2010. 7. 18|SUN
封建的なものがもたらすエロスについて考えたのは、同居人が買ってきた『アンラッキーヤングメン』を読んでのことである。『ガール・プロブレム あなたの葬式でわたしが言うべきこと』、そしてそれの稽古が始まる前に読んでいた山本直樹の『レッド』、安部公房の『方舟さくら丸』、当然のごとく思うのは21世紀における核のシニフィエだが、興味はどちらかと言えば、冒頭に書いた封建的なものが呼ぶエロスにあるのだった。
ただそれは、男のエロスについての言及は全く無い。至極、一方的なものでしかない。アニマと呼べば話は変わるかもしれないが、それはどうも違う気がするのだ。さて、とりあえず今の俺は肉体労働の後、ビールを呑んでぼんやりしていることを告白するのは、その気弱さ故だ。きっと適当なことを書いてしまうから(すでに書いているかもしれないから)、言い訳を用意しているのだ。
問題は、その封建的エロスが、心象風景に匹敵する甘美を持つことにある。昭和58年生まれの俺の異性への興味は多種多様だと思ってはいるものの、例えば不良だらけの街で育った身として、不良の恋愛に顕著に見られるその封建制は、2010年だって変わりないし、不良に反発し、そうだ、勉学に励めば(進学後)不良と離れるし、その差別化を図れると短絡に思い、テストで良い点数を取ることに努めた中学時代を終えて、だけどやっぱり、というかむしろ顕著になりだした自身の嫌らしさを目の当たりにし、屈折/反発しつつも結局同じところへ辿り着こうとしている自分を思えば、時代に対する反発心はひどく浅はかで、 且つ猥雑なものに思え、そしてそれは否定のしようがないのだった。
いや、本心で事がそれほど単純なものだとは思っていない。だけど俺にとってそれが巨大なものであることに変わりはないのだ。
かなりトブが、そういった思想が純粋とストイックに迷い込み、そして危険なゾーンまで突入し偶発したのがレッドだとすれば、だがしかし、今のレッドは偶発性を持ち難いし、物語は生み難いだろう。そして懐古的に、今、「そういった」物語が消費されているとすれば、それは古い時代に見た、悪夢のSFだ。って、もう何を書いているのか全然わからない。適当なことを書いてしまうかも、と断ったが、適当にもほどがある。
ふと『ミステリアスセッティング』が脳裏をよぎる。『ピストルズ』は未読。なんだか、いよいよ読まなくてはいけない気持ちになってきた。ずっと机の上にあるのに、重たい本で手が疲れるから、なかなかページを繰る気になれなかったのだ。
嫌だなあ。別に解決したり納得したりしたいあれでは決して無いのに、頭をもたげてしまった。何もそこから生み出る気もしないし……。っていうか、自分で何が何だか上手く書けないし(今は)。だから今日はもう眠ろう。ちっぽけな破壊衝動。
