2009. 4. 5|SUN
ふと気が付いたが、この日記「LOSCO」も5年目に突入している。ほんとうは丸5年書いているのだけれども、当時、無料のwebサービスを使っていたころのデータは間違って紛失してしまい、なのでログ上のデータは5年目に。この、「消えた1年分」についてもう何度も書いているが、今後、たとえば10周年とかになった時、またその「消えた1年」に触れるだろうし、それがなんとなく面倒なので、もう忘れることにする。ただ消えたのは、とても貴重な、って別に時間などは等価に決まっているが、俺の人生の中でわりと特殊な1年だったため、なんとなく心残りではあるのだった。
さて、3日の日記に、
寝て、そして起きよう。
と書いているが、寝たものの、体調を崩し起きれなかった。参ったな。午後からしとしとと雨。雨のせいもあるなあ。思えばパニック障害を患ってから丸4年以上になるのか。ほとんど日記のキャリアと同期している。長いよ。基本的には元気だから良いが、ときおりの不調がとても鬱陶しい。まあ、仕方無いのだけれども。
で、そんなわけで寝ていた4日だが、本日。まだ少しダメな体でダラダラし、夜、アトリエ劇研にe-danceの『春の祭典』を観に行く。
出演していた岩澤さんに誘われて行ったため、何も公演について知らずに行ったが、まあ、ざっくり言うと面白かった。ここのところ、芸術、特に演劇の「宗教性」が気になっていて、気になる、というか嫌で、それでそういった感触に敏感なのだけれども、というか、ワークショップというものが俺には不可解なのだが、それはそれとして、そういった感触を齎すのは大体において「デザイン」の性質がほとんどだと思う。表現が根源的に「格好良く無くてはならない」最大の理由は、その潜在的な宗教性からの回避だと考える。まあ、そんなことを思うのはつまりデザイン的にある種の「うさんくささ」がそこには漂っていたからだが、「それはそれとして」、俺は楽しんだのだった。
ただまあ途中、何と言うか変な感想だが、「もっと面白くても良いんじゃないか?」と思った。それは観ているうちに「ああ、本来こういったものなのかもしれない」という、勘のようなものに支えられて消極的な感触におさまらずに済み、終演を迎えた。
さて、夜はフライヤー制作をこつこつと。体がなあ。イチローとか松坂大輔とかみたいに、「悪い時は悪い時の結果の出し方」を得ないと。ぜんぜん次元の違う話だけど。ただ、何しろ5年目である。
