27|MON

2010. 9. 27|MON

オプティミズムで攻める、というよりは耐え凌ぐといった案配で、実のところなかなか疲れている。今日は雨の一日だった。

日記として書く事が思い浮かばないので、こういった日は大抵、サンプリングだとか、話題を散らかしてレンジを作り、それをメタファーにしたりだとか、そういった何とかでそれっぽく書いてしまうのだけれども、今日は書く事が無いにも関わらず、書く事が無いこととちゃんと向き合ってみようかと思う。

ただ、そうすると、冒頭の文のような、愚痴に近いダメな言葉がポロポロとこぼれるだけなので、悩ましいところだ。オプティミズムで耐え凌ぐ日記をやるには、例えば上記の技法の様な、ある種の誤摩化しが必要だということか。ましてや攻めるとなれば、これはもう嘘八百にならざるを得ないだろう。

困ったな。ただ、困っている、というのはもう長年の状態で、今日の日記の特徴には成らないから、さて、困ったな。何が書かれていたら、面白いだろう。そのことはずっと考えている。

困ったので、筒井康隆『腹立半分日記』を久しぶりに開く。もう何度読み返したかわからないほど好きな本だ。一日分の内容は数行で、体言止めの連続によるリズムが心地よい。考えてもみれば、日記に毎度、趣向を凝らしたって仕方のないことなのだが、それでは成り立たないから、困っているのである。反復するが、オプティミズムで耐え凌ぐためには、大した体言で止められない俺の日記は破綻してしまうのだ。

となれば、もう開き直って、金が無い、とか、つまらない、とか、腰が痛い、肩が凝る、馬鹿ばっかりだよ、というような日常の瑣末なあれこれを丁寧に書けば良いのかもしれないが、そんなことはしたくないのだった。

さて、このあたりで今日の日記もある程度の分量に達した。毎度のことながらこれは苦しく、時間を要する日記である。