27|TUE

2009. 10. 27|TUE

パチンコ店

さて、日記である。このところ、例えば右のカラムにTwitterへPostすると連動して自動更新される箇所を作ろうか、だとか、検索はやはり便利だから(といっても、書き手である俺が一番多用していると思われるのだが)、過去の(つまり、右カラム下方にあるVer.1からVer.3のこと。ちなみに今はVer.4)日記も現在のシステム下に置こうかなどと考えるのだけれども、結局のところシンプルにしておくのが一番の長続きの秘訣だと知っていることから、幾度も考えるも幾度も首を横に振っている。

さて、そんなわけで日記である。夜、大阪の長堀橋に芝居を観に行く。試演会と銘打たれた「C.T.T.」という企画。同居人の出演していた『忘れられた日本人』(演出、村川拓也)が目的のそれ。面白かったし、試演会という枠組みの中で考えるにとても有意義なものだったと思った。つまりは、どうなるのか、に期待が出来るということ。

帰宅して日記を書こうとついさきほどFirefoxを起動させたところ、ホームページであるYahoo! JAPANのニュースに次のようなものがあった。「たばこ、「ニコチン課税」も=財務相が言及、本格議論へ」。説明のために一部引用すると次のような内容のニュースだった。

藤井裕久財務相は27日、外国特派員協会で記者会見し、たばこ税について「健康を考えると、ニコチンの含有量によって(税率を)重くしたり軽くしたりするような改革はあり得る」と述べ、たばこに含まれるニコチンやタールの量に応じて課税する方式に変更する可能性に言及した。

こんなこと言って良いのかしら。「健康を考えると」となれば、この文章、たとえばタール1mgの煙草は、俺の喫うタール11mgのラッキーストライクより「健康に悪く無い」と言っていることとなる。それで税金上げて、責任取れるんだろうな、と怒ったところで、そんなものは取れるはずもないし、仮にそういった「改革」が実施され、破綻しても責任追及の手は及ぶはずもないだろう。逃げ道が山のようにあるからこんなガキのような、白痴の言動が可能なのだ。全く苛々する。1mgの煙草が11mgのそれより害が少ないはずが無いだろう、というような記述は、バカ相手に真剣に話すようでつまらないので止す。

むかし、書物か雑誌か、そして著者は忘却したが、おおよそ「若者は個人では陰惨としているが集団になれば凛となり、逆に中年は個人では人柄が良いが、集まれば醜悪になる」といった意味の言論を目にしたことを思い出した。

とはいえ、大人は集まると悪だということを今の俺は言いたいのではない。良い集まり方および集まることの難しさについて無自覚過ぎることを嘆いているのだ。集団において「切磋琢磨」という言葉が有効なのは若者だけだと思う。端的にだが、それは子供の言葉なのだ。大人が励まし競い合っても仕方無い。それは、事前にやっておけってことである。良い歳して、わざわざ集まってまで励まし競いあってんじゃないよ。そんな汗はさわやかでもなんでもなく、加齢臭のひどい毒でしかないのだ。

ああ、児玉のやつ、今日はずいぶん毒づいてますねえ、なんてお思いかもしれないが、言っとくけどあんたのことだよ、あんたの。繰り返すが、あんたのことだよ。本当に。