May 2012

2012. 5. 18|FRI

16日。ほとんど忘却。『えの素』を再読した気がする。夜、トミー(佳美)が来訪。風邪、快復傾向。

17日。風邪、快復しておらず。朝からひどくしんどい。発熱。夜、やや快復。深夜まで仕事。

18日。早朝、ロケハン。帰宅後、引越の見積り。風邪、快復傾向に。仕事。夕方、通院。薬の副作用等が無いか調べる目的で定期的に申し出てやってもらっている簡易の血液検査の結果を聞く。当初の懸念は不要なものだったが、年々、もとより高かった中性脂肪の値が上昇しているのが気がかり。「油っぽいものはひかえて、豆腐とか、豆といったような……」と医師に言われながら診察室を出るも、お互いそういったアドバイスをする/もらう場所では無いとわかっているので半笑い。帰宅途中、中性脂肪についてiPhoneで少し調べると、ああなるほど、そりゃ俺、高いよな、値、って感じ。油分の多い食事。食事の回数は少ないが、いちどにたくさん食う。煙草。運動不足。ストレス。甘いもの。

古本屋で『ジョン・レノン対火星人』のハードカバー(いま入手できる文庫は講談社文芸文庫だから高価く、それより安かった。同じく講談社文芸文庫の『さようなら、ギャングたち』は高価いのと、当時の高橋源一郎の仕事にさほど好印象が無かったのとの理由で当時在学中だった大学の図書館で読んだ)。樟葉の駅前の本屋で『姉の結婚』3巻。

ミリオンでロシアンバーグのダブルを食い帰宅。『姉の結婚』読む。

森

2012. 5. 15|TUE

13日。夜、仕事を一段落させ、さて、夜行バスの乗車時間まで何をしようか、と考えながら本棚にある『えの素』を手に取ってしまい、ついつい夢中に。おかげで少しバタバタと京都駅に。予約の時はほぼ満員だと思われたバスはがらんとしていた。事故の影響だろうか。普段は二人体制の乗務員も三人居た。大変だな。

14日。早朝、東京駅着。晴れ。午前10時、世話になっている上野にある不動産屋に。14時までかけて4軒まわり、うち2軒で迷う。昼食がてら妻と迷うも、妻が風邪をひいてしまっていて、昨晩の夜行バスで俺もうつされた気が。もう決めてしまわないとスケジュール上まずいので、一応3日とった今回の遠征だが、風邪なので、さっさと決めてしまうことに。さっさと決めて、新幹線で京都に帰る。あとは保証会社の審査待ち。それにしても、家を借りるのって高価すぎる。

15日。風邪。喉が痛い。遠征期間を3日と仮定しておいたおかげで、ゆっくり休めるので良かった。

2012. 5. 12|SAT

午前7時起床。起きてすぐにエビのベクターイメージを作っていた。一仕事終えて、昼過ぎにZANPANOで打ち合わせ。

作品を作るということは、根拠がそこまであるわけではないものの、間違いなくそれはこの部屋にあるべきだ、と思えるものたちを、時に無造作に時に丁寧に、慎重に、大胆に、ある部屋に置いたり並べたりすることである。と、いうような感触を得るのは作り終えてしばらく経ってからのことだ。人と話したり、本を読んだり、景色を見たりしている時、ふと「ああ、だから俺はあそこにあれを置いたのか」と思う時がある。これが理解するということだ(もちろん部屋をもので満たす作業は作品制作に限らないが、特に作品を作ると形を残すことになるので、自分がその部屋のことをより良く記憶することができる)。つまり、衝動から理解が生まれるということだ。理解とは、とても能動的で、間接的なものである。この方法による理解に比べれば、たとえば、「上司から言われいやいややっていたことが、後年、とても有意義なものだったと気付く」というような話にある類いの理解は、些末なことである。まるで良い話のように語られるそういった事例の本質は、ただの怠惰と時間の無駄遣いの正当化に過ぎない。慰めである。

それにしても頭痛の季節はつづく。冷える一日だった。

2012. 5. 11|FRI

10日のことから。雨が降りそうで降らなかった。頭痛はさほどひどくなかったので、久方ぶりにカブに乗り打ち合わせに。バイクは良い。

11日。頭痛でぼんやりしていたせいで、月末までのスケジュールがタイトなことに気が付く。早朝から働く。でも頭痛。

夕方、我が家を好いてくれている方々が遊びにくる。2歳の女の子と1歳の男の子もやってくる。飼い猫のもきちは、奇声を発し両手を拡げ迫り繰る男の子におもしろいくらいに怯えて、だけど気になるのか遠方から彼の様子を見ていた。6月の半ばには引越してしまう予定だが、人がたくさん来てくれたこの家と離れるのは少し寂しい。数えきれないくらい何かを祝った家だ。たくさんの誕生日、新年、クリスマス。忘年会や送別会もした。思い返せばいろいろあったはずである。あんまり覚えてないけど。でも楽しかった。

引越してすぐ、そこが貸家だったこともあり、俺は人が来てくれる家にしたいと考えていろいろな物の配置などを考えたのだけれども、それがうまくいって良かった。居心地の良い家だと言ってくれる人もたくさんいて嬉しい。

とりあえずいまは東京に転居することにした。その後ずっとそこにいるかはまったくわからないし、それは当たり前のことだけど、ここに戻って来ることはあまり想像できない。なぜだろう。

それにしてもわがままで口の悪い家主の家にくりかえし遊びにきてくれた友人たちには感謝だ。そんなわけで11日の日記だが、ビールを飲んで旨いものを食って人と話していたら頭痛はおさまった。午前2時過ぎに解散。

2012. 5. 9|WED

頭痛日記。最近、あたたかくなってきたのであまり湯船につからず、シャワーで済ませているせいで血行が悪くなっているのだろうか……。それにしても、ふだんから頭痛は良くあるが、何日にもかけて、ということは余り無いのでストレスだ。

Machikado』という曲を作る。

今月1日、Facebookに

うちの飼い猫はラグドールという種類なのだけれども、毛玉にずっと悩まされており、仕方なくGoogleで「ラグドール 毛玉」などと検索すると、「ラグドールは長毛種なのに毛玉ができにくく、お手入れラクラク」などと書かれているものが多々見つかり、実際、飼っている方のブログなどでも同じようなことが書かれており、まったく納得ができないのだが、でもどうやらそうらしいから、それを信じるのならばうちの飼い猫は例外になるのだけれども、仮に、他の可能性として、べつの長毛種は毛玉がもっとでき、それに比べればお手入れラクラク、というようなことだとすれば、長毛種を飼っている人のお手入れ力というのはものすごいことになるが、やはりそうは考え難く、というのも、細かな作業も根気よくこなすことができる部類の人間だと思われる俺がこうも頭を悩ましているのであり、やはりうちの飼い猫は例外的に毛玉ができてしまうラグドールだと考えるのが妥当に思えるわけで、そんな俺はファーミネーターというしょうもない名前のブラシにずいぶん助けられてきたのだけれども、いざ毛玉になってしまうとファーミネーターでは歯が立たず、今朝調べていて見つけたのがマスターグルーミングツール・毛玉取りツール、というもので、探せば見つかるものの、それらの名前はどんどんおおげさになり道具の形状はどんどん刃物に近づいていき、確かにこれならばなんとかなるかもしれない、と少し希望を感じ購入を考えたりもするが、ふと冷静になると、果たしてここまでやることなのか? というか、なんだ、こんなマスターグルーミングツールなんておおげさな名前のものを使わないと毛がまともな状態を維持できない動物は!と呆れもするのだけれども、実際のところそうだから仕方が無いし、そんな動物を飼うことになってしまったのだから、マスターグルーミングツール・毛玉取りツールにどこまでの力があるのかは不明確だが、その可能性にかけるしかいまは無いわけで……、つまり、めちゃくちゃ毛玉ができるけどめちゃくちゃかわいい猫を生み出し、そしてめちゃくちゃ毛玉が取れる道具を作り出せばめちゃくちゃ儲かるということなのか、といまの俺には関係の無いうえに小学生がするようなくだらない想像をし、やっぱりマスターグルーミングツールは保留だな、と一時的に思うのだけれども、もしマスターグルーミングツールすごく良いよ!という声が聞こえてきてしまえば、きっと俺はそれを買うだろう。

と書いたのだけれども、その「マスターグルーミングツール・毛玉取りツール」を結局買ってしまい、そしてそれは届いた。すごく良いのだけれども、ほぼ無限に毛は取れ続けるため、いつ止めれば良いのかがわからない。

2012. 5. 8|TUE

7日、月曜日。早朝に目覚める。数日あった体の怠さが治まり、頭痛もずいぶん緩和されていた。GW(別段、それとはさほど関係の無い仕事だが)はほとんど頭痛に悩まされていた。休暇の終わりと同時に体調も戻りつつあったのと、周囲のいろいろが平常営業になるので仕事を再開する。筒井(康隆)さんの短篇を幾つか再読(『デマ』『マグロマル』『末世法華経』。『末世法華経』は初読の際、ほとんど意味がわかっていなかったのだけれども、このところわけあって新興宗教について調べており、Wikipediaで見覚えのある人名にあたり、はて、と記憶を探ると『玄笑地帯』の最終回が。それで、ああ、そういうことか、となり、『末世法華経』の再読に)。

8日。朝からchikinとともに京都市東部山間埋立処分地に。ふたりの職員のかたが担当してくださり、90分ほど見学させてもらう。帰宅後、また頭痛がひどくなり臥せる。打ち合わせ予定だった方に連絡して延期にしてもらう。参ったな。

京都市東部山間埋立処分地

2012. 5. 6|SUN

夕刻より友人の挙式の二次会。久しぶりの顔が多々。ただ、半分くらいはしょっちゅう会う人で、なんか意外といろんなことはあまり何も変わっていない気もする。しかし同級生は美人が多い。

披露宴を終えての二次会だったのでさっぱりとした演出で会は進みお開きに。おめでとう。

その後、ここ数日ずっと頭痛があったのでさっと帰ろうかと思っていたのだけれども、けっきょく流れに身を任せて二軒はしご。最後、相模(友士郎)くんが家に立ち寄り、彼の帰宅が午前2時前頃。

2012. 5. 5|SAT

You gotta fight for your right to party.

言説のインターネット最適化 – 複雑なことは言えても伝わらないし、わかりにくいことはわかりにくいままで放っておかれるだろう。だからサイジングしないといけないのだけれども、ソーシャル・メディアがこれだけ普及したいまにおける(言説のインターネット最適化のための)サイジングは、ノイズを増大させるか縮小させるかのニ択であり、精緻な思考から言葉を紡ぐなどといった人間的行為はあまり効果を発揮できないだろう。

個は波の一要素でしかなく、全ては波として視覚的に認知されるのであり、最終的に個に収斂されるといった(ほとんど習慣的な)文化は個/マスの願望とは無関係に破壊されていく。……いや、「破壊」などといった粗野な行為ではなくそれはもっとスマートな暗躍だ。なぜかはわからないがそういう波は生まれ、あっという間に呑み込まれた。

アイドルはグループになり、しかもたくさんの人間を囲う。価値観の多様化への最適化などと言えば聞こえは良いが、すこし違う。そこにあるのはわかりやすさの提供のためのサイジングであり、「ノイズを増大させるか縮小させるかのニ択」でいえば(文字通り)増大がそこにあり、縮小は二次元のことである。

イメージとしては、サーフィンを楽しめないからって溺れてより深く潜るよりは、いっそ飛んじゃえ。まあ、飛べたら話は早いんだけど、飛べないから困ってるんだけど。

ところで原発がすべて停止したらしい。個になる(/拘る)ってことは傍観者になるということのようで、それが面倒だ。ノリが悪い。違和感のせいで送った暗い青春時代を思い出すかのようだ。ようやくカラオケにも行けて、メールに絵文字も使えるようになったのに。またかよ。もう28歳で、結婚もしたっていうのに面倒くせえな。14歳(第一次)の次は28歳(第二次)だっていうなら、もう容赦しない。手をこまねくのは第一次で終わりだ。たぶん、利用すべきは月と太陽だ。地球でノリが悪いっていうなら、波も電波も月と太陽無しには語れないだろうから、それでしょ。

今日はなんとなくわけがわからないけど書きたい、そういうことをたくさん書く算段だったのだが、どうも頭が痛い。ここ3日ほど頭痛に悩まされている。書きたいことはまだあと100万字くらいあるのだけれども、仕方ないのでもう止す。Tomorrow is another day(via 『風と共に去りぬ』).

2012. 5. 4|FRI

ここ二日、体がぐったりしているので、あまりなにもはかどらない。

本棚をぼんやり眺めて、『ムーたち』の横に並んでいた清原なつのの『家族八景』を手に取り、横になりながら読む。たぶん刊行されてすぐの頃に買ったから、4年前か、その時はそれほどおもしろくなかったのだけれども、再読ではとてもおもしろかった。そういえば、もうだいたい遊び終えてしまったDSのドラクエⅤ、途中で花嫁を選ぶという夢のような展開があるのだけれども、その候補のひとりの名前から、『ビアンカ・オーバースタディ』の刊行はいつになるのだろう、とぼんやり思う。

なんとなくOrbital聞いてる。Hardfloorとか。TB-303でも買ったほうが良いのかな。『Loveless』のリマスターか……。しかし90年代ってのは何なんだろう。俺は83年生まれだから、7歳から17歳。がんがん影響受けて、そのうえ比較対象のディケイドを知らなかったわけだから、ものすごく90年代的ななにかをまといながらもそれが何なのかは幾ら考えてもよくわからない。だいたい、もう2012年だしな。その2012年も5月だし。『Chime』は90年。『Loveless』は91年。ドラクエⅤは92年。『TB Resuscitation』は93年。『家族八景』は72年。『ムーたち』は06年。TB-303は82年。と、固有名詞と年号を意味もなく並べて、眺めて、古い雑誌引っぱりだして30分くらい考え事をしたら、『幻とのつきあい方』超すげーなって改めて。11年、震災以降。(たぶん)日本からリリースされたアルバムでいちばんすごい(暫定)。

それはそうと体調悪いな。寝よう。くそっ。

P.S. 『Licensed To Ill』は86年。Fight For Your Right.

2012. 5. 2|WED

4月30日のことから、と日記を書き始めようと思ったが、そもそも30日のことは覚えていないし、Twitterでもなにもツイートしていなかった。困ったな。

その日の日記に書き忘れたが、Twitterを見て思い出したのは、キューブリック『現金に体を張れ』。29日にDVDで鑑賞。面白かった。

ところで30日……。そうだ、29日の夜から遊びに来ていた南(康彦)くんがAM10:00頃に帰ったのを見送り、少し働いて昼寝をして……、日付が変わった深夜に「わ、もう5月だ!」と驚いたのだった。

5月1日。たしか夕方にトミー(佳美)がアフロのカツラを幾つか持っていきたい、という理由で来訪し、それで俺は我が家にアフロのカツラがたくさんあることを知った。確かに何十ものそれはあった。トミーはそれを幾つか紙袋に詰めて帰って行った。

夜、近所の郷坪(聖史)くんの住む家に遊びに行く。前回、訪問した時と同じく諸江くん持参の「究極の人狼」というカードゲームで遊ぶ。なんだろうな、あれ、面白いな。気付いたらAM4:00。すごく楽しかったんだけど、来訪中にうっかり人の名前を間違ってしまい、失礼なことだったので帰宅してからも「ああ、しまったなあ」と落ち込みつつ、頭が痛かったので頭痛薬を呑む。日が昇り眠る。

2日。本日。俺が眠っていた頃、雨の中トミーは昨日、我が家から持って行ったアフロをかぶり、京都市役所前で踊っていたようだ。(映像を見て)そうか、ゴールデンウィークか。

夕方、昨日から読んで/観て、いた古屋誠一『Mémoires 1983』、最後の写真を観て本を閉じる。写真集だが、主な被写体である古屋誠一の妻による手記も掲載されている分厚い本だ。手記は原文がドイツ語なのだが、堅く訳された日本語が良かった。しかしそれ以外の感想を述べるのは難しい。日記として何と書き残すべきだろうか……。わからないな……。この本については引き続き考えたいことが多々ある気がする。

深夜、趣味で作っている曲がたまったのでまとめる。なんとなく9曲たまるとアルバムとしてまとめることにしている。別に何も考えていない。楽しんでいるだけだ。それの、3枚目。公開に使っているSoundCloudの、無料で利用できる用量がもう無くなりそうなので、今後しばらくはまた別の趣味を楽しむつもりだ。