2009. 10. 28|WED

日暮れも近い時間に起きてしまう。一日、ろくなものを食さなかった。駄菓子(コイケヤ)だとか、なか卵だとか、コンビニのペペロンチーノだとか。昨日、27日の夜は将月にて、すじ玉のジャンボモダンを同居人とともに食べるべく注文し、それほど空腹でなかった同居人なので(いつもはあれを半分ずつ食べる)、俺が3/4食べた。将月のジャンボモダンを御存知なら想像してもらえるだろうが、あれを3/4食べるというのはそこそこ大食漢に思う。
小さな頃は虚弱体質で偏頭痛持ち、胃も弱かったが、気付けば大食らい。それでふと思い出したのは、昨日に続きこれもまたどなたの発言か、それ以前にフィクション内での言葉かもしれないが、とにかく「大人になったら大体のことは治る」という意味のそれ。確かにそうかもしれない。『ちびまる子ちゃん』の登場人物である山根は胃が弱いというキャラクターだが、俺もそうだったため、胃が弱い小学生の不幸は良くわかるものの、大丈夫、治るから、という意味で微笑ましく見られるのだった。ただ、そうなれば、「卑怯」というキャラクターの藤木は、これ、大人になったら治るとは到底言えない特徴を持っているわけで、そのぶん、見る目も少し複雑になるのだった。「ひどくなるのではないか……」とさえ思う。
というわけで、卑怯になるくらいなら胃を痛めたほうがマシだという話……、なのか? 別にそんなことを言いたいわけじゃなかったけど、そうなったからそれで良いか。
あと、今「ほぼ日刊イトイ新聞」で糸井重里と『アメトーーク!』のプロデューサーが対談しているコンテンツが連載中だが、その第八回での対談中に次のようなやりとりがあった。
加地 そうですね。アホなふりをするってすごいと思います。ぼくもなるべくやるようにしてます。正論だけぶつけても、やっぱり勝てないから。
糸井 論争で勝っても一銭にもならないもんね。
加地 そのとおりです。自分がやりたいことを通すためにはへらへらすることも必要ですし、顔はいくつか、持っておかなくてはいけない。
Source ほぼ日刊イトイ新聞 – ゼロの仕事。
なぜこの会話を取り上げたかというと、もちろんこういった処世術のような話はそれこそ耳にたこができるくらい聞くわけだが、今の時代に『アメトーーク!』のプロデューサーがそう言っているという背景は説得力が強靭だと思ったため、そして、こういったことが俺は本当に不得手だという自覚からである。処世術と書いたが、これはもはや戦術なのだと思うと、それが不得手なことへ危機感すら感じるのだった。嘘はつきたくない、というようなあれとは次元の違う話なのだと思うのだ。
……日記としては、今のところ遅く起きてろくなものを食わなかったという情報だけだ。一応書いておけば、掃除、洗濯、買い出し、月末なので銀行に、といった生活感丸出しのことをこなしていた。まあ、そんな感じである。
