23|TUE

2010. 2. 23|TUE

朝、実家に一度帰り父親の車で葬儀場まで向かう算段だったのだが寝過ごしてしまい、慌てて自宅から直接電車で向かうと思いのほか早く目的地に到着する。

祖父の葬式である。葬儀場の職員によってオートマティックに式は進行されるのだったが、それでもなかなかの長丁場に疲れる。喪主の叔父や母は大変だっただろう。妹に父親が死んだら喪主は俺だからしっかり見て覚えておけと忠告される。

精進落としの際、酒好きだった祖父にあやかって昼間からビールを口にしたりしたが、周りは年寄りばかりなので余った料理が次々と寄って来、ビールを呑んでいるのに米やら天ぷらを一人前以上食べ腹一杯になる。腹があんまりいっぱいになると何だか自分が馬鹿に思えるのだが、その時は一際。

このところ時間がぼんやりとしがちだったのだが、高い気温と青空、春めいた気候によって過去にあった様々な始まりと終わりは想起され、そして今まで居た人がいなくなった、だから改めて、間に合わなければならない、ということを痛い程に思い出した。

妹を亡くした時に、ああ、間に合わないといけない、ということをあれだけ強く思ったのに、いつのまにか風化していた。間に合うはずも無いのに間に合わそうとすることによって生きているのに、全く。

例えば葬式のような、そんな非日常の出来事があると、ついつい日記はシニフィエを肥らせて簡素になりがちだが、それもまた……、と日記はいつものように脱線しそうだ。俺は今日、『まっすぐな男』というテレビドラマを観て興奮したり、存分に日常を浴びているのに、それらは省略して日記は閉じられそうだ。物差しの尺度を意図的に変えてはいるものの、これは書き手にとって都合の良いことであって、読み手にとってはそうではないはずだ。日頃読んでいる極日常的内容のブログに突然ポエムが書かれたら、嫌じゃないか。そこから読み取れるものはどうしてもあるが、それに興味は無いのだった。

そんなわけでどうだって良いことを書きたいが、それはともかく疲れたよ、今日は。なんだか長くなってきたし、閉じてしまおうか。あ、夕食のハンバーグが旨かった。あと、『まっすぐな男』を観て興奮した俺は、同居人にその興奮を暑苦しく語り、挙げ句に「面白くなかったん?」と強い語気で問えば、「そんなに興奮している奴が近くにいると覚める」と要約すればそのような意味のことを言われ、この気持ちは一体どうすれば……、と思い、そのことから昔、『恋ノチカラ』というテレビドラマを一人で観て興奮し、感情の行き場を失って、どうすれば良いのかよくわからなくなったので夜を徘徊し、最後には恋愛感情を消化/昇華できずにいる間に世界が爆発するという荒唐無稽な短篇小説を書いたことを思い出す。ああ下らない。忙しいよ、全く。