2010. 7. 20|TUE

WordPressのバージョンを3.0にしたのだが、なんだったか忘れたが、何かの都合であえて英語版のまま使用しているそれは当然、インターフェイスのすべてが英語で書かれているので、なんだかわからずとあるボタンを押してしまって18日付けの日記が消えてしまった。Googleのキャッシュから復旧したのだけれども、フィードで購読されている方には、同じ内容の日記がまた更新された体になってしまっている。わざわざ断る必要もないようなことだと思うが、わざわざこんな、この日記を読んで頂いている大半の方には意味不明の説明をしてしまうのが俺なのだから、日記としてのここでのこの記述は致し方ないとも思う。
さて、おかしな枕で始めてしまったが、日記だ。19日。『筏』というタイトルの曲を作ろうと前々から考えていたのだけれども、歌詞の初めの1行が出て来て、あとは一気に書けてしまった。次のようなものだ。
丸太を買うのはホームセンター
ロープを買うのもホームセンター
組み立て作業は家の近所
町中十円ハゲの空き地イカダが出来たらどこ行こうか
海までどうやって運ぼうか
車の免許は持ってないし
電車にイカダは迷惑遠くに行きたいだけなのに
お金はあんまり持ってないし
イカダはそういうのりものって
昔の本に書いてたのにイカダは出来ずに日が沈んで
街には灯りが溢れ出して
昼間の汗だくシャツは脱いで
誰かのもとに歩みよるイカダが出来たらどこ行こうか
見たことない場所あるだろうか
本当は乗りたいごうかきゃくせん
イカダは実はどこにもないイカダは実はどこにもない
『筏』
『おばけ強盗団』の時(5年前)もそうだったが、わかりやすくてキャッチーなものを、と思って書くと、いつも物悲しいものになってしまうのはなぜだろう。
さて、日記を続けよう。20日。音楽制作の相棒、山村(麻由美)に、『筏』の話をした流れで、J-POPについて延々と話してしまう。出て来たバンド名が、SOUL FLOWER UNION/神聖かまってちゃん/The ピーズ/相対性理論/THE BLUE HEARTS/THE HIGH-LOWS/浜崎あゆみ/B’z/岡村靖幸。
先日Twitterに書いた、
- 俺は「神聖かまってちゃん」は支持しないよ。
- 「相対性理論」は好きだし、ライブにも足を運んだよ。
- そして1と2が同時に成立することを言葉で証明できる。
- ところが3の批評性は何の意義も持たない。
- そしていつだって僕らはそうだった。
というPostの説明を絡めて、それは老人の昔話のように長い長いそれになってしまった。夜には今月18日付けの日記に書いた「封建的エロス」について、再び長く話してしまい、ちゃんと説明しようとすればこれだけの時間がかかるのに、何となくつぶやいたり、それぞれの単語に極端な濃度を期待して日記を書いてしまったりと、自分の怠惰に由る片手落ちを意識する。
でも、だからといって毎日毎日、馬鹿丁寧に書いてしまうと、読むのも書くのも辛いだろうし、それにこの日記はその日のそれだけでなく、他の日のそれと適当に組合わさることによって相互補完的に成立することを望んでいるから、まあそれほど悪いこととも思ってはいない。
