30|SAT
昼過ぎに設備の悪いスタジオでバンドの稽古。家に戻り、ホットドッグとカルボナーラを食べたら寝てしまった。そんなわけで数少ない合同稽古をすっぽかしてしまった。
明日はいよいよイベント当日。そんなわけで今月の日記は今日で終わりです。
それでは告知。
29|FRI
28日のことから。朝から仕事。風邪をひいてしまったのか熱っぽく、ふらふらとしながら働いていた。夕方の手前で仕事を終え、バイクのチェーンを交換しようとバイク屋に。チェーンの交換に幾らくらいかかるかと訊ねると、前後のスプロケットを交換してもそんなにならないんじゃないか? という値段を言われ、思わず「何で?」と言ってしまう。「何でって言われても……」と、ラーメン大好き小池さんみたいな見た目の店員が言うのでその場を立ち去る。次に訪ねた店はまともな店だったので、大体このくらいだろうと踏んでいた予算内でチェーンとブレーキワイヤーを交換できた。快適。その後、楽器の稽古だったのだが、風邪でしんどくて夜まで眠る。やや快復し再び稽古。
本日。雨が続く。昼過ぎに、雨の音で慌てて起きる。何故慌てたのか今ひとつ自分でもわからなかったのだったが、昨日バイクを修理したところだし雨ざらしになるのが嫌だったのかな、と思いとりあえずバイクにビニールのカバーをかけ家に戻ると、7階建ての家に住んでいて、その家が大雨で5階まで浸水してしまう夢を見たことを思い出す。京都造形芸大に行き、今月31日、明後日のイベントの合同稽古。終えて帰宅し、一人で楽器の稽古。それにしても未だにそのイベントで何をするのか決めかねている。全く何も準備していない。二日前にもなって何も考えていないとなると、それは大層良い加減な奴だと思われるだろうから、合同稽古の時は考えているふりをしていたが、実は何も決まっていない。もう、その日の雰囲気でなんか適当なことをやろう。とりあえず、明日明後日は楽器の稽古に集中しよう。風邪は思いのほか早く快復。テレビでやってた『舞妓Haaaan!!!』を何となく見たり見てなかったりやっぱり見たりしていたら、結局最後どうなったのかあんまりわからなかった。とうもろこしはおいしい。膝が痛い。足首も痛い。ところで、ほぼ日で来年の手帳のことが紹介されているが、その中にデザイナーの佐藤卓が語っているコンテンツがあって、その中の言葉が、極々真っ当で、普遍的価値のあるものだったため、引用する。
デザインに求められる役割って、
多くはそうじゃないんですよね。
思いっきり意識させる、逆なんです。
でも手帳のデザインに必要なのは、
もっと微妙なものだと思うんです。
僕自身が手帳を選ぶとしたら、罫線の細さとか色とか、
どこで罫線が止まっているかとか‥‥
もちろん僕はデザイナーだから
そういう、ごく細かいところまで見るんですが、
普通の人も、なんとなく、
でもちゃんと感じていることだと思います。
手帳の中にある、いろんな情報を受け取って、
そのトータルで、あ、これ、いい、って判断してる。
デザイナーはそれを言語化したり
分析したりするんですが、
それはプロだからわかるということではなく、
人はみな、それを感じているはずなんです。
デザインとは。「デザイナーはそれを言語化したり分析したりする」、つまり「何となく」な全てをできる限り明確にすることをデザインだとすれば、それはあらゆる分野で行うべき行為だ。「言葉にしてしまうとつまらない」と言いたければ言えば良いと思うが、それは実のところ逆に言葉への啓蒙だと思うし、端的に無責任だ。どんなにあがいたって、苦労したって、言葉にできないものは絶対的に存在するわけだから、とりあえず言葉にできることは全てしてしまえば良い。慎重に。丁寧に。それの反復で見えてくる「言葉にしてしまうとつまらない」否「言葉にしてしまうと、違う」を、静かに眺めることができれば美しい。
明後日のイベントで、「人と話すことの醍醐味」を語りたいのだが、そんなことが可能な身体を日常の中で俺は作ってこれたのか試してみたいのだが、考えれば考えるほど難しく、デザインは困難で、というか、突貫工事でデザインできることではないので、やはり、「もう、その日の雰囲気でなんか適当なことをやろう」なのだが、非常に……、まあいいか、無謀な……、まあいいか。とにかく、とある段階を経ての今、これから、自分だけが損している気分、をスマートに払拭できるシャープなデザインの身体を獲得するために、考え続けないと。余談だが、こんなことばかり考えて、それを毎日書いていると、フィクションの構築という作業に向かうモチベーションが全く沸かない。そういう流れが今あるから、仕方の無いことだと思うのだけれども、形に残る、名詞で呼べる、いわゆる「作品」がないというのはなかなか寂しい。この日記における「発見」の価値を個人的なものから、最小限の劣化で抑えて広いものに変える方法を考えなくちゃいけない。……ああそうか。俺は回り回ってまだこんなところにいるのか、と、今思った。
ところでZAZEN BOYSの新譜には期待している。
27|WED
午後から労働。その後、BACKBEATに行き、帰り路にミリオンで食事。帰宅し音作り。
ここ数日、一階のリビングを良い感じにしたくてたまらない。トラックを運転して(免許持ってないけど)コーナンに乗り付け、これでもかと木材を買いDIYしたい気分。
音楽を聴きながら自転車で遠くに行きたい気分(自転車持ってないけど)。ボーリングしたい気分。猥雑な気分。真面目な気分。月末のイベントで、少し真面目なことをしようかと考えている。でも、つまんねえなあ、それってありなの? なしなの? や、良いんじゃないか、がぐるぐる。当日はどんな気分だろうか。まあ、気分なんてあてにならないから、決め打ってしまうけれども。
ああ、なんだかわからないけど窮屈な気分。あえて言うようなあれじゃないけど、最近、涼しいよね。夏なのにちっとも猥雑な夜は無かったよ。朝が憎たらしい夜とか。朝が怖いくらいの夜とか。朝が来ないほうが幸せな夜とか。でも朝は来て、でもまたそんな夜繰り返しちゃったり。踊ってるうちに終わっちゃったり、欲で脳がギリギリ唸って、小学生レベルの計算式でばればれ、でも双方納得ってか、向こうもギリギリ唸ってっからそんなことは考えないよって、朝になって、加速度的に昨夜の距離は遠のいて。一人でぽつぽつ結局歩く。また別の夜は無いかなあなんて、朝日眩しい。寝ちゃうから関係ないけどね。起きたら夕暮れ。シャワー浴びて煙草喫ってる間に暗闇にって……。
壊滅的な自分の言う事聞いたら酷い目にあうってわかってるけどそんな壊滅的自分がいなくなるのも寂しいわけで、これは多分、つまらない振れ幅。その振れ幅が自分なのだけど。げらげら笑いながら不協和音を鳴らすことはできるけど、きっと演技になっちゃう。マジでそれやりたい、って思ってる時点で違うから。全く凡人だなあ……。
26|TUE
25日。日付が変わってしばらくしてのことから。同居人に買ったPowerMac G4の内蔵HDDがダメになってしまったのだが、ぎりぎり動いていたので俺の古いiPodにデータを全て移し起動Diskにする。わりと時間のかかる作業でほとんど徹夜。明けて出勤。夜、楽器の練習。
本日。休日。数年かけている眼鏡のフィッティングがずれてきたため、かなりシビアに攻めるフィッティングをしてくれる眼鏡屋opt.eyelandに。大阪は茨木市まではるばる行ったのだったが、当の眼鏡がかなり弱っていて、具体的に言えばフレームの成分の一つである酢酸が揮発しているために脆くなっているとのことだったが、そのためシビアなフィッティングには耐えられないだろうとのことで、少しテンプルを締めてもらうに留まる。別の店で購入した眼鏡を持参し、それもフィッティングをしてもらおうと思っていたのだったが、店主に断られる。残念だったが、行う仕事が見せる店のスタンスが、それを納得させるに十分だったため了承。その店主の選んだ眼鏡を、店主の腕で調整すれば、完璧にできるだけ近い掛け心地を実現させることができる。それがその店の仕事であり、それ以外であれば責任が持てないから断る。別にそんなことを言われたわけではないが、俺の解釈はそうで、それは尊重するに値する姿勢だし、別に正しいとか正しく無いとかの話ではないけれども、わかるから良い。店名以外は素晴らしい店。次の眼鏡を作る時もお世話になろう。
それで京都に戻り、月末のイベントに備えて楽器屋でシールドを何本か買い、回転寿司で夕食、自宅に戻り楽器の練習。深夜に終えて、給料が出るまで我慢していた『えの素 完全版 下 』を購入しに丸山書店へ。そして読む。天才だなあ……。そしてもう朝。青い朝が終わって、曇り空の黄色い朝。眠ろう。
24|SUN
終日労働。さらに労働後二時間ほど職場にいた。バイクの整備をしていたのだった。当たり前だが自転車屋だから工具が何から何まで揃っていて、何でもできるのが楽しくて仕方が無い。ああ、自転車が欲しい。これで自転車を買ってしまえば、休日でも職場に行ってしまいそうだ。そして自転車整備士の資格を取るために勉強してしまうのではないだろうか。すこぶる居心地のよい職場。通りを歩いても自転車ばかりに目がいってしまう。まったく端的に言ってはまってる。自由は技能によって得られるのだという初心を、思い出させてくれる。
23|SAT
昨日は終日労働。で、シフトの関係で突然今日が休日となった。ただただぐうたらしていた。
俺はこの日記で「過去を振り返る」ということをわりと肯定しているが、「だから言っただろ」というような発言においての振り返り方は、言わずもがなだが肯定のしようがない。「だから言っただろ」と言っている暇があるのならば、言葉はいらない、迅速に行動すれば良い。何をすれば良いのかわからなくなった鈍重な頭脳がもたらす言葉が「だから言っただろ」だ。そんな頭脳は要らない。結局のところ、当たり前のことをいうが過去を肯定しようとも、今と未来を肯定しなければ行動の選択肢はゼロだ。肯定したくない今にたびたび見舞われるのです。その度に賢くなれば良い。別に今、何が起きたってわけではないのだけれども。金が無くって、外は雨、欲しいものがたくさん。
まったくもってまるでメッセージ。メッセージなんて持ちたくないのに、それはそう、自分の性器が邪魔だと苛つくのと同じように、逃れられない苛立ちで、だけどメッセージなんてないぜとうそぶくのまた違って、メッセージはある、あるからこそ、あり方が、その作法こそが全て。鋼鉄の扉の前で煙草を燻らせて、押すでもない、正視するでもない。待っているでもない。考えている。煙草は、いつまでも燃えていられない。消える。それで次の煙草を手に取るのか、別の行動を取るのか。次の煙草を手に取って、また火を点けたって、いずれ煙草は底をつく。そしたらもう、煙草は喫えない。
その扉は勝手に開くのかもしれないとどこかで思っている。だからじっと煙草を喫っていられる。わりとそこは風通しが良いのかもね。だから佇んでいられる。じゃなきゃ煙で視界はかすむ一方だ。もう。どうだって良い例え話、まるで連想ゲームはやめよう。具体が前提にない抽象は無価値だ。
21|THU
珍しく2日分、日記が空いた。19日は13連勤の最終日。そして昨日は休日。これでもかとダラダラしてしまった。北京五輪、ソフトボール準決勝を白熱して観戦。投手の上野の精神力に感服。本日仕事。帰宅し、BACK BEATに少し行き、帰って来ると日本の金が決定していた。またも上野は完投したのだという。打撃もそれにしっかりと答えた見事な勝ちっぷり。素晴らしいね。五輪日記終わり。
劇団ひとりと巨大客船でアクションを繰り広げる夢を見た。夢日記終わり。
ところで外は涼しい。風もまた涼しい。日記に書く事がこれ以上思い浮かばず、パソコンの前でぼんやりとしてしまう。つまりは、「書かなくても良い」生活を、今送っているということなのだろう。「書かなくても良い生活」を送っている時に、どう書くか。それを知ったところで何も無いし、つまりプラスにもマイナスにもならないことだが、いや、もしかすればマイナスになるかもしれないが、ともかく書き続けないといけない。別に理由も目的も無いのだけれど。理由と目的は、場合によっては実のところ、酷く魅力に乏しい。そう書けば今月12日の日記と相反する気もするが、だからといってどちらが本意か結論を書けるようなことでもない。どちらも、そう思って書いただけ。無責任な感じ。だけどそれは責任問題を持ち出すようなことがらでも当然なくて、って「気持ちでわかってんなら、理屈で羽交い締めにしようとするの、やめろよ」。そうはいえど、まったくそうはいえどだ。だんだん、ふわふわと日記が肥大化している。もう寝よう。もっとシャープに書きたいね、日記を。無理だけど。
18|MON
朝一番に自転車のグリップ交換にやってきた理髪店の店主の自転車はサイケデリックなカラーリングで、それを交換する俺は生まれて初めて握力に皮膚がついてこないという現象に見舞われる。別に何でもない話なのだけれども、一円玉くらいの皮膚がずるっといった。一日痛い。手がかなり汚れる仕事だから、毎日何度もケミカルな洗剤で手を洗うのだけれども、痛くてそれもままならない。だけど愉快な労働時間だったのはなんだろう。「お店を成り立たせる」という愉楽が確かにある。「成り立たせる」愉楽というのは安っぽいようで真実でもあるのだろう。そうであることが色々なことを回している。歯車になる。出力までの構造は、程よくプリミティブであるのが素晴らしい。ブラックボックスは、必要悪なのだろう。シャッターを開けて、日差しがカッと来て、日が暮れてシャッターを閉じるのは好きだ。そして散り散りになって、また集まってシャッターを開ける。シャッターが開かなかったら、閉じなかったら、それは廃墟かコンビニだ。
最近の日記はわかりにくい隠喩で遊んでばかり。悪い手癖だ。ただ、反復の日々、批評と隠喩がなければ今夜もどこにも行けない。
伝統的な踊りを学ぶということは、なんだか美しいことに思う。
17|SUN
11日消化。あと2日。山場に思えた土日は大文字の送り火や雨で難なく消化。体は、上半身は筋力がついたから大丈夫だけど、膝や股関節にダメージが。送り火の時間の俺は閉店間際に駆け込んできた少年の自転車のパンクを直していた。帰宅してしまえば酒を呑んで電話を掛けるくらいしか。
本日もまた終日労働。夕方、旅に出るから自転車を整備して欲しいと大学生かな? がクロスバイクに跨がり来店。「明日から旅に出るんです」と男が言う。RISING SUN ROCK FES.2008 in EZOのサニーデイ・サービスのセットリストは以下だったという。
午前三時のセット。意外なセット。『旅の手帳』が演奏されたのだという。ところで俺は旅に出ない。小沢健二の『ぼくらが旅に出る理由』があってくるりの『ハイウェイ』がある。旅は終わるということを知ってしまって。本当は旅に出たくて仕方が無いのだろう。出れば良いか。国内、自転車で旅に出て、大体の場所はGoogleのストリートビューで見れてしまう、なんて身も蓋もない、とんまなことは言わないけれど、やはりどうも、どうしても、一人で旅に出る理由は無い。夏が来れば冬が恋しく、冬が来れば夏が恋しく。いやいや。通り道に食べ残しは醜いか。むしゃぶりついて骨だけになった過去を後に。その骨は腐る要素を持たずに美しくあり続けるだろうか。どっちだって良いか。つまらないことを書いてしまった。今夜は涼しい。
15|FRI
14は終日労働。本日午後三時まで労働。ようやく9日の消化。明日から13連勤の山場の土日です。
本日、またも午後三時以降の予定が無くなったため、昼寝。夜、goyaという沖縄料理の店で食事をし、帰宅後、オリヴィエ・アサイヤス監督『レディ アサシン』をDVDで。生真面目で、カメラもまたストイックに運動を撮り続ける映画だったのに、「変な映画だった。面白かった」と思ったのはなんだろう。すごく自分の中のチューニングに時間を要した映画だった。「すごくきつい状況が続く女の映画」だったのだけれども、画の焦点はかなりマクロだ。しかも、作家の意思というべきか、思惑というべきか、そういったものと少し離れた法則が、様々なマクロを無差別に捉えていた気がした。そして異質な感触が残った。「過去の言葉」に頼っていては追いつけない映画だったのか、それとも「過去の言葉」が足りないだけだったのか。恐らく答えは後者なのだろうけれども、だとすればどのような作品から言葉を拾っていけば良いのだろう。自分の無意識に膨大な課題を残された。だから変だと思ったのだね。そして面白かったことに感謝を。考える事、知る事は尽きない。
13|WED
終日労働でへとへと。昨日TSUTAYAでDVDを借りてきたのだったが、今日もたぶん観れない。
珍しく携帯に着信履歴があるから何かと思えば家賃の催促。なんだよ。俺の携帯電話の番号知ってる人はもっとそれを活用したら良いと思う。掛けて、俺が出れば俺は話を聞くし、何か言葉を話すだろう。そんな番号があるということ。コミュニケーションにおけるメディアの進化は逃げ腰だよ。今更なこと言うけどさ。「ふらっと足を向ける」という行動が生むロマンティシズムは数多くの表現でご存知だろう。大抵のものではそこに描かれているのは確かにファンタジーだけれども、現実においてもその部分だけ浮遊および断絶したような「錯覚」をもたらす時間は確かに「有る」のだし、それはライフラインの一つだから、もっとそれを求めれば良い。ただし求め方には厳しい作法があるのだけれども。
疲れていて何書いてんのかいまいちわかんないや。写真は今月末に行われるというイベントのフライヤー。今日、納品され、cossiが持って来てくれた。背景の写真はプールを水中撮影したもの。あんまりわかんないだろうな。難しい仕事だった。まったくもって自分でも感触が危うい作業だったのだ。イベント詳細は以下のblogを参照ください。
Blog URI http://toriotoko-sexy.blogspot.com/
12|TUE
終日労働。昼に、ワークシャツを忘れたため家に戻ると、いつも玄関から飛び出して来る猫のもきちが現れない。二階に上がると暑さでバテた感じで寝ているのでエアコンを点けて職場に戻る。そんな暑い日。自転車を持っていない自転車屋の店員になってもう二ヶ月と半分になるが、睡眠時間はそれ以前の半分ほどとなった。体が良く動く。夏だということもあるのだろうけれど、我ながら丈夫になったものだ。そんなわけで13連勤は無事6日を消化。
最近、たとえば仕事中などは思考から行動というよりも視界に入ったものに対してほぼ条件反射に行動しているから、言葉による思考の隙が無いし、そもそも言葉を仲介させていたら仕事にならないわけだが、それゆえに言葉で思考する、という、多分にノイジーで、それゆえ化学反応の起こりうる思考形態を取っている時間が以前に比べかなり減少していて、日記もなかなか蠢かない。これは別段、視界に対して言葉を介せずに動くことを批判しているわけではなく、むしろその「動き」とは動物的で優美なものだと思っているが、それによってシンブルになっていく自己の世界というものは、至って健全であるはずと同時に、現代においてはかなり脆いものなのではないかとも思う。いや、脆いと言ってしまうと少し違うだろうか。「弱い」に言い換えてみると、特に意味を果たすわけではないが、感じは近づくかもしれない。ただ、例えば演劇などにおいて、今弱いと言ってみせた「状態」に強度を見いだす動きなどはあるわけだし、それはある側面で現代的なのかもしれないが、今ひとつピンとこないのは、それが机上の空論のように思えてしまうからだ。「そんなこと、あるはずねえだろ」と、俺は諦めといった消極的な気持ちでではなく、口走ってしまう。「そいつはファンタジーだ」と。「意外とシンプルだよ、いろいろは」と「言いたい」欲望はわからないでもないが、複雑なものは複雑だ! 「複雑は複雑」。それは、まだ名前の無いなんらかのマッチョイズムに対する反論の言葉なのかもしれない。ただ、まだ誰にも響かないのかも知れない言葉。さっきから「かも」が多いな。解像度が低い。で、でも、「複雑は複雑」の「複雑」を構成しているのは「単純」な要素たちだと思う。ただ、極めて量が多いのだろう。そして、繋がり方が時間という存在を恨みたくなるくらい、混沌としているのだ。だから、やはり「言葉」という飛び道具は要る。言葉によって限り有る時間をできる限り駆け抜けねばならないのだ。それは裏技などではなく、鍛錬が生む道具だ。錆びても、無駄に使ってもいけない道具。ましてや、悪用などもってのほかだ。この道具を磨く方法はあまたあるだろうが、それにより導かれる効果はどれも同じだろう。そしてそのシンプルには、きっと強度が備わっている。
11|MON
午後三時まで労働後、予定があったためその時刻までの労働だったのだがそれがキャンセルとなり、先月行った沖縄土産の賞味期限が迫っていたことから実家に帰省。
実家でまったり。CDを大量にレンタルし帰宅。
発売日がいつだったのかは知らないのだけれども、Perfumeとチャットモンチー、ガールズ3ピースニューシングル対決(『love the world』と『風吹けば恋』)はPerfumeに軍配。攻めてるね、Perfume。チャットモンチーは『ヒラヒラヒラク秘密ノ扉』に比べると明らかにクオリティが下がってる。アルバムは期待してるけど。それにしてもサマソニのPerfume、観たかったなあ。
昨日、Bloggerを使って作ったBlogが動き出したので宣伝。
Blog URI http://toriotoko-sexy.blogspot.com/
以下、Blogから情報引用。
■鳥男Presents vol.1
「水着のあとがやけにセクシー」■出演
・chikin
・夕暮れ社 弱男ユニット
・京極朋彦
・舟木りえ+上野りり
・ドルチャンズ
・ザ・ゴールデンウィークス
・児玉悟之■日時 2008.8.31 24:00 start (23:30 door)
■料金 1500Yen (+1drink)
■場所 KYOTO BACK BEAT (烏丸今出川西入る南側)
■チケット予約・問い合わせ(限定40席 ご予約はお早めに)
・Tel 090-2012-9866(コシモト)
・Mail toriotoko.sexy@gmail.com■主催 chikin / 夕暮れ社 弱男ユニット
■京都演劇界の珍妙お騒がせ集団2組、“chikin”と“夕暮れ社 弱男ユニット”がこの夏の終わりにタッグを組む!
超スペシャルな夏期限定ユニット、その名も「鳥男」が京都の地下施設ハワイアンの香り漂う「KYOTO BACK BEAT」に襲来!バサーッ!!ザ・九月またぎ!夏にやり残したことは全部大放出!芝居、コント、生演奏、ダンス!!ゲスト陣も暑い!!!
とのことです。一体、俺は何をやるんだろう。頼まれ事はもう十分だから、何か思いつけば良いが。
10|SUN
昨日は午後三時まで、本日は午後九時ごろまで労働。昨晩は京極くんが来訪。プリンを手土産に来てくれた。chikinのイベントのための話し合いやセッション。その後、深夜までダラリと話す。
本日、午後九時過ぎ帰宅。まだ4連勤。三分の一にも達してないじゃないか! 家で今月末のイベント用のblogをデザイン。すぐに完成。今回はBloggerを使っている。さすが老舗といった感じ。洗練されている。
労働して音楽を聴いているだけだから北京五輪の雰囲気は一切知らない。こんなに五輪に興味が無いのは初めてのことである。ちょっと野口みずきのことが気がかりだが、とはいえ労働している間に全て過ぎてしまう時間なのかと思うと気は乗らない。時差があまり無い土地での五輪は深夜の熱狂が無いからつまらないな。時差が生む夜の祭りを楽しめないから、夏っぽくないよね。
夏に遊ぶ時間も金も無い。今年の反省を来年にいかすべく、冬は蓄えよう。そんなわけで、更新している俺も少し忘れかけているバナーだが、「WEBサイトの制作をお考えの方へ」、よろしくお願いします。
8|FRI
もちろん労働。その後、琵琶湖花火大会。2005年から毎年行っているから、四度目。今年も琵琶湖の花火職人達のサービス精神は健在で嬉しい限り。
朝、珍しくテレビを点けてみると、赤塚不二夫への弔辞をタモリが読んでいる映像が放送されていた。私もあなたの数多くの作品の一つです、とタモリは締めた。噂ではタモリが手にしていたのは白紙で、その言葉たちは即興で発せられたのではないかということだが、どちらにしてもこの弔辞を読むタモリの姿は美しかった。久しぶりに「美しい」と呼ぶべき姿を見た気がした。タモリの弔辞から少し引用する。
あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに、前向きに肯定し、受け入
れることです。それによって人間は重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、
また時間は前後関係を断ち放たれて、その時その場が異様に明るく感じられます。こ
の考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち『これでいいのだ』と。
昨日の日記に書いた「一秒後は誰も知らない」という言葉での思考に繋がるところもあるこのタモリの弔辞を、彼はまた行動でも表現している。その意思を、別段、伝えよう、繋げようなどと思っていないその意思を、とにかく尊重し、共鳴したい。俺は過去を切り捨てる意味を知らない。過去もまた瞬間の集合体で、その各々は不確かだけれども記憶には存在してしまう出来事たちだ。それを無かったことにすることの意味を俺は知らない。あの場で美しくあったタモリに勝手に感謝したい。それはもう、お礼を言い出さんばかりのものだが、ぐっとこらえて、静かに共鳴しておく。大人がいる。
7|THU
13連勤が始まった。終日労働。夕方、店に「自転車で東京まで行く」という金髪の若者が二人来た。そのための自転車を物色に来たようだったが、どうやら彼らにとって大事なことの一つに自転車がいわゆる「ママチャリ」であることがあって、それのほうが恐らく「無茶なことをやってやった感」が大きいからだと想像できるが、そのわりに六段変速のギアが付いているママチャリを彼らは求めるのである。ママチャリに六段もギアが付いているというのはよくわからないが、そういう自転車が無いわけではなくて、一種類だけあったので勧めたが「高価い」という。ならば、とそれよりも安価なマウンテンバイクなんかを勧めてみても(18段も変速がある)、「やっぱママチャリじゃないと」とのたまう。見ると、ぼろいママチャリで来店していたため、「じゃあ、それで行けば良いやん」と言えば、「これじゃ不安」という。東京までの道のりは恐らく幾つものアップダウンがあるから、変速は欲しいが、でもママチャリじゃなきゃだめ。わからんでも無いのだ。道中、きっと若くて夏い出来事が多々あるだろうよ。どうだって良いけどさ。自慢じゃないが俺はそんなこと考えたこと、一度も無い。東南アジアに一人旅しようなんてことも一度も考えた事が無い。ファーストクラスでリゾート地に行くことは夢想するけれども!
話は変わって夢に良く登場する学校があるのだが、昨晩もそこは登場し、はて、夢のそれの大体の造りは現実に通っていた小学校と同じだったのだろうか、と思い、確かめる術といえば実際に母校を訪ねてみるくらいのものだが、例えば俺の小学校一年生の時の担任の先生は転勤先の学校で校舎に闖入してきた若者に刺され大怪我を負ったし、それのニュースで母校はセキュリティの厳しい学校の一つとして紹介されていたわけで、24歳のアルバイトの男が突然、学校を見学させて下さい、夢に出て来た学校と一緒か確かめたいのです、なんて言えば、どう考えても異常者扱いされるわけで、全くもって情緒のない展開の予測にがっかりする。
ほんとは日記を書くのが面倒でもう寝てしまおうと思っていたのだった。チャットモンチーの『ヒラヒラヒラク秘密ノ扉』を聴きながらうとうとしていたのだったし、写真の様子でわかるようにデスクチェアーは猫のもきちに占領されて座れない状態になっていたのだったし……。ただまあ、何かしらのつまらない日常が書き加えられていることを少しばかり期待してこのサイトを訪れてくれる人もいるのだし、と奮起し、今はもきちと相席状態でこうして日記を書いているわけです。
ここのところ、「一秒後は誰も知らない」をキーワードに創作のことについて考えているが、俺が思う「一秒後は誰も知らない」状態というのは一つではもちろんなくて、むしろかなりの多種多様になるのだと思うが、と、いうのも涙腺が反応する瞬間の一秒以前があるわけで、あ、涙が出そう、と思う一秒以前もあるわけで、笑ってしまう一秒前もあって、それで俺が一秒後に何を書くかは誰も知らないということもあるわけで、ただ、勘で、「その感じ」を表出させようと試みることは非常にポジティブに思えるわけで、それは決して堅苦しい、堅実な歩みのみが実現させ得ることではなくて、もっと軽くて、そう、むしろ軽くて緩い何かが実現させるのではないかとも思えて……、この感じは文字じゃなくて何か図で書いたほうが伝わるような気もするのだけれどもこれは日記だし、もう、眠いし、なんていうか、『天才バカボン』は常に次のコマは無制限だったわけじゃないか! って違うかな。ただ、書きたい図はそんな感じで、なんか、てんで的外れってかんじでも無い気はするけれど、妙に長くなってしまったし、今日はもう閉じよう。
それにしても「Google Earth」に驚いていたのがなんか……。「ストリートビュー」 ……。あかん、寝れなくなっちゃう。今日はとりあえず無視!
6|WED
6日の、太陽が真上の時間です。一昨日は仕事で、昨日は休み。今日も休みで、次の休みは20日なのです。大変なことですよ。俺は今の職場が、特別求人をしていない時期に電話を掛けて採用されたのだけれども、俺、入ってなかったらどうなってたんだろう、なんて余計な心配。それより、新しいバイトが早く入れば良いな。全く何故だが例年夏は修行です。
で、昨日今日は休日であったため、とことんダラダラとしていました。エアコンを点けて、山本直樹なんかを読んだり読むのやめたり、一日中音楽かけてぼんやり。
そして今はもう太陽が沈んで夜も夜です。夕立の来る少し前にZANPANOで昼食を取り、夕立の時間を叡山電車の元田中駅を眺めながら過ごし(店にあった岡崎京子の『エンド・オブ・ザ・ワールド』を読んだ。ちなみにZANPANOに置いてある本はわりと俺の趣味と似ていて、別段好きな店じゃないけど時々行きたいし、そもそも最寄りの喫茶店だ)、雨上がりに帰宅し、夜はchikinの連中と月末にあるイベントの作業。
ああ、今月は20日以外スケジュールがぎっしり。この縛りの中でどう夏を過ごすか。まあ、とにかく小さな判断を正確に。それの積み重ねが全部だから。
3|SUN
今日もまた終日労働。仕事を終え、シャワーを浴び、百万遍近くの居酒屋で今月末にあるイベントの打ち入り。いまふと、「打ち入り」という言葉は一般的なのだろうか、と思う。演劇関係の用語なのかしら。「打ち入り」という呼び名があるだけにただの飲み会ではないのだけれども、あいかわらず社会性のない俺はただ楽しい時間を過ごそうと必死だった。それが間違っていたのか、正解だったのか、それは絶対にわからないし、わかろうとするのは無粋です。
目の前に人参がぶらさがっていて、それを追いかけている馬が、夢中で追いかけ続けているうちに、知らぬ間に崖から転落していて死んでいた。それは幸せだろうか、などというまったくもってダサイし浅い例え話を思いついてがっかり。そんな例え話には微塵も価値が無い。
無闇な行動、は、価値を度外視しているのではない。新しい価値を知りたいとき、それしか方法は無いのだった。無闇矢鱈な人は、必ず人の気に障る。だけど、意外な瞬間に意外な真実を彼は手に入れるのかもしれない。そのことは、彼以外知る由はない。ただ、それを追いかける、即ち、孤独、と決めてしまうのは儚い。なにしろ、一秒後は誰も知らない。可能性はつまり、無限のさらに向こうだ。
我が家についにエアコンが取り付けられた。ばんざーい。
2|SAT
8月の2日です。昨日は労働でへとへとで、まさに起きて働いて寝ただけの一日。そして今日も一日労働。ワーキングプアだ。
ああ、明日はようやく我が家にエアコンが。魔法のカードで買ったエアコンが。カードの請求、いつなんだろう……。次の給料日以降でありますように。
もう今日は早々に日記を切り上げよう。
左のバナーから「SAVE BURMA!」をはずしました。ユニセフによる「ミャンマー サイクロン被害報告」も第21報になり、ようやく様々なものへの再開が始まった様子が報じられているのと、その報告の頻度が大分少なくなったためです。とはいえ、まだまだ。なんだかダラダラとバナーがあるのも新鮮味がないためはずしましたが、やはりまだまだなのでしょう。
それでは今日は赤塚不二夫の冥福を祈りつつ、『えの素 完全版 中』を今から読むことにします。