2009

2009. 11. 1|SUN

ペコちゃん

昨日10月31日のことから。昼過ぎから外出。神戸アートビレッジセンターで「drowning room」という展覧会を観る。知人の画家が出展されていたから行ったのだったが、思いがけず規模の大きな展覧会で、それにそもそもあまりコンテンポラリーな美術というのを観た事が無いから新鮮で楽しかった。一室を使った暗闇の中で観る作品があり、高嶺(格)さんの『在日の恋人』のことを思い出した。もうこの季節、山奥のあの洞窟は寒いだろうなあ……。

帰宅するとchikinと孝学くんが居て、なにやら会議をしていた。帰ると言った孝学くんを引き止め深夜まで話す。あまり何を話したかは覚えていない。

午前2時頃、皆帰り、そういえば今日(10月31日)はハロウィンだったが(chikinのトミーはハロウィン好きなので)、なにかそれらしいことをしたのか? と同居人に問うと、「いや、していない」との答えで、まあ、そうか、と思っていたら「あ、そういえばcossiは一応ジェイソンのマスクかぶってきて家のドア叩いたよ」と続けて言うので、思いがけずちゃんとした(というのも変だが)あれを……、と驚き詳細を問うと、cossiはジェイソンのマスクをかぶり無言で我が家の薄い玄関の戸を叩き、同居人と来客たちがなんだか外が騒がしい、と思うも放っておくと、なおも叩き続け、仕方が無いので誰だと思いながら同居人が戸を開けると、「お菓子くれー」と言ったのだという。ところが皆のリアクションが小さく、しっくりこなかったのかさらに戸を叩き、同居人に「こらっ、やめろ」とcossiは注意されたという。かわいそうに……、と俺が言うと、同居人は「でもお菓子はあげたで」と言うので、なぜそこまでハロウィン的なことをしておきながら「いや、していない」と答えたのか良くわからなかった。孝学くんに至っては、ハロウィンがいつで、何をするのかも知らなかったため、cossiに「一体、なんなんですか?」と本気で訊いたと聞き、日本にハロウィンは無いと改めて知る。

本日。11月1日。早朝から仕事。昼過ぎに終え、昼寝。夕方に起き、飼い猫がやたらとあまえてくるのでしばらく抱き、今日、職場でビデオカメラマンの女の子にiPhoneの待ち受けにしていた飼い猫の写真を見せ「かわいいやろ」と言うと、全く悪気を持たずに「でも、猫って大体かわいいですよね」と言われたことを思い出し、飼い猫だとか飼い犬の写真を人に見せてはいけないと改めて知る。

その後、今年5月号のユリイカ「特集*クリント・イーストウッド」を、先月30日にようやく『チェンジリング』、『グラン・トリノ』を観たので、改めて読む。再び蓮實重彦と黒沢清の対談をはじめ、イーストウッドに関する考察を細かく読んだが、彼の映画を観る度に感じる「なにかが変」、違和感とも言えるひっかかりについて自分に言葉が生まれるかというとそうではなく、ああ、皆やはり「なにかが変」って思っているのだなあ、という認識の共通の確認に終わる。しかしまあ、そのことが嬉しいのだけれども。

深夜、何か格好良い音楽を聴こうと思ってジョン・マッケンタイア(TORTOISEとThe Sea and Cake)をかけるも、なぜかいつのまにか『奇跡の夜遊び』を聴いていて、問診を受けたような気分になる。ところで、掲載の写真は神戸に行った際、手洗いを求めて立ち寄った大丸にいたペコちゃん。あと、三宮にはドクロのマークが描かれた真っ黒の風船を持った子供がたくさんいた。世の中、よくわからないことばかりだ。

2009. 10. 30|FRI

29日、木曜日のことから。今月8日の日記に書いたが、今日30日まで祇園会館にて『チェンジリング』と『グラン・トリノ』の二本立てが上映されていたのだった。この日、29日に行こうとしたのだったが、同居人が明日なら共に行けると言うので見送り、街に出てちょっとした買い物などをする。

chikinの面々がみなiPhoneを購入したので、夜、我が家がiPhoneにおける最初の様々な面倒のサポートセンターと化す。一通り設定が終わり、例えばこういうようなアプリがあるよ、と産經新聞が読めるアプリなんかを無難に教えつつ、ほら、テレビ欄とかも、としているうちに『アメトーーク!』が本日放送であることを知る。慌ててチャンネルを変えたが東京での放映の時刻を見ていたため(地方版も出て欲しいよね、産經新聞のアプリ)、関西である京都ではまだ放送していなかった。改めて深夜『アメトーーク!』。

本日30日。最終日にしてようやく祇園会館に足を運ぶ。今月8日の日記にイーストウッド二本立ての情報を記載し、それを機に(つまり日記を見て)映画を観に行ったと報告してくれたのは母親だった。あと、先日実家に帰った際、父親に「お前、今月誕生日だったが、ビートルズのあれ(リマスター版のこと)はもう良いんだろ?」と言われ、それは、以前ビートルズの全作品がリマスター盤CDで発売された時に、誕生日プレゼントは是非これを、と冗談でここに書いたことと、それにまつわるその後(レンタルで解決したという記述)を、直接は言っていないので、考え得るのは日記を見て(おそらくは、家族の他の誰かが読んで教えたのだろう)知ってのことだと思われるが、そのことから、なんというかまあ、この日記はとりあえず家族への報告としては少し役に立っていることを知ったのだった。

話が逸れたが、『チェンジリング』と『グラン・トリノ』である。もう、この二本立ては凄過ぎた! 観終えての感情を、一本ならまだしも、二本分も言葉にすることはその日のうちに到底できることではないので、まあ、共に素晴らしい作品だったとだけ。

帰路にZAC BARANにて夕食。コロナを二瓶。そして帰宅後、もう日記を付けずに眠ろうと思ったのだったが、寝付けずこうして書いている。

2009. 10. 28|WED

郵便局

日暮れも近い時間に起きてしまう。一日、ろくなものを食さなかった。駄菓子(コイケヤ)だとか、なか卵だとか、コンビニのペペロンチーノだとか。昨日、27日の夜は将月にて、すじ玉のジャンボモダンを同居人とともに食べるべく注文し、それほど空腹でなかった同居人なので(いつもはあれを半分ずつ食べる)、俺が3/4食べた。将月のジャンボモダンを御存知なら想像してもらえるだろうが、あれを3/4食べるというのはそこそこ大食漢に思う。

小さな頃は虚弱体質で偏頭痛持ち、胃も弱かったが、気付けば大食らい。それでふと思い出したのは、昨日に続きこれもまたどなたの発言か、それ以前にフィクション内での言葉かもしれないが、とにかく「大人になったら大体のことは治る」という意味のそれ。確かにそうかもしれない。『ちびまる子ちゃん』の登場人物である山根は胃が弱いというキャラクターだが、俺もそうだったため、胃が弱い小学生の不幸は良くわかるものの、大丈夫、治るから、という意味で微笑ましく見られるのだった。ただ、そうなれば、「卑怯」というキャラクターの藤木は、これ、大人になったら治るとは到底言えない特徴を持っているわけで、そのぶん、見る目も少し複雑になるのだった。「ひどくなるのではないか……」とさえ思う。

というわけで、卑怯になるくらいなら胃を痛めたほうがマシだという話……、なのか? 別にそんなことを言いたいわけじゃなかったけど、そうなったからそれで良いか。

あと、今「ほぼ日刊イトイ新聞」で糸井重里と『アメトーーク!』のプロデューサーが対談しているコンテンツが連載中だが、その第八回での対談中に次のようなやりとりがあった。

加地 そうですね。アホなふりをするってすごいと思います。ぼくもなるべくやるようにしてます。正論だけぶつけても、やっぱり勝てないから。

糸井 論争で勝っても一銭にもならないもんね。

加地 そのとおりです。自分がやりたいことを通すためにはへらへらすることも必要ですし、顔はいくつか、持っておかなくてはいけない。

なぜこの会話を取り上げたかというと、もちろんこういった処世術のような話はそれこそ耳にたこができるくらい聞くわけだが、今の時代に『アメトーーク!』のプロデューサーがそう言っているという背景は説得力が強靭だと思ったため、そして、こういったことが俺は本当に不得手だという自覚からである。処世術と書いたが、これはもはや戦術なのだと思うと、それが不得手なことへ危機感すら感じるのだった。嘘はつきたくない、というようなあれとは次元の違う話なのだと思うのだ。

……日記としては、今のところ遅く起きてろくなものを食わなかったという情報だけだ。一応書いておけば、掃除、洗濯、買い出し、月末なので銀行に、といった生活感丸出しのことをこなしていた。まあ、そんな感じである。

2009. 10. 27|TUE

パチンコ店

さて、日記である。このところ、例えば右のカラムにTwitterへPostすると連動して自動更新される箇所を作ろうか、だとか、検索はやはり便利だから(といっても、書き手である俺が一番多用していると思われるのだが)、過去の(つまり、右カラム下方にあるVer.1からVer.3のこと。ちなみに今はVer.4)日記も現在のシステム下に置こうかなどと考えるのだけれども、結局のところシンプルにしておくのが一番の長続きの秘訣だと知っていることから、幾度も考えるも幾度も首を横に振っている。

さて、そんなわけで日記である。夜、大阪の長堀橋に芝居を観に行く。試演会と銘打たれた「C.T.T.」という企画。同居人の出演していた『忘れられた日本人』(演出、村川拓也)が目的のそれ。面白かったし、試演会という枠組みの中で考えるにとても有意義なものだったと思った。つまりは、どうなるのか、に期待が出来るということ。

帰宅して日記を書こうとついさきほどFirefoxを起動させたところ、ホームページであるYahoo! JAPANのニュースに次のようなものがあった。「たばこ、「ニコチン課税」も=財務相が言及、本格議論へ」。説明のために一部引用すると次のような内容のニュースだった。

藤井裕久財務相は27日、外国特派員協会で記者会見し、たばこ税について「健康を考えると、ニコチンの含有量によって(税率を)重くしたり軽くしたりするような改革はあり得る」と述べ、たばこに含まれるニコチンやタールの量に応じて課税する方式に変更する可能性に言及した。

こんなこと言って良いのかしら。「健康を考えると」となれば、この文章、たとえばタール1mgの煙草は、俺の喫うタール11mgのラッキーストライクより「健康に悪く無い」と言っていることとなる。それで税金上げて、責任取れるんだろうな、と怒ったところで、そんなものは取れるはずもないし、仮にそういった「改革」が実施され、破綻しても責任追及の手は及ぶはずもないだろう。逃げ道が山のようにあるからこんなガキのような、白痴の言動が可能なのだ。全く苛々する。1mgの煙草が11mgのそれより害が少ないはずが無いだろう、というような記述は、バカ相手に真剣に話すようでつまらないので止す。

むかし、書物か雑誌か、そして著者は忘却したが、おおよそ「若者は個人では陰惨としているが集団になれば凛となり、逆に中年は個人では人柄が良いが、集まれば醜悪になる」といった意味の言論を目にしたことを思い出した。

とはいえ、大人は集まると悪だということを今の俺は言いたいのではない。良い集まり方および集まることの難しさについて無自覚過ぎることを嘆いているのだ。集団において「切磋琢磨」という言葉が有効なのは若者だけだと思う。端的にだが、それは子供の言葉なのだ。大人が励まし競い合っても仕方無い。それは、事前にやっておけってことである。良い歳して、わざわざ集まってまで励まし競いあってんじゃないよ。そんな汗はさわやかでもなんでもなく、加齢臭のひどい毒でしかないのだ。

ああ、児玉のやつ、今日はずいぶん毒づいてますねえ、なんてお思いかもしれないが、言っとくけどあんたのことだよ、あんたの。繰り返すが、あんたのことだよ。本当に。

2009. 10. 26|MON

フェンス

23日金曜日のことから。帰省。翌24日、朝から仕事。夕刻終わる。25日、日曜日。この日の昼過ぎに家を出てからいろいろあって26時間ほど俺は自宅に帰っていないが、その間の移動距離/移動時間は相当なものになった。

京都で友人と会い、滋賀までバイクで送り届け、雨。

……あ、そうそう。23日金曜日は、本日(26日)に予約していた医者の予約をその日に前倒ししたいと電話したのだったが、少々駄々をこねたものの受け入れられず、それというのも、そうした届けをしたのは常時服用している薬が無くなってしまったからなのだったが、既述の通り願い叶わず、仕方無く23日から26日夕刻までは、数年前に処方されたもののあまり合わなかったため大量に余っていた薬で耐えしのいでいたのだった。

そして、そう、雨。夜の滋賀は雨で、合わない薬に頭もぼんやり。バイクに乗るのは危険だと判断し、朝を待つ。ただ、本日26日も雨は降り続いていた。前述の通り今日はあらかじめ医者の予約を取っていた日だったため、大阪のそれに向かうためには是が非でも帰宅せねばならず、引き続き雨だったが復調もみられたので午前、思い切ってバイクに跨がるが、しかし後輪がパンクしていたのだった。

雨に打たれながらガソリンスタンドまでカブを押す。スタンドでは修理できず、紹介されたホームセンター内の自転車工房に行くも(カブのタイヤは、構造は自転車のタイヤと同じなのだ)、店員に使う工具が違うからと嘘で誤摩化され(自転車屋で働いていたことから、自転車用の工具があればカブのパンク修理が可能なことはわかっていたのだ)、仕方無く2時間かけて最寄りのバイクショップまで雨の中歩く。雨、ガス欠、パンクのタイヤを引きずって、金欠。貧血こそ無かったが(別段俺は貧血持ちではなく、○欠、○欠、の語呂で書いただけだが、前月、採血し調べてもらった結果を今日医者から聞くところによるとカリウムが少々不足しているから貧血の兆候があるかも、とのこと……)、それはかなり過酷な状況だった。

なんとか滋賀の見知らぬ土地でバイクを修理に出し(このバイクショップの店員が良心的だったことが唯一の救いか……)、ロッテリアで濡れ鼠のまま食事をし、修理の終わったカブを取りに行くと雨は止んでいた。帰宅し、風呂! この辺りのあれこれはあまりに辛かったため、俺にしては珍しくこまめにTwitter(KODAMA Satoshi (sk_losco) on Twitter)でつぶやいている。

風呂から上がるとすぐさま医者に向かうべく移動を再開。大阪は森小路に。滋賀→京都→大阪と移動したことになる。診察後、実家に寄り、日付の代わる頃に帰宅。

もう寝たいが、あんまり滞るのも嫌だからね、日記。ただ、こういった日に無理矢理日記を書いてしまうと、どうも破廉恥な感じになってしまうきらいはある。まあ、どうであれこの日記は破廉恥に変わりは無いが……。

TORTOISEの『BEACONS OF ANCESTORSHIP』が思いがけず良かったので落ち着いた感じでそのことを書きたかったが、また後日だ。

外はまた雨が降り出している。ああ、色々あって大変だったんだね、というような日記しか書けなかった。もう全部消して、明日の日記にて「昨日は大変だった」と一行で済ませたい思いもあるが、ここでそんなことをしてしまっては私の考える日記ではなくなってしまう(というような逡巡を何度したことだろう)のだった。

雑誌「考える人」の2009年秋号、特集「活字からウェブへの……。」に掲載されていた養老孟司のインタビュー、その中で彼が言った「反論を予測しながら書く文章はつまらない。」という言葉がひっかかっている。毎度毎度、日記がどうのこうのとのたまい日々のそれを締めてしまっている俺には圧倒的に何かが足りない。

ああっ、もう寝よう。

2009. 10. 22|THU

団地

昼過ぎ、来客。ドアチャイムの音で目を覚ます。太郎とトミー。ただ遊びに来たという案配で、二時間ほどおしゃべり。26歳25歳24歳で大体、下品なことを話していた。トミーのためにあえていえば、下品な事を言っていたのは主に太郎だ。太郎と俺の今週の労働時間は二人合わせても10時間ほど。そして平日の昼間から下品な話をしてどうかとも思うが、だけど……、のあとに続く言葉は一切無い。NERDと書かれたTシャツの男とトミーが去り、風呂を浴びて外出。

初めて嵯峨芸大に行く。友人の展覧会を観に。写真を加工した作品の展示を観て思い出したのは、エリックという写真家の『中国好運』という写真集。エリックに関しては、特に操作されていないスナップの写真を撮るが、その写真のコントラストやピント(マニュアルで撮っているらしい)の機械的なまでの合い方などから、どこはかとない違和感とユーモアを感じるのだけれども、果たしてそれ(のようなこと)を作為的に行うとなれば、ずるいかというとそうではなくて、よりそれは困難を伴うこととなる。選択肢と選択項目が増えるからだ。

現実と現状に対してシビアな目を持っているか否かというのは、作品にあからさまに露呈するが、そのことから、弱いそれを「ぬるい」と糾弾するようなおせっかいはもはやしないし、ではそのことから何を思うかといえば、作品に宿る真摯な目から作家を想像し、その人となりに興味を持つということに尽きるということ。なんというか、結局はそうだろう、と。ああ、そりゃあそうだ、と。全部「人」の話。

このトピック、あの、今ちょっと眠いから雑にやるのもあれだしもうやめるが、果てしないな。

まあ、良い日だった。良い人たちと会った一日だった。

あ、戯れ言かもしれないが、「俺の言う、良い、は信用できるよ」と断言したい気持ちもあるが、とはいえ無責任に「良い」と言い放ちたい気持ちのほうがまだまだ強いし、そうであるべきに思う。「俺の言う、良い、は信用できるよ」と言わんとするのは、結局イチローのヒットへの執念と努力みたいなもので、つまりは、ルールの無い場所で記録は無意味だということである。

2009. 10. 21|WED

標識

雑誌「考える人」の2009年秋号の特集は「活字からウェブへの……。」というもの。まだ少ししか目を通していないが、まあ、こういった特集が組まれているのを知れば買うほかないのである。長々と日記を付けているが、やはりいまだに良くわからない。読まれる日記を書くという事は何を意味するのか。

ここのところ世間的にも注目されつつあるTwitterのアカウントは随分以前に取得していたが(右のカラムの、Profile欄に「詳しく」というのがあるが、それは俺のGoogle プロフィールのページにリンクしてあり、そこに各SNSのリンクがまとめられている)、いま一つ俺は呟かない。

思えばこの日記は、夜にまとめて呟いているような体であり、なんというか、俺の体感としてはそのくらいの「リアルタイム」で十分なのが現在のようだ。

さて、日記である。昨日20日は、夜「おおきに屋」で御馳走になる。おいしゅうございました。労働をせずに旨いものを食うとなんだか罪悪感を感じるのが面倒だが。

本日。誕生日に尾上くんからもらったラッキーストライクのBOXのカートンが無くなったので、3箱ほどまとめて買いにコンビニに向かう途中、『Melody♡Cup』で出会った太郎から入電。京都で呑むって話で暇だったので顔を出す。まあ、終始くだらない話をしていたのだったが、収穫として、太郎が最近観たというオリヴィエ・アサイヤスの『クリーン』が観たくなる。アサイヤスは『レディ・アサシン』しか観ていなくて、まあ、それが大変良かったので他のものも観ないとなあと思いつつの体たらく。確か間もなく『NOISE』がみなみ会館で上映されるはずである。

と、まあ昨日今日の日記をTwitterで細かく発散すれば、せいぜい5tweetほどのものだろう。まあ、その程度のことしかいつもここには書かれない。とはいえ、日記は、その呟きの合間を「いらんこと」で埋める必要がある場合が多い。それがねえ、好きなのだけれども、それはそれとして、Twitterにおけるタイムラインのことを視野に入れて考えたとしても、結局、元はと言えば俺は軽薄な意味での「デザイン」と「好きに書ける」ということから日記を付けていて、タイムラインを構成したりといった先進的なメディアリテラシーは、もう、保守的というかなんというか、柔軟性に欠ける人間だからどうしたって馴染めないという、なんとも身も蓋もない感じ。なんか、流れていってしまう言葉の消費感が、以前(今年8月26日)の日記で述べた、「スイッチ」を押す感、と違うのだろう。もう、タイムカードのように打刻されねば気が済まず、さらにその古いタイムカードたちをファイルに整頓したい病らしい。

まあでも、考えてみれば、iPhoneで「つぶやき」を入力するのが面倒なだけなのかも。本当に口でつぶやいて、その声が文字としてpostされるのならつぶやくかもしれない。まあ、そんなようなものだ。その、そんなようなもの、が大きなビジネスチャンスなのかも知れないけど、そういうことに熱くなれない性格だし知らないよ、それは。

俺はねえ、海沿いの家に住んで、昼間は草野球なんかして、夕暮れ風呂を浴びて、夜、温かい照明の下の木製のダイニングテーブルでクリームシチューとかを食べたいんだよ。音楽をかけて。喧噪は時折、煙草を喫うように都会に出て浴びるくらいが丁度良い。

何が言いたいのか良くわからなくなってきたが、そもそも何か言いたいわけでは無いのだった。日記である。

なんていうかもう、あれ、ここどこ? って思いたい。

2009. 10. 19|MON

花

昨日18日のことから。友人の荷物運びの手伝いで一日外出。そのために家を出たところ、例の如く我が家の飼い猫が家を飛び出し、それは日常茶飯事なのでまあいいや、と構えていたのだったが、ちょうど隣人も家を出て扉を閉めるところで、隣家の閉まる扉の隙間に飛び込むように飼い猫が不法侵入してしまった。どうやら隣人はバスの時間が迫っていたらしく、早急に猫を連れ帰れと激しくせかされる。人の家のちゃぶ台の下で落ち着いていた猫を担ぎ出す俺を見届けると、隣人は風のようにどこかへと急いて向かっていった。玄関を開け一分程度のあいだに色々なことが起こったため、事が済んでからなんだかぼんやりとする。飼い猫のもきちに「怒られたなあ」と言ってみたが、特に反応は無い。猫を担ぎ上げ、ポイと家の中に放り込み、外出。

帰宅は深夜。道中、電話をしたり、メールをしたり、電車の発着時刻を調べたり、ゲームをしたり音楽を聴いたり写真を撮ったり、それらが全部できるiPhoneという機械になんだか呆れる。便利過ぎるのではないだろうか。

で、まあそのiPhoneでここのところ熱心にやっているゲームに、相模くんに教えてもらった「HOMERUN BATTKE 3D」がある。これ、初め相模くんに教えてもらったときはふーんと聞いていたのだったが、家で何気なくやり始めたら止まらないのだった。オンラインの対戦がね、楽しい。私、「Losco」の名前でやってますので、もしやってらっしる方いらしたら、対戦しましょう。

で、今日である。今日もまた一日、外に居た。良い陽気に眠い。体調が良くなってきてから眠りすぎることもなく、活力も以前よりあるので、眠気を帯びつつも活動する時間が増えたが(まあ、普通の人になりつつあるということになる)、そのせい(と言いたい)で、夜、観に行った演劇公演はすっかり夢の中だった。それも客席の一番前で眠ってしまったため、眠っていることが明白だったらしく、本番を終えた役者たちに非難される。まあ、非難されて当然である。つまらなかったとかそう言ったあれではなくて、もうただただ眠たかったのだと思う。ごめんなさい。劇場ですやすやと眠ってしまうのは二度目。

帰宅。同居人の誕生日を迎え、ケーキを食べる。

テレビではゴールデン番組のゲストがジャルジャルだった。もうそんなに人気者なのか。

2009. 10. 17|SAT

店舗

日記が少し空いてしまった。いつだって過去も未来もほんの少し前/先しか意識していないので、もはや滞り始めた14日のことなどほとんど覚えていない。

それでもまあ、カレンダーに書かれた予定などを頼りに書き出して行こう。

14日。カレンダーに依って思い出すことに、午後、前日にクリーニングに出したスーツを取りに行った。以上。

15日。カレンダーに依って思い出すことに、朝、仕事のシフトをメールした。以上。

あ、違う違う。14日と15日はパンフレットの制作をしていたのだった。上の記述にそれがプラスされて、以上。

昨日16日のことはさすがに覚えている。午後7時から京都造形芸大にあるstudio21で、我が家にも度々訪問してくれる和田ながらちゃん演出の舞台公演『したため』を観たのだった。机が良かった。よく粘って作られているなあと思った反面、観客に対し、不用意に「考える間」を与え過ぎている気がし、そこが弱いと思う。観て、思いが舞い上がって、それが着地する前に次の風に吹かれたい我々だが、すっかり着地することが度々あり、それは一種の断絶であったように思う。

さて、その後、百万遍で役者の西山真来さんと会う。西山さんと会うのは二度目だったが、彼女と話すのは良い意味でとても体力が要るのだった。聡明な方だが物腰が柔らかなので、油断しついつい思考をさぼってしまいそうになるが、そうすればすぐに見抜かれてしまうぞ、と緊張に包まれながら話すという……、そういった今の周囲の人々とはあまり無いコミュニケーションを楽しむ。ってまあ、ただ単に会話を楽しんだだけなのだけれども。会った理由というのが、面識の無かった彼女の企画に俺が一枚かみたいと告白したことから、その企画に関してだが、まだまだ先の見えないそれも今の楽しみの一つ。

さて、本日。仕事。時折雨。以上。ああ、やはり間が空くと日記は雑になるばかりだ。このところ、抽象的なものいいだが、意識が外に向かっていて日記を書く気持ちがちっとも起こらないのだった。今日はもう、半分義務感で書いている。あ、そうそう。約一ヶ月ぶりに更新された相馬さんのサイト「web-conte.com」では、我が家の飼い猫であるもきちの写真が多数掲載されている。見ていただければわかるが、でかくてふわふわだ。でかふわである。

2009. 10. 13|TUE

南港

今は13日の昼過ぎ。10、11と仕事。共に晴天。

11日は南港で仕事だった。2年ぶりくらいに、とても好きなバイトの先輩に会う。3年ほど前、共に名古屋から新幹線で京都(その方は大阪)に戻る間、いろいろと話した記憶が強くあって、当時は俺の体調はまだまだ不安定だったのだが、その方はかなり快復していたとはいえ俺とは比べ物にならない厄介な病を患ってらして、年配の方の話としてとても励まされたのだった。共に歳を取り、俺も昨今は大分復調してきたが、久しぶりにあったその方はすっかり快復されたとのことで、とても嬉しく思う。

快復してきたとはいえ、電車に長時間乗っていた一日にすっかり疲れる。12日は眠りを貪る。

本日、13日。午前、誕生日にと頂いた快適な椅子が届く。それに腰掛け、ああ、快適、何か本でも読もう、と読みかけのものが多々あるのに『中原昌也 作業日誌 2004→2007』を読んでしまう。適当に止めて、事務作業を少しし、今、日記。だらしない生活である。風呂にでも入って、ちゃんと何かしよう。

2009. 10. 9|FRI

河原

最近気になったニュース、いや、それほど気になったわけではないのだけれども、なんといえば良いだろうか、日々、自身のアンテナをチューニングし続けるうちに、手癖のようなものが付いてしまい、その結果「気になる」と判断してしまっていると言うべきだろうか、そういったものにパブリック・エナミーの新作における制作費の捻出方法に関する記事がある。少し引用すると、

彼らは、アムステルダムに拠点を置くセラバンドというレーベルと契約。このレーベルのビジネス・モデルは非常にユニークで、サイト上で楽曲を聴いて気に入ったら、そのアーティストのアルバム制作資金をファンが援助できる仕組みとなっている。また、レーベルが資金を捻出しない代わりに、アーティストがアルバムの所有権を持つことができ、資金援助したファンへの見返りもアーティストが決められるということだ。

とのことで、これだけでは今ひとつどういうことなのかわからないが、とにかく表現者の自由を尊重しようということなのだろう。とはいえ、わかりやすいところだと無頼派と呼ばれる作家に顕著だし、テレビのタレントや俳優に良く言われることだが、「ダメで仕方無いから、そこに来た」というようなきらいのある人々が、会社勤めの人々より「経済」を意識せねばならない近況というのは、ひどく不自由な気もする。ややこしいのが嫌で、(ぼやけた言い方だが)裏返って(ある種の)ミニマミストになってしまうような性質の人々に、経済という「複雑系」を孕んだものとの格闘が待ち構えているわけだ。複雑系は人の心で十分なのに。

まあ、冒頭で述べた様に、少し前の興味というか、チューニングの手癖が残っていて取り上げた様な話だから適当なことを言っているが、それはそれとして、9万ほど振り込まれているだろうと勝手に勘違いしていた給与が、実際は3千円しか振り込まれておらず、困窮している俺である。どういう勘違いなのかは長くなるので省くが、それにしても困ったなあ。俺もファンに資金援助を要請したい。

夜、孝学くんが来訪。スザンヌより木下優樹菜のほうが可愛いという俺に対し、断然スザンヌだと彼は言った。孝学くんの話、終わり。

ああ、そうだ。TYONDAI BRAXTONと電気グルーヴとビートルズの話をしようと思っていたのだったが、もう結構書いちゃったし時間も遅いから諦めよう。

写真は鴨川のすすき。もう秋も秋。寒い。今年のあっという間感は俺だけじゃない気がするのだが、どうだろう。

2009. 10. 8|THU

徹子の部屋芸人

台風一過で京都は快晴。暇だし写真でも撮りにでかけようと表を歩きシャッターを切ったが、掲載しているのは夜、このところテレビの番組を楽しみにした記憶など皆無だが、ほんとうに久しぶりに見ようと待ち構えていた「アメトーーク」を映す我が家の平面ブラウン管テレビ(地デジ非対応)である。バナナマンの日村が、やったことのないモノマネを徹子女史に要求されている瞬間である。3時間スペシャルを夜7時から放映しており、加えて、毎週の通常放送が深夜にあった。計4時間もテレビを見てしまったのなど何年ぶりか。深夜の「椿鬼奴クラブ」がむちゃくちゃ面白かったね。「徹子の部屋芸人」での、友近の徹子の部屋シミュレーションにおける芸も素晴らしかったが。

さて、テレビをたくさん見た人の日記である。

京都在住の方への有益な情報として、「祇園会館」にて、今月30日まで『チェンジリング』と『グラン・トリノ』の二本立てが上映されている。「WEB特別鑑賞券」を印刷して持って行けば千円で見られるぞ! 是非行こう。

2009. 10. 7|WED

山科

5日のことから。ジャルジャルの福徳の誕生日。雨。街に出る。日付が変わる頃、腹が痛くてトイレに居て、あ、このままじゃ誕生日をトイレで迎えてしまう、と思い、慌てて出る。誕生日、6日。雨。なんとなしに、誕生日だということでケーキを食べる。こういう「何となく」がわりと好き。「誕生日だからってなんでケーキ食べるわけ? 意味わかんない」と言ってもいいのだろうけど、俺は機嫌良くケーキを食べる。物心付いた頃からそうしてきたのだった。10月6日が誕生日の美女に堀北真希と芦川いづみさんが居るが、「誕生日だからってなんでケーキ食べるわけ? 意味わかんない」とは思わず、きっと昨日は二人とも笑顔でケーキを食べただろう。

読書の秋というより食欲の秋といった案配の俺は、随分前に購入した佐々木敦の『ニッポンの思想』をまだ50ページほどしか読めていないが、さて、この思想と批評の入門書と帯にある本は「ニューアカ」から始まる。著者は、ゼロ年代で終わるのではないかと予想される思想体系の始点を、「ニューアカ」に定めているためだ。ちなみに、俺が生まれた83年10月は、『構造と力』(83年9月発刊)と『チベットのモーツァルト』(83年11月発刊)に挟まれている。別にだからって何もないのだけれども、小学校の時、学校から自分が生まれた日の新聞のレプリカをもらって喜んだ記憶があるが、そういったレベルで、なんとなしに生まれた日というのには愛着を持ってしまう。『構造と力』と『チベットのモーツァルト』に挟まれているというのが何だか知的で良い感じがするというだけの話だ。そんなわけで『ニッポンの思想』を読むということは、俺の生きてきた時代を読むということになるわけで、そんな読書は初めて。全く、歳を取ったのだなあ。余談だが、浅田彰は今、俺の母校である京都造形芸術大学の大学院長だが、少し前、大学の教室で騒がしく何かの稽古をしていた年少の同級生が、「今日、稽古をしていたら、なんか、大学院長に怒られた」と、そのことを笑い話にしていたが、つまり浅田彰に怒られていたということになる。とはいえ、「浅田彰に?」と問うても、なんだかぼやけた返答しかなかったのだった。そんなエピソードからも、ゼロ年代によってそこから発した系譜が断絶するという予測に、白けたリアリティを感じてしまう。

7日。雨。晴れ男だと言い張っている私の誕生日周辺は台風にやられてしまった。雨のせいで体調も少し悪い。あ、そうそう。「opus design – オプスデザイン」という情報サイトが、先日作った木ノ下歌舞伎の公演のフライヤーを紹介してくれている。ここ、8月に出演した『Melody♡Cup』のフライヤーも取り上げてくれていた。ちなみに『Melody♡Cup』のフライヤーのデザインは、容姿が似ているということで勝手に姉さんと呼ばせて頂いていた木村敦子さんによるもの。姉さんは俺の人生の中で出会ったことのない、破天荒な個性を持った面白い人だが、もはや人妻なのであまりエピソードを語るべきでもないだろう。あまりに容姿が似ているということで携帯で二人の写真を撮ってもらったことがあり、それを「日記に載せても良いよ」ともおっしゃっていたが、それは載せない。なんでもかんでも載せないし、なんでもかんでも書かないんだよ、私は。

さて、最後になりましたが、また一つ歳を重ねられたのも周囲の皆様のおかげです。どうもありがとうございました。そして26歳の私も一つよろしくお願いします。

2009. 10. 4|SUN

少し日記が滞ったが、先ずは3日のことを。

例年、私の誕生日(10月6日)をたくさんの方に祝って頂いて恐縮だが、今年も3日にたくさんの方に来て頂いて、我が家で誕生会を。来て頂いたほどほどの男子と美女のみなさん、本当にありがとう。プレゼントも色々頂いた。どれも大事にします。

さて日記だが、1日2日は細かな作業など。外付けのHDDが不調で嫌な音がし、加えていっぱいになってしまったので、これはもう仕方無いよなあ、と新しいものを買う。1TB。Amazonで買ったが、1TBも相当安くなった。そして一緒に注文したTYONDAI BRAXTONの『CENTRAL MARKET』がすごい! こんなの聴いたことない! が2009年に。感動。ただただ音楽。

3日、朝から仕事。寝不足。帰宅し仮眠し、冒頭に書いた誕生会。明け方まで。

4日。昼前から仕事。夕方に帰宅。誕生日とは別の素晴らしい祝い事があったので、これは良いものを食べに行こうと、初めて「おおきに屋」に。おどろくほど旨かった! ああ旨い旨いと食べ過ぎる。全部旨かった。カウンターに掛け、早い夜だったので他に客も無く、あんまり旨い旨いと店内で言えなかったので店を出て旨かった旨かったと言う。日記を書いている今は翌5日の早朝だが、今朝も、ああ昨日、旨かった、と思ったほど。夜の食事はそれなりの金額になるが、ランチは手頃に食べられるようなので、おすすめ。『CENTRAL MARKET』と「おおきに屋」は、俺、全力でおすすめします。

2009. 9. 30|WED

バス停

29日のことから。と、言いつつ何をしていたのかあまり思い出せない。あ、そうだ。ちょっとどうかと思うくらい寝ていたのだった。ここ数日あまり優れない。断続的に寝ているうちに夜になっていたという始末。

本日30日。長電話。夜、chikin孝学くんが来訪。人と話しているのが何より体に良い。とはいえ、勉強不足は終わらない。もっと考え学ばねばならない。学が足りないから、権力なんて無くなれば良いのに、という極端な思いが重いことになってしまうのだろう。当たり前のことだが、「過剰」に批評性はあれど、「極端」に批評性は無い。

もう、9月も終わり。日記を書いていると、ついつい「○月も終わり」と口走ってしまうが、これ、なんか嫌だなあ。なんか嫌だが、9月が終わりなことに変わりはない。つまりもう10月だという当たり前のことを、確認している。

「月変わり報告男」。月が変わると、1日の朝に地元の商店街に現れ、「○月になりましたよー」と叫びながら走り回る。商店街で魚屋の跡を継いだ次男(29歳)が小学生のころから、その男は居た。そして、「そういえば、最近あの人見ないね」と買い物の片手間に商店街の客に呟かれる未来がある。そういう男。

そんな男はいないだろうが、いても全く不思議じゃない。年度が変わったらいつもと違うことを報告するのだろうか、と期待された男だったが、世紀が変わっても、ただ「1月になりましたよー」としか言わなかった男。全くもってどうだって良い話だ。

2009. 9. 28|MON

SANYO

26日の夜は友人達とボーリング。この日記には度々「ボーリングがしたい」という俺の呟きが記述されるが、実際にボーリングに行ったのはかなり久しぶりだった。もちろん楽しかったのだが、時間の関係で2ゲームしかできなかったのが残念。ボーリングはねえ、夜通しやるんだよ。ひたすら。ある昔の夏、朝からアルバイトに行き(体力仕事)、終業してボーリング場に向かい(国道沿いの、哀愁漂う)、ひたすら投球し(17ゲーム)、閉店の午前5時に店を出た。そして、少し眠るか眠らないかして、またアルバイトに行き、さらにまたボーリング場に向かった。いわゆるダメな人の典型のようなそれだが、あの恍惚感ったら無い。今後の人生で二度とそんなことはできないだろうけれども。

さて、昨日27日。正午から仕事。夕暮れ退社。夜、久方ぶりに陽陽食堂で食事。

今日28日。月末なので金の雑務を幾つか。昼過ぎから友人に会いに出かける。降るのか降らないのか、ちょっと落ち着けと言いたい天候だったため、バイク、いや電車、いやバイク、あ、降って来た、もういいや、バイクで、というような逡巡が面倒だったし、ガタガタした天候に体調も優れず。帰りは日暮れ。滋賀と京都を繋ぐ山中越えを通ったのだったが、滋賀側から山中越えに入る手前、高地から見る夜景が美しかった。滋賀のあの夜景はすごく好きで、今度写真でも撮りに行こうかと思う。

つい最近、chikinのcossiをはじめ、俺の撮る写真を誉めてもらえることが何度かあったが、写真を撮るのは面白いものの、技術としてのそれはそれとして、表現としての写真に対して俺は不勉強だ。だからといって、技術を付け(それは、俺、たぶん得意なんだ)、それを抜けて、また(筒井康隆の愛読者故か、脱構築してからしか表現にならないと思い込んでいる節が私にはある)はだけた写真を撮れるようになるほど熱心にそれをやるかというと、そういうつもりはない宙ぶらりんな男である。

あのねえ、日記にはあまり書かないが俺はわりと落ち込むのだ。時には、真面目にやってるし、人のことを思うために生きてる、だけどあたしゃ所詮、社会不適合者ですよ、と愚痴をこぼしたくもなる。さすがに、真面目にやればやるほど損をして辛い、っていうようなわかりきった状況に消耗はもはやしないし、それを盾にいらだちを外に向けたりもしないが、とはいえ粘り気のある何かが胸で重い時もある。

出来れば大体のことをうまいことやって生きていきたいが、大体のことはうまいこといかないし、別にそれを悲観もしない。今月のラテン語(あの、上に書いてあるやつです。毎月変わっているのです)「Nemo ante mortem beatus」の意味は、「だれも死ぬまでは幸福ではない」。これ、先月出演した舞台『Melody♡Cup』の関係で小耳に挟んだ程度のあれだが、仏教の根本理念と同意である。すごくポジティブな言葉なのだが、同時に逃げ道が無いことを意味している。……こんなこと書いていると、児玉のやつ、何か特別辛いことでもあったのかしら? と思われるかもしれないが、特に無い。

優れない天気と秋の夜長のせいだと思っていただきたい。このところ、わりと読まれる日記になってきたので、何かこういうことを書くことに躊躇いがあったのだった。誰も人の日記に愚痴やイデオロギーを求めていない(っていうか、そもそも日記なんて読ませるものじゃあないじゃないか、と思われるかもしれないが、だってほら、今読んでいるでしょう? 読んでしまうんです人の日記は)。

だって、ねえ、もう朝の5時ですよ。来月には26歳ですよ。あごの関節痛いし。腰も痛いし。お金無いし。ドラクエやってる場合じゃないですよ。じゃあまあ、何をやってる場合なのかというと、これといってない。強いて言えば、ドラクエをやるのも真面目にやるべきだというくらいか。南国でふざけた色のジュースでも飲んでいたいものだが、それを想像した時、そのふざけたジュースを飲みながらの俺の焦燥感ったらひどい。思わず一気飲みしてしまうのではないだろうか。「仕方無いなあ」「仕方無いですよ」。それはそれとして、愛機PowerBook G4の調子が優れない。壊れないでよ。ご老体を労るように、ディスクユーティリティでメンテナンス。朝の5時。油断したら、朝の6時になって、もしもすれば、朝の7時かも。「それはそれでね、いいんだけどね」「まあ、そうですよね。どうにもね、ならない」。そんなふうなこと。「Nemo ante mortem beatus」なんて、しょせんそんなふうなことだ。だから強靭だし、眩しい。外は雨が強くなってきた。そろそろ寝よう。

2009. 9. 26|SAT

彼岸花

24日のことから。晴天。良くバイクに乗った日。写真はその日に撮った彼岸花。

ガソリンスタンドでエンジンオイルを交換して帰宅。

25日。引き続き晴天。夕刻から医者に行かねばならなかったので、午前中に掃除洗濯などを済まし、病院は京阪電車で小一時間の距離なのだが、ドラクエの「すれちがい通信」というのを初めてやるべく、ニンテンドーDSiをリュックサックに放り込んで家を出る。医者。採血。11人とすれ違った。思いがけず「すれ違う」ので面白かったが、あの、簡単に説明すると、DSで起動しているドラクエを通信状態にしている者通しがすれ違うと、データを交換できるのだが、それを「すれちがい通信」という。で、交換するデータとは何かというと「宝の地図」というもの。まあ、それを頼りにゲームをしていると新しい洞窟を発見できるのだけれども、11人とすれ違い、色々な地図をもらったが、どれも時期外れにドラクエを始めた俺にはレベルの高過ぎるものばかりで、あまり楽しく遊べない。

病院を後にし、出町柳着。駅前のTSUTAYAに、BO GUMBOSを借りようと寄ると、今月初めにリマスター盤が出たビートルズが全部あり、洋楽だからタイムラグが相当あると勝手に思い込んでいたのだが、どうやら発売とレンタルは同時だったらしい。これは! と全14タイトルを借りる。2時間かけてiTunesに取り込み、早速『The Beatles (White Album)』を聴くが、いやあ、良いねえ。しばらくはビートルズか。あ、でも今日の移動中はiPhoneでArctic Monkeysの『Humbug』を聴いていた。三作すべて聴いているが、今回のアルバムが一番好き。

さて、本日。午前中から金回りの管理で雑務多々。洗濯しようかなあと思っていたジーンズにコーラを思い切りこぼしてしまったので連日の洗濯。相変わらず晴天。森小路のたこ焼き屋「雷蛸」で袖が汚れた上着を洗濯したら、ポケットにiPhoneのイヤホンを入れたままで、聴けるのだがもの凄いディストーションがかかるようになってしまった。ああ。

今は日記の日付の夕方。まだ太陽は沈んでいない。思いついた時に思いついたことを書くと日記は長続きしますよ。

我が家の飼い猫であるもきちは、俺が自室の机に向かっていると普段はほとんど鳴かないのだが、ニャ、ニャと言いながら近寄って来、抱けとせがむ。それで昨日、『Melody♡Cup』で共演したPooからもらった(帰国後にPooから届いたメールで、わからないところがあったのでネットの翻訳サービスを使ったら、何故か最後に「大便」と書いてあり、ん? となったが、あ、Pooね、となる、とどうでも良い話)なんといえばよいのか、鼻に突っ込むメンソールのきつい奴があるんだが、それを寄ってきたもきちに向けると、何? といった様子で鼻を近づけ、ものすごいリアクションで驚き去っていった。その姿を見た俺は、ちょっとしたいたずら心でなんという酷いことをしてしまったのか、と直ぐさま猛省し、後を追った。それで頭を撫でるとゴロゴロ言っていたので、なんだか泣きそうになってしまった。

猫にいたずらをして後悔した話、終わり。ついでに日記も今日はこのあたりにしよう。

2009. 9. 23|WED

屋上

さて、昨日22日のことを書くが、昨日の日記にある通り俺が京都音楽博覧会に行っている間、同居人は東京でオーディションを受けていたのだった。俺自身のことではないから、書く事もないなと思っていたのだけれども、どうやらここを読んで下さっている方々にも幾人かそのオーディションに行った人がいる様で、別に何ってわけもないが、少し触れておこうかなと。

今日帰宅した同居人は俺と共通の知人と何人も会ったと話し、とても楽しかった様子。今は東京で役者をしている和加子さんにいろいろと案内してもらったと言っていたが、和加子さんが学生時代に撮った映画で、同居人は役者を、俺はスタッフを、今野くんはカメラを、このところ近況を知る由のなかったヨシという男は役者とスタッフを兼ねていて、同居人はそのヨシにも会ったと言い、iPhoneで撮ったヨシがフラフープをしている動画を見せてくれた。家の中でしていた。集中しているのか、神妙な顔つきで動画のヨシはフラフープをしており、和加子さんに「顔が厳かやで」と言われ、恐らく厳かとおろそかの意味がごっちゃになっていたのだと思うが、頓珍漢なことを言っていた。顔がおろそかは嫌だ。馬鹿な動画だった。

何はともあれ皆元気そうで何よりだ。東京でカメラマンのアシスタントをしている後輩にも偶然会ったとのこと。雷門で記念撮影をしようと思い、誰かに撮影してもらおうと辺りを見回したら、その後輩が居たのだという。

まあ、別段、だからなんだという話でもないのだけれども、えー、これは日記だから日記を書くが、そんなわけで同居人が東京で話に花を咲かせていた昨晩深夜、俺は早々に眠り、本日、朝から仕事。

夕方の手前に帰宅し昼寝。起きるとchikinの面々が。自室でドラクエをしていると呼ばれ、行くと高嶺(格)さんのサイトを見ており、俺を呼んだのはchikinのトミーと俺が出演していた『Melody♡Cup』という公演の写真が掲載されていたためだった。トミーの写真写り面白い、とケラケラ笑ってからまたドラクエ。

そんなわけで相変わらず今は深夜だ。写真は職場である結婚式場の喫煙所からの眺め。シルバーウィークってことになっていた連休は晴天が続いた。どこか遠くに遊びにでも行きたかったなあ。まあ、別に行こうと思えばいつだって行けるのだけれども。なんか、「(遊びに)行こうと思えば」とかって言っちゃうとすごく簡単なことのように感じるけど……、と書きつつ、「……」とかじゃなくて、ほんとに簡単なことだ。とはいえ、「遊び」はイチローが語る「バッティング」と同じで、常にうつろう。「その時」の遊びをしないとクリーンヒットは打てない。惰性でバッターボックス立つのはねえ、嫌だねえ。そう考えると、結局のところ、「まあ、別に行こうと思えばいつだって行けるのだけれども」というのは、バッターボックスからの逃避であり、本当に困難なのはスケジュールの調整ではなく、そこへ向かうモチベーションの発揮と、そこでの優れたパフォーマンスなのかもしれない。

さて、なんか、何言ってるのか良くわからなくなってきたなあ。寝よう。あ、今日はやきそばを三玉も食べた。

2009. 9. 22|TUE

20日のことから。朝から仕事。夕刻、帰宅。少し寝る。夜、The Cherishの二人、孝学くんと尾上くんが来訪。何か用事かしら、と思っていたのだけれども、ただ遊びに来た様子で、それを喜ぶ。翌21日も朝から仕事だったので、4時前に解散。いろいろあってThe Cherishの大きい方は少しへこんで帰っていったが、不謹慎ながらそれが面白くて仕方無い。

21日。朝から仕事。夕方の手前に帰宅。ドラクエ。

本日、22日。三年目、三回目の京都音楽博覧会。母と妹と。ベストアクトは、完全に石川さゆり。素晴らしかった。我々は演歌に魅了されたのだった。もちろん、夏フェスの帝王(そんなふうに言われているのは別段、聞いたことはないが、夏フェスという巨大なハコでの演奏で、一人で、一人だからこそか、優れた安定感、そしてその爆発力、これはもう、すごいと思うのだ)奥田民生も抜群だったし(『バラの花』を岸田くんと演ったが、民生が歌っているほうが良かったもの)、くるりも良かった(最後の曲にしてくるりのハイライトは『宿はなし』。『かごの中のジョニー』も良かった)。だけど、石川さゆりだったと言うほかない。関取がK-1のリングで横綱相撲といった痛快さがあった。

帰ったのが午後8時。母と妹に「これがもきちだ」と猫を見せ、それから近所の焼肉屋「ちゃんだん」で食事。

単身帰宅が午後9時か。凄かったなあ、『天城越え』。

2009. 9. 19|SAT

ビールと猫

さて、そんなわけで久方ぶりに表に働きに出ていた。午後六時過ぎ、帰宅。

写真はデリリウム・トレメンス(Delirium Tremens)という、ベルギービールの匂いを嗅ごうとしているもきち。この一秒後に、ワッとなって写真奥へと走って行く。これまであまりテーブルの上の物に興味を示さないもきちだったが、先日、来訪してくれた相馬さんの手土産であった猫用のおやつをやってから、また何か良い物をくれるのではないかと、様々なものに興味を示すようになったのだった。

ところでこのビール、非常に美味であると同時に瓶などのプロダクトデザインも美しい。

さらにWikipediaに由ると、

デリリウム・トレメンス(delirium tremens)は、ラテン語で「震えの来るせん妄状態」という意味で、アルコール依存症下での禁断状態によって引き起こされる激しい症状を指しており、アメリカ合衆国では輸入禁止とされたこともある。

と、確かにアルコール度数が9%ありビールにしては強いのだが、それとは別に名前にも色気がある。

さて、日記の続きだが、夕食を「東龍」横の「福仙楼」という店で。「東龍」の真横、ってことでどういうことなのか、と気になって何度か足を運んだのだったがいずれもタイミングが悪くありつけず、ようやくなのだったが、味は東龍に良く似ていた。どうやら東龍の系列のようだった。まあおいしかったのだけれども、東龍と福仙楼がもっと離れた位置にあり、いずれかが近かったらそちらに行く、という、まあなんというか、どっちでも良いっちゃどっちでも良い感じ。

MIKAの『We Are Goleden』がヘビーローテーション。

2009. 9. 18|FRI

伊達娘恋緋鹿子

16日のことから。朝から、卒業とオーバーラップして働いていたアルバイト先に。ここ、一年半ほど前にクビになったのだったが、人出が足りないので戻って来いとメール。メールだ。せめて電話だろう。で、行ったら行ったで、給与が3分の2になると突然言われる。そんなのお断りだよ、となると、さすがに困ってらっしゃる、以前と同額の給与になった。全く、ふざけてらっしゃる。なめてるよねえ。ストレスばかり溜まる職場。早く顔なじみのアルバイトの方々と会いたい。

で、早々に帰宅してドラクエ。ドラクエばかりしていた。17日はもう、ドラクエだ。

本日。ドラクエばかりしていたので体が痛い。そういえば「美術手帳」の今号(2009年10月号)に、8月に出演した『Melody♡Cup』の劇評が出ているとのことで、カナートに。本屋より先にHMVに立ち寄り、MIKAの2ndを視聴し、1曲目が良くて笑ってしまったので買う。ついでにArctic Monkeys『Humbug』も。両方、もちろんインポート盤。

それから「美術手帳」を立ち読みし、なんか、記念に買っておこうかと思ったが、思いのほか高価い雑誌だったのでやめる。「アーティストになる基礎知識」という特集が組まれていた。こういう特集、売れるんだろうなあ。今はとにかく「なりたい奴」達から巻き上げるのが一番効率が良いのだろう。

写真は木ノ下歌舞伎の『伊達娘恋緋鹿子』という公演のフライヤー。二つ折りにしてA4になるものを、見開きで載せている。ポスターも兼ねているのだ。薄手の包装紙、タイトル文字など灰色の部分は、実物では銀のインクを使っている。

これ、以前日記で書いたが、鞍馬まで行って撮影した素材で作った。撮影といっても、スチールではなくビデオを回してキャプチャーしたものを素材にしたのだ。毎度のことながらこっちのことおかまいなしの弾丸スケジュールだったため、何の構想も無く、鞍馬に行き、撮影しながら、別にここじゃなくて全然良かったなあと思いつつ、家で作業しながらもそう思い、さて、出来上がったものを見て、撮影に参加された方々もきっと、なぜ鞍馬まで私たちは行ったのか? とお思いだろう。なので断言するが、まったくもって鞍馬に行く必要は無かったね。もうちょっと作業日程にゆとりがあったら鞍馬に行っていなかった、それだけのことである。まあ、出来たんだから、良いじゃないか。

明日からシルバーウィークだってね。それに、仕事も遊びももの凄く密集してしまった。しばらくドラクエ、出来ないなあ。

2009. 9. 15|TUE

13日のことが全然思い出せない。日曜日である。夜にビールを呑んで酔っぱらったということしか覚えていない。今、13日のメール履歴を見て、カッターシャツをクリーニングに出しに行ったことは思い出す。誰かに会ったなら覚えているだろうから、一人で何かしていたのだろうけど……。

14日。バイクで移動。寒くなってきたので、去年から着ているパーカー(ユニクロ)を引っぱりだし着たが、なんだか汚い。思い返せば、丹波マンガン記念館で、丸太の皮を剥いたり薪を割ったりしていた時にずっと着ていたのがこのパーカーで、そりゃあ、汚くもなるなあ、と。で、新調しようと色々店をまわったが、なぜか新書を一冊買って帰宅。こういうことが良くある。本に関しては、その単価が低いということもあるが、金銭感覚が失われる。服をいろいろ見、「まあ、でも汚いけど着れるし」と思い財布を閉じるも、不用意に立ち寄った本屋で散財するのだった。

帰宅後、webの作業。メールのやり取り。終わって、Amazonから届いていた『ドラクエⅨ』を開封。さんざ購入を悩んでいたのだったが、相馬さんと話しついつい買ってしまった。Amazonでやんや言われていたそれだが、俺は、わあ、ドラクエだ、と今のところ喜んで遊んでいるし、たぶんしばらくはそうだろう。

さて、本日である。ホットペッパーで適当に選んだ店で理髪。帰宅し依頼のチケットを作る。印刷会社から注文したフライヤーが出来たとのことで、納品は明日だが何部かもらう。色校正から変更した箇所がうまくいっていたので安心する。そしてドラクエ。そして風呂。そして日記だ。さらにそしてやっぱり今は深夜。唐突なことを言うが、全くほだされる日々である。

2009. 9. 12|SAT

猫

11日のことから。京都造形芸大内にあるstudio21で地点の『あたしちゃん、行く先を言って』を観る。地点は過去に『桜の園』と『三人姉妹』を観ているが、当時はそれほどピンときていなかったのだった。面白かった。第一に、過去に観た二作との圧倒的な違いは空間の広さで、そのことが「ああ、良いじゃないか」感を高めた一番大きな要因だとは思うのだけれども、それはそれとして、勘でしか話せないのが申し訳ないが、『桜の園』と『三人姉妹』が古典音楽だとしたら、今回はコンテンポラリーな音であり、美しい旋律、よりも単音で空間を作るような音作りの連続がかっこ良かったのかもしれない。あと、まあ攻撃的というか、攻めてる感じというか、それはやっぱり気持ちが良いのだった。

劇場を出たところで相馬さんと会う。トミーと山村と4人で上海バンドに。その後、我が家。相馬さんには色々と手土産を頂く。写真は翌、本日「もきちへ」と頂いた猫用のおやつを平らげ、満足しているもきちである。キャットフード以外なにも与えないので思わぬ幸運に喜んだのだろう。

本日。一足先に用事で我が家を発った相馬さんと、昼過ぎに京都造形大で合流。猫街で昼食。それほど人見知りでもない俺だし、日記を読ませてもらって知っている相馬さんだったが、やはり初対面ということもあり諸々の会話で常にぼんやりとしたもの言いしか出来ず、それが少し残念。とはいえわざわざ来て頂いて大変楽しかった。

相馬さんの乗った京都駅行きのバスを見送り、徒歩で帰宅していると豪雨。帰って少し眠る。

相変わらず今は深夜である。

2009. 9. 10|THU

山中越え

9日のことから。依頼のフライヤーの色校正が出来たと連絡をもらったので赴く。思ったより黒が沈んでしまったので、用紙そのものの変更やなにやら色々悩み、深夜まで作業。明け方、腹が減ったのでなか卵に。ついでに丸山書店(最近、あの貴重な音楽コーナーがGEOになってしまった方ではなく、高野の)に行き、このところ『White Album』ばかり聴いていることやリマスター盤が出た事もあり、スルーしていたビートルズ特集の「snoozer」(#075)を買う。青山景という人の『ストロボライト』という漫画も衝動買い。この漫画、なんというか、今こういうことすると「文学のパロディ」、っていうか、「文学」をするためには「文学のパロディ」をするしかないという屈折した状況の中で、よくもまあここまで清々しく、と感心する。

そんなわけで記述は本日10日に移っている。寝ようと思うも寝られず。印刷会社とメールや電話。洗濯、掃除。

バイクで人に会うために滋賀に。ここ二日、朝晩は寒いくらいだが、日中は日差しが強く、とはいえ暑くもない。徹夜もあって恍惚となる。

帰宅して「たこなぐり」のたこ焼きを食って寝る。深夜に起きる。テレビを見る。今、こうして日記を書いていると、『Melody♡Cup』で共演したKawtooからiPhoneに変な牛の画像(なんかデフォルメされた牛がポールダンスしてる)が送られてきたが、なんだろうこれ。あ、掲載の写真はそれとは無関係で、京都と滋賀を繋ぐ、比叡山を通る道にあるさびれた何かだ。なかなか秋っぽい空になってきてしまった。夏を名残惜しんでいると秋を楽しみ尽くせないもの。四季が幼少の頃から慣れ親しんだそれとは少しずつ様相を変えている。しかし、それは当たり前のことだろう。とにかく秋っぽいのだから、それを満喫するくらいしかすることはない。気持ちの良い日だった。

2009. 9. 8|TUE

明け方、体調が戻ってきたのでそのまま起きておく。午前中、京都造形芸大のカフェで印刷会社と会い入稿。色校正待ち。一旦帰宅し、再度、同大学を訪れ、『Melody♡Cup』のDVDをもらう。

帰宅し少し寝る。夜、腹が減ったので、気になっていた白川通りの「東龍」横に出来たというラーメン屋に行くも閉店日。仕方無く、ひさしぶりに「あかつき」に。以前の家からは最寄りのラーメン屋で、深夜に食すとなるとそこだから頻繁に行ったものだが、ここのところはご無沙汰である。見た事の無い店員。通っていたころに良く居た丸っこい中年の店員が作るあかつきのラーメンは、その決して派手ではない味のポテンシャルを見事に引き出していていつも抜群だったのだが、初めて見る兄ちゃんのあかつきはダメだった。

今は9日の朝だが、8日は久しぶりに日付が変わる前に眠った。良く寝た。ここのところは体がガクッとダメになっても復活が早いので助かる。ビートルズのリマスター盤が発売というニュースを見て、せっかくだからBOXセットが欲しい。とても欲しい。私の誕生日は10月6日だが、誰かくれないだろうか。Amazonだと3万円を切っていましたよ。

2009. 9. 7|MON

夕刻に起きるが、体がガタガタ。頭痛がして、頭の中がパキパキ音を立てるのだった。なんの音なのか。何か大変な病の兆候だとかそういうのだと知っている方がいればご連絡ください。って、ここのところ無かっただけで、何年か前は大体頭の中がパキパキなっていた。肩こり及び首のこりが酷くなるとなる。連日のデスクワークのせいである。PowerBook G4のキーボードをそのまま、もう5年以上使っている。肩がもう、がっちりロックされるのだ。金銭的余裕が出来たらワイヤレスのキーボードとマウスでも買いたいところだが、俺、トラックパッド好きなんよなあ……。速い。

さて、体がガタガタのままフライヤーの作業。大方終わる。

言及するのを忘れていたが、「web-conte.com」の相馬さんが突然、家に泊めて欲しいとメールをくれた。そのことは相馬さんの9月3日付けの日記に詳しいが、つまりは、

「のりおよしお」ばりに話はころっころ変わるが「地点」の京都公演が間近だ。二回のプレ公演(「行程1」、「行程2」)を経た本公演『あたしちゃん、行く先を言って太田省吾全テクストより』は、京都造形芸術大学内の「京都芸術劇場 studio21」にて8日から13日まで。みなさんもぜひ観に行ってみてはいかがだろうか。わたしは11日に観に行こうかと思っていて、でまあ、夜の公演だし一泊することになるのだけど、このさい児玉君ちに泊めてもらうのはどうかと思っているである。メールで打診してみたところ色よい返事なのだった。みなさんもぜひ、児玉君ちに泊まってみてはいかがだろうか。

ということなのだけれども、私と同居人は大抵夜は家にいるし、それに『あたしちゃん、行く先を言って太田省吾全テクストより』も観に行く予定だから、狭い家で申し訳ないが歓迎したいと返信したのだった。ところで相馬さんの記述にみなさんもぜひ、とあるが京都にお越しの際はご一報頂ければ。叡山電車元田中駅すぐ近くです。ちなみに京都造形芸術大学も近い。

さて、話は続くが、上の引用の続きに、

いや、気づいたらわたし、児玉君の顔よく知らないんだけどね。となると基本、待ち合わせのさいには児玉君にわたしを探し出してもらわないといけないが、じゃあ、いったい児玉君はわたしの顔を知っているのか。ひじょうにむつかしい問題である。なんとかなるんじゃなかろうかと思うのだ。

とあり、そうか、と思い自分の写真を探したが、人は撮れど自分はあまり撮られないもので、最近のものでは白塗りをした私、電車で白目を剥いている私、などというふざけている写真しか無いので困ったなあ、と思うも、「web-conte.com」のほうでこちらからは相馬さんの顔を幾度か写真で見ているので、まあ、たしかになんとかなるとは思えるのだった。

ただ、懸念すべきは「俺のそっくりさんがたくさん居る問題」である。何度か書いたように思うが、家から一歩も出ていない日の翌日、「お前、昨日三条にいたよな?」と、当時毎日のように会っていた今野君に言われたことをはじめ、「昨日、三条に居ましたよね?」と昔のバイト先の同僚にも言われ、どうやら三条に俺はたくさんいるらしいし、もっと遡って、中学の時、陸上部だった俺は自分が出場する種目が近づき、集合場所に行きアップをしアクエリアスを飲んでいたところ、同部員の面々(4、5人)の背中が遠くに見え、驚いたのは彼らが一生懸命「児玉がんばれー」と叫んでいたからだった。俺は走っていないし、そもそも彼らの背後にいたのだった。応援されていたのは俺のそっくりさんだった。背後から彼らに声を掛けたら驚愕された。つまり、俺が複数いるのは三条だけではないということだ。もっと酷いのは大学当時仲の良かった和加子さんに、「昨日、四条らへんに児玉くんいっぱいいたで」と言われたことだが、とにかく私は遍在するということで、長くなったが、相馬さんも違う俺の家に泊まらないと良いが、という心配の話である。

まあ、俺が相馬さんを判別できれば何も問題ないのだけれども。あ、もう朝だ。

2009. 9. 6|SUN

5日と本日は終日、依頼のフライヤーを制作していた。なので日記としては他に書くことがほとんどないのだけれども、毎日見て下さっている方もいるので、とりあえず何か書こうと思ってはいる。

あ、そうだ! 書かなくてはならないことをすっかり忘れていた。7月24日の日記で触れた、たこ焼き屋からお好み焼屋に、店名そのままに変身した「たこなぐり」だが、当時の店主の発言、

お好み焼が落ち着いたらたこ焼きも復活します

の通り、たこ焼きが復活していた。それは、3日のことであった。

どうやら、お好み焼が落ち着いたらしいが、それだけではなく、店員は随時店主のみであった体制から2人体制に増員され、さらにたこ焼きは様々な味のバリエーションを展開しての復活であり、たこ焼きより20円安いお好み焼(330円)には、たまごのせ(20円)というオプションの追加でたこ焼きと同じ金額ながらもお得感を感じさせるという本気ぶりだ。

当時、

赤いTシャツがトレードマークだった店主だが、お好み焼を始めてからTシャツは緑になった。なぜだ。

と書いたが、さらには黄色のものもあり、今考えてみれば、味のバリエーションを増やし、さらにお好み焼とのツータッグで魅せる、それをTシャツのカラーバリエーションの増加から暗喩していたかのように思える。

そんな戦略的店主はなかなか本気だが、今日居た店主で無い男は、「どのくらいかかります?」と、常連を気取って行くと、「どちらですか?」と問い返すので、「たこ焼き」と答えれば「15分くらいですね」、「じゃあ、お好み焼は?」とさらに問うと「あー、15分くらいですね」と言い、じゃあ、両方15分って最初に答えれば良かったではないか、と少し苛っとさせられたので、まだまだだ。

思いのほか「たこなぐり」に紙面を割いてしまった。あ、あとTumblrで何度か『ラブプラス』という単語を含んだ引用を見かけたので気にかかり調べてみると、ニンテンドーDSのゲームだったのだが、一部の人たちのすごい盛り上がりに驚く。熱は細分化されて、普通ならそれほど温度が上がらないものなのだが、今やこうして相当の高熱に達する。そしてそれを熱源から遠い人間も「偶然」知ることができるというのが今の状況だ。さらに、少なからずその熱は伝播し、不特定多数に広がり、高熱は熱力学第一法則に従いその平熱を下げるも、いわば一部に過多の熱があっただけだから好都合、誰に? もちろん、資本を肥やす者にである。全くその現象を巧みに利用する人は本当に利口だと思う反面、そういう知恵をかっこ悪いと思うのも本当で、だが、なんてことはない、それは新しくもなんともないかっこ悪さであり、昔から我々の良く知るかっこ悪さでもあるのだった。数学に例えれば、設問が変わったものの、少し応用すれば解ける問題なのだった。いやはや、そんなことで間違った回答をしていたらきりがないのである。

って上の段落は少しアクロバティック過ぎた。でもそういう日記のほうが書くのは楽しいというのが本音。とはいえ、読むには辛いが。

2009. 9. 4|FRI

ランタン

3日のことから。夕刻からフライヤーの撮影。叡電で鞍馬駅まで行く。何か鞍馬でなくてはならない理由があったのかというとそうでもなく、というか鞍馬には行ったことがなく、街っぽく無いところでやろうと勘で赴いたのだった。

毎度好き勝手にやらせてもらっているところのフライヤーの仕事だったが、とはいえ撮影は緊張する。慣れない。前日(2日)にシーラカンスに借りたランタンの光で撮影。写真がそのランタンを上から撮ったものだが、これがなければ全くの暗闇の場所で撮影していた。果たして鞍馬である必要があるのかは全くわからない暗闇だった。

それほど長い時間の撮影ではなかったのにわりと疲れる。撮影ってのはとにかく疲れる。学生の時、もっと過酷な環境で50時間ほどぶっ続けで撮影していた時のことを思い出し、もうとてもじゃないが映画を撮ろうという気にはなれない(あの環境は異常だったとはいえ)。

帰宅して素材の確認。飽き性なのでやったことのないことを今回してみたが、これ、本当に大丈夫か、とあれやこれやするも不安は去らずなかなか眠れない。深夜、諦めて寝る。

本日。ダラダラと眠る。フライヤー制作。少し光が見えてくる。とはいえ、本当にこれで良いのか、という疑問がぐるぐるし続けていてクラクラ。もう朝。とりあえず眠ってリセットしないとどうにもできない。そんなわけでスイッチを押すように日記。パシュッと。善悪問わず、インデックスに追加する感じ。果たして忘れたく無いから書いているのか、忘れるために書いているのかわからない。

2009. 9. 2|WED

そうですね、今日の気分で言えば、良く言われる「無人島に持って行くレコード」、三枚選ぶとしたら、先ずはNeil Young『After The Gold Rush』。次にThe Rolling Stones『Let It Bleed』。そして最後の一枚がTalking Heads『Stop Making Sense』。もうこれで全部でしょう。満ちている。女性の声? 大丈夫、『Stop Making Sense』にはTom Tom Clubが入ってる。

昼過ぎ、京都造形芸大のカフェでフライヤーの打ち合わせ。帰宅し、メール、電話。バイクに乗り街に。『サマーウォーズ』二回目。抜群だなあ……。ドーラがフラップターにパズーと二人乗りしてて、ほら、気を失うところがあるでしょう。水面ぎりぎりで意識が戻るんだ。そしてあの音楽。あの、『天空の城ラピュタ』の話である。『サマーウォーズ』にも魔法がある。アニメーションは批評の対象でも、オタクのツールでも無い。希望だ。

帰宅し、またもメールや電話に追われる。明日はフライヤー用の写真撮影を予定しているが、撮影時間が二転三転してしまい、急遽、深夜にシーラカンスに連絡し照明器具を借りる。孝学くんが三間くんとコンタクトを取ってわざわざ家まで持ってきてくれる。ありがたい。二人ともありがとう。それから「まあまあお茶でも」という感じで朝まで話してしまう。そんなわけで、すっかり明けてからの日記だ。まったくもって、いろいろ全然大丈夫だよ。とにかく「大丈夫力」だ。「だいじょうぶりょく」と呼ぶ。大丈夫だと言い、大丈夫だと思われたい。それが大丈夫力。

寝よう。

2009. 9. 1|THE

昼下がり、「みつばち」という出町柳にある甘味処に。あんみつを食う。旨かった。店を出るとなんとも快適な気候。夏は終わったのか、と残念に思う半分、その快適で気持ちの良い気候に喜ぶ。家に帰るのももったいない気がしたのでバイクでぶらぶら。日暮れに帰る。

帰宅後、メールや電話。その後少し眠り、深夜、昨日までとは別のwebの作業。未明に終わる。

9月かあ。奇数って良いよね。女の子の年齢も奇数が良いと思う。たとえば26歳より27歳のほうが可愛い気がしないだろうか。「しない」と言われればそれまでの話である。だが、断じて26歳より27歳だ。24歳より23歳である。って、もうその年齢の女性を女の子と呼称するのは違うような気がして、なんというかハッとする。27歳の女性なんて遥か彼方、遠い向こうだった頃が懐かしい。

ところで、奇数って良いよね、と言い、奇数の持つ色気、2で割り切れない(割れるんやけど、こういう飛躍は日常茶飯事だ)ことがもたらす云々から、数学へと思考が移って、それで拾ってきた言葉を適当にメタファーとして使って云々、という自分の思考回路には飽き飽きする。なんというか、ああ本当に飽きたんだなあって。結局飽きたら、違うことするしか無い。

2009. 8. 31|MON

さて、精魂を込めて作っていた新しいchikinのウェブサイト「chikin-base.com」が完成した。8月中に完成させると宣言してしまったので、後半はなかなか過密な作業行程だった。

今回は、以前の「チープ感」に重きを置いた作風とは変わり、だいぶんシュッとはしたと思うものの、それはそれとしてまたもやはり微妙なラインを狙っていはし、果たしていかがでしょうか。

しかしまあ、なかなかにアクティブな7月8月だった。もう日記を書いている深夜は日付が変わり9月である。

9月も前半は、この今も紫煙を浴びキーボードを叩かれているPowerBook G4が頼りの作業が多々。ずいぶん前の機械だが全くよくやってくれている。もうしばらくはお世話になるからがんばってください。

日記としては終日作業だったものの、早めの夜、以前も日記に登場したZとchikinとでまたも「フジ」でモダン焼き。良い店。

夜、最後にchikinがiPhoneで撮影したリニューアルされたサイトを紹介するビデオをchikin-base.comにアップし作業は終わる。

もう今日の日記はこれで良いや。お疲れさまー。