2010. 7. 3|SAT

先月6月の27日から日記が滞っているので、つまり、27日、28日、29日、30日、7月1日、2日、3日、合計1週間分の日記が無いということだ。
今は京都の自宅で時間もたくさんあるので、焦らずゆっくり日々を振り返ろうと思う。
その前に、遅くなりましたが『ガール・プロブレム あなたの葬式でわたしが言うべきこと』ご来場いただいた皆様、ありがとうございました。そして、北堀江club vijonのみなさま、共演の方々、お手伝いいただいた三人、どうもありがとうございました。
さて、27日は東京から大阪への移動日だった。俺は東京へ持参した荷物が多かったため、一人新幹線で一旦京都に帰宅する。荷物を置き、作品のための作業をしてから大阪へ。club vijonのご好意で前日に行えるリハーサルの時間が増えたため、電車でタイムスケジュールを組み替える。この日、初めて自分が立つ場所を見たのだったが、少し困惑した後、思いのほかリハーサルが順調に進んだため、その場所への愛着が湧き、帰りの車中は士気も上がり良かった。日付が変わり28日、みなほとんど眠れていなかったが、昼過ぎから我々のリハーサル時間を使いゲネプロ。とにかくゲネが出来た、というのが自分の中では大きく、後は本番とにかくプレイヤーとして頑張れば良いのだと思うと少し気が楽になって疲れがどっと出る。楽屋でふらふらになり、あまり食事も取れなかったためまずいなと思っていたが、30分ほど眠ることが出来、それがすごく良かった。
本番を終える。来ていただいた皆に挨拶。そしてバストリオをイベントに呼んでくださった「kanina」のライブ。清々しい時間だったなあ。
それにしてもvijonのスタッフの方々にはほんとに助けられて、『原始人みたい』の時に続き、バストリオは小屋に恵まれているのだなあと思う。傲慢な言い方かもしれないが、先ず小屋の人に作品の何かが伝わっているのだろう、そして伝えようとしていることが伝わっているのだろう、そうも思える反応があり、それが何より嬉しい。
翌29日は打ち上げ旅行ということで淡路島に。食って遊んで。5年前にパニック障害が発症して、しかし何の病かわからず死ぬんじゃないかと思いつつ食っていて味があまりわかっていなかった「ママン」のトンカツは本当に絶品だった。そして温泉に入ってW杯を見る。日本代表は良いチームだった。30日も淡路島。この日の夜に京都に戻る。
7月1日。大学時代京都に住んでいた面々と京都をうろうろ。夜、MOVIX京都で『アウトレイジ』を観る。空虚な怒号が飛び交う。感情が含まれた暴力は大友への刃だけでは無かったか。乾いていた。面白かった。
2日。我が家に滞在していた今野(裕一郎)くんとみっちゃん(小林光春)が東京に帰っていった。楽しかった『ガール・プロブレム』の日々も終わり。夜にはchikinがやってきて会議をしていた。飼い猫のもきちを撫でる。近所のたこ焼き屋「たこなぐり」は価格設定とたこ焼きの大きさを変更していた。
日記を書く3日である。また新しい時間だ。そして金が無い。働かなくては。次が次々とあるはずだから、金が要る。
