18|SUN

2010. 4. 18|SUN

さて、18日の俺は昼ごろまで眠れず、その後、眠ってしまい、chikin『シティ派で』の楽日に行けず、バーカウンター担当であったことから酷く怒られた。反省。

chikinの公演は、縁あって一番始め、大学の一室を使用して催されたものから、劇場はもちろん、公園、ショッピングモールの中、ほとんど全て観て来てきたが(3回公演ならば3回)、今回、ついに楽日を観なかった。

というのも、17日の2回目の鑑賞で完全に心が折れてしまっていたのだった。つまりダメだと思ったのだった。気になる箇所が山のようにあるため、それをいちいち挙げていくと、まるでいじわるのようになってしまいそうだから批判の概略を例えで言うが、初めにドンと柱を立てて、それで終わっていたように思った。『シティ派で』というタイトルと共に柱を立てた瞬間に、すっぽりと細かな箇所への視線を放棄したかのように俺には映ったのだった。少し具体的な箇所を挙げていくと、先ず、非常に大きな問題として、絶望的に音が小さい。劇場の事情があるのはわかるが、だとしても、それによって綺麗に映されるべきものが、まるで昔の電波受信の悪いテレビを通じて観ているかのようなストレスを観客に与えるという、大げさでなくそれほどの問題だと感じていなかったであろうため、そこに目を瞑れたのだろう。だがしかしそうだった。それによって一気に全てが緩くなってしまっていた。そしてあのステージである。説明すると、フラットな、オールスタンディングを意識したほぼ正方形の空間の中心に、おおよそ2メートルの幅、奥行き、そして1メートルと数十センチの高さのお立ち台が設置されていたのだが、これが、非常にその上での事を鑑賞しやすいのだった。そして、ある一方にのみそこへ上がるための階段が設置されていたことから、360°を意識して演じていたのはわかるものの、どうしても正面が存在してしまっていた。じゃあ、片面ステージで良いじゃない、と。こういったコンセプトの根底にあることが気にかかりつつ、さらに細部への疑いが溢れてしまったため、今回俺は観ることができなかったのだった。

いつも失敗している彼女達だが、その失敗を含めて俺は面白かったのだった。だが、今回の失敗はただの失敗だった。俺はというと、一度でなく、全てでなく、二度だけ観に行った事が失敗だったのかもしれない。

そしてここまで書いておいてあれだが、俺はchikinの今回を含めた過去三作、どんどんと落ちていった印象なのだが、周囲の意見はそれとは反対で、どんどん良くなっていったというものが多い様子。彼女達の感触もそうなのだとすれば、もう俺は近くに居るべきではないのかもしれない。