2009. 4. 17|FRI
amazonから届いた石川直樹の『最後の冒険家』を読む。
ありきたりな話で申し訳ないが、よく10代後半から20代前半に東南アジアに旅に出る人を見るが、そういった一種のステレオタイプをずっと斜めに見ていた。なんというか、どのみち帰ってくるのなら楽しい旅行をすれば良いのに、わざわざ「冒険じみる」こともないのではないかと、ひねくれていたのだった。
とある友人は(高専時代からの友人の南くんだが)昔、沢木耕太郎の『深夜特急』に触発されて東南アジアへ旅立ったが、帰国後、彼は特にその旅の話をしなかったし、俺も聞かなかった。もうそれから5年くらい経つが、今その旅をどう思っているのかという話は聞きたい気もする。
で、『最後の冒険家』である。この本が良いのは、読後、「よし、俺も冒険に」と微塵も思わせないところ。つまり「冒険」というマッチョな美学を過剰に装飾せず、かつ、だからといって醒めた客観性で観ているわけでもなく(当たり前で、なにしろ筆者はその中で「最後の冒険家」と称する神田道夫と共に死にかけている)、その「冒険」を美しく記している点である。そうすることが、「最後の冒険家」の「冒険」を、他者にとってもっとも有意義な形にしているその機能美こそが感動的だ。良い。
深夜、テレビで『シアトリカル 唐十郎と劇団唐組の記録』を観る。ぼんやりテレビを観ていると突然唐十朗ががんがん映り、映画の詳細を浜村淳に語られてしまえば、周りに演劇をやる人間が多数いる身として観ざるを得なかったのだけれども、途中、思いがけず巧みな「映画」であることに気付いた時には少々興奮した。
さて、日常について書く事がちっともないので長々と観たものの感想を書いてしまった。
日記が長くなるが、昨日の日記に書かせてもらった「web-conte.com」で、ここ(LOSCO)のことを書いて下さっている事を知り、恐縮する。その中で、
なぜリンクを張ったかということで答えれば、サイトがかっこよかったというその一点しかない。かっこよかった。やられた。こうありたいものだよまったくと思う。こういう、すぱっとした感じにはいつだって憧れてしまうのだわたしは。
と褒めちぎられてしまい、このことを笑顔を殺して同居人に話すと、「auの占いによると、今日のてんびん座は人に誉められて調子に乗ると痛い目にあう」とのことで、てんびん座の俺は浮かれてはいけない。なので、
よく知らないのだが、児玉君はWebデザインをなりわいとしているらしい。
という点については、しっかりと否定しなければならない。できればもっとwebサイトの制作を頼んで頂き、学びたいとは思ってはいるが、現時点では趣味に毛が生えたようなもので、どちらかといえばアルバイトの自転車屋さんでの収入が多いし、しかもその仕事も持病のパニック障害のせいでままなっていないから、なんというかピンチだ。浮かれようもないじゃないか。
まあ、そんなことはいいや。それよりどうもありがとうございます。今後、たとえば今野くんや和加子さんに会いに東京に行く際、何かの機会でお会いできれば幸いです。
