2009. 5. 21|THU

写真はLevi’sの606。ここ数年、2本の606を交代で履いて過ごしてきたのだったが、タブがオレンジで、いわゆる「ビッグE」の方、それが写真のものだが、まあ、高級なほうの尻が数ヶ月前に派手に破けてしまった。最近はずっともう一本の606で過ごして来たのだけれども、なんだか良くわからないが、まあ、履く人が少ないのか比較的高価なそれを新調するわけにもいかず、修理に出すと、思いがけず綺麗になって戻って来たのだった。写真でわかるだろうか。ばっさり破けていたのだ。「木村商店」という寺町通りにある店で直してもらった。ジーンズのはなし、終わり。
「SHIENYO|紫煙葉」に書き続けている『旅』という小説だが、今日の更新で10回目となり、400字換算で60枚ほどになった。毎週6枚程度なら簡単だろうと更新し続けてきたが、後先あまり考えずにやっていたら60枚でまだ全然話が進んでいない。次の更新で一段落つく算段で、それを機に少し休もうかとも考えたが、それはいけない。大したあれでもないのに言えたところではないが、何かを創ろうと始めた時、一番の敵はそれからの解放を望むことだ。別に始終それのことを考えているわけではないが、どうも落ち着かない。出来れば「何も始めない」状態で常にいたいが、そんな理想は叶うわけもないのだった。『旅』のはなし、終わり。
夜、作曲。webの更新。正午は不在のまま。12:00のことは幾ら考えても良くわからない。わかるのは『笑っていいとも!』が始まるということくらいか。あと、多くの場合、それは昼休憩があてがわれる時間である。タモリや、人によれば、完全なルーティンで消費する時間だろう。俺もそういったPM0:00は良く知っている。だが、あまりルーティン化されないAM0:00のほうがリアルなのだ。なんといえば良いのだろう。……俺が12:00 or 24:00からの距離で時間を把握しているからだろうか。距離が0だからわからないという……。でも24:00のことは良くわかるしなあ……。これ、人が読んでも何がなんだかな話だし、そもそも俺も何書いているんだか良くわかってないし、完全に「書かない方が良い」ことだろうけど、最近、なんだか12:00がふわふわしていることが無性に気持ち悪くて仕方無いのだ。何かの精神的病いだろうか。だったら嫌だなあ。……たとえば、明日からの日記に必ず12:00に何をしていたか書くこととする。それを想像すると途端に嫌な気分だ。そのことが示唆するのは、12:00の正体というよりも、この記述が完全な自身との対話であり、しかも何らかの治療の意味合いを含んでいるだろうということ。だから日記は続くし、それを曝すことはいつまで経っても恥ずかしい。でもしてしまう。
これは一体なんなのか。blogの普及率などから考えて、近い将来にこの「なんだろう感」が病名を伴って科学的にカテゴライズされることも想像に容易いが、そうなったら嫌だなあ。すごく嫌だ。「ブログを書くのと同じ精神作用を電気信号によって送信するスイッチがあります。定期的にこのスイッチを押すように指示した被験者はブログを書かないようになりました」とか……。
もうやめよう。そもそもこの思考の先に光はありえない。寝よう寝よう。

