2009. 10. 26|MON

23日金曜日のことから。帰省。翌24日、朝から仕事。夕刻終わる。25日、日曜日。この日の昼過ぎに家を出てからいろいろあって26時間ほど俺は自宅に帰っていないが、その間の移動距離/移動時間は相当なものになった。
京都で友人と会い、滋賀までバイクで送り届け、雨。
……あ、そうそう。23日金曜日は、本日(26日)に予約していた医者の予約をその日に前倒ししたいと電話したのだったが、少々駄々をこねたものの受け入れられず、それというのも、そうした届けをしたのは常時服用している薬が無くなってしまったからなのだったが、既述の通り願い叶わず、仕方無く23日から26日夕刻までは、数年前に処方されたもののあまり合わなかったため大量に余っていた薬で耐えしのいでいたのだった。
そして、そう、雨。夜の滋賀は雨で、合わない薬に頭もぼんやり。バイクに乗るのは危険だと判断し、朝を待つ。ただ、本日26日も雨は降り続いていた。前述の通り今日はあらかじめ医者の予約を取っていた日だったため、大阪のそれに向かうためには是が非でも帰宅せねばならず、引き続き雨だったが復調もみられたので午前、思い切ってバイクに跨がるが、しかし後輪がパンクしていたのだった。
雨に打たれながらガソリンスタンドまでカブを押す。スタンドでは修理できず、紹介されたホームセンター内の自転車工房に行くも(カブのタイヤは、構造は自転車のタイヤと同じなのだ)、店員に使う工具が違うからと嘘で誤摩化され(自転車屋で働いていたことから、自転車用の工具があればカブのパンク修理が可能なことはわかっていたのだ)、仕方無く2時間かけて最寄りのバイクショップまで雨の中歩く。雨、ガス欠、パンクのタイヤを引きずって、金欠。貧血こそ無かったが(別段俺は貧血持ちではなく、○欠、○欠、の語呂で書いただけだが、前月、採血し調べてもらった結果を今日医者から聞くところによるとカリウムが少々不足しているから貧血の兆候があるかも、とのこと……)、それはかなり過酷な状況だった。
なんとか滋賀の見知らぬ土地でバイクを修理に出し(このバイクショップの店員が良心的だったことが唯一の救いか……)、ロッテリアで濡れ鼠のまま食事をし、修理の終わったカブを取りに行くと雨は止んでいた。帰宅し、風呂! この辺りのあれこれはあまりに辛かったため、俺にしては珍しくこまめにTwitter(KODAMA Satoshi (sk_losco) on Twitter)でつぶやいている。
風呂から上がるとすぐさま医者に向かうべく移動を再開。大阪は森小路に。滋賀→京都→大阪と移動したことになる。診察後、実家に寄り、日付の代わる頃に帰宅。
もう寝たいが、あんまり滞るのも嫌だからね、日記。ただ、こういった日に無理矢理日記を書いてしまうと、どうも破廉恥な感じになってしまうきらいはある。まあ、どうであれこの日記は破廉恥に変わりは無いが……。
TORTOISEの『BEACONS OF ANCESTORSHIP』が思いがけず良かったので落ち着いた感じでそのことを書きたかったが、また後日だ。
外はまた雨が降り出している。ああ、色々あって大変だったんだね、というような日記しか書けなかった。もう全部消して、明日の日記にて「昨日は大変だった」と一行で済ませたい思いもあるが、ここでそんなことをしてしまっては私の考える日記ではなくなってしまう(というような逡巡を何度したことだろう)のだった。
雑誌「考える人」の2009年秋号、特集「活字からウェブへの……。」に掲載されていた養老孟司のインタビュー、その中で彼が言った「反論を予測しながら書く文章はつまらない。」という言葉がひっかかっている。毎度毎度、日記がどうのこうのとのたまい日々のそれを締めてしまっている俺には圧倒的に何かが足りない。
ああっ、もう寝よう。
