた人というのは、あっという間に乖離してしまう。手を替え品を替え、夜行バスに乗って、金に困って、なんだかんだで作り続けてきて、疲れたようでなにもしていないから疲れてもなくて、ただただ考えてる。
腹が立つこと、悲しいこと、好きなこと、千は挙げられる。嫌いなこと、罵詈雑言、みたいもの、タンバリンだってバイオリンだってナイフだって千は。
俺がしっかりやってるかは、俺は知らない。だけど、もっとがんばれよ、勉強しろよ、考えろよ、と人には思う。当たり前のことだと思う。全然おもしろくない。びっくりするくらい簡単に全部捨てられる。ここじゃない。
慎重になんてまったくならない。冷静なだけ。
3日。19時ごろに仕事を切り上げ、風呂を浴びるつもりがうたた寝してしまい、電話で起き、吉田神社の節分祭に。燃やしてもらうためのしめ縄は忘れなかった。
4日。土曜日。時間が出来たのでポートフォリオを作ろうと終日作業。データをまとめるだけでくたくたになる。夜、ニイ(ユミコ)さんから、映像のとある技術の質問に答えるためSkype。うまくいっただろうか。
5日。日曜日。なんだか足が痛くて目が覚める。引き続きポートフォリオ制作。The 2 Bears『Be Strong』をくりかえし聴いていた。日付が変わる頃、ようやく完成。ページ数の関係から随分削った。しかし、自分が過去に作ったものをまとめるというのはつまらない作業だ。それで敬遠していたのだったが、必要に迫られたため一念発起。
深夜、DVDで『シルビアのいる街で』。なんども吹き出す。すごく良かった。途中で、なぜか、「高田純次が映画を撮ったら、こういうのになるのでは?」と思い、それからは高田純次監督作品として観てしまった。
その後、ふと、盲目の人はどういうタイミングで尻を拭くのを止めるのだろう、と思う。
日記である。午前11時過ぎ、同居人に起こされ起床。ドーナツを2個食べ、風呂に入り、最近移転した左京区役所に。というのも、随分以前から、今日、同居人との婚姻届を出すということに決まっていたのだった。昨日、2月1日で付き合って丸7年になったのだが、なんというか、俺は金も無いし、結婚って言ってもなあ、とずっと思っていたのだったが、じゃあ、いつになれば結婚なのか、そんなタイミングはいずれやってくるのか? と自問し、まあ、来ないだろうな、と思い、じゃあいつだって同じだなあとなり、結婚することにしたのだった。
同居人、というかもう妻ということになるのか、よくわからないが、まあ山村(麻由美)なのだが、山村が、付き合い始めた日が2月1日なので、(婚姻届を出すのは)どうせなら同じ日にしてしまえばどうか、と提案し、それで良いよ、となっていたのだったが、どうやら1日は仏滅だったらしく、どうせいつだって良かったのにわざわざ仏滅にすることもないのではないか、となり、今日にしようと言われ、それで良いよ、と。
そんなわけで区役所に届けは受理され、帰宅し、小腹が空いていたので、ローソンで売っていたバカでかい、「40周年記念商品 カップヌードルキング」というのを食べる。
夜、山村家のみなさんに食事に誘っていただいたので、うまいものをたらふく食う。
29日、早朝、新宿に夜行バスで到着。ネットカフェで仮眠を取り、14時前に新宿眼科画廊に。バストリオ『Rock and Roll ―あなたにとって大切なのはココロ―』である。いままでずっと宣伝美術、出演、音響を手がけてきて、今回は宣伝美術だけだったので、初めて観ることになり、なんだか緊張していたのだった。マチネを。
感動して、いつになく力強く拍手。フライヤーを手がけたので、そのイメージから、やや詩的に語れば、静と動が脈打ちながら交差する。切り替わるのではなく、感触のある静と動はあるとき重なり、その時ココロは揺れて、波動が。で、それらが行われたのは、彼女たちと彼たちが、大袈裟でない、日常的恐怖を浴び、それを無視することなくそこで静と動を脈打たせていたからだった。それは、簡単なことではない。そして、戦う対象は、恐怖ではない。日常的恐怖、それはたとえば、夜行バスで京都から東京に向かっている時であれば、交通事故に遭わないかしら。うまくできるかしら。明日、起きられるかしら。不安と言い代えても良いかもしれない、そういう些細な。そういった性質のものは、減る事はなく、ただ増え続ける。あたらしい恐怖はどんどんと生まれる。震災以降で言えば、地震や放射能といった、より防御の難しい見えない、そしてとても強烈な恐怖が生まれた。だが、戦う対象は、恐怖ではない。それまでの不安、あたらしい恐怖と共存すること、その困難と対面することが彼女たちと彼たちの鼓動だった。そのために脈打つ静と動が交差する。それを見たのだった。だから感動した。「あなた」はとてもとおかった。だから動けないのだし、だけど動くのだった。そして震えるのだから、彼女たちと彼たちはそこにいた。
会場で、バストリオの前回公演『絶対わからない』で演出助手をつとめていた迫尻(弘)くんとひさしぶりに会った。嬉しかったなあ。その日はソワレも観る予定だったので、それまでの間、相馬(称)さんと劇場近くのDOUTORに。
次の日がソワレのみだったこともあり、公演に参加している面々と居酒屋に。
30日。チケットが完売していたので、来場した(太田)順子ちゃんや二村(香央里)さんと会うために劇場前に立っていた(ふたりとも、以前共演した方である)。少しの時間だったが、二人と話せてとても嬉しかった。で、キャンセル待ちが出たので、3回目の観劇。
終演後、夜行バスの時間があったので、みんなに挨拶もせず劇場を後にする。ほんとうに楽しい時間だった。書きたいことはもっとたくさんあるのだけれども、きりがないので簡単に。
31日。午後、用事で実家に。さすがに疲れが出て、ぐったりする。夜、少し仕事。明けて2月1日。昼飯は焼うどんで、夕飯はカレー。どちらも旨かった。