2010. 3. 4|THU

昨今のデジタル・ミュージック事情をいまひとつ掴みかねているのは、たとえばDFAに代表されるニューヨークのムーブメント、Kitsuneによるコンピレーションに収録されるヨーロッパ勢、DFAの場合はそもそもLCD SOUNDSYSTEMが無茶苦茶かっこ良いし、ゆらゆら帝国と契約していたりで繋がるし、Kitsuneからは相当数、売れっ子が出たし、その中に好きなものもあるし、日本で言えば80kidzにもダイレクトに繋がるのでわかり良いのだけれども、それと同時に(Twitterのおかげで知ったようなものだが)ネットレーベルを主体とするDTM系のとても若い世代によるムーブメントもあることが原因で、というのもつまりそちら側の音の具体性があまりわかっていないのだった。
「若い世代」と書いたが、実のところその周辺については局部的にしか知らないためにあまり語れたものではないのだが、昨日のことだったか、tofubeatsがiTunes Storeのダンス部門のチャートで1位になっており、その『BIG SHOUT IT OUT – EP』という音源の1曲目のミックス違いだろうか、それは彼のサイトからフリーで聴けるのだが、聴いたものの、特に楽しめないのだった。歌詞は悪く無いものの、古いところで渋谷系にあったような街のリアリティを今の感じで言えばまあ、こうなるよな、といったところで、音はDTM特有の平面的なものだ。ただ、一つ感じたのは、四つ打ちへの消化のアプローチというか消費の仕方が完全に俺(26歳)とは違うのだろうな、ということで、そこには嫌悪も愛情も無いように思えた。ただimoutoidの場合はリズムや音階に対してドライではない、むしろ何か狂気的なこだわりが感じられて、音自体は安っぽいのに、音階やリズムに対する執拗さとのコントラストが、その平面的な音を有意義にしていたように思えたが、まあ、おそらく特殊な例なのであって、他にdj newtownを聴いていても、やはりtofubeatsに感じたような「四つ打ちへの消化のアプローチというか消費の仕方」の壁を感じるのだった。dj newtownはその名前の良さもあり、ああ、夏の夜とかに聴くと良いかもな、と好感を持ってはいるものの、より興味があるのはやはり音である前に、その背景/リアリティだ。
面白いものの困ったなあと思うのは、俺の上の世代、ノストラダムスの大予言を大人になって冷静に捉えることができた、と、下の世代、そんなことは知らない、の狭間であるところの俺のリアリティの所在はさてどこに求めるべきなのかということだ。その虚空が俺をこんなふわふわした立ち位置に追い込んだわけだが、良い加減に時間がもったいない。どこだ! っていう……。
もうほんと退屈で退屈で。俯瞰しているようでいて一番翻弄されているのだろうな。なんか、もうちょっとな気もするんだけどなあ……。
