2009. 6. 7|SUN

昼前に起床し、洗濯を済ませてからアトリエ劇研に。木ノ下歌舞伎『桂川連理柵』を観に。今まで観た木ノ下歌舞伎の演目の中では一番良かったように思う。とはいえ、伏線も何も無い(菅専助の原作自体に)無茶なラストシーンには、それこそ菅専助を扱うに至った野心が発揮されそうにも思うが、そこはスッと擦り抜け、まあ、確かにあそこで頑張られても困るけどね、と何と言うか、醒めた感覚で観終える。まあ、趣味の問題もあるだろうが、観ても観なくてもどちらでも良い類いの芝居だった。すっかり演劇に興味を失っている俺がそう思ったのだから、良かったのではないだろうか。なにしろ「観ても観なくてもどちらでも良かった」と思えたのだし。
帰り路カナート洛北に寄り散財。カナートの2Fに行って金を落とさないのは至難。写真はユニクロで安くなっていた『グーニーズ』のTシャツ。映画を観て泣く、という経験が俺にはほとんど無いのだけれども、『グーニーズ』だけは、小学校に入学する以前、テレビで放映されていたのを観て泣いた記憶があるのだった。思えばまだ5歳とかそこらだから、随分夜更かししたのだな。どこで泣いたのかというと、データと呼ばれる発明好きの中国系の少年がいて、大体の発明がポンコツで終わるのだが、当時の俺は彼に感情移入していたから、それが悔しくて悔しくて、という、なんというか『グーニーズ』の端っこのほうに重心を据えて観ていたのだったが、フラッテリー一家、まあ悪者だ、が後半、洞窟内を流れる渓流にかかる丸太を渡っているグーニーズ達をいよいよ捕まえようとした時、ついにデータの発明が効果を上げた(靴のかかとから油が出る仕組みで、フラッテリー一家を滑らせた)その時である。嬉しかったんだろうなあ、俺。号泣だ。そんなわけでもう『グーニーズ』は好きだというほかない。後年観て、片目のウィリーの海賊船があるあそこが、幼少時の記憶の美化された姿ほど神秘的ではなくて落胆したが。
他にも少々買い物をし(「相対性理論」特集のSTUDIO VOICEなど)帰宅。
あ、そうだ、昨日の日記を忘れていた。夜、諸江くんが遊びに来た。以前貸してくれていた『鈴木先生』の続きを持って。そして明け方、長らく借りていたWiiは諸江くんとともに帰っていった。
そんなわけで、本日、帰宅後は『鈴木先生』を既刊行の7巻まで。掛け値なし、最高に面白い活劇。繰り返すが活劇。やはり自分の書棚に並べたい……。
あ、あとそうだ李さんの『丹波マンガン記念館の7300日』を読了。いろいろと思うとところはもちろんあるが、レジスタンス活動としての本だと考えた時に少し気にかかることがあり、幾つか書物をAmazonに注文。
7月13日に「LIQUIDROOM」で「ゆらゆら帝国/DMBQ/にせんねんもんだい」という公演名(らしいが)のその名そのままのライブがあるらしいのだが、これ、最高のラインナップだ。観たいなあ……。最後にDMBQを観たのは前の眼鏡が壊された時(まっ二つに)だったから、恐らく5年ほど前か。あれからよっちゃんの脱退、アメリカでの事故を超えて、どうなっているのだろう……。来月かあ……。金だなあ。今月前半にあった仕事が空いたから、すっかりバイトだけである。誰か、仕事を持ちかけておくれ。
