April 2009
29日。cossiの家にchikinと来訪。Wiiで「バイオハザード」をしたりとただ単に遊んでいたら深夜。帰り路、道に迷う。
本日。午前起床。細々と色々。書こうと思えばいろいろあるのだけれども、モチベーションが無い。
フライヤーやポスター、webのデザインとは別に、広告媒体としてではないヴィジュアルを作りたいなあと思うも、ただまあ、そんなことをしている人はごまんといる中で、ただ単なる愉楽以外のモチベーションが無いかと考える。
で、まあとりあえずweb上のスクラップブックでも作ろうと「Tumblr」という、まあブログツールなのだが、非常に簡単に画像データとそのソースを更新できる海外のサービスがあり、それを利用する。で、名前を何にしようかと思い付けたのが「WilD90」というもの。今はただ「Tumblr」の個人ページの名前にしているだけだが、「WilD90」という名で何かしたい。初めは「jajajajarn」とは別の個人音楽ユニットにしようかとも思ったが、バンドでも良いなあとか。ここ数年、個人での活動ばかりで、「SHIENYO|紫煙葉」も現状では俺自身の露出が大半だし(ちょっと、頼むよみんな)、それはチームにしたい気持ちも強い。「Ryan McGinley」のようなスタイルで写真を撮るのも楽しそうだし。とにかく言葉じゃない何かが良い。
さて、繰り返しているこの告知にあまり効果が無いが、とはいえわりと色々な人がここを見ているのは知ってるんだからね。「SHIENYO|紫煙葉」で何かしたいという方、mail@losco.jpまでお願いしまーす。
さて、少し日記が滞ったのだけれども、ただ単に書きたく無い気分だったからだ。
先ず、木村に約束したので先日観劇した「chatty + gallop」の『確固たる空腹へ』の感想から。これ、「何を見せるか」よりも「どう見せるか」に焦点を置いた方が良いと思うのでそうするが、恐らく、「特に悪く無いが……」や、「いまひとつ何かが……」の「……」の部分の多くは「どう見せるか」の熟成が出来ていないことに起因するのではないだろうか。
俺が思ったのは、例えば美術なのだけれども、それはアクティングエリア三面が文字の書かれた幕で覆われていた。つまり、客席に向けての一面だけが開かれている。舞台の性質上それは当たり前のことだが、俺は四面囲まれていたほうが面白かったのではないかと思ったのだ。極端に言えば、客席と舞台の間にガラスなりマジックミラーなりがあれば、見えようは大きく変わっただろう。だが、そんな大掛かりなことはできないだろうし、よくよく考えればそんなことをする必要は無いのだ。開場中、客席と舞台の間には幕がかかり、そこには映像が流れている。開演と同時にそれを上空から飛んできた木村が破き、幕は開けられる。この「大見得」にその後の肉体が(特にgallopサイドが)全くリンクしていない。これは「粗」の一つの大きな例で、これに類することは多数あった。つまり、「外側」なのか「内側」なのか、どちらなのだ、どちらを見ている/向かっているのだ、という疑問だ。だが、この疑問に依って落ちない感覚もまた、別の問題が解決されれば裏返るかもしれないとも思う。というのも、「chatty + gallop」つまり二つの「もの/こと」が「+」と表されてはいるものの、二つのベクトルがずれていることが最も気にかかったのだ。ずれるのならば、ずれ方がある。計算が必要である。しかし、自然発生的ずれは、分裂をもたらしたのだった。これは細かいがしかし、必ず観客の意識に残る小さなずれのことだ。……ああ、こう書いて行くときりが無いなあ……。あの、まあ、無責任にズバッと言ってしまえば「まだやることは山ほどある」ということだ。『確固たる空腹へ』の道は険しいのだということだ。ある種、開き直りが足りなかったのかもなあ。
ほとんど何も言えていないに等しいが、このくらいにしておく。ただ、一番言いたいのは是非、続けて欲しいということだ。
さて、日記に戻る。
滞った日々のことはあまり覚えていない。体調はぶらぶらしている。時系列を無視して思い出すままに。
「80KIDZ」というバンドが気になってHMVに行った。アートワークも良いし、幾つか聴いた音から、ヨーロッパ(フランス/イギリス/ドイツ)あたりの新人だと思い込み輸入版を買おうとし、それが無いことから彼らが日本人だと知った。日本でこんな正攻法が可能になったのは完全にネットの影響だろう。「80KIDZ」はオフィシャルサイトを持たず、情報は「MySpace」にまとめられている。リンクを貼っていないのは、俺のネット環境(G4)にはやさしくないサイトで、Safari(FireFoxが3になってからこちらもまたG4にやさしくないため、仕方無く今はSafari4 Public Betaだ)で開こうとするとフリーズしてしまうからだ。
続いて豚インフルエンザのこと。これ、少し前(豚インフルエンザの報道前)に「ほぼ日」で連載していたこのページを読むのが良いと思う。おばけと一緒で、正体が不明確なほど怖いのだし。
新しい財布を買った。LOTO6で1,000円当たった。iPhoneにしようかと考えている。「ショップ99」あらため「ローソンストア100」のコーラがなかなかいける。俺はもっぱらコカコーラ(日本製)中毒だが、次に好きなコーラとして(一番好きなのはアメリカからの輸入コカコーラ)チェリオのBYGコーラがあり、それに味の系統は似ている。そのBYGコーラよりは下だが、とはいえ炭酸も甘みも酸味もなかなかバランスが良い。そして何より1リットル100円(税抜)が素晴らしい。倍、飲める。破けたジーンズを修理に出す。京都駅近くの「第一旭」でラーメンを食う。ナイスラーメン。あごが痛い。寒の戻り。早く「グラン・トリノ」観ないと!
雨。昨晩は、『WALL・E』をDVDで観た。なんというか、もっと「やった!」とか「ピンチ!」とか思わせてくれれば良かったのになあ。中学生のころ、部活が休みで早々に帰宅すると、小学校から帰宅していた妹がビデオでドラえもんの映画を観ていた。作品名が出てこないのだけれども、作中、ドラえもんは何かがきっかけで壊れてしまう。しばらく壊れている。そしていよいよのび太がピンチだという時に、ドラえもんは復活するのだが、中学生だし「なんだ、ドラえもんなんか観ているのか、ああ、疲れた」という風で何気なくそれを観ていたつもりの俺は、その復活の瞬間、無意識に大声で「やった!」と言ってしまい、妹はそれに驚いて俺を振り返った。凄く恥ずかしかったせいで良く覚えている光景。あの日のドラえもんの様なベタなピンチ/やった、はもう流行らないのかしら。「そういうんじゃないんだよなあ……」的なものが『WALL・E』にはあって、そういうのだったほうが良かったなあ、という素朴な感想。
さて、雨の今日だが街に。いろいろ出費。同居人に誘われて『確固たる空腹へ』二回目。
帰宅して『トウキョウソナタ』をDVDで。
観終えて、何もしたくないし、眠りたくもない。脳科学的にそれはどういう状態なのだろう。満足なのか。この時、煙草は便利だった。顧みれば滑稽ないろいろも、鑑賞中は息をも殺す。飲みながら観ようと思っていたコカコーラは蓋も開けられなかった。
さて、昨日23日のことから。午前起床。webの作業を幾つかした後、急ぎの仕事のため自宅待機。本日初日だった『確固たる空腹へ』のパンフレット制作である。それを終えて、夕方、劇場に直接持って行き、ぶらぶらして帰宅。早々に寝る。テレビやネットではSMAPの草なぎくんが逮捕された報道ばかり。
本日。早朝起床。テレビやネットではSMAPの草なぎくんが逮捕された報道ばかり。なんだ。良いにくいことかも知れないが、俺がこの小さな場所で声を大にして言いたいのは、逮捕した警官、逮捕しなければ良かっただろう、ということだ。穏便に済ませればよかっただろう。俺が警官なら、現場に駆けつけ、「あ、草なぎくんだ。大事になったらかわいそうだから内々にしておこう」と、絶対そうする。これは、昨今妙に過剰な「ちょっと隠してバレたら何言われるかわかんない」状態を批判する気持ちももちろんあるが、それとは別に、想像力の欠如を批判したいのだ。
薬物反応が出ていないのに「家宅捜索」を行ったことなどは、「やべ、何で逮捕しちゃったんだよ。薬でも出てこなきゃなんか、ちょっとしっくりこねえじゃん」だよ、絶対。加えて、鳩山総務相だよ。「ここで先陣をきってキレとけば国民のハートをゲット」的な策略で鳩山なんかよりずっとがんばってる草なぎくんを「最低の人間」呼ばわりとは何事か。お前が最低だ。
と、言うような、常識的人間の(俺は自身のことを非常に平凡だと自負している)思いを反映してか、様々な報道は方向転換の予兆を見せている。全くつまらない話だ。
同話題の参考ウェブログとして、「web-conte.com」と「笑犬楼大通り 偽文士日碌」を。
さて、夜、アトリエ劇研で『確固たる空腹へ』を鑑賞。明日明後日もやっているからまた後日に語ろう。

本日は「IKEA」に行く日だとずいぶん前から決まっていた。関西では大阪の大正区にある。写真がその「IKEA」。周りには何も無い。難波からシャトルバスが出ていた。巨大な店舗と同じ配色のバスが来るものだと思っていたが、「貸切」と表示された市バスが来てしまった。青 × 黄のものもちゃんとあり、それと途中すれ違う。
大正区は大阪湾に接した工場地帯で、加えて埋め立てられた土地も多いせいで巨大な橋が多くかかり、難波から25分、どこに連れていかれるのだろうかと思う。こんな土地を走る市バスなど無いだろうから、シャトルバスより新鮮なビジュアルが見れて良かったかも知れない、などと思ったのは、使い古しの市バスで互いを見知らぬ者たちが移動を続けるロードムービー型の小説の構想があったからだ。さて、そんなわけでテーマパークにやって来た様な気分で「IKEA」に。
金も無いのに「IKEA」に行くと困るね。確かに驚くほど安いものも多く、ただ、帰りが電車であることから、大きなものは買えなかった。京都への配送料は大変高額なのだった。そんなわけで細々したものを幾つか。一緒に行ったchikinのトミーはハンガーを一つ買っただけだった。そしてハンガーを片手に夜の大阪へ消えて行った。
そんなわけで、完全に「IKEAに行った日」の日記だ。今日は潔くこれで終わろう。

午前中、懸案だったサーバーの移転とドメインの移管を進める。データベースのバックアップをインポートするのは初めてだったが、滞り無く進み一安心。まだ幾つか移動未のものがあるが、手順は一通り押さえたからスムーズにできるだろう。
午後、アトリエ劇研に制作したフライヤーが届いたため確認に。写真のもの。以前も書いたが、少しだけ『わたしは真悟』を意識している。公演の詳細は「木ノ下歌舞伎」にて。
その足で京阪に乗り医者。今月、あまり体調が芳しくなかったのもあり薬を調整してもらう。
さらにその足で実家に寄る。
帰宅は午後11時。
「SHIENYO|紫煙葉」に「連載小説『旅』|第七回」をアップしているが、これでストックが無くなってしまった。今で合計400字詰め40枚ほどか。『旅』とはまったく趣きの違うものもまた、こちらは不定期として連載したいのだが、いよいよもっと俺ばかりになってしまうからもう少し待とう。
『グラン・トリノ』がもうすぐ公開。

昨日、18日のことから。近所のカフェで高嶺さん(高嶺格さん)がトークショーをされるということを知り、で、あと『FujiiRock』という良くわからないイベント(光清寺というところで行われた)で同居人が踊るというからその二つをはしごしようと思っていたのだったが、俺は完全に寝てしまった。起きたら同居人は帰宅していた。イベントはとても楽しかったのだという。来れば良かったのに、と。最悪やー、こんなにぼんやりとしていたらいつのまにか死んでるぞ俺、と憤る。
本日。早朝起床。昼から岩澤さんの写真を撮りに鴨川へ。やはり人を撮るというのは難しい。短い時間だったが200枚ほど撮り、うち2枚は、これなかなか良いんじゃないか、というのがあり、帰宅し確認しほっとする。技術も機材も無い素人だから、俺に頼んでくれている以上、俺が良いと思う被写体を撮るのが精一杯だ。
で、午後の浅い時間に帰宅し、なんとなく『TRON』を観て仮眠。だが、仮眠とは到底呼べないほどの時間寝てしまった後の今である。写真は天候も良く暑いくらいだった今日の、人が溢れる三角州。
amazonから届いた石川直樹の『最後の冒険家』を読む。
ありきたりな話で申し訳ないが、よく10代後半から20代前半に東南アジアに旅に出る人を見るが、そういった一種のステレオタイプをずっと斜めに見ていた。なんというか、どのみち帰ってくるのなら楽しい旅行をすれば良いのに、わざわざ「冒険じみる」こともないのではないかと、ひねくれていたのだった。
とある友人は(高専時代からの友人の南くんだが)昔、沢木耕太郎の『深夜特急』に触発されて東南アジアへ旅立ったが、帰国後、彼は特にその旅の話をしなかったし、俺も聞かなかった。もうそれから5年くらい経つが、今その旅をどう思っているのかという話は聞きたい気もする。
で、『最後の冒険家』である。この本が良いのは、読後、「よし、俺も冒険に」と微塵も思わせないところ。つまり「冒険」というマッチョな美学を過剰に装飾せず、かつ、だからといって醒めた客観性で観ているわけでもなく(当たり前で、なにしろ筆者はその中で「最後の冒険家」と称する神田道夫と共に死にかけている)、その「冒険」を美しく記している点である。そうすることが、「最後の冒険家」の「冒険」を、他者にとってもっとも有意義な形にしているその機能美こそが感動的だ。良い。
深夜、テレビで『シアトリカル 唐十郎と劇団唐組の記録』を観る。ぼんやりテレビを観ていると突然唐十朗ががんがん映り、映画の詳細を浜村淳に語られてしまえば、周りに演劇をやる人間が多数いる身として観ざるを得なかったのだけれども、途中、思いがけず巧みな「映画」であることに気付いた時には少々興奮した。
さて、日常について書く事がちっともないので長々と観たものの感想を書いてしまった。
日記が長くなるが、昨日の日記に書かせてもらった「web-conte.com」で、ここ(LOSCO)のことを書いて下さっている事を知り、恐縮する。その中で、
なぜリンクを張ったかということで答えれば、サイトがかっこよかったというその一点しかない。かっこよかった。やられた。こうありたいものだよまったくと思う。こういう、すぱっとした感じにはいつだって憧れてしまうのだわたしは。
と褒めちぎられてしまい、このことを笑顔を殺して同居人に話すと、「auの占いによると、今日のてんびん座は人に誉められて調子に乗ると痛い目にあう」とのことで、てんびん座の俺は浮かれてはいけない。なので、
よく知らないのだが、児玉君はWebデザインをなりわいとしているらしい。
という点については、しっかりと否定しなければならない。できればもっとwebサイトの制作を頼んで頂き、学びたいとは思ってはいるが、現時点では趣味に毛が生えたようなもので、どちらかといえばアルバイトの自転車屋さんでの収入が多いし、しかもその仕事も持病のパニック障害のせいでままなっていないから、なんというかピンチだ。浮かれようもないじゃないか。
まあ、そんなことはいいや。それよりどうもありがとうございます。今後、たとえば今野くんや和加子さんに会いに東京に行く際、何かの機会でお会いできれば幸いです。
さてさて、昨日から起きていたアクセス不可は結局サーバ障害で、今は復旧されているため大丈夫なのだが、「chikin-base.com」だけ、例えれば、テレビ局のアンテナがダメになったのにテレビがおかしくなったと思ってテレビをがちゃがちゃしてしまい、そのせいでテレビ局のアンテナは直ったのに映らなくなってしまった、というような、私の未熟さ故の二次災害のため、まだ見られない状態が続いている。なんにしろ、説明責任を果たさないテレビ局(例えでの)が悪いのだが、とはいえ申し訳ない。面倒さ故に足取りの重いサーバ移転を進めなければ。
あ、そうだ。アクセス解析を見ていたら、愛読させてもらっている「web-conte.com」からのアクセスがあり、なんだろうと見るとリンクを貼って下さっていた。ことあるごとにwebのデザインの参考や、技術の参考、さらに日記からもいろいろ影響を受けているため嬉しい。ただ、なぜだろう。まあ、とにかくこちらからもリンクを貼らせて頂こう。
「web-conte.com」の相馬さんは猫を飼っておられるが、みなかわいい。ベロがずっと出ているロビンがかわいい。新入りのポシュテもかわいい。ただ、なにより、ピーという名前の長毛種も飼われているが、以前そのピーの長毛種ゆえの大きな毛玉が取れたという投稿があり、そのおかげで、我が家のもきちもまた長毛種ゆえの大変な毛玉がしょっちゅうできるのだが、「相馬さんの家の猫みたいに取れたら良いのに」「きっと取れるよ」というような、軽い現実逃避の会話が同居人と成り立つようになったのがなによりありがたい。
さて、お気づきの方も居られるかと思うが、私の管理している幾つかのサイトにアクセスできないようになっている。これ、困ったな。
で、なぜかここ(losco.jp)だけ大丈夫なのだけれども、他のダメになっているのは全部「.com」で、ここだけ「.jp」なのが何か関係しているのかといろいろ探り、それ自体はさほど因果を持たないようだったが、それがきっかけで、サーバー自体は繋がるから、DNS関連の問題なのだと判断。それがわかったとはいえ、今のところ仕方ないのだけれども。
16日もダメなら、めちゃ面倒だから避けていた作業をせねばなるまい。いつまでもこうなっていたら困るからなあ。
そんなわけで、「SHIENYO|紫煙葉」や「chikin-base.com」をいつもご覧いただいている皆様、しばしお待ちを。すみません。「chikin」の情報のほうは、ブログをご覧ください。
あー面倒くさい。webのことを学べば学ぶほど不可視な機械じかけの闇に落ちている感覚である。
深夜、ジャームッシュの『デッドマン』を観る。静謐な……、もうwebなんか作りたく無いとちょっと思う。

13日のことから。だいぶん復調。昼に印刷会社と会い、フライヤーの入稿。
夕方にchikinがやってきて、「chikin-Podcast」を録る。webの更新作業が多々。どれの何をやったのかはもう忘れてしまった。
本日。雨。写真は先日言った京都市植物園の木瓜(ぼけ)の花と桜。もうソメイヨシノは今日の雨ですっかり散ってしまっただろう。
本日も幾つかwebの更新をし、夜、ジャ・ジャンクーの『長江哀歌』を観る。嫌味なくらい完成度の高い映画だったが、好感を持って観る。淡々とした物語で台詞もドラマも少なかったが、二時間退屈せずに観られた。ただ、実を言うと『世界』を観ていないため『青の稲妻』との間を知らないのだけれども、ここまで巨匠っぽくならなくても良いのではないかという気も少し。特典映像のインタビューを観る限り、テーマは今後より巨大化する様相である。もっとマクロなものも観たい。ツァイ・ミンリャンと今のジャ・ジャンクーの間の感じを撮る人がいれば良いな、と無茶なことを思う。

右の画像は、今月に公演のある「chatty + gallop」の『確固たる空腹へ』のポスター。基本的にはフライヤーと同じ感じにしたが、全体の色が少し濃いのと、注し色として黄色をプラスしている。
夜、webの更新作業の後、これとは全く違う趣きのもととして制作していたフライヤーの入稿のために作業。これ、今度掲載できるタイミングになれば載せるが、楳図かずおの傑作『わたしは真悟』を意識して作った。『わたしは真悟』は、究極の愛の物語である。
さて、それはそれとして、俺はまだ全然ダメだ。ダメ状態はしばらく続くように思われる。どうしたものか。
考えれば考える程にがんじがらめになるというのは良く知られたことだが、同じく良く知られたことに、考えないことの困難がある。そりゃあもう、考えることとは比較にならないほど困難だ。考えられないわけじゃないのだから。
と、別の話に「職業」に対して俺が壊滅的に興味を失っているという不幸がある。「肩書き」と言っても良い。あからさまなメディアの弊害を意識するが、とはいえそれを押さえ込む力の所存があやふやなのだった。
何もかも独りで制御したいと思っていることがなによりの間違いなのだろう。ああ、受難。受難ってこともないか。大げさだな。
今月の上に書かれたラテン語は「空腹は最良の料理人」の意。むー。確固たる空腹への道は険しい。

体はともかく、気分がちっとも晴れない。こんなにも良い天気だったというのに。
昨日は、午前5時頃に「!!!」や「The Mars Volta」なんかを爆音で聞いてキッチンで踊り、「IGGY AND THE STOOGES」で疲れて倒れて寝た。25にもなって何をしているのだろう。15じゃないのだから。
ダメだ。全然ダメだ。
夜、梅田シャングリラでLIVEを観る。以前、俺を置いて眼鏡だけがダイブしていってしまい、終演まで視界の悪いまま「KING BROTHERS」を観たハコである。『かいはつ7』というイベント。色々出ていたのだけれども、「あふりらんぽ」と「PARA」はまあまあ、で、「DODDODO with DJ MIGHTY MARS」と「にせんねんもんだい」はかなり良かった。ひさーしぶりにバンドTシャツを買った。「にせんねんもんだい」のやつ。「DODDODO」良かったな。
なのに今は家で悶々としている。帰京して「天天有」で夕食。
なんとなく『No New York』を聴いている。写真は机の下にあるPowerBook G4の箱とその上のもきち。
体が重く、気分も優れない二日間を過ごしてしまった。
妙に苛々し、そういえば思春期とは、妙に苛々し続けた日々だったが、あれに耐えていられたのは若さだったのだな、などと思う。
無意味な破壊衝動にかられ、10代の頃ならば、住んでいた街の趣きもあるが、そのままそれを暴力として発散していたが、今となってはそれを抑える力のほうが強く、ストレスは溜まる一方だ。
って、そんなに言うほど苛ついてないけど。基本的にご機嫌だし、俺は。
菊地成孔『スペインの宇宙食』を読了。大変、良かった。
そうそう。俺は「mixi」のページにあるニュース欄がくだらなく好きなのだけれども、今日気になったものが一つ。引用しよう。
イギリスの人気ダンス・ポップ・デュオ、ペット・ショップ・ボーイズが、動物愛護団体より改名を求められるという事態が起こった。
バンドのオフィシャルサイトに掲載されたニュースによると、動物愛護団体である〈People For The Ethical Treatment Of Animals/通称PETA〉が、動物愛護の観点でペット・ショップ・ボーイズに動物を救うという意味のある〈Rescue Shelter Boys/レスキュー・シェルター・ボーイズ〉への改名を求めてきたとのこと。団体のマネージャーから送られた手紙には、「多くのペット・ショップでは、動物たちが小さな檻に入れられ、劣悪な環境で飼われています。私たちはあなた方が改名することによって、多くのファンがこの動物達の状況を知り、問題を広く認識してくれると信じています」と改名を促す理由が書かれていたのだそう。
ペット・ショップ・ボーイズはこの改名依頼に「残念ながら応じられない」としながらも、「この問題は考えるに値することだ」とし、動物愛護団体のサイトへのリンクなどをオフィシャルサイトに掲載している。
PETAのことは前から知っていたけど、ああ、なんてくだらない。そうだ、昼にシリアルを食べようとし、牛乳をかけたら腐っていてドロドロのものが……。あれには精神的打撃を受けた。全く、参るよ。参っている。何か破壊的な音楽によって発散しなければならない。何にしようか。日記を閉じてiTunesを開こう。それが良い。

花見であった。
午前中、同居人のPowerMacは以前も書いたが、その価値のあまりわからないリサイクルショップでモニター/マウス/キーボード付き、加えてメモリも拡張されており、さらに無線LAN対応のカード付きで9,800円で叩き売られていたものだが、間もなく内蔵HDDがダメになり、ずっと俺のFireWireで繋がるiPodで起動させており、それも限界になったため注文したHDDが届いたのだった。なのでその交換やOSのインストール、データの移行などを行う。その最中に、同居人が花見に出発。午後一時である。俺は作業が終わり、午後2時に合流。一人去っては一人訪れ、午後8時過ぎまで。最後はランタンの灯りで写真のように。夜はさすがに冷えた。
その後、我が家に移動。最終の解散は午前1時過ぎ。桜を見て、食って話して。ただそれだけ。天気も良く、あたたかな一日だった。
花見だったなあ、と、洗い物を簡単に終え、風呂を沸かしながら、一息ついて日記を付けている。
今日はもう、あとは寝るだけで何もかもが大丈夫だ。

さて、6日もまた体調が悪く臥していた。日が暮れてもそもそと体を起こし、何か食べないとと思いつつ、座った椅子から動くのが億劫で、とある作業をしているうちにまたしんどくなり寝る。
本日。早朝起床。またも何か食わねばと思いつつ作業。web関連のもの。とある無料サービスで更新し続けていたblogをWordPressを使ってレンタルサーバーに完全移植する作業である。結果として思っていたよりもスムーズに作業は進んだが、それでもなかなか面倒なものであった。それで参ってまた少し寝る。
起きたら夕暮れ。ようやく物を食う。軽い断食を意図せずしてしまったから、おどろいたのか胃が痛くなる。胃が痛いまま、同居人と調子の良くなったカブで京都市植物園まで花見に。写真はライトアップされた桜を遠くから。
桜を堪能し、胃が痛いのに本屋に立ち寄り、菊地成孔の『スペインの宇宙食』と『ドキュメント・森達也の「ドキュメンタリーは嘘をつく」』を衝動買い。前者は文庫本だからまだ良いが、後者はDVD付きの本だったので少し高かったが、それでも内容にしては安いし、それに、佐藤真さんの姿をとても見たい、というと何だかあれだが、大学でさほど熱心な私ではなかったが、通っていた学科の先生で唯一尊敬していた人だったし、話すと何だか嬉しくなれるあの感じが懐かしく、それでつい。東京に行った友人たちはもっと親しくしていたから、全然その辺りに対しては感覚が違うのだろうな。卒業から2年かあ、などとまあ、そういったことを考えるのが桜の季節。
さて、夜、シーラカンスの二人が来訪。用事があって来た二人だったが、その件はそこそこに深夜まで馬鹿な話をしてしまう。胃が痛いのも話しているうちに治まりとても楽しい時間だった。
深夜、同居人に「ユニットとか、そういう一人じゃないのって良いよね」と。
あ、そうだった。寄稿させて頂いた高嶺格さんの個展『大きな休息 明日のためのガーデニング1095㎡』のカタログが届いた。名も無い男に長い文章を書かせて頂いて嬉しかった。しかしまあ、急なご依頼だったがなかなか良いのが書けたなあ、と自賛。これもそれの草稿の役割をした「SHIENYO|紫煙葉」掲載の「わたしの、そしてわれわれの大きな休息」という長文のおかげだ。
さてさて。日記はこのくらいに。いや、今日からこれは日記じゃなく、その日付がタイトルの詩だと言おう。これは詩で、私は詩人だ。
やっぱりやめよう。ひっそりと思っておくだけにして、やはりこれは日記。つまらない日記だ。
ふと気が付いたが、この日記「LOSCO」も5年目に突入している。ほんとうは丸5年書いているのだけれども、当時、無料のwebサービスを使っていたころのデータは間違って紛失してしまい、なのでログ上のデータは5年目に。この、「消えた1年分」についてもう何度も書いているが、今後、たとえば10周年とかになった時、またその「消えた1年」に触れるだろうし、それがなんとなく面倒なので、もう忘れることにする。ただ消えたのは、とても貴重な、って別に時間などは等価に決まっているが、俺の人生の中でわりと特殊な1年だったため、なんとなく心残りではあるのだった。
さて、3日の日記に、
寝て、そして起きよう。
と書いているが、寝たものの、体調を崩し起きれなかった。参ったな。午後からしとしとと雨。雨のせいもあるなあ。思えばパニック障害を患ってから丸4年以上になるのか。ほとんど日記のキャリアと同期している。長いよ。基本的には元気だから良いが、ときおりの不調がとても鬱陶しい。まあ、仕方無いのだけれども。
で、そんなわけで寝ていた4日だが、本日。まだ少しダメな体でダラダラし、夜、アトリエ劇研にe-danceの『春の祭典』を観に行く。
出演していた岩澤さんに誘われて行ったため、何も公演について知らずに行ったが、まあ、ざっくり言うと面白かった。ここのところ、芸術、特に演劇の「宗教性」が気になっていて、気になる、というか嫌で、それでそういった感触に敏感なのだけれども、というか、ワークショップというものが俺には不可解なのだが、それはそれとして、そういった感触を齎すのは大体において「デザイン」の性質がほとんどだと思う。表現が根源的に「格好良く無くてはならない」最大の理由は、その潜在的な宗教性からの回避だと考える。まあ、そんなことを思うのはつまりデザイン的にある種の「うさんくささ」がそこには漂っていたからだが、「それはそれとして」、俺は楽しんだのだった。
ただまあ途中、何と言うか変な感想だが、「もっと面白くても良いんじゃないか?」と思った。それは観ているうちに「ああ、本来こういったものなのかもしれない」という、勘のようなものに支えられて消極的な感触におさまらずに済み、終演を迎えた。
さて、夜はフライヤー制作をこつこつと。体がなあ。イチローとか松坂大輔とかみたいに、「悪い時は悪い時の結果の出し方」を得ないと。ぜんぜん次元の違う話だけど。ただ、何しろ5年目である。
正午頃、起床。フライヤーの写真撮影のために現場に早く行きロケハンをし、さらに昼食を取ろうと「etw」に行くが休みだった。天気も良いし……と向かったのだったが、ちょっとした贅沢を諦め「なか卯」に。
昨日、ロケ現場を決めてはいたのだったが、行ってみて勘違いしていたことに気が付き正しい場所に京阪で移動。
夕方、無事終了。帰宅し、データのバックアップだけ済まそうと作業していたが、その勢いでフライヤーの表面を制作。少し煮詰まったので自室から居間に移動し夕食。テレビがつまらないので電源を切り、スピーカーに繋いである同居人のiPodを適当に再生すると、奥田民生をいろいろなミュージシャンがカバーしているアルバムが流れ、再結成したユニコーンにさほど興味を持っていなかったのだが、少し気になりバイクでTSUTAYAに。いろいろのキャンペーン中で、CDを三枚レンタルしようとするも、「あと2枚借りてもらっても40円しか変わらないですよ」と言われ、「じゃあ……」と適当に2枚選び再びレジに行くと、「DVD、新作ならあと1枚100円アップで……」で、また店内をうろうろ。こんな長くてヘビーな映画観るかしらと思いつつも観たいのがそれだけだったので、『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』を。
そんなわけで色々借りてしまった。CDをパソコンに取り込み、「SHIENYO|紫煙葉」を更新したらもう深夜だ。今日、何か観ないと全部は観れないと思われるが、寝ないといけない。なんだろう……、まんまとキャンペーンにしてやられてしまった。
で、ちょっと煮詰まっていたフライヤーの作業を再開。一段落。寝よう寝よう。眠い眠い。寝て、そして起きよう。

終日労働。昨日に比べれば平穏な一日。わざわざ書くあれでも無いが、自転車を高野のほうで売っております。
写真は先月31日から続く国道一号線シリーズ。実はここは2005年の8月5日に交通事故を起こした場所なのである。好きな場所なので停車し、再発進する際に追突されてしまった。先日の渋谷で取り調べされた件といい、俺が警察にお世話になる際は大体、向こうに伝わり難い動機でことが起きている。「あそこが好きだったから停まっていた」とか「好きな感じなんで、持っている」とか、簡単には信じられない理由で問題は発生する。ちなみにこの事故現場での当時の俺の様子は、ほぼ日のかつての人気コンテンツ天久聖一の味写入門。の第80回 味写を集めよう!(その66)に詳しい。その日、俺は電気グルーヴのTシャツを着ていた。
さて、明日はフライヤーのための写真撮影が予定されているが、ノープランだ。どうしよう。とりあえず、カメラのための電池を充電し、ブロアーでレンズを綺麗にするくらいしかやることがない。割と平穏な一日とはいえ、やはり疲れているのだった。何度も書いている気がするが、俺は写真撮影が一番緊張するのだ。なにしろ技術が無いし、けっきょく出たとこ勝負だし。なのにわりと頼まれる。フライヤーも写真を素材に頼まれることがほとんどだ。タイポグラフィ中心のデザインも好きなんだけどなあ。っていうか、webデザインってのはほとんどタイポグラフィなのだけれども。とりあえず、寝て、起きよう。

終日労働。5分に1台以上のペースで自転車が売れる。世の中知らないことだらけだ。
帰宅は午後9時。疲労困憊。停まったら今日は終わってしまうから、へとへとだったがとにかくメールチェックをし、返信をし、勢いで「SHIENYO|紫煙葉」を更新したり、この日記を付けたり。
まあ、この異常な忙しさも今月前半だけだろう。一過的なものと考えてがんばろう。
ああ、ゆっくり書き物がしたい。ゆっくり書き物をし続けて、ああ、働きたい、と思った事はないのである。ということはつまり、ゆっくり書き物をして生きたいのだろう。こんなに疲れて、日記を書いているというのもおかしな話だし。
外は雨が降っている。今日は少し寒かった。