13|FRI

2009. 11. 13|FRI

どことなく年の瀬の雰囲気も漂い始め、日記も今のデザインになって約1年かと思い、度々デザインを変えているこの日記だが、果たして来年はどうしようか、変えるのも面倒だし、今更、何か凝ったことをする気も毛頭ないので、ここは刈り込んで来年に備えよう、と、不要に思った箇所を削る。右のカラムが長かったので必要最低限にし、毎月ラテン語を書いていた箇所は年月を記載した。時折、部屋を無性に掃除したくなる類いのあれだと思って頂きたい。

さて、日記だが、中原昌也の『12枚のアルバム』は半分を読んだところだがとても面白い。発言される名詞の9割は存じないが、そのことが清々しい気分にさせる。なんというか、こういうものをずっと読んでいたいと思う。

夜、来客があって、その方の誕生日を祝う。突然のことだったので静かな催しだったが、来月は派手にクリスマスパーティーでもしようか。忘年会とかね。呼べるだけ人を呼んで。どうでしょう、皆さん?

ところで前から思っていることだけれども、例えると「万能リモコン」を求めるような気持ちというのは良くないね。あれもこれも一つでできるっていう。iPhoneなんてその類いの最たるものだが、それはそれ、これはこれ、そうしないとだめだなあ、と。Kindleなんて、色気が全くないじゃないですか。なんていうのかなあ、パソコンやネットがネイティブな年齢の人々が成人する時代だが、それより少し年嵩の俺は、そこへの変遷の中で何を失い何を得たか、忘れない限り知っているわけで、例えば新しいCDを購入し、封を開け、ボタンを押すとミニコンポがガーとそれを受け取るトレイを出し、チュルチュルとディスクの回転する音が聴こえ、音が鳴る。歌詞カードを見る。もうね、しないもんね、それ。我が家でCDを再生できるものってMacだけだからね、もはや。そしてそれと、コンピュータにCDを挿入し、インポートし、データになったそれを再生するってのはやっぱりね、違うんだけど、ただ、後者を選択するんだよね、今は。絶対。うーん……、って思いながら。負けてるね。確かに凡庸な話ですよ、これは。ただ、俺が年配の方にレコードに針を落とす愉楽を語られるのとは少し毛色が違うとも思うのだ。あ、まあそうだとしても凡庸極まりないことに変わりはないか。……変遷から今を読む、というのは愉快であること以上には何もないんじゃなかろうか。そんなことより今、どう愉快であるかなんだろう……。つまらないこと書いちゃったなあ。うん。そう、つまんない。なんかねえ、もう、つまんないよね、いろいろ。楽しいこと……。あ、ボーリングは面白いね。玉を転がしてピンを倒すだけだけど。あとバイクに乗るのも楽しいね。歩くのより速く移動しているだけだけど。あの、バラバラ死体の筆致で申し訳ないが、俺が小学生だった頃の少年マンガには「不老不死」だとか「世界征服」が欲望の最たるものとして良く登場したけど、あれ、もう有効じゃないよね。もう、全然「不老不死」も「世界征服」も興味無いね。なんでだろうね。どちらかというと、どっちもなりたく/したくないね。それよりも断然ボーリングがしたい。あと、バイクは今、雨が降っているから嫌で、それより寿司が食いたい。