2009. 6. 27| SAT

24、25、26、27と暑い日が続いている。夏日の最中の日記が滞ったのにはさしたる理由もなく、せいぜいいつもの体調不良といったところ。
そんな折、突然、KING OF POPの訃報。先月の二日の日記で、キング・オブ・ロックと称されることもあった忌野清志郎の訃報に触れた時、もちろんそれは悲しかったものの、そして清志郎が生きていようがいまいが、それを聴けばざわざわしてしまうだろう名曲『スローバラード』が、案の定、いっそう涙腺を刺激するというセンチメンタルな側面を持ったものの、それらはやはり「忌野清志郎の死」に対する感慨でしかなかった。別に私は「キング・オブ・ロック」という呼称で彼を意識したことはなかったのだった。過酷な挑戦の途中であった(今もだが)間寛平さんは、さぞ悲しんだろう、とか、極々真っ当に死の悲しさについて思ったのだった。
マイケル・ジャクソンの「世代」ではない俺の、訃報についての当初の想いは「よくわからない」だった。それは単純に「距離」の話だった。だから日記でそれほど触れるつもりもなかったのだったが、訃報に乗じて野次馬的に掲載の写真を発見し見た時に、「よくわからないが、とても大きな悲しみ」に直面したのだった。
そのことに関して考える種は幾つかすでにあるものの、到底まとまりをもたせたものが書ける状態では今は無く、だから今日は、25歳の日本人が、それも熱心なファンでもない男が、なぜか「とても大きな悲しみ」を感じた、そのことを記しておくに留める。……果たして、世界は何を失ったのか。
さて、日記である。冒頭で述べたようにぼんやりしていた俺である。Chim↑Pom・阿部謙一:編『なぜ広島の空をピカッとさせてはいけないのか』を読んだり(まだ読了していないものの、小さな収穫として、兼ねてから好感を持てずにいた宇川直宏に対し、少し興味を持てたということがある)、「参ってしまった」にも関わらず鄭大均『在日・強制連行の神話』を読み進めたり。気分転換に山本直樹の『夕方のおともだち』(大半は既読で残念だった)を読んだり。
本日は、三条にある「ART COMPLEX 1928」で、M☆3′s Counter Attack -zoo-『バターなリズム♪』というのを観た。お芝居だ。当初、行くつもりはなかったのだけれども、チケットを渡され誘われたので赴く。出演者は知人友人がほとんどのお芝居で、だからといって俺のスタンスとしてはそんなことはどうだって良い、なのだが、客席の「アットホーム」な感じや、もちろんその作品性自体も含めて、「主婦が趣味でやっている日舞のお披露目会に友人を誘った」感まるだしで、「嫌な空間に来ちゃったなあ」と思う。脚本も安易なコラージュに思えたし、演出は工業製品の大量生産ラインのような仕事に感じた。なにより「役者が出演したって得しない」芝居を観ると残念な気持ちになるのだった。
どうしよう、言い過ぎてしまった。まあいいか。ここ正直にならないといよいよ「主婦が趣味でやっている日舞のお披露目会に友人として行った」だしな。
アイスクリームを食べた。

