12|MON

2010. 7. 12|MON

そろそろ6月28日に上演した『ガール・プロブレム あなたの葬式でわたしが言うべきこと』について、ある程度の分量の文章を書こうと、今朝、思ったのだった。

出演者は5人。ライブハウスのフロアをアクティングエリアとして利用したのだったが、そこには女性が3人と男性である俺。本来バンドが演奏するステージに、もう一人男が居て、彼はドラムセットを前に座っている。

「言葉」の多い作品だった。50分弱、言葉で埋め尽くされていた。俺はライブハウスの壁に「E=mc²」と書き、広島に投下された原子爆弾/死んだよ。死んだ/これは葬式です/皆の夢が一瞬で消えてしまった/さようなら、などといった台詞を声にした。使われた「言葉」たちは、何かと結びつこうとするも、最後にはやはりバラバラでしかなかった。これもまた俺の台詞だったが、8時15分で、も、よほど勘の鋭い人でも、せいぜい暗喩の意味でしか捉えなかっただろうし、それ以上ではなかったと俺自身思う。

原子爆弾が投下される映像が投影される中、ステージの男は特殊相対性理論について語るが、それは俺が演じるバンドマンの「曲の意味」として語られる。一般的に特殊相対性理論と原子爆弾は、直接は繋がらない。

だがしかし確かなことに、それは葬式だった。ある女の葬式が始まり、そして終わる。その間、記号が暴力的に飛び交った。ある女のことは何もわからない。だけど、葬式に参列する女性3人と司会の男は、言葉を発し続ける。しかし、意味はどうしたって生まれない。音楽が流れても悲しみは生まれない。ただ、それは葬式だったのだという。

彼/彼女たちは最後に別れを告げる。何かが生まれる可能性を持っていたのは、その後の一瞬だけだったはずだ。

これが俺の思う『ガール・プロブレム あなたの葬式でわたしが言うべきこと』。出演者としての、そして演じ終えてある程度の時が流れての視界である。まさしく演じていたその時は、もっと違う視界がそこにはあったはずだが、それはもうその時だけのことなので、何か日記に書ける類いのことではないと思っている。了。

さて、LOSCOは日記として在るので、日記を付けよう。今日は、夕方、通院。薬を2ヶ月間減らし、それによる悪影響は見られないため、さらに減薬。減らし始める以前の半分になった。つまりは薬代も半分ということで、大いに助かる。過労が原因で罹り、そしてこじらせた風邪のようにしつこいパニック障害だったが(この日記/サイト、を、付けている/運営している、期間はまるまる投薬し続けていた)いよいよ先が見えて来たように思う(ロングテールのグラフ形状のように、ゼロまでの粘りがしつこい気はするものの)。

病院に行ったその足で、心斎橋まで行き、予約を取っていたApple StoreのGenius Barに。連日、書き続けたMacBookは、残り時間を「約10分」としたままに強制終了され、ディスクを呑んだ状態で運ばれた。一通り説明し、やはり明らかにおかしいそれは、「おそらくHDDの異常」ということになった。やっぱりなあ、壊れるんだよな、機械は。壊れる、それが機械。機械とはそういう付き合いをしないと人間がダメージ受けるから気を付けないと。

で、自宅までの帰り路に実家に寄り、少し滞在して午前様で帰宅。

元々は、この後、端的に言えば、この日記を付け続けたことによって受けた恩恵、について書こうと思っていたのだったが、やはり今日はこのあたりにしようと思う。そんなわけで/ではまた/つづく。