2009

2009. 12. 29|TUE

年末でぼんやりとしているだけだから日記に書きたいようなことは特にないが、27日。夜、木ノ下歌舞伎の忘年会ということで、木屋町の「勝屋」という店に。うまくて安かった。午前1時頃、和民に移動し、3時過ぎに解散。雨。

28日。夜、来客。深夜、天天有に。

本日29日。風邪気味。だらだらとテレビを見たり。暇だから2009年、これが面白かった! みたいなまとめをしようかとも思ったが、面倒になり頓挫。どうせ「振り返る」なんてことしても大したことはないんだ。知っていることばかりだよ。とはいえ2000年代というディケイドが終わり、1990年、俺は小学校に入学した頃で、まあ世の中を見る前に目の前を見ている時期だし、俺はどうやら、人と話して感じたことだが、幼少時の記憶が少ないし、で、まともに「知り得た」初めてのディケイドである2000年代、それが終わり、まあ振り返っても良いだろうテーマにも思えたのだったが、かといって高専(高校みたいなもの)入学からの10年、個人史的には断絶の10年であり、貫通するものは音楽くらいのものである。音楽は10年間好きだったし聴いていた。あ、喫煙も貫通している。2000年、2004年、2006年と三回という最多の値上げがあった2000年代。パッケージに注意書きが記された年代。喫煙してはいけない路上が生まれた年代だ。taspoなんてふざけたものも出来たが……、あの、ふらふらとした筆致で、どこに行くつもりか不明なままで申し訳ないが、風邪気味で書くという行為が面倒になってしまった。次は、2010年代はちゃんと振り返るよ。今日はもうやめよう。寒いし。

2009. 12. 26|SAT

25日。朝から京阪に乗車し、医者へ。頻繁に遅刻するので怒られる。良く行く駅前のたこ焼き屋に行くと、こんなに寒いのに小さなゴキブリがいた。

夕刻、三条で稽古。今年の稽古はこの日で終わり。終えて、帰宅。すでに我が家ではパーティが始まっていた。日記を振り返ると、去年も25日にクリスマスパーティをしていた。忘年会も兼ねた楽しい催し。人でぎゅうぎゅうの我が家で騒いでいると、ああ今年もまあ良かったんじゃないか、と。来て頂いた皆様、どうもありがとう。今年はお世話になりました。また来年もよろしくお願いします。

さて本日。昨晩は始発組を残して午前5時ごろに眠った。起きるとクラッカーの紙吹雪が散らかった我が家。クラッカーってしょうもない代物だけど、パーティでクラッカーを鳴らして非難されることはまず無いという、なんだこれは、とか思いながら山のような洗い物を一時間。猫を抱いてうとうとしたりしつつ、掃除をじょじょに、で夜。

金は無いがなんと豊かな集いだったのか、などと思いつつも月末なので金のこといろいろ。金銭的には落第点だったな、今年。とはいえ同じく金は無いが、もてなしの気持ちの前でそんなことを忘れる同居人には毎度感心する。まあ、それで良いと思う。金なんて死ぬまで誤摩化し切れればそれで良い。

なんだか今年を締めてしまいそうになるが、まだ今年は5日もある。大晦日、私は家に一人なので、同じくお一人の方はふらっといらっしゃってください。

2009. 12. 24|THU

現在は25日朝だが、今夜は我が家でクリスマスパーティをしようということになっていて、すると日記は書かれないだろうから、22日から4日も空いてしまうことになり、あまり空白ができるのは嫌なので、とりあえず22日から24日までをひとまとめに(時系列も無視し)良い加減な日記をここに。

湯たんぽを買って眠りが快適になったり、仕事納めだったり、稽古に行ったり。大掃除をじょじょに、と換気扇を掃除したり。洗濯物は乾きにくい。今は『The Blues Brothers Soundtrack』を聴いている。早寝早起きだった。

今日のパーティのためにプレゼントを買おうと街を長い時間歩いたが、プレゼントを買うというのは人を想像するということで、なかなか大変かつ面白い行動で、俺にとってのクリスマスとはそういうものだ。サンタクロースというよくわからない老人がそれぞれにプレゼントを送るということにこの国ではなっている。ケーキを食べたりもする。幼少の頃からそうだった。新年の挨拶を批判する人はあまりいないが、クリスマスはその空虚な賑わいから批判されがちだ。ただ、もう良いじゃないか、それは。カレーは元はインドの料理で、この国のそれとは全然ちがう代物だ、とか何とか言ったら馬鹿じゃないか。それと同じだよ。集いプレゼントを渡し渡されケーキを食べよう。そんなわけで今夜はそんな催しです。

あとはまあ、煙草税のことか……。これはまあ、今度で良いか。早速ガタガタになっている鳩山政権のとんだ置き土産になるんじゃなかろうか。……どうなんだろう、今回の増税に関しては批判の切り口が多すぎて、何がクリティカルなのかまだまだ不透明だし、やはり今度で良いか。

『The Blues Brothers Soundtrack』、今は『Jailhouse Rock』、最後の曲だ。

2009. 12. 21|MON

南港

19日。午前中から家を出て、南港で仕事。日が暮れ、仕事を終え、実家に寄り、帰宅。南港は海沿いで風が強かったが、自宅のある左京区の方が冷える。明日も仕事だが起きられる気が全くしないと思いながら深夜就寝。

20日。朝から仕事。昼過ぎに終え、帰宅し少し眠り、テレビでM-1を観る。この日は仕事先の忘年会だったのだが、会費がやけに高い、社員が嫌い、寒い、という三重苦を理由に行かなかったのだった。欠席をメールで告げると、会場である居酒屋は当日のキャンセル料が全額だとの返信。なんという不幸か。父親譲りの短気と気分屋が酒の席で静かにしている気がしなかったので(職場が本当に苦手なのだった。色々な理由があったとは言え、よく真面目に行っているものだと自分で思う)、どちらかといえば参加者の事を考えての欠席だったのだが大失敗だ。浮いた金で年末年始に備え何かDSのソフト買おうと思っていたのに……。

本日。夕方まで寝てしまう。chikinのトミーがPerfumeのDVD『BUDOUKaaaaaaaaaaN!!!!!』を持って来訪していたのだったが、途中で時間切れ。稽古に向かう。cossi『GAME』返せ。

深夜、このサイトの作業。凄く地味で、書いてもややこしいだけの問題を、いろいろ調べて……、なんと言えば良いだろうか、……とある細かい絵を描いていて、全体的には良いんだが、この木のこの葉だけ気に食わない、どうしたものか、うーむ、と悩み悩んだ挙げ句、そもそもこんな絵を描いているから苦しいのだ! と絵をゴミ箱に捨ててしまうような方法で解決。そうしてすっきりした気分で日記を書いていた。ところが今は、思い返しながら書くそのつまらない内容にげんなりしている。三日も日記を空ければ一日くらい書くに値することがあるだろうと思っていたのに。誤算だった。……ただ、焦点をまた別の箇所に絞ればもう少し悪く無い日記を俺は書けただろう。結局、こういう気分だということか。全く。それにしても、冷える。

2009. 12. 18|FRI

17日。朝から掃除、洗濯、洗い物。終えて髪を切りに行く。美容師というのは大抵、世間話をしてくる、というか、それも仕事の一つなのだろうが、平日の午前中に行ったりすれば、決まって「今日はお休みですか」と切り出されるのだった。まあ、その問いには、髪を切り終えた後のセットをするのか否かの問いも含まれているのだけれども、とはいえ、「はい! 今日は休みです」と胸を張って言えるほど「休み」の概念が固まっていないものからすれば、放っておいてほしいところである。ついつい「休みっちゃあ、休みです」と良くわからない返答をしてしまう。それでも「じゃあ、セット、軽くにしておきますね」と理髪後、何らかのものを髪に付けられ帰されるわけだが、俺は、髪に何か付いている状態というのがとても嫌なので、髪を切りに行った後は決まって風呂に直行する、美容師泣かせな男だ。

でまあ、夕刻、新しいフライヤーの会議を少しし、稽古へ。稽古後、共演の面々と「BALL’N'CHAIN」で夕食。

本日。夕方から稽古。終えて、17日に同居人とchikinのトミーが観にいった「平和ガールズ」が面白いということなので、共演の濱崎くんを誘って、 一乗寺地下遊技場『パーラー爆愛』へ。もう閉まった卓球場の地下にひっそりと。行くと、来客者名簿のようなものに京極くんの名前が。1,000円払い、アルコール(1drink)をもらい、パチンコ台に座らされ、パチンコを打ち、フィーバーすると平和ガールズ達にキスされて、顔がキスマークだらけになる。それ以上でもそれ以下でもない、とは濱崎くんの言葉だったが、そういった愉快な場所だった。様々な機種のパチンコ台が円形に並べられており、その上では平和ガールズが踊り、俺は初め『ガッチャマン』、すぐにフィーバーし、次に『笑ゥせぇるすまん』の台で打っていたのだったが、場末感や、表に出たあとの「何だったんだろう」という感じなどは、なかなかに『笑ゥせぇるすまん』的だった。

メガネの男二人で顔をキスマークだらけにし、高野の交差点で解散。寒さが厳しくなり、表を歩く人も減ってきた道を戻り、帰宅後、夕食。カレー。そしてもう午前3時。明日は大阪の南港で仕事。

あ、クリスマスパーティの招待状をメールで送付。今のところ俺を含めて、16、7人くらいの参加予定。招待状来てないぞ、という方、あの、右のInformationの項に情報がありますから、ご自由にご参加くださいませ。

2009. 12. 16|WED

西山真来はなぜこうなってしまったのか

未明、ルネ・ポレシュ『餌食としての都市』読了。戯曲というものをあまり読まないのでどう読むのが良いのかわからないが、小説ではないそれを、そもそも何者として楽しむべきなのだろうか。幾つかの選択肢はあるが、それに「観客」というのは含まれないわけで、つまり、空想の中で上演されれば、私は演出家であり俳優だ。そんなわけで、演出家であり俳優、そして文字を追う人だった未明、『餌食としての都市』は面白かった。「言う」というよりも「空間にまき散らす」案配で「餌食としての都市」を形成していく台詞群は、どれも演出家、俳優、両方の目線から魅力的だった。そして想像の中、深夜のパーティを終え散らかった明け方の街の様相となった最後の佇まいは、清々しい青春の風景だった。とはいえ舞った埃が落ちる速度は感傷的だったが、もう一度読めば確実に景色は変わる気もするのだった。もう一度読まないといけない。

さて、本日の稽古中に今度出演する公演のフライヤーが納品された。掲載のものがそれである。タイトルは『西山真来はなぜこうなってしまったのか』。2月の5日から7日まで、場所はART COMPLEX 1928です。しばらく先のことなので何度か告知するかとは思いますが、とりあえず。

2009. 12. 15|TUE

BAD君

14日のことから。昼夜逆転中である。夜、四条で、来年2月に出演する舞台の「打ち入り」。この「打ち入り」という言葉、演劇関係者以外は使わないと思うのだが、とどのつまり、打ち上げとの対比で考えられていて、これから頑張ろう、というような類いの集いのことである。

早い解散で、帰宅し、DVDで『ブルース・ブラザース』を観る。同居人は就寝していたが、大きな音で観たかったので、テレビのヘッドホンジャックにヘッドホンを差したが、Rからしか音が出ない。テレビのヘッドホンジャックがダメになってしまったのだと思い、仕方無いので段ボールに詰めてあった、ここ数年は使っていないMTRを出して来、DVDプレーヤーから出ている三色ケーブルの音声だけ繋ぎ、そこにヘッドホンを差した。そしてなおもRからは音が出ないことから、三色のLだけが断線していることを知った。静かに鑑賞しようと思っていたのに、夜中に無駄に荷物をガタガタしてしまった。新しい三色ケーブルに交換し、無事に鑑賞開始。

実は俺、『ブルース・ブラザース』初見なのである。もう好きに決まっているから何度かレンタルしてきていたのだったが、どれもタイミングが合わず観る事ができなかった。きっと「何か新作」のついでに借りるからダメなのだ、と、『ブルース・ブラザース』と、何度も観ていて今は別に観たく無い『幸福の黄色いハンカチ』(同居人が、何かがきっかけで武田鉄矢を観たくなったのだった)の二つだけを借りて来、ようやく観たのだった。

いやー、わかっていたが良かったね。今更何を言っているんだというあれだが。

そして本日。引き続き昼夜逆転中である。起きると夕刻なので稽古場に向かう。稽古場は本日から立命館大学ではなく、我が家のすぐ近くに変更になったので、徒歩5分で到着。遠方から来られている方に申し訳ないくらい近い。そのうえ以前よりも広くなって快適。稽古後、共演の濱崎くんが家に来る。少しだけ、少しだけ、と遠慮しながら出された飯をおかわりし、りんごを食い、珈琲を飲んで深夜に帰って行った。というとあれだが、実際のところはおもてなし好きが二人いるので、むしろ引き止めてしまった感じである。

さて、忘れるところだったが、掲載のイラストは「BAD君」だ。以前に、深夜暇だったので描いて気に入っているのだが、どうだろう。頭に付けているのは、しゃもじをまっ二つに割り、強奪してきた数々の宝石を埋め込んだオリジナルのアクセサリーだ。かなりBADな感じがすると思うのだが、どうだろうか。彼は9歳で、小学校四年生だ。興味があるのは禅と盆栽である。いわゆる親日家の外国人。

……BAD君のことを書くより、昼夜逆転を直すべく早く眠るべきだった。本を読んだり、台詞を覚えたりするべきだった。しまった。というわけで、昨日と今日の日記はこれにて終了。

2009. 12. 13|SUN

もきち

夜から冷えてきた。写真は、このところ外に出たいという意思表明のために金属の扉をひっかき嫌な音を立てる飼い猫のもきちである。そしてまんまと表に出た猫を撮影しているのは、嫌な音に耐えられなかった俺だ。こうして猫は扉をひっかけば外に出られると覚えてしまった。

過保護な俺も俺だが、この鈍臭い猫を表に放り出すのは心配だし、そもそもこんな白くてふわふわな猫を外で見ることがあるだろうか。大体、人の家にすぐさま上がり込んでしまう猫である。今日もこの写真を撮った少し後、右隣の方が玄関を開けたためすぐさま侵入を試み、隣家の方に睨まれた猫とその飼い主。加えて人なつこい猫だから、場合によってはあっという間に見知らぬ家の飼い猫になってしまうかもしれない。車でもあればどこか広々とした場所に連れ出し、好き勝手辺りを探索させてやるところだが、生憎、車も、その免許も無い。ただ、どうだろう、写真は家の前だが、こんなにマンホールが3つも隣接しているのは珍しいのではないだろうか。車があったって早々見つかるものではない気がするぞ、猫よ。嬉しくも何ともないだろうが。

と、どうだって良いことを書き連ねたのは日記として書くことがほとんど無いからだ。今日は整体に行き、家でダラダラとし、夜、NHKで森繁を特集した番組を見た。

整体は、白川通り沿いにある福本整体というところだが、以前住んでいた家に近かったというだけで来院し、体をほぐすというより、技法のことなどは良くわからないが、抜本的に骨の歪みを緩和して整体を体感させてくれる店なので、時折訪れている。音楽好きの店主はBGMにTortoiseの『TNT』をかけていた。

来年2月はひょんなことから舞台に立たねばならないのだが、稽古の始まった今週は体がぽんこつでまともに参加できなかったのだった。稽古時間は悠長では無いから、体作りは日常に取り入れないと。この参加公演のことはフライヤーが上がったらまた触れます。

と、ああ、朝だ。とりあえず夜寝て朝起きるところから始めるべきだなあ……。

2009. 12. 12|SAT

高架下

現在は13日未明である。朝まで眠ろうと、そして眠るだろうと思っていたのに深夜に目が醒めてしまったのだった。仕方無く、こうして日記を書いている。

さて、11日。午前中、京都造形芸大で入稿。帰宅し、稽古まで少し眠ろうと思うも眠り過ぎてしまう。

眠り過ぎた勢いで12日だが、朝から仕事。午後8時頃帰宅。長い一日だった。ずいぶん疲れていたので早々に眠ったのだったが、冒頭に書いた通り起きてしまった。『再履修 とっても恥ずかしゼミナール』を少し読み、飼い猫が外に出たがっているので出すと、思いのほか遠くへ、どこに行ったのかわからなくなって焦り、未明の近隣を駆けているとあっさり猫は戻って来、NHKでは物寂しい音楽をBGMに様々な蒸気機関車が映し出されていた。

「蒸気機関車って良いよね」と言われたら「うん」と賛同するだろう俺だが、なぜ賛同するのかと考えたところ、まあ、確かに見た目も嫌いではないし、鉄道という乗り物は好きだが、よくよく考えれば、蒸気機関車に乗車したことはないし、動いている現物を見た記憶も無い。第一、見た目も「嫌いではない」というか、「嫌いになる理由」が無いといっても良いくらいで、「好きか?」と問われればおぼろげに「うん」と言う気もするが、「本当に好き?」と迫られると、「いや、まあ、嫌いじゃないよ」となってしまう程度のそれである。で、何故こんなことを書いているのかというと、比較的広い圏内で、「良い」とすることで安易に消化されているものが多々あるな、と深夜の蒸気機関車から思ったからだ。その背景に安易な消費の繰り返しがあったことは簡単に想像できるが、とはいえ/だからこそ簡単に「良い」と言うのはなんだかなあ、と。俺の中で「蒸気機関車が良い」と言うことは、円滑にコミュニケーションを進めるために「良い」と言っている事と同意で、そもそも蒸気機関車にはあまり興味が無いんじゃないかと自問しているのだ。そしてそれは比較的楽観的に見て良い一例だが、ものによっては大変な欠落を及ぼしているものもあるのではないか、と。加えて、それの回避法として安易に「良い」を分解するというのも違うのではないか、と。

果たして蒸気機関車は「良い」のだろうか。もしかしたら良くは無いんじゃないか。っていうかこんなことを疑わすのは誰だ。

2009. 12. 10|THU

花

8日9日と日記が滞っていたが、体調不良であった。そしてそれによってか、どうも鬱屈とした気分で、優れない時間を過ごしていた。

本日。優れない感じを引きずってだらだらと過ごす。自室の作業机の上に、同居人が買った『餌食としての都市』(ルネ・ポレシュ)という戯曲が置いてあり、これは読めということか、と半分ほど読み、しかし気が付いたら寝ていた。夜、立命館大学に芝居の稽古に。帰りは雨中。びしょ濡れで帰宅。夕食を取り、フライヤーの作業が大詰めなのでPowerBookにはりついて作業し、深夜、一先ず終了。

さて音楽はといえば、なぜか『Heaven Is A Place On Earth』ばかり聴いている俺だが、Jónsiの、フリーダウンロードできる『Boy Lilikoi』を聴いてもいる。あ、けっこうSigur Rósの『Með Suð Í Eyrum Við Spilum Endalaust』っぽいのね、とか何とか思うも、そんなことはもう良いじゃないか、と。俺、世間的な評価は知らないが、『Með Suð Í Eyrum Við Spilum Endalaust』を他のSigur Rósの作品と比べても好んで聴いていて、だからソロとはいえSigur Rósっぽいね、などと(『Með Suð Í Eyrum Við Spilum Endalaust』との共通点を見つけ)思ったわけだが、そんなことより、今聴こえる『Boy Lilikoi』に宿る生命の躍動感よ! もっといえば古いとかなんとか、今それやるモチベーションは持ち得ないとかなんとかはもう良いんだ、『Heaven Is A Place On Earth』の歌詞が何を歌っているのか知らないが(ちょっとがんばれば調べは付くが、別にそれは良いのだ)その生命の躍動感よ!

もう「今」とかなんとかのたまっているとしがみつくだけで手一杯だよ。それはまた別の種類の作家の仕事だ。こういうことを日記に、しかもweb上のそれに書くといよいよ格好が悪いし貧乏臭いが、やはりどうやら俺は小説を書かなければいけない気がする。随分以前に書いた小説を以前、ある用事で会った南くんが読んでいてくれて、誉めてくれた。面白かったという。やっぱり快楽はそこにあるし、俺はどうもその他のメディアのアウトプットを誉められても、喜びではあるものの快楽にはならないのだった。だから書こう。意思表明みたいなのはやめておきたいところだが、ここまで書いちゃったし……。ずっと思いついたことをメモに書き、ノートにまとめているだけで書き進めていない小説がある。さあ書こう。急いで書こう。

2009. 12. 7|MON

現在作業中のフライヤーをB5からA4に変更しようと昨日未明に決め、朝まで作業。それから眠り、本日は夕方に立命館大学に行く。

来年2月に出演する舞台公演の初稽古だったのだが、稽古場所は立命館大学である。バイクで向かい、俺の母校はバイクを駐車する場所が無いので、止められるかしら、と懸念していたものの、俺は第5バイク置場というところに無事バイクを止めた。最低でも5つは止めるところがあるのかあ、と驚きながらキャンパスに入ると、そこは山を無理矢理削って建てたアホな大学に通っていた身には驚くほど大きなキャンパスだったが、まあ、そうか、こういうものか、と、キャンパスライフを楽しむ学生たちを見ながら目的の場所へ。

ただ、喫煙場所はシェルターと書かれた隔離スペースしか無かった。そしてやたらと「禁煙」の看板があった。なんか、例えるならば、「ここに犬のうんこを云々」という立て看板だらけの花壇、「うんこうんこって……、うんこが実際にあるだけのほうがまだ見た目ましなんじゃないの?」というような有り様だった。しかも、その隔離スペースでは貼り紙によるネガティブキャンペーンが盛大に。あと、校内にSUBWAYがあった。図書館は大きかった。煙草が云々より、なんとも言えない違和感。要は違和感なのだ、大体。それを変だと思わないようになってしまっている何かが気色悪いのだ。

まあ、それはそれとして。帰宅しフライヤー作業の続き。タモリ倶楽部はフォント特集だった。TVでCMしているWiiのマリオ面白そう。今年のM-1ファイナリスト、わりと面白いんじゃない? 頭痛い。夕飯の蛤、うまかったなあ……。

2009. 12. 6|SUN

飲料コーナー

日記は4日から途絶えているが、4日のことは覚えていない。5日のTwitterに腹が痛いとあったから、おそらく4日も腹が痛かったのだと思う。記憶が……。

5日は雨。引き続き腹痛をぶらさげたまま、朝、仕事に。いつもはバイクで職場に行くのだが、雨だったので徒歩。道中、好きな煙草屋である出町柳の駅地上にあるそれに向かっていると、雨ゆえに電車通勤に切り替えたトミーとすれちがう。

午後3時ごろ帰宅。昼寝。夜にTwitterのTLを見ると、何だか□□□のことでとても盛り上がっていて、色々見ているうちにUSTREAMで□□□がライブの中継をしていることを知る。していたことを知った、と言うべきか、USTREAMを見た時にはすでにライブ中継は終わり間際で、曲は演っておらず、メンバーや快快のダンサーなどの紹介を行っていて、その後、鑑賞から数分で中継は終わってしまった。Twitterがどのように使われていたのかは、今や過去のものとなったつぶやきや、生中継ではないUSTREAM上の□□□ライブ映像からしか知る方法は無い。ああ、「中村有志さん登場!」とか「当たったー!」とか、つぶやきたかったなあ……。もうね、世界陸上好きの俺としては比較としてボルトを出すが、やっぱりボルトが走った瞬間を見るのと翌日のニュース映像を見るのでは雲泥の差ですよ。色気が違う。そんなわけで、残念、しかし尻尾だけでも見られて良かったという話。

で、本日。ようやく腹痛が治る。腹痛と同時に頭痛もひどいここ数日だったからもう散々だったが、今は頭痛だけになり随分と楽。昼に起きるとトミーが台所にいて、同居人と俺にタイ風の昼食をごちそうしてくれた。それから、11月に20日ほどタイに滞在し、高嶺(格)さんの作品制作を手伝っていたトミーの撮ってきた写真を見せてもらう。『Melody♡Cup』での共演者たちも写っていて、とても楽しそうだった。大笑いのエピソードも多々で、ああ、来年、行きたいなあタイ。暑いんだろうなあ、タイ。

トミーがバイトに出かけたので、鴨川のデーデのところへ。同居人が随分前にそっと置いただけの花が雨風の中、まだ枯れずにあったので驚く。その後、そのまま散歩がてらカナートに。ユニクロは大変な盛況ぶりだった。HMVで気になっていた「The xx」のアルバムを探したが無かった。

深夜、溜まっていたメールとフライヤー作業。

さて、我が家では12月25日にクリスマスパーティをしようかということになっています。幾度となくパーティのようなことを催している経験から、日取りをいつにしても、来れる人は来れて来れない人は来れない、ということが、誘う人数の多さからわかったので、もう決定しました。どうせなら、クリスマス当日で良いじゃないか、と。俺は今のところ芝居の稽古ということになっているので何時ごろ開始なのかは未定ですが、おそらく同居人はいるので、まあ、ぼちぼち始めるいつもの感じになると思います。えー、場所は我が家、プレゼント交換をするので、500円から1,500円の間(金額厳守)でプレゼントを持ち寄って下さい。あと、料理も一品持ちよりです。まあ、今のところはそんな感じです。またちゃんとメールにて招待状を出しますので、是非ともご参加ください。ではでは。

2009. 12. 3|THU

もきち

写真は我が家の愛する猫、もきちである。しかし、彼(オス)は一体、なぜこんな格好をしているのだろうか。猫らしいポーズとなれば幾らか思い浮かぶが、これは到底猫らしいポーズからはかけ離れている。身長を計測しろとでも言っているのか。足がきりたんぽみたい。

さて、今月1日からの腹痛日記だが、本日も引き続き腹痛はあり、夕方に我が家で、今度出演する演劇の主催者と制作と共に俺の作ったフライヤーの草稿をもとに会議をし、終え、さすがに三日も続くと不安だったので病院に行った。

診察の結果、原因解明はならなかったが、とはいえそれほど悪質なものではないだろうということで、薬を処方され帰宅。それを食後飲み、夜遅くにはかなり改善したので一安心。ところが、深夜、雨が降り始め、頭痛が酷くなり、持病による目眩も起き、腹痛こそ緩和したものの、かなりのバッドコンディションに参ってしまう。

腹痛、頭痛、パニック障害と、それぞれの薬を飲み、未明にようやく人心地つく。嫌だなあ、薬ばかり。快復した勢いでしなければならない作業を集中して行い、もう朝か、こうして日記を付けている。

とりあえず今日で腹痛日記は終わりにしたい。結局Amazonで購入した□□□の新譜のこととか、そういったことを書きたいんだよ俺は。

2009. 12. 2|WED

腹が痛い日記。引き続き腹が痛い。昼過ぎ、胃腸薬というものを買ったことがないものの、日を跨いで腹が痛いというのは初めてなのでドラッグストアに。服用したことが無いうえに原因も今ひとつ不明だったので適当にそれを選ぶ。

そのうち頭痛もあり、なんだか散々な状態でフライヤーの作業を続けた。とはいうものの、作業を一定時間継続して行えたのだから快復の兆候と見て良いのか、自然治癒、それとも薬が効いたのか? というような曖昧な快復に薬の効果は不明。食欲はあるのでちゃんと食事を取り、深夜まで作業。

午前1:30ごろに人段落つき、気晴らしにTwitterを覗く。そしていとうせいこうによる呟きによって、上に載せた『ヒップホップの初期衝動』のPV、完成版を見た。CDも販売している北白川の丸山書店は午前2時までの営業だぞ、と思い立ち、□□□『everyday is a symphony』を買いにバイクを走らせるが、店にそれは無かった。腹が痛い。ちくしょう、腹が痛いだけだ、と憤りつつ帰宅。

引き続き作業し、今できることは終えたのでこうして腹が痛い日記を付けている。

2009. 12. 1|TUE

昨日、11月30日のことから。午後から京極くんの誕生会のための準備をし、午後8時頃から誕生会。みな多忙で思いのほか人は集まれなかったのだけれども、そのぶん珍しい顔ぶれで時間を楽しむ。

俺と同居人は昨晩からどうやら共に風邪気味で、俺は腹痛が今も続いているのだけれども、そんなわけで午前4時過ぎごろに自室で横になってうっかり寝てしまう。午前6時ごろに気が付き、階下に行くとすっかり片付いていて、客人たちは帰宅していた。客人たちを全て見送り、散らかった部屋を片付けるのは一つの楽しみというか、なんというか俺の役割だと思っていたので、失敗したなあと思いつつ、腹痛に苦しみながら寝直す。

そして今日だが、月が変わり師走で、腹がなお痛い。ずっと痛い。Twitterに「下痢なう」とつぶやこうかとも思ったが、そんなことをしても意味が無いので、「おなか痛いよー」と声に出してつぶやく。

夜、少し復調したので、同居人と二人で人生ゲームをしていると、相模くんが来る。どうやら同居人が招いたようで、共同で買った結婚祝いを渡し、ついでに三人で人生ゲームをする。人生ゲームは勝ったが、途中からまた腹が痛くなったので、大体の時間は「ああ、腹が痛い」と思っていた。

で、まあ深夜に、腹が痛いとはいえフライヤーを作らねばならんのだった、と腹が痛い時にはあまりしたくない細かい作業に手を付け、しかし腹が痛いのですぐに嫌になり、こうして腹が痛いという内容の日記を書いている。

2009. 11. 29|SUN

Parrot

28日、土曜日のことから。朝から仕事。午後7時頃に終わり帰宅。同居人が不在だったので、料理を一切しない俺には食事を取る方法が外食しか残されておらず、とはいえ疲れもしていたのでその気にはならず、かといってこのまま食事を取らないのも良くないな、と思い、電話で人をつかまえる。

付き合ってくれた二人は「Parrot」という店にいたので、向かう。古い喫茶店の佇まいのそこでは洋食セットが580円で頂ける。おいしいし良いですよ、ここは。白川通から北泉を西に入って右手にある。

それから丸山書店(白川通沿いの方)に寄り、少し散財して帰宅。GEOで中古のゆらゆら帝国のPV集を740円で。書店の方で『僕の小規模な生活』の3巻と石川直樹の文庫。『僕の小規模な生活』を読んでから就寝。

29日、本日。洗濯。曇天。

夜、昨日買ったゆらゆら帝国の『CLIPS 1998-2003』を観る。すごくつまらなかった。良いPVというのは本当に少ない……。

続けてテレビでボクシングの試合を。

さて、そんなことはさておき、明日は我が家で京極くんの誕生日会を行います。メール無精な私なので、ここで告知しておきます。ご自由にご参加ください。別に誰でも来て頂いて結構です。京極くんって誰? という方でも結構です。私の家がわからない、という方はメールください。ではでは、そういうことで。おやすみなさい。

あ、中原昌也『12枚のアルバム』読了。本だと、たぶん今年のベスト。

2009. 11. 27|FRI

26日、25日の夜にテレビで「シルシルミシル」という番組を何気なく見ていると、「しゃぶしゃぶ 温野菜」というチェーン店を紹介しており、それを共に見ていた同居人が「行きたい」となったので、夜、三条にある店舗に行く。店員同士が本気で喧嘩していた以外は満足だった。

帰宅して『崖の上のポニョ』をDVDで。『ハウルの動く城』を映画館で観、もう宮崎駿は観なくても良いかな、などと思っていたのだったが、少し前、深夜にNHKで、宮崎駿がポニョを制作している様子を捉えたドキュメンタリー番組をやっており、それを見たのがきっかけで鑑賞に至る。そしてポニョは素晴らしかった。ハウルはポニョへの助走だったのだな。渾身の愛の映画に涙腺が緩みっぱなしだった。

本日。雑務。夜、京都造形芸大にあるstudio21に『糊』という舞台を観に行く。空虚な作品だったが、後半、すこし確かな感触に触れそうなところもあり、とはいえ、それ故にもったいない、というほどのことでもなかった。

2009. 11. 25|WED

知恩院の紅葉

24日。夜から雨。崩れた体調は22日に快復したため、しばらくは安定すると思っていたものの、この日もまた優れなかった。夕方、大阪にある医者に。

実家に帰省する。妹は不在だったが、実家からその最寄り駅への帰り路にすれ違う。父親は室内で遊べるラジコンヘリをしていた。実家は散らかっているので障害物が多く、ヘリの飛行は難しそうだった。

日付が変わる前に帰宅。

本日。体調は良い。晴れ。街に出て買い物。夜、知恩院の中にある御影堂での松倉さんと渡辺勝さんのライブを観る。夜の荘厳で巨大な伽藍に少ない照明、頭上の暗闇はまるで夜空の闇のようだった。音楽が生まれて、とても静かな空間を楽しむ。

終演後、松倉さんと少し話し、お変わりない姿を嬉しく思う。

2009. 11. 23|MON

カナート

午前起床。祝日。快晴。午後からフライヤーのための写真撮影。ロケ場所に集合時間よりも1時間早く行き、プランを立てる。撮影できる時間が限られていたので、決め打っていきたかったのだったが、結果、気持ちが良いくらいにうつろった。

ただ、今回の撮影は例外的にギャランティを貰っての仕事ではなく、自身が出演することから、久しぶりに普段の仕事としてのロジカルでシャッターを切らず、つまり、良い意味でも悪い意味でもイニシアチブを握らなかったため、普段と違う重圧があり、人物を写真に写すことの怖さを、また普段と違った角度でひしひしと感じたのだった。

というわけで、いつのまにか舞台に出演することになっていた。詳細などはまだ発表できない段階だが、学生時代に一つ出演したきり、5年ぶりくらいに台詞を発することになりそう。絶対もう無いと思っていた機会である。

撮影が終わり(時間切れ)、撮れたという感覚が稀薄なまま、ZANPANOに。今回の共演者で唯一お会いしていない方が出演されていた公演を観に。噂ではいろいろと伺っていたが、とてもおもしろそうな男性だった。

それから我が家に流れ、主催者と写真の選定。タイから帰国したトミーも来訪しており、久しぶりに会う。土産物も多々(タイの皆からも)頂いた。どうもありがとう。

ところでトミーの話では、来年の秋、今年の夏に私が出演した舞台がタイで再演されるという話は濃厚なようで、それがとても楽しみ。仮に決定すれば、来年は二本、舞台に立つことになる。人生、良くわからないことになるものである。

タイの土産話で夜が更けた。天天有でラーメン。当たりの日で、とても旨かった。

2009. 11. 22|SUN

鴨川

20日、21日と体調が悪く、鬱屈した気分だった。そんなわけで20日は家でぐったりと過ごし、夜に百万遍でフライヤーの打ち合わせ、深夜、この日記のことがとても嫌になり、消してしまいたい気分になる。

21日、昼過ぎから体調不良のまま仕事に。同居人も風邪気味で、我が家は良く二人同時に体調不良になるので、ちょっとずれれば良いのにと思う。

本日22日。復調。朝に相馬さんの日記を読む。今月16日に亡くなったデーデのことを書いてくださっていた。離れた場所でデーデの名を呼んでくれていたことがとても嬉しかった。その記述に、今月9日、デーデを拾ってきた同居人が早く名前で呼びたいと言っていたことを思い返す。「デーデ」はどうだろうか、と提案し賛同を得た時はとても嬉しかった。名前は愛するための初期衝動だ。余談だが、デーデという名前は、比較的多くの人にはエレファントカシマシのファーストシングルを想起させると思うのだが、俺は筒井康隆の『旅のラゴス』のヒロインの名前を拝借したのだった。デーデは私たちの前でいつまでも仔猫のままになった。会いたい時は埋葬した川に行くしか術はない。

さて、日記を続けるが、朝から仕事。終わったのが午後7時頃。友人と会食し、就寝。

つまりこの日記を付けている今は23日の朝である。良く寝て体調もすっかり快復したが、20日にあったこの日記を消してしまいたい気分がすっかり払拭されたわけではない。とはいえこうして書いている。そういうものにこれはなったのだろう。その事実は、しっかりと受け止めないといけない。

2009. 11. 19|THU

ガレージ

朝、自宅の一階をルーティンとしての掃除の5割増しくらいのテンションで行い、風呂を浴びるとすっかり眠くなって寝てしまった。

深夜、『12枚のアルバム』を細かく読み継いでいる。今月17日に亡くなられた大里俊晴が二度目のゲストとして登場するところまで読み、全体の半分といったところ。とにかく面白い。

佐々木敦の『ニッポンの思想』のプロローグで、ゼロ年代、昨今、書店の「思想書」のコーナーに置かれている売れていそうな新刊を大別したときのその一に挙げられている広義の「左翼」本(ワーキング・プアに始まり、単に、貧乏でも大丈夫! みたいなあれ)、これはもう本当に最近良く目にするのだが、その系譜とも見てとれる「雑誌」やサブカル本もこのところ急増していて、とても嫌なのだけれども、あの、そんな代物より『12枚のアルバム』を読もう。正しいノイズを読もう。

面白いのだけれども、連続して読み進めると、知らない固有名詞にいちいち反応できないようになるので(知らないことに順応してしまうので)、『12枚のアルバム』はこつこつ読まれる。そんなわけで上記の箇所で読むのをいったん止め、Tyondai Braxtonの『Central Market』と、俺のアルバムを聴く。俺のアルバムって何だということになるが、俺がこつこつ作りためた曲の中から、コンパクトなものを集めた45分くらいのデータのことを言っている。幼少のころはレゴで遊ぶのが好きだったのだが、それが変化して、今はこれになっているという説明がふさわしいように思える、つまり、そういう個人で楽しむ代物のこと。

あ、どうでも良い話だが、Tyondai Braxtonを演劇だとかダンスの公演で使うの禁止! あんなものを大音量で流したら、杖なしでは歩けない老婆の歩行ですら躍動感に満ちてしまうだろう。

しかしまあ、日記は完成なんてしないところが良いよねえ。最近の俺は、「完成させないとだめだ」というようなことはもう信用しないことにしている。完成させるためにやってるんじゃないってことが、どんどん明白になってきたのだった。

2009. 11. 18|WED

デーデ

とても寒い。17日付けの日記を書いた後、洗濯をし、二階を掃除してから外出。京都みなみ会館でオリヴィエ・アサイヤス『クリーン』。素晴らしかった。ショットとアサイヤスのタイトな編集が美しかった。「女が良く描けている」というような(今時、そんなことを言う人はいないだろうが)退屈なそれではない、「動く」女であったエミリー(マギー・チャン)、そして彼女を肯定した彼女の義理の父(アルブレヒト・ハウザー)の二人によって、軽躁かもしれないが、観ていた俺はとても大きな赦しを得た気がした。

残念ながらみなみ会館での上映は今日で終わってしまったが、是非観て頂きたい。ちなみにみなみ会館では知人が働いていたので、上映後「観た?」と聞くと「もぎってました」とのことだった。もぎってる場合じゃないよ。

次に制作予定のフライヤーが映画のフライヤーを意識したものになる予定なので、フライヤーを手当たり次第かばんに放り込んで帰宅。

しかし家は寒い。今日は家の中にいてこんなに寒いのだから大変だ、と厚着し外に出ると思ったほどではないどころか、日差しのぶんだけ暖かかったり。家で手袋をしている(指だけ出ているもの)。一階はこたつとホットカーペットがあるから何とかなるんだ。二階だよ、問題は。デーデが居た時は光熱費節約のために使っていなかったエアコンを仕方無く点けていたが、やはり乾燥していけない。加湿器を併用するとしても、やはり光熱費だ。石油ストーブを調べたりしてみたが、どうも面倒そうだし……。

まあ、寒いよね、冬は。で、済ましたいが、まだ冬は入口。どうしたものか。うーん。そういえば、去年はどうしてたんだろう……。

2009. 11. 17|TUE

18日の朝にこの日記は書かれている。

16日、午後2時頃、9日に同居人が拾ってきた仔猫のデーデが死んでしまった。俺は眠っていて、仕事から帰宅した同居人が発見したのだった。その時はまだ温かかったから、それほど時間は経っていなかったのだと思う。

以前からいた猫であるもきちとも少し打ち解けて来たところだったし、それに、ただただ利発で可愛いデーデともっと一緒にいたかったので、悲しい。元気に振る舞っていたが、やはり随分と弱っていたのだろう。我が家に来て一週間だった。この日、医者に連れて行く予定だった。

17日、早朝。雨が降り寒い朝だった。同居人と話し、デーデは鴨川沿いの桜の木の下に埋葬することにした。埋葬し終え、帰宅するとなんだかぐったりしてしまった。何もする気にならないので、ただただ寝ていた。

今は18日の朝である。昨日とは違い、気持ちの良い朝である。早朝、昨日埋葬した場所へと向かった。雨の中、土を掘り埋めたその場所は本当に良い場所だったのかわからず少しもやもやとしていたのだったが、晴れた朝、向かうと気持ちの良い場所だった。夜は静かで、日が昇れば人が行き交う。今朝の鴨川は静かだった。犬の散歩をする人がいた。今は葉を落としている桜は、いずれ綺麗に咲いてくれるだろう。次の春はそこで桜を見る。

何も死ぬことは無いじゃないかと何度も思ったが、デーデはとても小さかったのだ。悲しいことだ。もう少し一緒に暮らしてくれれば良かったのに。

2009. 11. 15|SUN

14日のことから。昼前から仕事。13日未明に、この日記の細かいデザインが無性に気になりだし、明らかにその時する作業ではないとわかりつつも、ひどく落ち着かない気持ちで朝まで主にスタイルシートを編集する。そのせいで、ほとんど寝ずに仕事に行く。夕暮れ、帰宅し少し眠る。夜に起きると来客があって、シーラカンスの孝学くんが、chikinからの依頼で、彼女達のプロモーションビデオを作ったということで、皆はそれを見ていた。俺も見せてもらい、以前、試作品も見ていたので、格段に良くなっていることがわかり面白かった。いずれchikinのサイトにアップするので、その時は是非ごらん下さい。

本日。二日ほど、あまりまとまった時間眠っていなかったので酷く眠く、ずるずると夕刻。16歳から20歳くらいまでの間していたアルバイトの先輩が結婚され、二次会が四条烏丸であり、夜、それに赴く。もう二度と会わないだろうと思っていた人たちにたくさん会う。

深夜、DVDで『ガントレット』。初見。凄く変な映画だった。1977年のイーストウッド。次は何を観ようか。まったく面白いなあ……。

2009. 11. 13|FRI

どことなく年の瀬の雰囲気も漂い始め、日記も今のデザインになって約1年かと思い、度々デザインを変えているこの日記だが、果たして来年はどうしようか、変えるのも面倒だし、今更、何か凝ったことをする気も毛頭ないので、ここは刈り込んで来年に備えよう、と、不要に思った箇所を削る。右のカラムが長かったので必要最低限にし、毎月ラテン語を書いていた箇所は年月を記載した。時折、部屋を無性に掃除したくなる類いのあれだと思って頂きたい。

さて、日記だが、中原昌也の『12枚のアルバム』は半分を読んだところだがとても面白い。発言される名詞の9割は存じないが、そのことが清々しい気分にさせる。なんというか、こういうものをずっと読んでいたいと思う。

夜、来客があって、その方の誕生日を祝う。突然のことだったので静かな催しだったが、来月は派手にクリスマスパーティーでもしようか。忘年会とかね。呼べるだけ人を呼んで。どうでしょう、皆さん?

ところで前から思っていることだけれども、例えると「万能リモコン」を求めるような気持ちというのは良くないね。あれもこれも一つでできるっていう。iPhoneなんてその類いの最たるものだが、それはそれ、これはこれ、そうしないとだめだなあ、と。Kindleなんて、色気が全くないじゃないですか。なんていうのかなあ、パソコンやネットがネイティブな年齢の人々が成人する時代だが、それより少し年嵩の俺は、そこへの変遷の中で何を失い何を得たか、忘れない限り知っているわけで、例えば新しいCDを購入し、封を開け、ボタンを押すとミニコンポがガーとそれを受け取るトレイを出し、チュルチュルとディスクの回転する音が聴こえ、音が鳴る。歌詞カードを見る。もうね、しないもんね、それ。我が家でCDを再生できるものってMacだけだからね、もはや。そしてそれと、コンピュータにCDを挿入し、インポートし、データになったそれを再生するってのはやっぱりね、違うんだけど、ただ、後者を選択するんだよね、今は。絶対。うーん……、って思いながら。負けてるね。確かに凡庸な話ですよ、これは。ただ、俺が年配の方にレコードに針を落とす愉楽を語られるのとは少し毛色が違うとも思うのだ。あ、まあそうだとしても凡庸極まりないことに変わりはないか。……変遷から今を読む、というのは愉快であること以上には何もないんじゃなかろうか。そんなことより今、どう愉快であるかなんだろう……。つまらないこと書いちゃったなあ。うん。そう、つまんない。なんかねえ、もう、つまんないよね、いろいろ。楽しいこと……。あ、ボーリングは面白いね。玉を転がしてピンを倒すだけだけど。あとバイクに乗るのも楽しいね。歩くのより速く移動しているだけだけど。あの、バラバラ死体の筆致で申し訳ないが、俺が小学生だった頃の少年マンガには「不老不死」だとか「世界征服」が欲望の最たるものとして良く登場したけど、あれ、もう有効じゃないよね。もう、全然「不老不死」も「世界征服」も興味無いね。なんでだろうね。どちらかというと、どっちもなりたく/したくないね。それよりも断然ボーリングがしたい。あと、バイクは今、雨が降っているから嫌で、それより寿司が食いたい。

2009. 11. 12|THU

もきちとデーデ

昼過ぎに目を覚ます。机の上にある無印良品のメモ帳に書かれたToDoを処理しつつ、夜。久しぶりにガケ書房に行こうと思ったのは中原昌也の『12枚のアルバム』を読みたいと思ったからだった。ガケ書房は中原昌也を確実におさえてくれるので助かる。左京区で『12枚のアルバム』はガケにしか無いだろうと踏み、当然のようにあったそれと、青山景の『チャイナガール』という漫画を購入。

深夜、DVDで『ミスティック・リバー』。初見。恐ろしい映画だった。これを撮った人と『グラン・トリノ』の主人公を演じている人は同じ、と思うともの凄いが、それよりも肝心なのは、同じ、という事実の前に、同じ、それを意識させられるということにある気がする。良くわからないが。……未見のイーストウッドはまだ山のようにある。迷宮だ。

さて、細事を幾つかの後、『チャイナガール』を読む。これはもう、作中のチャイナガールがかわいいからそれで良いのだろう。かわいいがぶれていない。ところで今、テレビドラマでこれをするのは至難だろうが、何がそうしたのだろう。『結婚できない男』の夏川結衣のかわいさは相当なものだったが、テレビドラマはあのくらいのかわいさをコンスタントに作り出さなければダメだよ。もしもそれを成せれば世の中もうちょっと良くなるはずだが、そのまえに立ちはだかるものたちの醜悪さと言ったら……。

掲載の写真はまだ仲良くなれていない二匹の猫。遠近法でその体躯に大差は無く見えるかもしれないが、ほとんど違う生物だ。背後が以前から居て、巨大な猫、もきちである。手前のデーデはもきちなど歯牙にもかけないが、もきちよ……。ちょっと警戒し過ぎだろう。体の大きさと反比例の臆病さである。

2009. 11. 11|WED

デーデ

10日のことから。9日の夜は、同居人に拾われてきた仔猫が心配で眠れず。明け方に眠る。写真はその仔猫の今日の様子だ。名前はデーデに決まった。以前からの飼い猫であるもきちと対面させたが、もきちは警戒し、デーデの1メートル圏内には近寄らない。体重でいうと、もきちはデーデの20倍ある。デーデがどんなに攻撃しようともケガなどし得ないもきちだが、ずいぶん臆病である。少しづつでも仲良くなれば良いが。

さて、そんなわけで、明け方に眠った俺は夕方に起きた。ずいぶんと眠ってしまった。夜、雨の中、四条まで。関係している舞台公演の企画会議。帰宅は午後11時ごろ。DVDで中村義洋監督の『フィッシュストーリー』を観る。『アヒルと鴨のコインロッカー』がとても良かったので期待していたが、それは裏切られることなく、面白い映画だった。『アヒルと鴨のコインロッカー』も『フィッシュストーリー』も、どちらも荒唐無稽な話だが、前者に比べ後者は、前者にあったシリアスさを取っ払い、ただただ爽快に徹したバカ話。多部未華子と森山未来のシークエンスが良かった。何度か観たくなる爽快さである。

本日。爽快な気分で眠ったせいかずいぶん眠りを貪ってしまった。起きたら真っ暗だった。明日はちゃんとToDoを処理しよう……。

2009. 11. 9|MON

月

昨晩は何故か寝付けず無意味に徹夜をしてしまった。掲載の写真は、腹が減ったので本日早朝、なか卵に腹ごしらえに行った帰り路に撮ったもの。先月、CanonのPowerShot SX120 ISという比較的安価なデジカメを購入したのだが、それで撮った。いわゆるコンデジ(コンパクトデジタルカメラ)だが、シャッタースピードや絞りをマニュアルに出来たり、10倍ズームだったりするのであまりコンパクトではないものの、あまりコンパクトで無いと思うのは昨今のコンデジがあまりにも小さいからな気もする。

で、まあそんなことはどうだって良いのだった。徹夜をして、本日午前眠り、昼過ぎに同居人からの電話で起床。出ると寝耳に水で、仔猫を拾い、いま家の前だが、すでにいる飼い猫のもきちと鉢合わせてはならないので手伝って欲しいとの内容。もきちは毎日、俺の部屋の椅子で眠っているので、自室を閉じ表に向かうと、驚くほど小さい猫と同居人。ずいぶん汚れていたので少し洗い、部屋に暖房を入れ(我が家では初めてエアコンの暖房機能を使った)、水を与え、動物病院の午後の診察が始まる時刻まで待機。

もきちは随分と大きな猫なので、それの1/10くらいの仔猫などどう扱って良いのか良くわからず不安だったが、連れて行った動物病院での検査結果はひとまず安心できるものだった。初めて行った動物病院だったがとても良い医者だった。出町柳にあるひとみ動物病院というところ。隣家の家族も猫を飼っておられ、そこの奥さんに教えて頂いた。

さて、その小さな捨て猫はメスだった。生後3から4週間だと思われる。なかなか人なつこい猫。名前はまだ無い。以前からもう一匹飼いたいなあとおぼろに思ってはいたのだったが、思いがけず実現してしまった。とはいえまだもきちとも会わせていないし、なにぶん小さくて弱った捨て猫、しばらくは油断できない日々になりそう。

2009. 11. 8|SUN

田中里ノ前

7日のことから。早朝から仕事。終えたのは午後6時前だったが、すでに空は暗い。比較的あたたかい一日だった。

8日。本日。昼前から仕事。出勤時刻を30分勘違いしていることに、本来出勤せねばならない時間の15分前に気が付き、大慌てでスーツに着替えバイクを飛ばし、その後走る。息せき切れて足が怠くなり、何かスポーツをしたほうが良いななどと思いつつ職場に着く。

午後5時頃帰宅。煙草を買いに行くついでに東大路通りを散歩する。通りに面した石川電機という、ほとんど閉じている最寄りの電気屋が数日前から改装工事をしており、はて何ができるのか、と思っていたら、リカーマウンテンであることが判明。どんどんと自宅のある田中里ノ前周辺は便利になる。スーパーマーケットは徒歩10秒だし、コンビニに安い食堂をはじめとする飲食店、100円ショップ、クリーニング屋、ZANPANOやweekendersなどの喫茶店も徒歩5分圏内にあるのだった。

少し寝て、夜、D Diningで夕食。ついでに白川通りのTSUTAYAで幾つかDVDを借り帰宅。

写真は東大路通り。バスに叡山電車と交通の便も良い。近くにお越しの際は是非お立ち寄りください。

2009. 11. 6|FRI

車

5日。どうも体調が優れない。倦怠感の中、読書も捗らない。本日6日もそんな感じなので、日記に書くことが無い。

とはいえ、書き始めてしまったので、何か適当なことを書き連ねなければならなくなってしまった。しかし、構造主義について何の見地も持たないため、ここ数日、Twitterやブログで良く目にしたクロード・レヴィ=ストロースの死去に関しても何も書けないし、では関連する何かを題材に少し書けるとすれば、Twitterやブログの普及で、我々は著名人の訃報や、その訃報へのリアクションを、それらの普及以前と比して、飛躍的に早く知る事ができることになったということについてくらいだろうか。

体感としてその加速は、著名人を葬る速度の加速と比例しているように思うのだが、その背景を思うと、それは存外に複雑な現象にも思えるのだった。と、「何か」を書き出そうと俺はしたのだけれども、その概要を頭の中でこねているうちに、反発だとか警告だとかいった威勢の良い感情は全く沸かず、ただなんだか憂鬱になってきたので、書くのはやはりよそうと思う。

このところ、この日記に関してはこういう事が多々有る。簡単に折れる長い棒を、ただなんとなく立てようとしている。どうもダメだ。もっと短くて茎の太いそれらを高速に乱立させるべきだと思う。

ひどく抽象的なことを書くが、広い空き地で、創意工夫し、慎重に、とても長い棒を直立させようと試みる姿よりも、広い空き地を駆け回り、ぶつ切りにした丸太のような無数のそれを乱立していく姿のほうが、爽快ではないだろうか。

と、わけのわからないことを書いて、それなりに日記が埋まった。全く……、こんなことでは全然ダメだ。俺は一体なにをしているのか。遅い。酷くのろまなことになっている。

2009. 11. 4|WED

壁

2日。あまり覚えていない。Twitterへの「つぶやき」を見るぶんには、夜、ミリオンでロシアンバーグを食べている。そしてそう、この日から急に冷えたのだった。夜、webの仕事を少し。

3日。これもまたTwitterへの「つぶやき」から思い出したことだが、昼過ぎに寒さに耐えられず炬燵を出そうと思い立ち、炬燵を出し、炬燵でつい眠ってしまっている。そして夜、鍋を食い、ああ腹いっぱいだと思っていたら相模くんが遊びに来たのだった。だらだらしているうちに深夜の4時頃になっていたのではなかったか。そんなわけで続きをやろうとしていたwebの仕事は手を付けられず。

本日。先月の光熱費が予算より安く済んだため、同居人が以前から欲しがっていた新しい炊飯器を買いに行った。ずっと使っていた無印良品の丸い三合炊きのものは蓋がばかになっていて、それに我が家は大食らい二人だから、客人があると三合では足りないのだった。それで何ヶ月か前、今は東京にいる役者の川口くんが京都を経つ際に同じく一度に三合しか炊けないものの無印良品のそれよりはましなそれをくれ、場合によっては二台体制でしばらくありがたく使っていたものの、先日、東京の川口くんから返却依頼の連絡があり、いったいどんな生活をしているのかと思いつつ急いで炊飯器と米を送ったところ、米へのお礼と、しかし茶碗が無いということ、それと最近は篠原ともえを良く聴いているというメールが送られて着て、こちらでは今、川口はいったいどんな生活を、ともっぱらの噂。

さて、そんなわけで炊飯器を買ったのだった。一度に五合炊けるものだ。素晴らしい。米、大事!

深夜、webの仕事を詰めて行い、終了し、こうして日記を付けている。それもこれも、ご飯のおかげだ。