31|THU
終日仕事。仕事を終えた足で四条の高島屋屋上のビアガーデンへ。ビアガーデンには初めて行った。そこはビアガーデンだが、wilkinsonのコーラばかり飲む。wilkinsonにコーラがあったことは初めて知ったが、ジャンクでなかなか良い。ただ、若干甘過ぎるため、チェリオのBYGCOLAに一分あり。
一度帰宅し、旧居の契約が本日までであったため、最後に旧居を訪れ、ブレーカーを落とし、空っぽになった部屋をちらりと見て、賃貸会社の夜間ポストに鍵を落とした。思えば初めての一人暮らしの二年半。そこでは色々なものを観たし、書いたし、読んだし、聴いたなあ、などと少し感慨深くなりつつ、足繁く通っていた白川通り沿いの丸山書店を訪れ散財。昨日、靴下やバイト用のTシャツなどの必要雑費まで抑え様々な物欲を封印したのに、書店の前では金銭感覚はいとも簡単に崩壊した。
7月が終わってしまった。8月初旬にも関わらずもう夏後半戦という趣きは今も昔も変わらない。ならば7月が62日あることにして、明日は7月32日だということにしてしまえば、なんだか雰囲気も変わって、まだまだ! って気もしなくもないが、バイト先での仕事ではかなりの量、その日の日付を書類に書くという作業があるため、やはり明日は8月1日だということにしておかないと困るし、間違っている。
30|WED
ゆるやかに時間がその存在を主張してくるような、じんわりと追われた一日。できることなら時間は無限だと勘違いしたいけれども、そんなわけにもいかず、のろのろと時間を感じて動き疲労の恩恵を。
まあ、医者、買い物、事務作業、フライヤーデザインの順で動いた。
医者は寝坊して、「もうダメだ」と思ったのだったが、薬の関係でどう考えてもどうにかしなくちゃならなかったわけで、ダッシュで向かえば(幾ら気持ちが急いていても電車の速度は変わらないから良いよね)なんとかなったのだった。
夕方に旧居のガスを閉栓しようと電話をかけたのだけれども、午後六時過ぎから電話受付の終了時刻である七時まで大阪ガスの京滋リビング営業部は電話に出なかった。延々と「ただいま込み合っております」と告げられ、あげくの果てに「本日の受付は終了しました」だ。酷い。何とかしろよ。対策を。ポーズだけって何だ。
それで夜に「やらんとなあ……」というようなアティチュードでフライヤーを仕上げる。
買い物に出かければ店はなんだか秋の装いだったが、7月は終わろうとも8月はまだ始まってもいない。
29|TUE
日曜日のことから。終日仕事。来客あり。疲労ですぐに眠る。ただ、月曜日は早く眠ったのにひさしぶりに体が完全にダメだった。バイト先に迷惑をかけて申し訳ない。雷雨。雨の日は、ほぼ確実に体に影響が出るため、まるで天気予報のような体調。
本日。旧居を引き渡す。こつこつやっていたフライヤーデザインを上げる。夜、それの関係者来訪。思った通りの展開になって疲れる。俺は別段、それほどデザインを多くやってきたわけではないけれども、それでもそれなりの哲学は持っている。もちろん、時間も割いている。表現とは想像力の仕事だ。とりあえず、シミュレーションでも良いから、デザインに関して語るのならばある程度追いついてからの言葉であってほしい。
夜、富の再分配についてから、表現者としての立ち方にあるべき演技、筒井康隆または浜田雅功について思考を巡らせる。
問題はどこでもないどこかを、どこに出すのかだった。
今、上記の言葉に引っ掛かる言葉が脳内に溢れていて思考が苦しい。それは、単純にメディアの話なんてものでは決してないのだ。もっと、非常に重要で、根源的なもの。宇宙から地球を眺めて、どこかにある針の穴ほどの場所を探し当てる手順を要する、長い長い物語なのかも知れないが、実のところ、それほどの時間は用意されてはいないのだろう。ならば、不可能なことなのかといえば、それは違い、ただ、物語には時々、真空で燃える炎のような、不確かで、でも現実の、説明できないきらめきが出現するのであり、それは、なんだかよくわからない事象だが、強い引力でそのピンホールに吸い寄せる明かり。ただ、黙っては燃えない。不可視な摩擦が、それもとても強い、火をつける。
全く何を言っているのかよくわからない。
26|SAT
終日仕事。あんまり暑いから、仕事が始まってわずか一時間ほどでふらふらとなり、バシバシ働けなかったのが歯がゆい。
帰ってからもしばらく体調が悪かった。ここ何年か、夏場は空調のきいた場所でダラダラしていたから体温調整機能が低下していて、それでエアコンの無い家、そして肉体労働の屋外に肉体が付いてこれなかったのだろう。頭痛もあって、軽い熱中症みたいなものだったのだろう。明日は対策を考えよう。
頼まれているフライヤーは、日付が変わってから申し訳程度にやったくらい。
つまらない日記。どうしようもないから、バイト先の人に教えてもらった京都のかっこいい自転車屋さんへのリンクを貼っておきます。VIGORE。
25|FRI
サニーデイ・サービス再結成!
本日、夕方まで仕事の後、旧居の片付け。そして夕食はD Dining。以上。上の一文で今日の日記はなんだか満足。
24|THU
エアコンを買った。ただ、取り付け工事は来月。
気になって、やらなければならないことリストを作ってみると、焦点を合わさずぼかして見ていた色々が明確になって少し焦る。
夜、井口奈己監督『人のセックスを笑うな』をDVDで。大体の感じで言うと、精密で確信的な運動の連続が、過不足無い時間続くという優れたバランスの良さを持つのだけれども、その精密で確信的な運動は、全て実のところ、いわゆるリアルと一枚隔てていて、それは当然のことで、そしてそれもまた意図的であって当然なのだが、それが鼻につくといえばそうだし、リアルとの差異である一枚が頑にある厚さを持っていることが嫌味だとも言ってしまえるが、ただ、それを作ったのが今回が二作目という新人監督であることが迫力を持つのはそうだし、だから次回作が楽しみだというのもある。すでに観た何人からか「長いと感じた」という話を聞いていたのだったが、何故長いのか、そして短ければ良かったのか、その辺りを明確にせずにただ「長い」と言われるだけでは何も会話ができないじゃない? 俺は短くすれば良かったとは決して思わない。新人ばなれした編集が施され、だけれどもどこか抜けが悪く、でも確実なるリアルとの一枚の差はある種の快楽をもたらすのであり、だから楽しめるわけだが、悪く言えばそれだけの作品でもある映画。ただ、その「それだけ」を、できる人ってほんと少ないと思う。
はあ。「自分に言いきかす」という行為には嫌悪感を感じるが、心根が弱い俺はとりあえず忘れないように、そして久しぶりに、裏技はありません。だから仕方無く楽しい。
23|WED
南の島から帰って来た。
写真は宮古島の東の果てにある平安名崎灯台。人のバカンスの話なんて世間話にもならないから、とりあえず写真を一枚で終わりにします。
本日。終日仕事。昨晩は、エアコン、海、プール、風を失い、京都の湿気に直面し思わず泣きたくなったが、一日経てば平気なもんである。しかし暑い。
18日の日記とchikinのコッシ−からのメールでフライヤーのことをさっき思い出した。どうしよう。日記など書いている場合では無いのかも知れないが、フライヤーの詳細を問い合わしているのだが返答がないため、待機中である。今思いついたけどデザインというのは少し粘土細工に似ている気がするね。
あと最近ぼんやり思っていることに、まあ、なんというか、書く様なことではないのだけれども、大人になると怒られる機会が減るということに畏怖を感じるというのがある。なかなか怒られない。最高の検閲官は自分だから、そのもう一人の自分がさぼるか死ねば、あとはだだ滑りである。だだ滑り。ああ、怖い。そして小さな世界では、検閲官は馬鹿になる。空間の伸縮はやはり、ほとんど森羅万象と同意だ。地理的に遠くに行く必要は別段無いだろう。貨幣とは別の、損得勘定が正常に機能せねばならないのだし、遠くに行かねばならないのは、自分にある境界線の最果てである。
18|FRI
終日仕事。体調はすっかり戻って安心。
夜、chikinの面々がやって来て、来月末に催される「chikin」と「夕暮れ社 弱男ユニット」主催のイベントのフライヤーを頼まれる。まあ、以前から噛んでいたので頼まれることはわかっていたのだったが、グラフィックのデザインはあくまでもデザインでありアートではなく、求められるのは機能性であり、機能性とは今回の場合で言えば一番に、大きな意味での集客力になるわけで、つまり作業としては、それとそれ以外の様々なものを含め整理整頓した後、全てを補ったうえでデザインを表出させねばならず、実はそこにはアイデアなどというものが関与する隙間は無いのかもしれないが、様々なるものの整理整頓の後、それを全て補う、という作業を行うには、よほどの天才でない限りアイデアや閃きに頼る、というかそれは実のところ、誤摩化しなのかもしれないが、とにかくそれらアイデアや閃きが必要となってくるわけで、夜、少し考えてみたが、閃かないというかわからないが、だけれどまあ、それは放っておいて俺は明日から南の楽園に行ってきます。
戻って来ればバイトだし、そして校了していないといけないであろう時期だが、南の島はそんなことを考えるなんてこと、許してくれないだろう。怒られちゃう。でもまあ、良い仕事するけどね。帰ってきてから。
17|THU
問題はどこでもないどこかを、どこに出すのかだった。
というのは一昨日の日記に書いた事だが、突発的に生まれた言葉が何かを導いてくれたりすることは確かにあることで、だから転がることができるのだった。
ご存知のように停滞している俺だが、どうやら場所を探しているようである。別段、実在の場所のことではないらしい。それは、広い意味での空間なのかもしれない。世界の、とある空間で我々は生きている。各々の、空間で。それぞれの空間は伸縮を繰り返し、定型を持ち難い。そしてその伸縮の振れ幅もまた空間であり、その意味での空間にこそ、何か手がかりはあるように思う。もちろん、それは三次元ではない。速度も、というより、速度こそ重要な意味がそこにはもたらされるのだろう。
俺は今、冷えピタを頭に貼りふらふらしている。今日は一日体調が悪かった。熱中症を少し疑っている。新居が暑過ぎる。堪らなくなって、夜道を散歩し、「そうだ、水分補給というのは水だけだとだめで、たしか塩分も摂取しなくてはならないのじゃなかったか」と思い、コンビニでアクエリアスを買い、鴨川の近くでアクエリアスを飲んで涼んだ。それでもまあ、とにかく体がだるいので結局家に帰って来たのだった。ちなみに今日は労働していた。今日は客が少なくて良かったが、集中力万全の状態に明日の朝はなっていることを願う。バシバシ働かないと労働の悦びは無いのだから。
とにかくバッシバシやんないと悦びは無い。アドレナリンが出ない。ただ、俺はアドレナリン的なるもの(そんな言い方、独りよがり?)を信用していない部分があり、というのも、「快感」や「悦び」至上主義では辿り着けない場所に興味があるし、それらに騙されたく無い思いが強い。で、これがかなり大きな問題であり、この思想が、何か起こそうとするたびにガンガン杭を打ってくるため身動きはすぐに取れなくなる。ね、停滞するでしょう。まあ、機能的に考えればとんだ馬鹿者な俺だが、だからといって人の言葉ではなかなか杭は抜かれない。誰かにほだされて、あたたかな場所に移動すればそこは街だ。どこでもないどこかには行けない。まあ、どこでもないどこかなどは幻想なのだけれども、ただ、出現させることが不可能では無い事を、行く事は無理でも、出現はさせられるのだということを、私たちは先人から教えられた。だからそう、問題はどこでもないどこかを、どこに出すのかだった。
16|WED
ぼんやりと過ごしてしまった。気付けば7月も後半に。小学生、中学生ならばもうすぐ夏休みだと大はしゃぎの頃である。
コスプレ的に喜んだり、一歩下がって喜びを語ったり。そんなことは特にしたいことではないはずなのに。
夏だワー! って言って、そうだなあ、アロハ着てピンクのサングラスかけて酒呑めばいいじゃないか。周りの目はいつもどうして冷たく、そしてどうしてそれを知ってしまったのだろうね。
大丈夫。言いたい事言って、やりたいことやっていいはずだ。もしもそれが本当にだめなのならば、きっとそれを教えてくれる人が周りに、一人か二人はいるはずだ。仮に居なかったとしても、居ないことに気付けるのならば、大丈夫、すぐにそういう人は現れる。それ以外の場合のことは、俺は知らない。厳しいことはある。時々、容赦なく厳しいことは現実にある。
今日は本当にぼんやりと過ごしてしまった。何も書く事が思い浮かばない。
15|TUE
暑い。昼過ぎに実家から、小学校入学時に購入してもらった学習机が届いた。長年使っていたのに、思いのほか大きく思う。配送会社の男二人が家の中までは入れてくれたものの(それも玄関は通らず、窓から入れたのだった)、俺の希望の場所までの移動は、「ちょっと、階段の幅より机のほうが大きいので無理ですね」と言い残し、遂げずに去っていってしまった。二階の自室に机が置けないのか、としばし途方に暮れ、それにしてもこんなでかいものがリビングにあっては邪魔だなあ、と思っているうちに一念発起、唯一幅が階段の幅を上回る天板を汗だくでもぎ取り、さらに汗だくになりなんとか二階に運び込んだ。我ながらよくやったと思う。それからシャワーを浴びて、旧居に椅子を取りに行く。そしてようやく机のある環境が生まれた。やっぱり机っていいなあ。引き出しって便利だなあ。
それにしても、旧居にある二段ベッドの上だけ部分みたいな、まあ、ロフトとして活用すべき家具、誰かいらないだろうか? 新居になり広くなったためいらないのだ。旧居では大変助けてもらったのだが、今は邪魔でしょうがない。
夕立。あまりに暑いから、もうこれはもう、残高アブソリュートゼロの口座を指定しているクレジットカードでエアコン買ってやるぞ俺は、とほとんど衝動で近所の電気屋に向かったが、エアコン自体はあるものの工事は最速で今月末だと言われ、一気に熱は冷める。諦め、電気屋で涼み表に出れば自然の打ち水でわりと涼しく、まあいいか、と思いweekendersでアイスカフェオレを飲んで帰った。
昔、「クレジットカードは魔法のカードか?」という台詞のある戯曲を書いて上演してもらったことを思い出した。『ノー・アルバイト・ボーイズ』というタイトルの戯曲である。わりと良い出来だと今でも思っているその戯曲は、抽象性のみで構成し過ぎていて、なんというか裏返る瞬間を演出で創り出してもらわなければ少し辛いものなのだった。ほとんどメタファーで構築されていたそれを、「あり」にする身体を表出させねばならなかった。まあ、なんというか、そこが書ければ何でも書けるのだろう。なぜ抽象性を重んじたのかといえば、やはりそれは俺が音楽を愛する性分なこともあるだろうし、当時としては完全に先端の逆をついていたのだったがそれはつまり、どこでもないどこか、を出現させるための方法を、安易に考え過ぎていたのだろう。無謀だった。問題はどこでもないどこかを、どこに出すのかだった。
14|MON
「負けず嫌い」なんて言葉があるけど負けるのなんて皆嫌だ。ただ、それぞれ負けの、つまり勝ちの基準は違う。それは当然のことで、そうあるべきことだが、厄介なのは、人は時にそこに妥協や計算や嘘を持ち込むからで、つまりは「勝ち」の捏造がおこなわれることにある。「本当」はとても不安定で危ういものだ。人を殺す事が勝ちだとしているのならば、その人は思考の中で、「自分にとっての本当の勝ち」を見失い、諦め、くだらない嘘の「勝ち」を捏造しているのだと断言しよう。
だけれども、「俺は本当だ」などとは口が裂けても言えないわけで、批判し否定することは自由だが、しっぺ返しも真摯に受けろよ。意固地になって、嘘を作るのはやめようぜ。どこか遠くに行きたいのなら、誰かの近くにいたいのなら、何かを人から奪いたいのなら、すれば良いじゃないか、それが本当なのならば。他人の逃避行のことなんて、構ってる暇はない。自分の逃避行を過保護にするくらいなら、火に飛び込んじまえ。怒るし泣くし、殴るし愛する。重なって重なって。みんなグッチャグチャの塊だ。グッチャグチャで良いわけだし、ってかそれ以外ないし、ぶらさげて歩いてかなきゃならんのだよ。恥もかけば優越感にも浸る、どちらもしかし、その後、があるわけで、重なればもみくちゃ、帳消しなんて無いぜ、どんどん歩みが鈍重になるのなら筋力を付けるもよし、捨てるもよし、どちらも本当ならそれで良し。日記は続く。つまらないこれが、誰かの「ある種の娯楽」になっていることは、誰からも聞きはしないが自覚している。それが良いのか悪いのかは全くわからない。ましてや、公開されている日記を書くという行為が、正しい行為なのか否かなどは考えもしていない。でも多分本当だ。多分。多分としか言えないじゃんか。それが本当なんだから。久しぶりに書きなぐってるよ、日記を。文筆としては無責任としか言いようのないスピード感で文字を連ねている。一分前と今と一分後が違い過ぎて唖然となるか、それともそれを知るのか。重なって重なって。同じ形状は二度とない。誰も知らないものが、常に用意されている。それをどう思う。それとも、そんなことに、興味はないだろうか。どっちでもよい。どっちだって良い。認めたければ俺は認めるだろうし、否定したければ否定する。責任を負う、なんて滅多に言うもんじゃないよ。一分前は、既に終わってるんだよ。
13|SUN
ああ労働。それにしても、自転車……売れ過ぎじゃなかろうか。ほんと息つく暇なく自転車が売れた。原油の高騰によるガソリンの値上がりが、人を車から離れさせ、自転車に向かわせているのだろうか。だとすれば、原油の高騰がおさまる見通しはないわけで、つまり自転車は売れる一方というわけか。それにしても……、どうやら日本一売れる自転車屋らしいバイト先は大変な賑わいである。体力は必要だし、わりと高額を取り扱うため集中力も必要で、全く修行のような日々だ。まあ、24歳で肉体が衰退の一途を辿っていた俺からすれば、ありがたい限りである。しかしまあ、今の時期に体力の回復に向かわせる流れが自分に生じたことは、いわゆる大器晩成の準備だと思うことにしよう。そうすればわくわくして仕方がない。
仕事後、栄養を取らないと、と思い久しぶりにD Diningに。帰宅後は疲れていてSigur Rosを聴きながら酒を呑むくらいしかできない。
焦っているつもりも、躊躇っているつもりも全くない。ただ、考える時間というものは必要なのだ。
12|SAT
労働した。それ以外とくになにもない。目の回るような忙しさを経て、帰り時にコカコーラを買い路上で飲めば、まとわりつく空気が『接吻』のあの窒息しそうな緊張感であることに驚く。全然、あの体験が冷めない。醒めない。それでもまあ、少しは冷静に作品を観察できるようになってはきた。確かにある種エキセントリックな映画ではあったし、いわゆる「疵」と呼ぶべきものも幾つか見られたが、だけれどもまあ、だから何だというような強靭な磁場がスクリーン上では俳優たちによって生み出されていた。なんか、思い出すだけで疲れるな。
『接吻』のせいか、グロテスクな夢を見たなあ。
ネットが繋がって、少し前から知っていたのだが、触れるべき話題として触れると笑犬楼大通りの開設である。10代の俺だったらどれだけ興奮しただろうか。いろいろなものが終わって始まる。諸行無常である。
11|FRI
万田邦敏監督『接吻』を観た。あまりのことに、気を失うかと思った。『接吻』前後の幾らかの時間は記憶が薄い。現実なのかと疑いたくなるほどの映画だった。
スクリーンの小池栄子と豊川悦司と仲村トオルに、どこか遠くに連れて行かれた。それにしても小池栄子の凄さは言葉じゃ到底とどかない……。凄いってかやばい。臨界点を超えていた。
で、まあいろんなことがぶっとばされたわけだが、一応書いておくと、昨日は地点の『三人姉妹』を観た。今日の朝、ネットがようやく開通したので、新居でこれを書いている。バイトに行って、『接吻』を観た。不整脈の人とか観に行かないほうが良いんじゃないだろうか。まだドキドキしている。あ、BECKとSigur Rosの新譜はとても良い。
『接吻』……。面白かったらパンフレットとかポスター買おうと思ってたんだよ、俺は。だけど、なんかもう、ほんとぶっとばされて「購入する」って手順が面倒ってか取れなくて買えなかった。DVD買ったとしても、ドキドキしすぎてちゃんと観れないんじゃないだろうか。次の日、一日休みの日じゃないとダメだよ。もう……。……。うん。言葉じゃ微塵も近寄れないのだから、日記は閉じてしまう。
9|WED
昨日8日といえば、昼過ぎから仕事。その後、バイト先の人たちと天天有に。最初の一口でネギが喉の今まで入ったことのない部分にひっかかり、窒息するかと思い焦って水をがぶがぶ飲んだせいで、ラーメンを食べる前に腹が妙なふくれ方をしたのが悔しくてならない。
5日の日記に書いたが、飼い猫のもきちは顔以外全部丸刈りになって帰ってきた。珍獣みたい。
今日、ようやく休み。ぎりぎり午前中に目を覚まし、洗濯機を二回まわし、干してシャワー浴びて元亀で天丼食って、辺りをうろうろして旧居に戻り日記。近々METROにいとうせいこうが来るという話を聞いたためネットで調べようと帰ってきたのだったが、どうやらLIVEじゃないみたい。どうしようかなあ、行こうかなあ……。あとついでにみなみ会館のスケジュールを調べると『接吻』、油断してたら終わっちゃうとこだったよ。今日のレイトショーを観に行こう。さらに近々京都シネマでは『ジェリー・フィッシュ』も公開される。
あれからゴキブリは見ない。
ここから深夜の追記だが、『接吻』まで時間があったためHMVに行き、BECKの『MODERN GUILT』とSigur Rosの『Med Sud I Eyrum Vid Spilum Endalaust』(このサイトで使用している文字コードでは正しく表記できない)を購入。で、うたた寝してしまい『接吻』逃す。レイトショー、もうしばらくやってるから明後日の仕事終わりにダッシュで行こうか。それでまあ、iTunesに前述の二枚をインポートしようと旧居にやってきた。二枚ともジャケットがナイス。『MODERN GUILT』のジャケットのようなアートワーク、好きだし、得意だが、LOSCOではしない。研ぎ澄まされたデザインは、ここではすこし違うのだ。こんなノイジーで格好わるいサイトのデザインをあんなにしちゃったらいよいよ馬鹿だよ。だって、ねえ。日記を公開することが格好良いはずないじゃない。
7|MON
昨日の日記を書き終え、新居に帰ろうかと思ったらchikinのコッシーからメールが着ていて、誘いを受け京極くんの家に遊びに行く。帰ってすぐに寝たが、一昨日よりは涼しい夜で楽に眠れた。
本日もまた朝から晩まで労働。いよいよ疲労困憊だ。時折目の焦点があっていない。思えば毎日こんなに労働するのは5年ぶりくらいなのだ。明日で7連勤も終わり。体を休めないとなあ。夕方から右大腿筋が常に攣りかけていた。仕事を終え、その足でまた『大蔵』に行き、さらに最近『ガケ書房』(小話として、ガケ書房の外壁は軽自動車が半分飛び出しているディスプレイが施されているのだが、その飾りの自動車と走行中の自動車が接触事故を起こしたのをトミーが見たらしい)に、遠くなったこともあり無沙汰だったため、来店。新刊に特に目を引くものは無かったが、古本のコーナーで、笠原和夫『映画はやくざなり』という、ちょっと、こんな旨い食材どう料理したってナイスに決まってんじゃん、というような本を見つけ購入。そしてついでに旧居を訪れ日記を付けている。
あ、七夕だ。そういえば昨日か一昨日、帰り路に歩道を歩いている亀を見た。飼われていたものがその遅い足で脱走したのだろうか。夜、街灯に照らされたアスファルト上の亀はなんだかファンタジックだった。そしていよいよ夏到来。今年の梅雨は存在感薄かったな。夏は夜が長いのだ。だから他の季節よりも、色々な夜の時間が生まれる。あ、なんかサニーデイ・サービスの『魔法』を聴きたくなってきたな。帰ったらすぐに布団に倒れ込みそうだが、長い夜を倒れて過ごすのもつまらない。夏は遊べば良い。
6|SUN
朝から晩まで労働。目に見えて体力が付いてきた。Tシャツの肩のあたりが少々きつくなってきたもの。
帰宅して、いの一番に購入してきたほう酸団子をキッチン周りに配置。
あ、あと今オンラインだから昨日書いたPowerMac G4のことを少し調べると、やはりそれは奇跡の買い物だったようだ。奇跡の買い物。そういえばパラダイス・ガラージの名作と名高い『奇跡の夜遊び』を俺はまだ聴いていない。聴かないとなあ。疲労で『今夜、すべてのバーで』は進まない。ただ、肩こりもかなりマシになったわけだし、今はフィジカルな部分を徹底的に立て直したいのだ。今のバイトに就いていなかったらと思うと、その自分の体を想像してぞっとする。今日は店を閉めた後、職場には工具が揃っているからバイクをメンテナンスした。いろいろ万歳。自転車欲しい。ただ、それよりもエアコン欲しいけど。ほう酸団子よりもゴキジェット的なものが欲しかったのだが、それは高かった。金が無い。連想ゲームのような日記。あと三ヶ月で25歳か。別に何も考えていないわけじゃないよ。ただ、それよりも今はボーリングがしたい。今日の晩飯、何にしよう。
5|SAT
3日の日記既述後、既存の本棚ではもはや収まらない書籍たちのための本棚を探しにリサイクルショップに立ち寄った。あまり良いものはなかった。それでぼんやりと狭い店内をうろつき、ある物に目が留まり、それを購入したのだった。と、いうのも、867MHz PowerPC G4、メモリが1.12GBのPowerMacが9800円で売っていたのだった。モニター、キーボード、マウス、スピーカーも付いて。俺はそういった古いMacの相場については全くの無知だが、それでも、どう考えても安いのだ。帰って、多少のほこりを払う程度でかなり綺麗になったPowerMac G4にOSXをインストールしたが、全然いける感じ。画面の解像度も俺のPowerBookよりでかいし、立ち上がりだって全然いける。おまけにどうやらAirMacが入っているから、近々我が家を無線LANにした際にも対応できる。同居人のために購入したのだったが、同居人は別に映像編集をしたりするわけではないため、何ら問題は無いだろう。内蔵HDDが小さいのと、作動音が少しうるさい程度がマイナスポイント。に、してもついてる買い物だった。
で、3日はそんなこんなで夜も更けて、4日は一日仕事。夜、また『大蔵』に。
帰宅したらゴキブリが出た。掃除機で吸った。
本日も一日仕事。暑い日だった。夜、我が家にchikinの二人がやって来、Podcastを収録。その際、ゴキブリのことを話すと「掃除機なんかで吸っても、絶対逆走して脱出している」と言われ、「えー」と力なく言い、表に出て掃除機を開いた。恐る恐るながらもパックを探索すれば、触角が一本見つかったものの、本体がどうにも見当たらない。旧居は蜂は出たが(っていうか入ってきたが)ゴキブリは二年間一切出現しなかったのだ。ああ……、家のどこかに触角の一本折れたゴキブリがいるのか……。超憂鬱。そしてとにかく蒸し暑い。今、新居でオフラインの状態で日記を書いているが、エアコンがあってゴキブリがいない旧居に寝に帰ろうかと思うほどだ。
今、かなりはしょって言えば、飼い猫のもきちは毛玉の関係で留守である。毛が長い種類の猫なのだが、毛玉がかなりしぶとい感じになってしまったため、専門機関を訪ねて居ないのである。丸刈りにされているのである。早く帰ってきてゴキブリを退治して欲しい。俺、ドラクエって3しかやったことないけど、なんか、あのー、同種類のモンスターを消し去る魔法あったでしょう? あれ、何て名前の魔法だったか。忘れたけど。クレパス、みたいな響きじゃなかったけかなあ。違うかな。それにしても、何でだろう。何でゴキブリって気持ち悪いんだろう。人間のこと完全に無視、っていう強さ故のオルタナティブ感がそうさせているのか。そんなふうに思えば少し尊敬もできるが、それは目の前に今いないからで、もしも現れたならば、例の、クレパスみたいな響きの魔法を瞬時に唱えたい。もしかしたら全然クレパスみたいな響きじゃないのかもしれないけど。オンラインならばそんなことは瞬時に検索し、「知る」ことができるだろうが、別にそんなことは知らなくて良いのであり、もっといえばそんなこと知っている暇があるのならば洗い物の一つでもした方がよほど素晴らしい。暑い。扇風機かけて寝よう。ゴキブリ、蚊取り線香で死んだら良いのにな。
3|THU
夕方の手前に仕事を終えて、カナートで靴を買い、北白川天神宮に水を汲みに来たついでに旧居を訪れ簡単なwebの修正業務。
以前、10年以上履いているadidasのスニーカーの話をしたが、今仕事で履いている靴も同じくadidasのもので、履き始めて7年くらいになる。当然ぼろいが、そのうえ、安かったために乱暴に履く用の靴にしていたせいでとても臭い。雨の日に履く用の靴はとりあえず臭い。何度もリセッシュによりプリセットを試みたが、焼け石に水だった。でもまあ、臭くても履けるし、と履いて今日も働いていたのだったが、その靴にはメッシュの部分があって、そこに小さな穴があいているのだが、朝一番、自転車を運んでいる最中、その穴に自転車の片足スタンドがズボッと刺さり、全くケガはしなかったのだったが、とにかく格好わるい転び方をしてしまった。それで、「何て格好わるい転び方をしてしまったんだ。それも朝一に」と少し呆然としていると、ケガは無かったが派手ではあったため、あまりに痛く無言だと思ったのかバイトの先輩がとても心配してくれ、大丈夫です、と言えば良かったのだったが、「格好わるい転び方をさせたうえに、臭いし、ぼろいし、この靴め」という思いがよぎり、靴を罵倒したい気持ちになるも、今急に靴を罵倒し出したらいよいよバイトの先輩からすれば俺は一体どうしてしまったのだろう、というようなことになるし、などと思っていたら沈黙は更に続いてしまい、ハッとなり大丈夫です、と言った。
そんなわけで仕事を終えた足で新しい靴を買いに行った。そして時系列では、最初の文章に繋がる。
そういえば昨日深夜、『大蔵』というラーメン屋に初めて行って魚介系ラーメンってのを食べたが結構旨かった。あと、未読であったのが恥ずかしいが『今夜、すべてのバーで』を読み始める。ぐんぐんいける。
2|WED
仕事を終えて自販機でBYGCOLAを買い、煙草を忘れて出勤したため煙草がうまーいコーラゴクゴクと日記を付けている。労働の悦び。
昨晩は『三人姉妹』を読了後、en-taxiの最新号を読んでいたのだったが、とにかく前田司郎の『夏の水の半魚人』が素晴らしかった! これでようやく、小説でも何かしら受賞するでしょう。単行本になった際には、是非とも素晴らしい装丁の本になって欲しい。何か格別新しいことがあるのではなく、むしろ懐かしいその小説は、だけれども非常に抑制のきいた、かつ柔軟な身体性を持つ文章で、懐かしいと同時に普遍的ともいえる情景を描いていた。いやあ、美しい。
明日? いやいや、今の瞬間以降に全財産を賭ける。全財産? 金なんて持ってない。だけど、賭けている。ギャンブルについて語る時、人は否が応でもセンチメンタルに、そしてナルシスティックになってしまいます。それをまあ、男の性分だ、なんて言ってしまえばいよいよですが、えーい、黙ってはってるんだ。当たっても当たらなくても、今の瞬間以降に全部。
1|TUE
午前中に一度起きたのだったが、怠け切った体で労働、そして引越しをした疲れがあってか、7月の初日は二度寝を夕方まで貪ってしまった。
そろそろ片付けないとなあ、と思い訪れた旧居での今は実のところもう夜で、『三人姉妹』のページを一枚も繰ってない今、片付けをする気など全く無い。
今のところ俺以外の誰からも求められてはいないがやらなくてはならないことや、誰かから求められているためにやらなければならないことが多々。
「間違っていない」に向かう道程で、一時的に、自覚しつつ「間違っている」状況に居る、ということは、果たして間違っているのだろうか。「間違っていない」に向かうには、すべからず「間違っていない」状態を選択し続けることが必要なのだろうか。
上の文章は、「自覚しつつ」や、「選択し続ける」いった言葉が非常に重要な意味を持つのだが、だってそれを省いてしまえば考えることなど何もないからだが、とにかく既述の二つの言葉がこの文脈の中では厄介だ。まあ、思えば馬鹿馬鹿しい設問だけど。
まあ、ギャンブルだ。賭けないとだめだよ。なににもはっていない状態って、死に体だもの。そして波だよ。7月は、どうだろうか。徒然と続く。