29|MON

2009. 6. 29|MON

雨。同居人の付き添いで「Softbank」に。紆余曲折のあった我が家の「iPhone」化計画だが、いろいろあって遅れたおかげで同居人のものは「iPhone 3GS」、つまり新しい方になった。

それはそうと、ほんと「Softbank」って無茶苦茶な会社やね。かねてから悪評は耳にしていたからある程度情報を持って来店したものの、詳細不明な頭金を初めに請求され、「他の店舗では言われなかった」と言うと、「店によって違うんです」と言ってのけるから呆れるが、黙っていると、「じゃあ、今回は無しで」と言うのでいよいよ唖然とする。日々、上から客から板挟みになっているであろう店員のストレスを思い同情したほどだ。

あと、「普通、iPhoneはカバーを付けます。そのまま使う人はほとんどいない」と言い同居人はカバーを勧められていたが、彼女の周りのiPhoneユーザーはみな裸で持っている。それがマニュアルなのだろうけど……。彼らの日々の心労は計り知れない。

こういった企業の性質が多かれ少なかれ「Softbank」に限ったことではないことは容易に想像がつくし、実際、日々の中で良く接触するようなことだが、そういった時の苛立ちや寂寞感の矛先は一体どこに向けられるべきなのだろう……。もう、それを消費者側の自己責任というか、情報を取り入れないほうが悪い、というようなことにしてしまうといよいよ戦争じゃあないか。……うーん、ナイーブすぎるのかなあ。

あ、ナイーブで連想したのだけれども、一昨日の日記でその日鑑賞した芝居について辛い感想を書いたが、なんだろう、別に何も省みることはないのだが、過去、様々な「感想」を書きつつ、例えばそれに関する「当時者」と会話する際は、もちろんのこと日記に書いたようなことをそのまま言うわけではなく、しっかりと導入を作って展開し、ほぼ日記と同じ結論に持っていくわけだが、じゃあなんでそれ(当時者との会話でするようなこと)を日記でしないのか、となると、ここは不特定多数に見られているものだから、なんというのか、最小公倍数みたいなところを話すしかない気がするし、それにそもそも「日記」だし、と色々思うものの、なんか、ちょっと迷ってきたな。

長々と日記を書き続けているが、例えれば「Windowsというウイルスの危険があるものを能動的に購入し、日々ウイルス対策やスパムメールに悩まされる」とでもいうようなwebにおける日記の矛盾と葛藤は終わらない。

やっぱり何かが根本的に間違っているのかしら。