December 2011

2011. 12. 29|THU

我が家にて忘年会。いろんな人が来てくれた。キッチンでフリーマーケットのようなことも行われていた。我が家の感じを気に入ってもらい例年、忘年会が催されるが、それがとても嬉しい。

サロンの様な場所があればとずっと思っていたのだったが、ちいさいながらも、今年もいろいろなひとがここに集って出会ってくれた。そういう場所になって良かった。飼い猫の功績も大きい。

いつでも誰でも来て欲しい。ただ、俺が気に食わなかったら追い返すけどね。と、そんなことを言うから気難しいと思われがちな俺だが、人見知りなだけである。

もう今年の日記は今日で終わりかな。2011年はあと少しでおしまい。今年もいろいろな方にお世話になりました。どうもありがとうございました。来年もひとつ。よいお年を。

忘年会

忘年会

2011. 12. 28|WED

夕方、コーポ北加賀屋へ。adandaの企画「スカートの中の『とおくてよくみえない』」に。

ところで、たとえばTwitter。iPhoneを使っている人はわかると思うのだけれども、もはやiOSに標準搭載の「アプリ」であるそれは、起動すると、タイムラインが表示される。これ、インターネットの産物だけど、ウェブではない。とりあえずここでは、Twitterはウェブサイトがあり、同時にアプリがあって、そこは分けるべきものと思って欲しい。

インターネットは生まれてからずっと速すぎたんだと思う。よくしらないけど、例えばTwitterが登場し、日本語版が無かった時期にすでに関心のあった日本人はアカウントを持っていて、ところが少しして流行し、簡単に言えばそこでのリテラシーに苦悩しない人々の大挙に辟易し、次のところへと移動する。未だかつて無かったメディア、それも誰でも使えるメディアが成熟するための時間などは、基本的に与えられ得ないのが、インターネットなのだろう。メールのBccのことすらまだ良く知らない人ばかりだ。だのにクラウドだなんだと言われてかわいそうだ。

で、アプリは親切設計の可能性がとてもある。バカでも使えるようにしてやろうって感じだ。直感的インターフェイス、という賛辞が生まれた。

俺、なんか怖いんだよな。「よくわからない、やばい」とひとびとがなる前に、「よくわからないけど大丈夫らしい」に何者かがしちゃう速度のほうが断然速いから。それに、「よくわからない、やばい、けど、もうどうにもならない」への速度も。

今年、拙作『美しい話は綺麗な心の列車/ナイトランペット』に書いた次の一節の意味がわかってきた気がする。

このメタファーを持たない森で、世界は震動しわたしは集中する。何も暴走しないのだ。

そんなわけない。わたしはもう、ここでは語らない。わたしがここで何を求められているのか、それがわたしにはわからない。だからここではもう、何も語りたくはない。

と、引用したが、やはりさっぱりわからない。修行僧になりたいくらいだ。

2011. 12. 27|TUE

24日からぐったり/呆然としていた。寒いし金も無いので体調が悪かったのだった。でもまあ、日記を振り返って読んでみるといろいろと金を使っていて、その時はあったんだろうけど、今は無い。大体、月末は約束された大きな出費があるわけだけれども、いっつもその明確な数字をぼんやりと眺めていたわけだ。でも、それはそれとしても、帳簿を見るとやはり厳しいわけで、でもま、何とかなるだろうというふんわり感が雲散霧消し、呆れ果てて、それからバイトを探していた。

でもなんだろうな、名前と性別と年齢と最終学歴を伝えただけで、履歴書を送付/持参もさせてくれず断られる、しかも連続で、は初めての経験だ。もうちょっと自営で頑張れということか、と一瞬思ったが、『街道筋の着地しないブルース』をHMVで衝動買いした時、偶然ポイントが何倍かのキャンペーン中で、そのポイントが使えるから、さっきローソンでパンを買って食べた。もうどうしようも無いしな。もうすぐ2011年とお別れして2012年だってのにノロノロしていて腹が立つ。

そうだ。バストリオ『Rock and Roll ―あなたにとって大切なのはココロ―』の特設サイトが出来ました(ポスターも出来てます)。松下(壽志)さん撮影の写真が良いから(影と色がすごく綺麗)バーンと使おうと全画面の背景にしているのだけれども、加えてこれ、横スクロールにして欲しいとの要望だったから、難しかった。いま使われているであろう大体の画面サイズには対応したつもりだが、うまくいっているのかしら……。

あー寒い。体痛い。眠い。金無い。がんばろう。

2011. 12. 24|SAT

昼に妹からクリスマス・プレゼントが届いた。嬉しかった。それで、俺は何も送っておらず、そもそも年相応の贈り物を買う金が無く、一体、俺は何をしているんだ、と嫌になった。

真面目に勉強し、技術を付け働いても金が無いんだから、もうこんなことやめてアルバイトでもしようとアルバイトを探す。

莫迦莫迦しくてやってられない。なまじ舞台に出たり小説を書いたりしているから、面白いことなら金にならなくてもやってくれる人だと思われているに違いない。

そんなことに時間を割かずにアルバイトをしたほうがマシな生活ができる。大体、俺に仕事を頼んでいるのに、俺に支払うべき金額について何も考えてないやつが多過ぎる。もうほんと嫌だ。やってられない。

2011. 12. 23|FRI

22日は我が家で恒例のクリスマス・パーティ。とりあえず、プレゼント交換をしたいのだった。年末の忙しい時に、参加してくれそうな方、全員のスケジュールを合わせるのは不可能なので、早いうちに日だけを決めていたのだったが、今年の参加は少人数で、それは俺がハブ(Hub)になって出会う人たちだったり、でも、なんだか楽しい時間でとても良かった。

付き合いの一番長い友達である南(康彦)くんが、ふらりとやってきて、あと、むかし舞台で共演した山本(大樹)くんがやってきて、別段、丁寧に紹介なんかしなくてもみんなが仲良くやっていたので、ああ、良いなあ、と思い、夜中はWiiでドンキーコングをした。

南くんは、高専の同級生だが、同じく高専の同級生である男が、バイクで山道を、ハンドルの上に立ってウイリーで走行していたら転び、怪我をしてバイクに乗れなくなったので、そのバイクをもらえるのだと話した。いいなあ。1050ccらしいから、俺乗れないけど。10代後半の、みんなくだらないことをして時間をつぶしていた友人たちはどうしているのだろう。生きているのかな。

それから朝になって、みんな帰ったり寝てしまったりしたので、仕事のメールの返信を幾つかし、寝た。

23日。なので、寝ていたのだった。とても寒い。

2011. 12. 21|WED

20日。昼過ぎに京都造形芸大で峯(奈緒香)さんの展示「奇妙的上海朋友」を観る。峯さんから直接話を聞きながら見ていたのだけれども、写真がとても良かった。

最近、「不自由」という言葉にこってるのかな? と思われるだけかもしれないが、やっぱり不自由ということばを軸に俺は展示を見ていた。なぜ不自由なのか、不自由だからなんなのか、不自由なことをどう思っているのか、そういう摩擦を感じられるものは、やはり面白い。バカみたいな例えをすれば、重力が無ければ空を飛んだって感動できない、ということである。展示は明日22日まで行われているようなので、時間のある人は観に行けば良いと思う。

それから街に出て、18時ごろに帰宅。納品した品物をチェックしたりSkypeで仕事の打ち合わせをしたりし、それからあまり寝ていなかったのでうとうとしていると、(伊藤)あやりちゃんとトミー(佳美)がやってきた。「何の用事だ」と言ったものの、さっそく炬燵で飲食をし始めたので、炬燵から首だけを出した格好で話を聞く。

深夜1時頃帰っていった。

21日。眠いのに早朝に目が覚める。夜、発注の品物が届く。テレビで「家政婦のミタ」最終回。終わってしまった。これから、何を楽しみに生きていけば良いのか……。

明日22日、たぶん19時ごろから我が家で、毎年恒例のクリスマス・パーティがあります。たしか、1,500円以内のプレゼントをお持ちより頂き、なんか適当な食べ物を持ってきてもらうことになっていたと思います。あと、29日には忘年会があります。これも確か、19時くらいから。おかずと飲み物をお持ちよりください。どちらもたぶん、だらりとやっていますので、ふらりとお立ちよりください。

2011. 12. 19|MON

昨日に引き続き、16日に観たしたため『はだあし』についてだが、濱ちゃん(濱崎彰人)が役者として良いことは彼との共演や、彼と西山(真来)さんの二人芝居を観て十分知っていたことだが、少し分析のようなことをすれば、彼の潔癖な「動くということ」に対する思考と、簡単なイメージを拒否するいびつな身体がそれを実現していて、そんなことを言うと、はっきり言って誉め過ぎな気もするので、そういう感じのそれがちょっとあるということにしておきたい。

端的に言うと、濱ちゃんが、屈み、サイズの合わなそうな靴を、あまり光の当たらないところで長い時間をかけて履き、やっぱり全然サイズ合ってない! という姿になり、立ち上がり、歩き、去って行く場面があったのだが、(この時、下手で男女の会話があり、そちらにもちろん意識はいくのだけれども、冒頭から作られていた地面に近い場所への視線の誘導は強く、つまり、下のほうを見ちゃう感じがあったから、その濱ちゃんに自然と目はいくのだけれども、ただ、濱ちゃんがいたのは上手の、面であった[つまり、劇場の大きさなどからして、決して客席から見えやすい場所ではなかった/後ろの席だと、前の人の頭で隠れそうな場所、ちなみに俺は、一番前の席だった]ということが気にはかかる[果たして、どのように意図された演出だったのか]のだけれども、それはそれとして、下手での男女の会話へと視線を映すことによって切断されることにより、より長い時間だった彼の行為)それは、全体の構成を見てもとても良い場面で、だから思ったのは、彼のそのことのような意志が序盤にもっと積み上げられていれば、ということである。

あと、もっと簡単な感想として、照明が素晴らしかったのだけれども、音響は良く無かった。これ、結構大きいんじゃないかな。

さて、日記を書こうか。家の、洗面所の灯りのためのスイッチが、一度直して半年程度問題なかったのだが、またおかしくなって(点いたり点かなかったり、点いても明滅)、修繕を試みたのだけれども、先ず、前回、徹底的に直さなかったために気になっていた箇所/疑っていた場所を徹底的に直すも、依然不調で、あれ、じゃあこっちかな? とちょっとしたことをしたら直った(っぽい)ので、順番を間違えたなァ、となる。家が寒く、手がかじかんでいて、針で親指を刺してしまって痛い。刺し損だった。しかし、修理、という行為はほんとに好きだナ、俺。問題と徹底的に向き合い、試行錯誤し、元に戻す美しさ。もっと簡単、つまり、大した経済的リスクを背負わなくとも、修理以外の選択肢がある中(いま)で、その行為は、機能回復だけを求めているわけではないわけで、そのことが、好きだ。日曜大工が好きな人が多いというのは、こういう理由だろうね。小さな喜びがある。小さな喜びは、もともと小さなことだから、向き合い方を変えれば、些事でしかない。

やっぱり、そういったものを下敷きにして、どこかへ行こうとしなければならないのだろうか。このことについては、少し悩む。それが悪いということでは決して無くて、むしろ良いのだが、……その時、俺は、とおくの大きな何かに届かない怒りのことのほうが、いま、気にかかるのだった。敗北のことである。いつまで経っても、バカみたいに、朴訥と、犬のように、与えられる敗北を拒み続ける。そうしたいとか、したくないとかっていうより、良いとか悪いとかで言えば、悪いっていうか、ただただ……、つまらないと思う。だけど、どうしても目を瞑れない。

2011. 12. 18|SUN

こんばんは。17日のことから。それは昨日だった。びっくりするくらい無為に時間を過ごしてしまった。ぼんやりとしていた。何もする気が起こらなかった。

18日。晴れ。灯油を買いに行く。良い天気で、表は比較的あたたかかった。でも家は寒くて、夕方に少し寝ようと布団に入ると冷たく、湯たんぽでも用意しようかと思い布団から出ると、ちょうど飼い猫がいたので抱き上げ、布団に放り込んで寝た。起きたら汗だくだった。ちょうど良い頃合いで布団から出て行ってくれるとなお良かったのだが、とにかく暖かかった。

Leiden

一昨日、16日に観たしたため『はだあし』だが、俺がしっくりこなかったのは、そこで行われていることが、丁寧であると同時に、簡単に感じられたことだった。もっと残酷で、もっと不自由であるべきだと思ったのだった。

ところで、俺の父親が電車に乗っている姿を、俺は見たことがない。生まれてから、一度もない。だから、父親は俺にとっては、電車に乗らない人でもある。ある日、父親と電車に乗ることになったら、どうだろうか。俺は、なんとなく、吊り革を握る父親を見たく無い気がする。俺は電車が嫌いじゃない。それとこれとは、別の話で、つまり、俺はいつのまにか、電車に乗らない人が電車に乗る人に変わることを恐れている。

ただ、28年間、一度も見なかった姿は、ふいに現れるかもしれない。そういうものだと思う。特別の日ではなくて。その時、俺が何を思うかは、わからないというほかない。何も思わない可能性すら、否定はできない。

簡単というのは、なんだろう。たぶん、重心に関することじゃないだろうか。きっと、体の中心ではない、また別のどこか、そこにある重心が、体を不自由にする。それが見たかったのかもしれない、と観劇後に気が付いたのだった。

昼過ぎ、そういうことを考えていて、「曠野と野生」という小文を書いた。それは、あまり考えていた事とは関係の無い文章だった。「きっと、体の中心ではない、また別のどこか、そこにある重心が、体を不自由にする。それが見たかったのかもしれない」などと書いたが、そのこともまた、疑わしいのだった。

結局、「ことば」について考えているのだった。ことばを骨抜きにしたい。それだけのために、俺はことばを書いている。不自由このうえない。だから、簡単をつい疑うのだろう。電車に乗る事もまた、困難なのに、どうしてお前にはそのことばが? そういう思いなのだと思う。つまらないと思う。だけど、どうしても目を瞑れない。

2011. 12. 16|FRI

先ず、Sunday。Tokyo No.1 Soul Set『Sunday』と悩んだけど、The Velvet Underground『Sunday Morning』。

Monday。これはNew Order『Blue Monday』で決まり。

Tuesday。これはThe Rolling Stones『Ruby Tuesday』で決まり。

Wednesday。Wednesdayがなあ、思い浮かばない。なので、頓挫。日記を書こう。16日。Friday。タモリ『Kurui-Zaki Friday Night』、もしくはZAZEN BOYS『Friday Night』。アトリエ劇研にしたため『はだあし』を観に行く。

夜中に洗濯物を干す。

2011. 12. 15|THU

昨日、あまり寝ていないにも関わらず、眠れず、というか、眠る気がせず、朝になり、眠る気が起きないことにも疲れたので、コンビニにビールの500ml缶を買いに出る。

それを飲みながら「めざましテレビ」をながめているうちに眠っていた。気が付くと外は暗かった。

夜、テレビで筒井(康隆)さんが「据え膳食わずに小便をする」と言っていた。

2011. 12. 14|WED

未明。東浩紀『一般意志2.0』読了。序文にあるとおり、思想書にほとんど触れたことのない俺にもわかり良かった。筒井康隆『邪眼鳥』の文庫の解説を書いていたことから知り、傑作『敵』の書評を読み、それからはわりと著作を追ってきたのだが、俺が歳をとったのも多少あるだろうが、それでも今までの著書に比べ随分わかり易く、欲を言えば、ここで語られる「夢」の背後につきまとう闇というか、影ではないから、やはり闇か、そこへの硬質な言及もまた読みたい。

さて、昨日のメモのような日記に目を通し、とりあえずは「もし「クラウド・コンピューティング」が「痛快!エブリデイ」で紹介されたとしたら。」というそれが一番気になってはいるものの、冗談のように書こうと思っていたそのもしも話を今日、改めて想像すると、無限に近い副次的な問題が想起され、めんどうに感じる。あと、『トイ・ストーリー3』はすごく面白かった。それから、麓健一『コロニー』はなんだか物足りなくて、『美化』をふたたび聴いている。

午前9時ごろから正午過ぎまで眠り、街に。帰宅後、仕事。入稿がふたつ。夜、テレビで『家政婦のミタ』。コマーシャルを増やして拡大版と謳うことには辟易するが、やはりドラマは面白い。『絶対彼氏』から好きな相武紗季が(『ゴールデンスランバー』も良かったけど、ちょい役だし)今までで一番良い。いっつも間違ったイメージの衣装を着せられている印象の彼女だが、これだよこれ、といちばんかわいい。

相馬(称)さんの12月12日付けの日記「Diarist A Go Go, Part 2」はいろいろ面白くて、で、特に気を惹いたのが、「クラウド」に関するあれこれの記述の中の(もちろん、この前後の記述が大事なのだけれども)、

わたしは雲の上の〈わたし〉をうらやむことになるが、しかしそこで疑ってみたいのは、その〈わたし〉なるものが出現するのは、はたしてほんとうに雲の上なのだろうかということである。

で、それで俺は「もし「クラウド・コンピューティング」が「痛快!エブリデイ」で紹介されたとしたら。」という想像をしたのだけれども、それはつまり、(桂)南光は、それの紹介をついつい「いまはですナ、「クラウド・コンピューティング」っちゅうハイテクなもんがありましてですナ」と、「ハイテク」って言っちゃうんじゃないか、と、そして、クラウドはハイテクって言われたくないんじゃないかと、そういうあれなのだけれども、さらには(桂)きん枝による、(中田)ボタンへの「(ボタンが)いま付き合ってる女性の名前ちゃいますの」といういつものあれから始まり、悪ふざけでクラウドは木っ端微塵にされるのではないかと夢想していたのだったが、そういう冗談を思いながらも、ブラウン管(薄型テレビは似合わないね)に映し出される彼らもまた簡単に「島宇宙」という言葉に収斂されることの想像の容易さに挫け、もういいや、となったのだった。

……しかしとにかくTwitterが最近、ちっともおもしろくないんだよな。フォロー=ほんとうにつぶやきを読みたい人、にしたら、1/10くらいになるんじゃないかな。で、そんなことするのめんどうだしな。いやんなるよ。なんかわかんないけどいつのまにかオーバードーズ。そういうものかオーバードーズ。欲望が良くわからない。Overdose Sensation。

2011. 12. 13|TUE

さて日記だが、書きたいことはたくさんあるのだけれども、面倒くさい。ただ、後に書くかもしれないから、備忘録として単語だけでも置いておこうか。

11日。日曜日。円と球だと、中心からの距離を一定に保って移動する時の目線がどうたらこうたらというようなことを考えていた気がする。球だと中心を意識しないこともまた可能だとかそういう。東浩紀『一般意志2.0』読み始める。

12日。買って読んでいないハードカバーが溜まってきた。まずい。文庫ならまだしも……。日付変わり、麓健一『コロニー』、iTunes Storeで。450円だったからおかしいなと思いつつ買ったのだが、今(14日未明)見たら、1,500円になっている。果たして450円で買えたのだろうか。

13日。恵文社で『ペンギンブックスのデザイン 1935-2005』を衝動買い。金欠の今?というのもあったが、読み始めると安いなこれ、という内容の充実。塩蕎麦。もし「クラウド・コンピューティング」が「痛快!エブリデイ」で紹介されたとしたら。Apple TVで『トイ・ストーリー3』。

2011. 12. 10|SAT

ああ、寒い。徹夜だったので、朝方に眠り、正午過ぎに目覚める。それから、夕方にまた少し眠る。

皆既月食は空を見たけれども、目が悪いのと、月の光が強いのとで良く見えなかった。満月なだけで十分綺麗だと思う。

マイクロポップについてほとんど何も知らないのだけれども、適当っていうか、大体、この日記には適当なことしか書いてないのだけれども、絶対的中心があって、戦術としてマイノリティ/外側/郊外から仕掛けるというようなこと、というのは理解できるのだけれども、なんていうのかな、なんか、スパイとか、そういうあれのイメージだけど、ふつうに、スーッとやれば、案外邪魔されずにど真ん中に侵入できるんじゃないかなあ、とか思ってる。いまこそ、っていうか。スーッと行けるんじゃねえか、中心。って。

でもさ、中心にスーッとたどり着いたとしても、立ち尽くしそうよね。呆然となっちゃうというか。外側から石投げてるほうが楽だし達成感もあるし、っていう。外側からの「いたずら」なら幾らでも想像できるけど、中入っちゃうと、ちょっとなあ、なんか、違うっていうか。っていう感じ。

安易に、中心は実は空洞なんじゃないか、とかも思うのは思うんだけど、っていっても、わかんないしね。

今、中心とその周辺のことを述べながら、おれ、円を想像してたんだけど、円だからダメなんじゃないかな。球だとしたら、もうちょいなんかあるね。でも球だとしたら、さっき想像した、スーッとって感じでは中心に行けない感じもするね。

2011. 12. 9|FRI

京都は本格的な冬に。夕食は珍遊でラーメン。徹夜で仕事をしたので、朝方に書かれる日記。何か書く事、あった気がするんだけどな。それにしても朝だ。朝は良いな。腹が減って眠くてとおいとおいとおい。 『Long, Long, Long』はGeorge Harrison。

2011. 12. 8|THU

雨である。「Diarist A Go Go」というタイトルで書かれた相馬(称)さんの日記は今日読んだわけではないのだけれども触れれば、気になっているのは、

■ 3日付の日記として書かれた児玉(悟之)君の文章はなかなかに刺激的で、なにもわたしの発言がそこに引用されているからばかりでなく、これはちょっと応答せねばならぬのではないかという思いにかられたが、そこでまず、さきに言っておくならば「おれはあーちゃんかな」ってことである。

とあるように、俺の3日付けの日記への応答であったものの、そのへんのことを俺は忘れて、とにかく「Diaristかあ……」と、その言葉の感じである。

乱れ飛ぶ 怪電波

俺はずいぶん以前から、「日記家」という、Diaristを訳した言葉のことを考えていて、日記を書くことで家は建たないのか、と思っていたのである。まあ、建つはずないんだけど、建つかもしれないとも思っていて、それはどういうことか、常々考えている。

いちばん簡単なのは、自分の日記が書籍化され売れる、ということだが、ブログの書籍化が流行った当時、「でも、本になるブログにはおもしろいことが書かれているわけで、著名人でもない俺の日記に何の価値が……」と当たり前のことを思い、しかし引き続きその線で考えた結果、「なんだかよくわからないが、書籍化され、そしてなぜか売れる」ということが起これば、日記家になれる、となったのだった。とにかく、よくわからないことが起こるしかないと。で、それ以外の日記家なるものになる方法は思い浮かばず、とりあえずよくわからないことが起こらないかな、と思って書かれ続けているのがこの日記である。

という、どうだって良いことを書こうとして、そして書き始め、いまふと思ったのは、俺の3日付けの日記には何が書かれていたっけかな? ということである。読み直すと、どうやら「越境」について書いたようだ。で、上に引用した通り、相馬さんは応答してくれたわけだけれども、あれ? 相馬さんは俺の日記の何に応答してくれたのかな、といま思ったのだった。

確実なのは、「俺はかしゆかが好きだ」ということに対する、「おれはあーちゃんかな」という応答だが、それ以外にはこれといって思い当たらず、だけどまあ、あらためて考えるまで違和感は無かったわけで、だからこれはまあ、

まあ、「これ」っていうのはツイッターのことなんだろうと思うけど、いったい「デコードされたことばがエンコード元に届く」とはなにごとだろう。

これに対し、こういうことですかね? と言いたい感じのそれってことだろうか。

……いままで、「よくわからなくなってきたので……」というような文句を、別にそうではないのだけれども、ただ単に続きを書くのが面倒なので切り上げるために使ってきたのだが、今日はいよいよよくわからない。

そして夕飯はキムチ鍋。その後、お歳暮で頂いたチョコレートを食べました。ありがとうございます。あと、「WilD90」ってのをはじめたのでよろしく。あと、busstrio.comのスタイルシートの不具合を直しました。もし今までなんか調子悪いなあと思われていた方がいらっしゃいましたら、申し訳ございません。

ついでに言うと、演劇関係のデザイン・ワークスばかり掲載したり紹介したりしていますが、そういったあれはわりかし近しい人との仕事なのでそうしているだけで、ほかの関係の仕事もやっておりますので、ご依頼等あればお気軽にご連絡ください。

インターネットが福島原発の放射線を全部吸収して爆発して宇宙の塵になれば良いのに。

2011. 12. 7|WED

ENJOY?

6日。昼過ぎに梅田まで髪を切りに行く。THE SALONという店の野久保(恵美)さんと知り合ったのが去年の春だったと思うが、それから何度か通い、前回は7月、そろそろ髪を切らないとな、と思っていたところに、Twitterで切りに来なさいとのご連絡を受けたため出向く。

で、その後に月に一度の通院。大阪での用事をまとめた格好だ。で、ついでに書けば、俺が長年患っているパニック障害には、発作を起こしやすい状況、というのがあり、これは患者にかなり共通するため、ちゃんとした理由があるのだろうが、そのあたりはよくわからない。ただ、実際に自分が予期不安(呼吸困難になるような発作はもう何年も起こしていないため、あ、あんまり良く無いな、と体に違和感を感じ、気怠くなる程度のことしかこのところはないのだけれども、それを、予期不安と呼ぶようだ)を起こし、かつ、起こしやすいと言われる場所として、幾つか挙げれば、電車、人混み、レジに並んでいる時、美容院などがある。

で、まあ、レジに並んでいる時がそれである理由はいまひとつピンとこないが、それ以外で言えば、やはりそれらはそれなりの緊張状態にある。で、電車や人混みというのは逃げられるのだけれども、美容院というのがなかなかやっかいで、首にタオルや、名称がわからないが髪をよける布がまかれ、さらには首を固定し、しかもあまり動けないわけで、つまり逃げられない。

俺はもともと軽度であったし、ずいぶん快復もしたため良くは知らないが、このあたり、患っている人々の悩みの種ではないだろうか。で、病気の話はこのあたりにしたいし、そもそもなぜそんなことを書いたのかといえば、リラックスして俺の軽口を聞いてもらえる野久保(恵美)さんとの出会いはそういった面でもとても嬉しいものだったということを言いたかったからだ。

まあでも、そんなことはともかく、素敵な美容師さんだ。髪に無頓着な俺が薦めてもあまり効果が無いだろうけど(しかも持病のあれこれの文脈だし)、良いよ。

で、病院の帰りに寝屋川の実家に寄る。ひととおりくだらない話をして京都へもどる。

7日。フライヤーの納品。掲載のものがそれである。ラファエロの『システィーナのマドンナ』ですね。良い仕上がり。

2011. 12. 5|MON

先月あたりから、来年は卓上日誌のような大判の手帳を使うのだ、と意気込み購入した手帳でスケジュールを管理していたため、右手の壁にあるカレンダーが今月は真っ白で、不要になった、と思い、半分に折り曲げ捨てたのだったが、習慣になっていて、仕事中何度もカレンダーがあった、今は何も無い壁を見てしまう。

それで、やはりカレンダーを買おう、と思う。

ところで、俺はデザイナーだが、洋服の趣味がなんというか、田舎くさいので、夏以外はほとんどネル地のウエスタンシャツ、夏はTシャツ、とジーンズとスニーカーで、寒いと灰色のパーカーを羽織ったりカーキ色の上着を羽織ったりで、デザイナーどころか28なのに学生に見られているのではないか、とふと思い、同居人に問うてみると、全くもってその通りだと言われる。

どうしたものか。昔は、黒のシンプルな洋服も着ていたのだったが、白い毛の猫と暮らし始めてしまったため、黒だと毛が目立ち、どんどん灰色のものしか買わないようになり、この日記を書いている今などは全身、灰色以外のものは着ていない。ほんとうだ。嘘でもなんでもどうだってよいだろうが、ほんとうだ。部屋が寒いのでパーカーのフードも被っている。

で、カレンダーの話なのだけれども、洋服はそんなだが、中学生の頃、卒業文集にもそのように書いていたが、文房具のデザイナーになりたくて、府立高専に進学するか、もしくは大阪市立工芸高校に進学するか悩んだことがある。後者は、いまはよくしらないが、工業などよりも、より特殊なためそれなりに入学が難しく、倍率で言えば府立高専と変わらないほどだったのだけれども、いま思えば、学校的に(荒んだ中学校だった)、府立高専への進学者を一人でも多く出したかったのか(その年は結局、俺ともうひとりの2名だった)、しきりにそちらを教師に進められ、結局、ぼんやりと、自転車で通える距離だし、私服だし、楽そうだ、と流れて行ったのだった。あ、この私服というのがいけなかった気がする。毎日、洋服に工夫するのなんて面倒だから、それぞれ、制服的な洋服、をいつのまにか決めていたところがある。俺はそれが、ネル地のウエスタンシャツで、だから、当時と今、俺の服装は変わらないが、そんなことよりカレンダーの話にもどると、そう、だから文房具のデザイナーになりたかったこともあるくらい文具や雑貨が好きなので、机の上のものにはそれなりにこだわっている。だから、カレンダーもそれなりにこだわり、悩み悩んで結局、無印良品のそれを何年も使っているのだけれども、Amazonに新装版の『人間臨終図鑑』の3、4巻も注文しなくてはならないし、ついでにカレンダーも見てみよう、と見ると、良いカレンダーがひとつも無いのだった。

眠たくなってきたな。何を書きたいんだったけかな。カレンダーだよな。いや、いまのところ、カレンダーを半分に折って捨てたが、やっぱり要る、と思ったことしか日記的なことは書かれていないから、とりあえず日記的なことというか、日記を書くと、今日は珍しく、大体外出していた。あと、ここ数日寝起きの自分がくさい気がし、あれ、急にくさくなったのかな、いやだな、と思っていたら、布団から出るとくさくなくなったため、布団に疑いの目を向け調べると、購入して間もないため、なんだろう、なんといって良いかよくわからない、ポリエステルなのかな、の新品独特のにおいが原因だと気が付き、天気も良かったので布団を干したが、すぐに小雨が降って来たので取り込み、だからきっと明日の朝もくさいと思う。

2011. 12. 4|SUN

何もピンとこないまま一日が終わってしまった。

2011. 12. 3|SAT

Rock and Roll ―あなたにとって大切なのはココロ―

雨。小休止。家でダラダラとしていた。頭が痛かった。せっかく休むのだから、どこかに出掛けたかったのだが、雨で、頭が痛く、金も無いのだった。だからつまらない気分で家でダラダラとしていた。本も読まなかった。

昼過ぎ、納品先の東京よりも一足先にバストリオ『Rock and Roll ―あなたにとって大切なのはココロ―』のフライヤーが届く。色も綺麗に仕上がっていて一安心。

ところで、昨日から「越境」という言葉について考えている。昨日、キム・コッピを見たいだけの理由で足を向けたシンポジウムでのテーマのひとつがそれで、テーマの大きさや、通訳を通してのやりとりなどなどのせいで、なかなか話すのが難しそうだったパネリストを見ながら、俺は「越境」という言葉をひとり想っていた。

ここ数年の活動、主に高嶺格さんの作品にパフォーマーとして出演したことが考える基盤になるのだけれども、古い順から想えば、先ず『マンガン・ナイトクルーズ』。丹波マンガン記念館は当時、日本に唯一の、在日の方による被差別に関する記念館であった。そこでの閉館イベントがそれだったのだが、ここにはわかりやすい「越境」を考えるトピックが存在した。また、出演者であったナジャ・グランディーバを特別に挙げれば、そこには性に関する「越境」のトピックもあった。

次に『Melody♡Cup』。タイ人と共演し、バンコクで公演も行った。そこには最も有名な境界線、国境がある。長期のプロジェクトであったことから色々とあった。で、タイは同性愛が一般的であるから、いわゆる性に関する「越境」のトピックはここにも存在した。

最後に『ジャパン・シンドローム~step1 球の裏側』。ここで「境界」は曖昧になるが、いまの俺にはこの「境界」が一番、難儀なものに思えるのだった。この作品は、放射能を正面から扱ったものであったが、俺は作品制作のための取材を重ねるうえで、関西と関東にある壁を感じることになる。と、いうのも、震災からそれほど経たぬ4月頭、それから5月から7月まで俺は東京の東にいた。『ジャパン・シンドローム~step1 球の裏側』は9月の末に京都で発表された作品だが、取材は9月の半ばに行われている。関西から見る被災地はとおかった。国や性の境界よりもとおく感じられた。

それでハッとしたのだった。もともとあった小さな境界、みんなをバラバラにする何か、それを震災は露にしたのだと。もともとうすく、あり続けたがそれほど濃くはなかった(と思われた)それらが、震災後、主にインターネットによってその濃度を上げたと思った。情報格差、貧富の差、それらを基準に、インターネットが個を的確に分類した。そしていまだかつてない速度で、それぞれの境の壁を強固にしていった。

別に在日の人や、同性愛者に境を感じてはいないつもりだった。実際、俺はそこに偏見を持っていないと思う。それにタイ人とも、俺の英語が拙いせいで迷惑をかけたが、それでも、あるタイの共演者と話し込む夜だってあったのだ。だけれども、いま書いた、国内で無数に顕在化した壁は、それ自体が大きな問題であると同時に、実際、「越える」という意識が存在して然るべき境界の本来の姿をないがしろにするきらいがあるのではないだろうか。いまの一文は非常に情報過多で良くないのだけれども、つまり、錯覚を起こすのでは? 端的に(且つ大袈裟に)言えば、性や国の境も、Mac派とWindows派、猫派と犬派、そういった類いのどうだって良い境のポジションに引きずり落とされるのではないか、ということである。それは、良いとか悪いとかではなくて、とりあえず、おかしい。確かに、先ほど記述した「然るべき境界の本来の姿」なんてものがあるのか? と問われれば、それはわからない。だが、そのことについて述べ始めては、当然のこと、収拾がつかなくなる。そういうものである。つまり、ほんとうは、そういうことを語りたいし、語るべきだ。だけどそこに俺はいない。そんな気がしていて、だから俺はいま、眼前の、クラウドなそのくだらないものを軽々と「越境」する何かに思いを馳せているのだった。

こんな文脈の後に引用して申し訳ない気もするのだが、かつて相馬(称)さんはこう言ったのだった。

うん。話しているうちに決心はついたよ。やってやるさ。僕じしんも老け込むが、iCloudだって木っ端みじんだ。

それに対して、俺は「すごいぞ。やったー。」と応答しているが、ほんとうにI クラウドなんてものは木っ端みじんにされるべきなのだ。相馬さんが老け込むことに関しては、相馬さんの奥様のヒロイさんや、ルアプルの皆様に対して申し訳なくもあり、もちろん相馬さん自身にとっても大きな代償だとは思うが、それを差し置いてもそれはやるべきことだと俺は思うのだった。

もはや何を書いているのかわからなくなってきたが、これが日記だということを思い出し続きを書けば、昨夜、夢にかしゆかが出て来たので、俺はもともとかしゆかの大ファンだが、いよいよ、いよいよである。

2011. 12. 2|FRI

1日。その前日、無性に腹が立っていたので良くないと思い寝たのだったが、起きて気が付いたのは、28日に届いた無印良品の安い布団が思いがけず体に合っていて、布団を新調してからというもの、寝起きが良いということだ。そして、なんとも凄惨な夢を見たのだった。死体の山を白昼、歩き回り、夜に絶望する夢だった。

ところで、相馬(称)さんが、11月29日付けの日記で、

児玉君は怒ると、掛けていたメガネを外して食べてしまうという癖があるから、食べてしまったんじゃないかとそれが心配だ。

と書いていらして、俺はここ二日、

無性に腹が立っていたので良くないと思い寝たのだったが、

と、ここに書いているため、重ねて心配をおかけしていると思う。だが、ご安心ください。眼鏡は、食べていない。

俺の眼鏡は999.9のE-410(マットブラック)というモデルで、購入して8年以上になる。20代はずっとこれを掛けているわけだが、この眼鏡を購入した時期を覚えているのには理由がある。大学での、宮沢章夫さんの授業発表公演『ガレージを巡る五つの情景』が終わり、その秋、公演を機に仲良くなった面々で、スパワールドに行ったのである。その帰りに、おそらく俺は「もうすぐ新しい眼鏡が出来る」というようなことを言ったのだと思う。それで、ある女性と、「眼鏡は出来たのか」というようなメールのやり取りをし始めたのだった。そんなわけで購入時期を記憶しているわけだが、それからその女性と付き合い始め、バイクに二人乗りしていて事故にあった時も、一緒にKING BROTHERSのライブに行き、隣の人が突き上げた拳に飛ばされ、終演後、ビールまみれでライブハウスの隅に転がっていた時も、眼鏡は無事であった(もちろん、修理で直る範囲だった、という意味)。そして今年、その女性に踏んづけられた時はさすがにもうダメか、と思われた眼鏡だったが、四条烏丸の京都芸術センター近くにある999.9のみを扱う店舗で、なんとかギリギリ掛けられる状態にまでは回復したのだった。その時、この眼鏡はもう手に入らないのか訊いたところ、もう在庫は無い、さらに当時のデザイナーはもう999.9を辞めてしまったため、同じようなプロダクトが今後作られることはない、ということを聞いたのだった。レンズの劣化で見え難くなっており、レンズだけ交換しようかと相談しても、もうあまりもたないだろうからもったいない、と眼鏡屋に言われた眼鏡である。この先、そう長くは無いだろう。大事にしなければならない。

長くなったが、これがメガネを食べることをわたしに踏みとどまらせる理由である。

2日。夕刻、京都大学芝蘭会館山内ホールというところで催された「親子・暴力・越境 ― 混成アジア映画の可能性」というシンポジウムに出向いたのは、パネリストとしてヤン・イクチュンとキム・コッピが来るという情報からである。あの、『息もできない』の二人が! と半信半疑で向かうと、開場はがらんとしており、ほんとうかしら、と訝っていたら、キム・コッピじゃなかったら誰なんだ! という美女が現れたので、疑いは晴れたのだったが、先述のとおり、眼鏡が劣化していてその美女が見え難く、なぜ新しい眼鏡を持ってこなかったのかと自分に腹が立ち、思わず掛けていたメガネを外して食べてしまうところであった。しかし、そうすれば余計にキム・コッピが見えなくなってしまう。

長くなったが、これがメガネを食べることをわたしに踏みとどまらせる理由である。

参加者が10人程度だったと思われるそのシンポジウムは終わり、少人数ゆえか、パネリストの方々はその後、気さくに写真撮影やサインなどに応じていて、だが、そんなことをしてもらうと、キム・コッピ以外のことが考えられなくなる気がしたため、慌ててそこを後にする。夕食はミリオンでロシアンバーグ。帰宅後、連絡を待ち、日付が変わるギリギリに入稿。キム・コッピと写真撮影をしていたら、おそらく今日の入稿は難しかっただろう。わたしは勤勉だ。

もう寝よう。